世界一面白い男 ワールド・ピース

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世界一面白い男 ワールド・ピース

そのプレーと言動の両面で一世風靡したアウトローのカリスマであるロッドマンも自身の後継者、いや、それ以上の存在として認めているのがワールド・ピース。彼は、われわれが考えもしない言動を、悪びれもせず平然とやってのける。

メキシコのビールメーカー、ドス・エキス社の人気CM「The Most Interesting Man in The World(世界一面白い男)」シリーズに出演している俳優がもし同CMを降板するなら、今回の主役である「ワールド・ピース」がその座を射止めるだろう。人間が言語を獲得してからというもの、世界中の人々が望んでいる筈だが一度も実現したことがない「世界平和」という不思議な言葉は、政治家やセレブリティたちが自身のキャンペーンで濫用し、幻想的な安い言葉となってしまった。ただしそれは、今回の主役となる、2011年以前は「ロン・アーテスト a.k.a トゥルー・ウォリアー」、2011年に「メッタ・ワールド・ピース」、さらには2014年に中国リーグ移籍とともに「ザ・パンダズ・フレンド」へと改名した、この男を除いての話である。

資本主義が描く安易な豊かさには、無慈悲な貧しさという犠牲が不可欠だ。特にエンターテイメント大国アメリカにおける「行き過ぎた資本主義」は、その理念通り貧富の差を拡大し続けている。しかし、貧困だからといって、全くチャンスがないワケではない。エンターテイメント界が提示するアメリカンドリームは、アメリカ全土に存在する貧困層から家族ともども抜け出すための微かな希望である。当然夢叶う者がいれば、破れる者もいる。両者のこの残酷な構図こそ、エンターテイメントとしての最大の見せ場である。

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そんな理由から、北米4大プロスポーツは、才能と力を頼りに「成り上がり」を夢見るハングリーなアウトローが跳梁跋扈する、われわれにとって最高のエンターテイメントとなった。殺人、強盗、武器不法所持、暴力、ドラッグ、窃盗、詐欺、賭博、といった王道から、公衆の面前での立ちションやコート内外における乱闘、いかつい女装癖など知人なら迷惑な話まで、全身タトゥー程度ではケツに殻付けたヒヨッ子にもなれないバラエティに富んだラインナップと、プレー同様、われわれの常識を破る「野生」に、多くのファンが魅きつけられているのも事実である。

最近ではスポーツ・マーケットの裾野が広がったことで、選手たちはメチャクチャな給料を手にするようになった。しかしその反面、我々の常識を打ち破る愛すべき異端者たちが生き残りづらくなり、常軌を逸したぶっ飛んだキャラクターは希少な存在となった。その突出した成績と異形の存在感で、80年代後半から90年代の彩り豊かなアメリカスポーツ界の奇人変人たちを牽引したデニス・ロッドマンがわれわれの記憶に新しい。毒々しいまでにカラフルな髪の色、奇抜なファッションもさることながら、審判に頭突き、カメラマンには金的といった、ストリートの不良もやらないようなトラブルをやってのけた彼も、バスケットにおいては優れたディフェンダーであり、NBAでも歴代最高のリバウンダーとして、5度の優勝を経験している。

ロッドマンがもしバスケットの神様に愛されず、空港の清掃員のまま空港に訪れる観光客や空港職員に頭突きや金的をブチかましたら、そこで彼の人生はゲームセットとなり、マドンナとの熱愛など、手に入れたアメリカンドリームは幻となっていただろう。このようにプロスポーツ選手という職業は、社会に出ればただのはみ出し者や犯罪者になりかねない、本物の天才やアウトローが光り輝くことの出来る数少ない生業なのだ。

そのプレーと言動の両面で一世風靡したアウトローのカリスマであるロッドマンも自身の後継者、いや、それ以上の存在として認めているのがワールド・ピースその人だ。ロッドマンの言動にはメディアの力を利用しアウトローを演じることを楽しむという、ある種の知性が感じられたが、ワールド・ピースは、われわれが考えもしない言動を、悪びれもせず平然とやってのける。

星の数ほどある彼の奇行や伝説を幾つかあげると、まだルーキーだったシカゴブルズ時代には、ハーフタイム中にコニャックを飲み、購入したレーシングカーで公道を走行。ペイサーズ在籍時には、バスローブで練習に参加したり、試合中にマークしていた相手選手のジャージを下ろしたり。かと思えば、テレビ番組収録に、なぜかパンツ一丁、笑顔で登場したりもする。また別のインタビューで、リポーターに改名について質問されると「僕の乳歯が子供の頃に全て抜け落ちてくれたことに対して神に感謝している。神様は人間が20歳や30歳で乳歯が抜けたら可哀想だと考えてくれたんだ、凄くないかい?」と真面目な顔をしてぶっ飛んだコメントを残し、リポーターがドン引きするなど、彼の狂気じみた無邪気な事件簿は枚挙に暇がない。ワールド・ピースのような本物にとって、私たち小物が形成するこの社会は小さすぎるのかもしれない。彼は、われわれが生活する現代社会で、明らかに違う次元で伸び伸びと生きている。これだけ読むと、ただの危ない輩にしかみえないが、勿論、プレイヤーとしては一流である。

