パチモン・レストランをロンドンNO.1レストランに仕立て上げる
All photos by Theo McInnes, unless otherwise stated 

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パチモン・レストランをロンドンNO.1レストランに仕立て上げる

デマ情報ばかりが流れるこの世界で、世間は自ら望んで、完全なるデタラメを信じ込もうとしている。ならば、〈偽レストラン〉も不可能ではないのでは?検証しよう。偽レビューと、神秘的な雰囲気と、ナンセンスの力を借りて、実際に挑戦してみよう。トリップアドバイザー上で、自宅の物置スペースを、ロンドンのトップ・レストランに仕立て上げるのだ。

昔々、VICEでライターとして記事を書き始めるずっと前、私は別の仕事をしていた。そのなかでも、今日の私に大きな影響を与えた仕事は、〈トリップアドバイザーで偽レビューを書く〉という仕事だった。いち度も訪ねたことのないレストランの好意的なレビューを書き、報酬は10ポンド(約1500円)。やっているうちに、レビューしたレストランの評価を監視するのに夢中になった。レビューがきっかけで、評価が上がったりもしたのだ。

その経験から私は、トリップアドバイザーは〈偽の現実〉だ、食事が提供されたことはない、レビューは全て、私のような雇われライターが書いているのだ――そう信じるようになった。でも、実際はもちろん(たぶん)本物だ。そもそも、レストランの存在自体は絶対に偽れない。そうやって自分を納得させたハズだった。

しかしある日、自宅の物置スペースに座っていた私は、突然、天啓を得た。デマ情報ばかりが流れるこの世界で、世間は自ら望んで、完全なるデタラメを信じ込もうとしている。そんな時代なら、〈偽レストラン〉も不可能ではないのでは? むしろそれこそ、大当たりスポットになるんじゃないか?

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そのひらめきは、すぐさま私の使命と化した。偽レビューと、神秘的な雰囲気と、ナンセンスの力を借りて、実際に挑戦することにした。トリップアドバイザー上で、自宅の物置スペースを、ロンドンのトップ・レストランに仕立てあげるのだ。

2017年4月―レストラン〈The Shed at Dulwich〉設立

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まずは、レストランの場所をご紹介しよう。サウス・ロンドンにある庭の物置スペースだ。

トリップアドバイザーの登録にはアカウント認証が必要だ。というわけでプリペイドの携帯電話を調達。

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10ポンドをチャージし、こうしてレストラン〈The Shed at Dulwich〉はオフィシャルな存在になった。次に、住所を入力しなくてはならないのだが、本当の住所を入れると簡単に事実確認されてしまうし、文字どおり、ここには〈入口〉がない。仕方がないのでストリート名だけ記し、「完全予約制レストラン」と称した。

そしてドメインを購入しウェブサイトをつくった。人気スポットの売り文句は、往々にして、頭がおかしいのでは、と首を傾げざるを得ないようなものだ。面倒なので、お父さんが「何だこれは」と激怒するほどのふざけたコンセプトを設定した。例えば、〈気分〉によって決定されるメニュー。

〈熱情〉
ウサギの腎臓 サフラン風味のトースト乗せとカキのビスク ザクロのスフレとともに

〈共感〉
透明なブロスのヴィーガン・クラムチャウダー パースニップ、ニンジン、セロリ、ポテト入り ライ麦チップスとともに

〈沈思黙考〉
分解したアバディーン・シチュー 全ての具材を調理工程にあるがごとくテーブルにご提供 温かいビーフ・ティーとともに

〈愛〉
あなたのハートがふくらむ1品。豚のセクレト アーティチョークと赤ワインタピオカ添え 薄切りのスウィート・プラム・ベーコンの包み焼きとともに

〈安心感〉
削りベーコンで香り付けしたヨークシャー・ブルー・マカロニ&チーズ 600tcエジプトコットンのボウルで サワードウ・ブレッドとともに

〈幸福〉
タラのシャンパン&ハニーロースト 前菜は〈おばあちゃんのミネストローネ・スープ〉 5-HTP注入のチェーサーとともに

次においしそうな料理のソフト・フォーカス写真を撮影。

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Photo: Chris Bethell

食欲がそそられる?

