多くのサッカーファンにとって、2022年のFIFAワールドカップはいわくつきの大会だ。本大会は始まりから物議を醸していた。2010年、ロシアとカタールでの連続開催が決まった招致プロセスに不正疑惑が浮上し、本大会を主催する国際サッカー連盟FIFAは、(団体全体が直接招致に関与したわけではないものの)汚職スキャンダルと調査で大混乱に陥った。それと同時に、カタールの人権記録をめぐって厳しい調査が実施されてきた。人権団体はこの10年間、カタールのW杯関連のインフラ設備工事に従事した移民労働者への扱いに注視してきた。設備の多くは膨大な経済的、環境的、人的コストをかけて一から建設されたものだ。さらにカタールでは同性愛も法律で禁止され、多くのLGBTQ+の人びとが大会への参加に不安を抱いていた。スポーツウォッシング──個人、団体、国家がスポーツとのつながりを通して自らの評判を浄化するプロセス──がクラブでも国際的にも広く行き渡るなか、サッカーファンは長らく観戦前に倫理観を入場ゲートに置いてくることを求められてきた。しかし、繰り返し試合の品位が貶められた結果、疲弊感や怒りがまん延し、我慢の限界に達したファンが増えている。
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2022年カタール大会の準備期間には、サッカーファンの間で大会をボイコットする動きが広がった。2021年、ノルウェーでは草の根運動に次いで、複数の国内最大級のクラブが大会不参加を呼びかけた。ドイツでは、ブンデスリーガのファンがバナーやティーフォ(応援)を通してボイコットを訴えた。フランスでは、パリ、マルセイユ、ストラスブールを含む多くの地方自治体が公の場での大会生中継やファンゾーンの設置を禁止した。さらに、エリック・カントナやUEFA欧州女子選手権2022で優勝したイングランド代表のロッテ・ウーベン=モイなど、現役選手や元選手のなかにも、試合を観ないと公言している関係者は少なくない。同様に、正式なキャンペーンや活動の一環ではないものの、大会開始前から観戦しないと個人的に決めていたファンも多い。今回、数人のファンがその理由を自身の言葉で語ってくれた。個人情報保護のため、一部のインタビューはファーストネームのみで実施した。なお、インタビューの回答は長さの調整とわかりやすさのために手を加えている。今回のW杯でFIFAがみんなに圧力をかけているのが気に入らない。その一方で、英国政府(特にジェームズ・クレバリー外相)はゲイのファンたちに、カタールに行くなら違った行動をとるように、と伝えている。これは完全に間違ったメッセージだと思う。W杯では当然、旅行の自由と表現の自由が保障されるべきだから。我が国の政府はクィアの人びとに「大会に行ってもいいけれど、自分の身を危険にさらすことを忘れずに」と伝えているようなもの。本当にこれがみんなのためのW杯なんていえるのか?これは僕にとって最悪のスポーツウォッシングだ。利益が最優先され、ファンと競技の間に大きな断絶が生まれている。新しい場所でのW杯開催に反対しているわけじゃない。(2020年に)南アフリカで大会をやったのはすごくよかったと思うし、(2002年の)日本と韓国についても同じ意見だけど、今回のW杯は一試合も観るつもりはない。──UCFBウェンブリー大学講師 マーク・ローフォード(Mark Lawford)僕にとっては、移民労働者との連携がすべて。(汚職疑惑が明るみになった)最初の瞬間から、何かがおかしいとは思っていた。その後どんどん人権侵害が明らかになっていった。同時にウェールズが欧州選手権でも活躍して、サッカー界隈が一気に盛り上がるのを見て、今回は大きな決断をしないと、と思った。子どもの頃の思い出はW杯観戦でいっぱいだし、ウェールズはずっとW杯に出場できなかった(1958年以来)から、本当につらい決断だった。(移民労働者の扱いについての)ニュースが出始めて、衝撃を受けた。LGBTQ+差別にもすごく腹が立った。どうして同じ人間にそんなことができる? テレビで観ているだけでも、加担している気持ちになる。試合を観ないのはとても変な気分だと思う。僕は他人に自分の気持ちを伝えたいタイプだけど、楽しみにしているウェールズサポーターに言うことを聞かせたり、「この試合を観るなんてバカだ」などとは言いたくない。だってみんなこの瞬間を待ちわびていたんだから! ひとに知識を与えるのはいいことだけど、それを頭ごなしにぶつけるべきじゃない。──レクサムFC/ウェールズファン アプ・ダフィド(Ap Daffyd)
「本当にこれがみんなのためのW杯?」
「テレビで観ているだけでも、加担している気持ちになる」
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