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彼の生まれは、NY・クイーンズ区にある公営住宅クイーンズブリッジ・プロジェクトである。NASやMOBB DEEPを輩出した全米最大のプロジェクトであるクイーンズブリッジは、お世辞にも治安の良いエリアではなく、俗にいうゲットーである。ストリートバスケのタフさも例外ではなく、彼が十代の頃、コート上で仲間選手の死を目撃したそうだ。こういったストリートで育ったワールド・ピースにとって、タフなバスケはお手の物である。ストリートで鍛えた体格差をものともしないフィジカルとスピード、そしてゲットーで育まれた闘争心とハングリーさは、常に相手選手に向かってプレッシャーをかけ続ける彼のデフェンススタイルを生み、エースキラーとしてNBA全体から恐れられた。そして念願が叶い、彼は’03~’04シーズンの最優秀守備選手賞を受賞した。

しかし、次のシーズンに彼をもっと有名にしたのは、皮肉にも彼の持ち味である激しいデフェンスが発端となった「The Malice at the Palace(パレスの騒乱)」である。彼のデフェンススタイルは、その激しいプレッシャーゆえに、相手選手とのイザコザになることが多く、この日も事件の原因となる乱闘を引き起こしていた。一度は乱闘も収まりかけ記者席のテーブルでふて寝を決め込んでいたアーテストに、ホームコートのデトロイトファンが飲み物を投げつけると、彼は理性を失い、観客席に雪崩れ込んだ。それが引き金になり、2メートルを超える大男たちと観客をも巻き込んだ、NBAはおろか、全米スポーツ中継史上最悪の騒乱が起きてしまったのだ。アーテストはこの乱闘の首謀者へと祭りあげられ、最終的に1シーズン以上の出場停止と、約500万ドルにも及ぶ大幅な年俸カット、という前代未聞の処分を受けた。それ以外にも暴行罪で告訴され、執行猶予と社会奉仕刑を受けた。事件後のインタビューで、「飲み物を投げつけられて私の理性は崩壊した。ゲットーで育った人間であの屈辱に耐えられる人間はいない」と答えた。彼の返答にもいち理あり、度を超えたデトロイトファンも実刑を喰らい、数名のファンが、生涯、アリーナへの立ち入りを禁止された。

彼のプレースタイル、そしてこの歴史に残る大乱闘の元凶というイメージが、純粋で真っ直ぐすぎるキャラクターに重なり合い、彼の悪名をより高めた。ただ、ゲットー出身の彼には、相手が向かってくれば、手を抜くことなど出来やしないのである。

彼も一度だけ出場経験があるNBAのオールスターゲームは、選出されるプレイヤー数も少なく、出場は一種のステータスだ。観客を楽しませることを前面にしたエンターテイメント溢れるお祭りだが、彼はオールスターゲームについて「俺をオールスターに出さないほうが良い。俺ならシュートしなくても、あんなソフトなゲームは支配できる。ファウルもするし、フレグラント・ファウルもするだろう。他のオールスターのメンバーたちは『あいつはいったい何をしているんだ』と煙たがるだろうな」とコメントした。

ヒューストン・ロケッツにトレードで移籍すると、当時チームのエースであったヤオ・ミンが、「彼はもうスタンドで戦うことはないだろう、殴られたファンもいないしね」と、彼の移籍についてジョークを交えてコメントした。それについてアーテストは「ここはみんなが知っている通りヤオ(ミン)とトレイシー(マグレディ)のチームだ。ヤオの発言は知っている。だけどオレのアティチュードは変わらないし、他のカルチャーに迎合する気はない」とチームのエースに向け、ゲットー出身者として忘れてはいけないハードなアティチュードを見せつけた。彼は常に本気なのである。チームの勝利のために手を汚し、必要であれば激しいファウルを犯し、チームを救う。そう、まさにトゥルー・ウォリアーのニックネームの通りなのだ。

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しかし、コート内での彼のイメージとは相反し、プライベートでの彼は非常に落ち着いた紳士で、面倒見のいい、良き兄貴分であり、父であり、慈善事業に取り組むなど、心優しい一面も持っている。2010年には、キャリアで唯一のチャンピオンリングをオークションに出品し、オークションで得た金銭を慈善事業に寄付した。もちろんそれ自体素晴らしい行為だが、物欲にまみれた現代社会において、金で買うことが出来ない念願のチャンピオンリングを手放せる彼の価値観と道徳心こそが、素晴らしく見習うべき点なのではないだろうか。このようにワールド・ピースの社会奉仕と、セレブのイメージアップ・キャンペーンでしかない似非社会奉仕とは、価値も破壊力も全く違うのである。悲しいことに多くの人はセレブリティのブランディングが行き届いた似非社会奉仕が好きなようだが…