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Photo: Chris Bethell

おすすめはしないけど。

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Photo: Chris Bethell

続いてこちら。

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Photo: Chris Bethell

ペンキで塗ったスポンジと、シェービングフォームでつくった団子。

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もうお分かりだろうが、見た目に騙されてはいけない。

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私の足に卵焼きを乗せてみました。

こうしてコンセプト、トリスタン・クロス(Tristan Cross)氏によるロゴ、そしてメニューがそろった。

トリップアドバイザーへの登録申請が完了。あとは神のみぞ知る。

2017年5月5日、メールの通知音で目が覚めた。

お世話になっております。

貴方の掲載申請が受理され、弊社サイトへの掲載が完了したことをご連絡いたします。

[…]

〈The Shed at Dulwich〉様の弊社サービスの利用を感謝いたします。

今後ともよろしくお願いいたします。
トリップアドバイザー・サポートチーム

むしろお礼をいいたいのはこちらのほうだ。貴社サービスに〈The Shed at Dulwich〉を載せていただいてありがとう。感謝いたします。

No.1レストランへの道

18149位からスタート。トリップアドバイザー内のロンドン・レストランでは最下位だ。まずはレビューがたくさん必要だ。〈本物の人間〉が〈別のコンピューター〉で書いたレビュー。こうすればトリップアドバイザーが使用している偽レビュー検知テクノロジーも、ペテンに気づくことはない。

必要なのは、こういう説得力のあるレビューだ。

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ところでトリップアドバイザー上の動きに関しては、弊社法務の指示で全てスクリーンショットを撮っている

『Chef’s Table』好きな人にオススメ

ウォリックシャー在住です。週末は夫婦でロンドンへよく出かけています。ロンドンの知らないエリアを探検するのが好きです。そしてふたりとも食べるのが大好きです。

〈The Shed in Dulwich〉はトリップアドバイザーで見つけました。ネット予約はできないようなので、電話予約をしました。1週間以上かけ続けてようやくつながって、予約をとることができました。もっと簡単に予約できればいいなとは思いましたが、非常に楽しみでした。

実際行ってみたら、期待どおりでした。

非の打ち所がありません。私たちのテーブルについてくれたウェイターさんの気遣いはすばらしく、惜しみなくサービスをしてくれました。日が落ちるとブランケットを用意してくれました(丁重にお断りしましたが。ちなみにブランケットにはひとつシミがあって残念)。気が利いていて、アウトドア・ディナーの雰囲気を高めてくれました。

料理の量は多くありませんが、クオリティは最高でした。ここまで自然で、新鮮な食材は初めて食べました。自家栽培の食材を使っているため、メニューはいつも違うようです。素敵です!

絶対にまた行きたいレストランです。

ちなみにこういうレビューはいらない。

英国人タレントのショーン・ウィリアムソン(Shaun Williamson)とパブで出会ったさいに、今回のプロジェクトのコンセプトをイチから説明し、オシャレなレストランでオシャレな食事をしている写真を撮って送ってくれ、と頼んだのだが、そのあと届いたのは、普通の炒め物みたいなメイン1皿とサイドディッシュにチップス、というこの残念な写真だった。

そんなこんなで知人、友人に連絡して、協力してもらう。

上がっていくランク

最初の1~2週間は簡単に進んだ。すぐにトップ1万まで順位は上がった。しかし、まだ予約の電話がかかってくることはないだろうと踏んでいた。それがある朝、奇跡が起こる。店用のプリペイド携帯が突然鳴り出したのだ。二日酔いだったが、電話をとった。

「もしもし? 〈The Shed〉さんでしょうか?」

「…はい」。エア抜きが必要なラジエーターみたいな声で答える。

「そちらの噂をいろいろと聞きまして…。すぐに席が埋まってしまうということなので、無理を承知でお伺いしますが、今夜予約できませんか?」

パニックになり、そっけなくこう答えた。「恐縮ですが、6週間後まで完全に席が埋まっています」。そしてブツっと電話を切った。愕然とした。その翌日、また電話が鳴った。予約だ。70歳のお祝いパーティ。4ヶ月後。9人。

メールはどうだろうと思い、パソコンをチェックした。〈予約〉リクエストが数十通届いていた。彼女が病気の子どもたちの施設に勤務している、とアピールする彼氏。仕事用アドレスで連絡をしてきたテレビ局の重役…。

1晩で、ランキングは1456位になっていた。〈The Shed at Dulwich〉のアピール力は突然増したらしい。どうしてだろう?

