ピザより美味しいメキシコのトラユーダとは

FYI.

This story is over 5 years old.

ピザより美味しいメキシコのトラユーダとは

メキシコ合衆国の南部に位置するオアハカは、メキシコ国内においてもかなり特色の強い食文化で知られている。そのなかでも〈メキシコ版ピザ〉と称されるトラユーダは、屋台から市場の食堂、更にはレストランでも楽しめるオアハカのソウルフードである。その魅力を探った。

子供の頃、いつも祖母はキッチンで采配を振るっていた。かなりの年齢になるまでそうだった。メキシコ・オアハカ生まれの祖母は、〈メキシコ版ピザ〉として知られるトラユーダ(tlayuda)を私に教えてくれた。このオアハカ料理は、生きていて良かったと思えるほどの絶品だった。

祖母はよくマーケットで、トラックのハンドルぐらいの大きさのオアハカ産トルティーヤを2ダース、ラード、指で簡単に砕けるフレッシュチーズを買っていた。家に戻ると、アボカドの葉をいち枚入れた素焼きの鉢に、茹でた豆をすりつぶし、スパイシーなサルサ・ロハ(salsa roja:メキシコ料理に欠かせない、赤いトマトを使ったサルサソース)を少し加える。そして、コマルという加熱用調理器具にトラユーダをのせ、熱くなるのを辛抱強く待ってから、その上にアシエント(asiento:ラードをつくった後に残る肉カス)をたっぷり塗り、すりつぶした豆と砕いたチーズをのせる。その祖母も12年前に他界し、それ以来、私は、彼女のつくってくれたトラユーダ、もしくはそれに近しいものを食べられなくなった。だが、最近になって、メキシコシティのサンティシマ通りの小さな屋台で、トラユーダの第1人者といわれるギルダルド・ソト(Gildardo Soto)が、祖母のマジックをせわしなく再現しているのに偶然出くわしたのだ。

Advertisement

All photos by the author.

ニエベ・ケマーダ(nieve quemada:スモーキーでクリーミーなアイスクリーム)の容器のうしろに座っているソトの周りには、オアハカの伝統的な食べ物がずらりと並んでいた。トウモロコシやカカオからつくったミルクのよう飲み物テハテ(tejate)、チャプリネス(chapulines:バッタをチレとライムで味付けしたもの)、ネングアニートス(nenguanitos:ラードとパンでつくったビスケット)、マモン(mamón:スライスしたスイートブレッド)などだ。

「どのトラユーダも、同じようにつくられているわけではないんだ。トラユーダには、ラディッシュや他の野菜は入れてはいけない」とソトは調理しながら説明する。「美味しくするには、他のものは使わずに、トウモロコシだけでつくなくてはダメだ」。ひっきりなしに客が注文するので、ソトは鉄板から離れられない。「早朝8時頃、マーケットで材料を仕入れ、店を閉めるのは夜の10時頃」

ソトがメキシコシティに移住したのは90年代初頭。初めはメカニックのアシスタントをしたり、通りでコーヒーを売ったりと、仕事を転々としていた。そういった仕事ではなかなか十分な稼ぎが得られず、ぬいぐるみやお土産、化粧品などを売っていた時期もあった。しかし、2000年に2歳の息子が重病にかかってしまい、医療費を払うため、ソトは、それまでに貯めたお金を全て使い果たしてしまった。ソトが負債を返済できるよう、家族が彼に勧めた仕事が、こんにち、彼が誇りを持って取り仕切っているオアハカ物産品店の経営である。

「叔母のアレリ・ソト・ロペス(Areli Soto López)が、昔、ここで働いていたんだ。現在、私が知っていることは全て叔母が教えてくれたんだ」とソトは鉄板にトルティーヤをのせながら語る。そして、彼がトルティーヤの隣にタサホと呼ばれるステーキをひと切れヒョイとのせると、熱せられた肉の脂のジュージューいう音で、隅に置かれた小さなラジオから流れる音楽がかき消された。調理人は小さなブラシを使い、トルティーヤにアシエントを塗り、潰した豆をたっぷりとのせる。「豆の層が薄いのは嫌だから、できるだけたくさんのせるんだ」

そしてフレッシュチーズの塊をつかみ、バラバラにしながらトラユーダにふりかける。「塩味がきついチーズを使って失敗する人がたくさんいる。ラードに含まれている塩分で十分だから、私は無塩チーズを使う」。最後に、巨大なピザのような物体に、キャベツをトッピングするとほぼ出来上がりだ。

「普通のトラユーダには、キャベツや、赤トマト、ラディッシュなんかは入っていない。本物のオアハカ・トラユーダは、アシエント、豆、フレッシュチーズ、そして肉だけ」と彼は説明する。しかし彼は、メキシコシティ住民の舌に合わせて、味を調整している。唐辛子ジュースでつくられた赤いソースの中に、プラスチックのスプーンを手際よく入れては、ソースがコーントルティーヤの上にらせん状に広がるよう、外側から内側に向けてとろりとさせながら広げていた。

タサホから、塩分を含む脂っぽい特徴的な匂いが漂いだすと、ソトは左手でそれをつまみあげ、右手のハサミでひも状にカットする。切れ端がピザのトッピングのようにトラユーダの上に落ちる。「トラユーダをつくるのが好きなんだ」。発泡スチロールの皿にのせたトラユーダを私に手渡しながら彼は語る。「この辺の人のなかには、男が台所に立つのを見ていい顔をしない人もいるが、私は故郷の誇りを大切にしているんだ」

トルティーヤはパリパリとしたしっかりした歯ごたえで、オアハカ独特の甘いフレーバーがあった。豆にはアボカドの葉のいい香りが付いており、トーストしたアルボル(arbol :メキシコの唐辛子)のチリペッパーで、パンチの効いた味になっている。ステーキはやわらかく塩味が付いているが、しょっぱすぎるほどではない。彼のトラユーダは、懐かしい祖母の味と完全に同じではなかったが、週2回は足を運んでしまうほどの美味しさだった。

presented by