また、彼のキャリアをもってすれば、大手スポーツメーカーと契約するだけの実績を持っているにもかかわらず、何故か聞き馴れないブランドと常に契約している。これも彼なりのエンターテイメントかもしれない。パンダズ・フレンドに改名後、ジェレミー・スコットのスニーカーより、何倍もエクストリームでアヴァンギャルドな「パンダシューズ」なるシグネイチャーモデルを発表した。問題点は、その靴にくっついているぬいぐるみが、単色でパンダに見えないことだ。本当の問題はそれだけではないが…。この件に関して、ワールド・ピース改めパンダズ・フレンド(当時)本人も「クマは取り外しできません。テディ・ベアは固定式で、同じく耳も取り外し不可です」と契約相手が大手スポーツメーカーであれば炎上どころか、爆死になりかねない本末転倒なツイートを発したが、ワールド・ピースにとっては高度な演出となったことだろう。

その後、ワールド・ピースは、中国を飛び越えイタリアのプロチームと契約したが、助っ人外国人ながら1分間に5つのファウルを犯して退場、という前代未聞の珍事を起こし、今季の契約延長には至らなかった。このように彼の言動は、世界中どこにいても変わらない。今夏、シーズン開幕までにチームが決まらなければ引退の可能性もあったワールド・ピースだが、常に満たされずにハッスルし続けたことにより、古巣である名門ロサンゼルス・レイカーズ最後の契約枠を勝ち獲った。35歳の彼がコート上でチームにどれだけ貢献できるかは未知数であるが、面倒見のいい彼なら再建期にあるチームに所属する有力な若手プレイヤーたちの教育係、そして兄貴として、チーム上層部が期待する重責を果たすはずだ。どんな理由にせよ、諸刃の剣である本物のエンターテイナーが戻ってきたことを、レイカーズファン以外のNBAファンが喜んでいるかもしれない。まぁ、彼を敵に回したプレイヤーが一番嫌がっているだろうが…

彼は常に的外れで、ピュアで、衝動的で、そして何より人間味に溢れている。そのキャラクターや言動も含め、最近のNBA選手では珍しい、昔気質なタフさとワイルドさ、やりすぎ感で楽しませてくれる貴重な選手であることは間違いない。彼の言動は故意なのか、天然なのか? なんにせよ彼は、常に奇妙なことを考え、自ら行動を起こす。そして皮肉にもその単独ミッションのせいで、彼の改革は常に日の目を見ないのである。昨今、インターネットなどの力も手伝って、スポーツ選手が過剰に商品化され、自らのスキル同様、イメージやメディア・ブランディングに力を注いでいる良い子ちゃんだらけのなか、マイナスイメージに囚われないワールド・ピースは、インパクトある奇行を真顔でやってのける。スポンサーのためにつくり笑いを浮かべ、ナイス・ガイを演じるより、名前を何度も変えるほうが楽しいからだろう。彼にとっては本名を変えることなど、屁のツッパリにもならない。

探れば探るほど深みに嵌り、解明しようとすればするほどわからなくなるメッタ・ワールド・ピースという男は一体何者なのか? 彼はこの先も常に何かを渇求し、悪戦苦闘していようといなくとも、挫けず無邪気に前進し続けるだろう。そしてワールド・ピースは地球上の何処かで自分の帝国を築き、退屈で狡猾な世の中に対して宣戦布告しつつ、常に次の革命の準備をしている。メッタ・ワールド・ピースの描く未来予想図は、胡散臭いやつらがメディアで庶民を煽動するために簡単に口にする、誰も見たことがない「世界平和」と違い、もっとファンタジーとエンターテイメントに溢れているだろう。もしかしたら、われわれ人類が有史以来、経験したことがない本当の世界平和を、体を張って拝ませてくれるかもしれない。

今季のNBAが開幕してまだ間もないが、「最早男のゲームじゃない、赤ん坊のゲームだ。リーグの奴らもソフトで、ハードな奴はもういない。親は自分の子供のことを守りすぎじゃないかな。チームのコーチや審判にも怒鳴るよね。今のリーグもそれと一緒で男のゲームじゃない」と現在のNBAから教育にまで及ぶハードなコメントを残したワールド・ピース。彼にとって、現在のリーグは少し物足りず、かつての大先輩たちと切磋琢磨していたあの古き良き時代が懐かしいのかもしれない。そして何故だか中国以降、登録名となっていたパンダズ・フレンドから、NBAに復帰したこのタイミングでメッタ・ワールド・ピースに登録名も戻した。この世はデタラメである。最早何が本当で何が嘘かもわからないが、とにかく、何事にも全力投球する、色んな意味で最狂のエンターテイナーがNBAに戻ってきたのだ。彼がバスケットボール選手として活躍しようがしまいが、彼のファンタジー溢れる御伽噺はこの先も半永久的に続く。そしてそれは絶対に退屈なものにはならないと保証できるだろう。ドス・エキス社の同CMシリーズの最後の決まり文句は、“Stay Thirsty, My Friends(友よ、常に満たされず求めて生きろ)”という言葉で締めくくられる。やはりメッタ・ワールド・ピースこそが、〈The Most Interesting Man in The World〉に相応しいだろう。