そこで気づいた。完全予約制、住所の記載もない、簡単には予約が取れないレストラン。その魅力が輝きすぎて、みんなの目がくらんでいるのだ。そうじゃなきゃ、私のかかとの写真を見て、おいしそう、と思うはずがない。それから数ヶ月、予約の電話はひっきりなしに鳴るようになった。

手に負えなくなってきた

8月末には、ランキングが156位まで上がった。

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しかし、だんだん収拾がつかなくなってきた。

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まず、飲食関連業者などが、Googleマップ上で位置を推定した〈The Shed〉宛てに無料サンプルを送ってくるようになった。さらに、バイト志望者も大勢連絡してきた。ロンドンのブロムリー区再開発を進めている地方議会から、ブロムリーへの移転を勧めるお誘いメールもあった。また、オーストラリアの制作会社からも連絡があり、とある航空会社の機内ビデオで〈The Shed〉を特集し、世界に広めないか、といわれた。

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とあるPR会社とSkypeで話す筆者

最終的に、PR会社とのSkypeミーティングまでした。彼らは「結果に貪欲」とのことで、わがレストランを〈Mail Online〉に掲載しよう、バットマンをテーマにしたキャンペーンで、リジー・カンディ(Lizzle Cundy)を200ポンド(約3万円)でブッキングしよう、と提案してきた。担当者は私を「超ステキです」と評してくれて気分がよかったが、結局、自ら宣伝することにした。

最後のひと押し

冬になった。〈The Shed〉のランキングは30位。

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しかし、私がどれだけレビューを書いても、それ以上の順位にはなりそうもなかった。

ただ、変化が起きた。

道を歩けば、〈The Shed〉はどこですか、と通行人に尋ねられるようになったし、着信の数はとどまるところを知らない。

予約のEメールは世界各国から届くようになった。

そんなある日の夜、トリップアドバイザーから1通のメールが届いた。件名:〈情報請求について〉。やばい。終わった。バレたんだ。震える指でメールを開く。「前日の検索結果表示数:8万9000。数十名の顧客より情報請求あり」

バレたわけではなかったようだ。それにしてもどうして? その答えはこれだ。2017年11月1日、掲載から6ヶ月で、ついに〈The Shed at Dulwich〉は…

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ロンドンのレストラン第1位に!

トリップアドバイザーというインターネット上でもっとも信用度の高いであろうレビュー・サイトで、世界随一の大都市ロンドンにおける、最高のレストランとして評価されているのは、実在していないレストランという事実!

トリップアドバイザーは同社ウェブサイトに、「トリップアドバイザー上のコンテンツに関しては、実際の旅行者による実際の体験が反映されるように最大限の時間とリソースを充てている」と記載している。そこで目標を達成した今、同社に素性を明かし、なぜ私が同社の厳しいチェックをすり抜けられたのか訊いてみた。

すると担当者が返信をくれた。「偽レストランを登録するのは、当社を〈テスト〉しようと企む見当違いのジャーナリストくらいです。実世界の、通常のユーザーには偽レストランをつくる動機はないので、こんな問題は普通起こりません。貴方の〈テスト〉は実世界ではありえないのです」

確かにそのとおりだろう。よくあることとは思えない。

さらに担当者は付け加えた。「基本的に詐欺師は、実在する店舗のランキングの操作にしか関心がありません」。つまり「重要なのは実在のビジネスにおけるペテンを見破ることであり、実在していないビジネスにおけるペテンを検知することではありません」。そのためにトリップアドバイザーは「最先端のテクノロジーを使用し、不審なレビューのパターンを特定」する。「ユーザーからも怪しい動きを報告できる」らしい。2015年の調査によると、「トリップアドバイザーの利用者93%が掲載されているレビューは、実体験を正しく反映している、と信じている」そうだ。

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というわけで、目的は達成した。

トップの孤独

しかし、私はここで終わらせない。

週末、店用のプリペイド携帯を友だちの家に置いてきてしまって、手元に戻ってきたときには116件の不在着信が残されていた。また応対生活が始まった。「予約はもういっぱいです」と嘘をつく。「その日は洗礼式でお休みです」というパターンもある。

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「もしもし、〈The Shed at Dulwich〉です」

「やった!」。いらついた様子で女性はいう。「やっとつながった。8月からずっと連絡してたのにつながらなかったから」

もはや、このプロジェクトを始めた私に残されているのは、実現させることしかない。4日で、ロンドンいちのレストランを現実にしようではないか。〈The Shed at Dulwich〉開店だ。

ついにその日が

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でもいったいどうやって? 私はいち度に3人以上のディナーなんて用意したことがないし、20人の食事とドリンクなんてなおさらだ。こうなったら、この半年でみんながレビューに書いてくれた説明をそのとおりに再現していくしかない。

「実家を思い出す」? では私が慣れ親しんだ料理をお出ししよう。冷凍食品だ。

「田舎っぽいのに、オシャレ」なのが好き? よし、じゃああの子ども用ハウスを改造しよう。高いレストランでロブスター入りの水槽を見るけど、あんなイメージで、ハウスのなかにたくさんの鶏を入れる。そして好きなチキンを選べるということにしよう。

〈The Shed〉が成功できたのは、ひとえに、トリップアドバイザーでうまくやったからにすぎない。だから席の半分を知り合いで埋めて、何がテーブルに出てきても、サクラとして大声で「おいしいおいしい」といってもらうことにした。

そして実際のレストラン独特の雰囲気を演出するために、DJに頼んで、CDJで〈レストランのサウンド〉を流してもらう。

では実際にやってみよう。まず子ども用ハウスを…

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鶏小屋に。
芝刈りは…

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完了。
氷点下の気温対策は…

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これでOK。
追加の客席は…

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セット完了。

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そこでジョー(Joe)がやってきた。友人であり、本日のシェフだ。彼はこの10年世界じゅうを旅し、一流レストランで働いてきた。〈The Shed〉のシェフにふさわしい。さあ、次は食材だ。

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調達完了。計31ポンド(約5000円)だった。

〈店〉に戻ると、既にフィービー(Phoebe)が来ていた。彼女は直観が鋭いウエイトレスで、私たちのメニューのニュアンスを正しく汲み取ってくれる。プディングをマグカップに入れて提供したい、といえば、われわれの目的は、マグカップに入ったプディングを食べるのがいかなる体験かを〈再現〉することだ、と彼女は理解してくれる。

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前菜は〈野菜のミネストローネ〉。メインは〈トリュフ入りマカロニ&チーズ〉か〈史上最高の野菜ラザニア〉をお選びいただく。デザートは〈当店オリジナル・チョコレート・サンデー〉。

私はフィービーに、お客さん全員の忌憚なき意見をこっそり訊いておいてくれ、とお願いもした。

そして、私の想像は現実となった。

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屋根の上に座るお客さん。ワインをマグカップで飲んでいる。

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子ども用ハウスで楽しげに喉を鳴らす鶏たち。食べられる準備はばっちり。

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サクラたちが食べているのは1ポンド(約150円)の冷凍食品(さすがに盛り付けは小ぎれいにしてある)。

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〈レストランの音〉を流すDJ。

見た目もサウンドも香りも、完璧だった。最初のお客さん2人を迎える準備は万端だ。私はあらかじめ指定した待ち合わせ場所に、時間どおりに向かった。

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カリフォルニア在住のジョエル(Joel)とマリア(Maria)。今回、休暇で初めてヨーロッパへ来ている。昨夜までパリに滞在しており、今日、ロンドンにやってきた。つまり、ロンドン初日のディナーだ。翌日、街中でポケモン会議があるらしいが、初日の夜は〈The Shed〉で過ごしたいと考えたそうだ。

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目隠しをお願いすると、おびえたような表情を見せた。しかし、同時刻に現れたサクラの女性ふたりが同意すると、彼らもうなずいた。

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みんなに手をつながせ、4人を庭へ連れていく。建物に近づくにつれ、マリアが「厨房の音がする」といったが、残念ながらマリア、それはありえない。目隠しをとる。ジョエルとマリアは声を発さない。

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「ここでは〈気分〉を提供しています。あなたの〈気分〉を読み取って、それに合うお料理をお持ちします。マリア、あなたからは〈家庭的〉なエネルギーを感じます。ジョエル、あなたは〈クール〉な気分では?」

キッチンへ駆け込み、ジョーからメイン2品を受け取る。DJに指示して、〈チン!〉という音を頻繁に鳴らしてもらった。電子レンジの音を紛らわせるためだ。

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カリフォルニアのふたりにお皿を出すと、そこから離れ、遠くから様子をうかがう。ふたりは、目の前のマカロニ&チーズを眺めている。マリアは携帯を取り出し、カメラをとおして食事を見つめている。一瞬動きを止めると、写真を撮らずにそのまま携帯をしまった。

時間が進むのが遅く感じた。ジョエルは頭上の屋根の上のふたりに気づき、視線を送り続けていた。概して盛り上がらないまま、40分後にふたりは店を出ていった。ジョエルは怒っているようだった。

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こんどは、地元の2人が到着する。店について、いろいろと疑問を抱いているようだった。フィービーに彼らの案内を頼む。私は4人を案内する。

彼らを席に案内し、ドリンクをとりに戻ると、キッチンから叫び声が聞こえた。外に出ると、4人客のうちの女性ひとりがギャーギャーいいながら店内を走り回っている。紹介を忘れていたが、鶏の〈雇用主〉のトレヴァー(Trevor)が、バタバタと羽ばたきする鶏をもって彼女を追いかけている。

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鶏を抱くトレヴァー

トレヴァーから鶏をひったくり、子ども用ハウスへ押し込む。場が収まると、叫んでいた女性の友人3人が笑いだした。「どうして鶏がいるんですか?」と訊かれたので、「このチキンをご提供するんですよ! お好きな鶏を調理します」と答える。すると彼らは苦々しい顔をする。「この店ってベジタリアンじゃなかったんですか? ロンドンいちのベジタリアン・レストランだって書いてあった気がするんですけど」

私はギクリとした。想定外だ。「ロンドン全体で1位なんですよ」と笑顔を見せるが、焦った。

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みんな、料理には満足しているようだが、〈羽ばたく鶏〉の1件が私の頭から離れなかった。あの4人のお客さんに満足してもらわなければならない。

すると、誰かが私の肩をたたいた。4人グループの男性だ。彼は、今日は友人の誕生日ディナーなのだという。良い印象を与えるチャンスだ。

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私は友人でコメディアンのローリー・アデフォーペー(Lolly Adefope)に耳打ちし、誕生日のお客さんに向けて、特別にバースデーソングを歌ってもらった。ローリーは歌い始める。いっしょに歌ってくるお客さんたちに向かって、「シーッ」と静かにするよう制すると、アカペラで歌い切った。非常に美しかった。

しかし、それだけでは足りない。数少ない本物のお客さん2人も、もう去った。あとはこの4人を見送るだけだ。私は、新しいメニューで少し手間取ったとか、実はいろいろ問題があったとか言い訳を並べて謝罪した。すると私のくどい口上を遮り、女性が尋ねた。「ところで予約だけど、2度目以降は簡単なの?」

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「え?」

「確かに。次はもっと簡単に予約できるのかな?」。今度は、彼女の夫。

「ねえ。また来たいよね」

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私は驚きで言葉も出なかった。

「もちろん、常連のお客様は優遇しますよ」

4人は別れの挨拶をし、夜道へ消えていった。

私は庭に駆け込み、こう叫んだ。「また予約したいって!」。ジョーやトレヴァーを始めとする全スタッフが私を見て、みんなで笑った。「私は驚かないけど」とフィービーはいい、お客さんのフィードバックを教えてくれたのだが、確かに概ねすばらしい評価だった。「テレビ番組の取材が入る」という理由で、ディナーを完全に無料にしていたのも要因だろう。しかし、きっと、みんなが楽しい時間を過ごせたのだろう。

その後レストランの順位はすっかり下がった(現在、ページは削除され、アーカイブ版がこちらから見られる)が、約2週間、ランキングのトップを死守していた。そして確実に〈何か〉を残した。

急遽かき集めた椅子を物置スペースに並べて、そこにお客さんを招待しただけなのに、みんな、ここがロンドンいちのレストランだと信じて帰った。その理由は、〈トリップアドバイザーの評価が高かった〉という1点に尽きる。それが今回の結論だ。皮肉っぽく見れば、インターネットのせいでみんなの嗅覚が鈍っている、ともいえるかもしれない。でも、私はポジティブにとらえたい。自宅の庭をロンドンいちのレストランにできたんだから、この世界で不可能なんて何もないのだ。

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