オフィスの時代は終わった―コロナ時代における〈働き方改革〉 

多くの専門家は、新型コロナウイルスのワクチンが開発されるまで在宅勤務を推奨している。今、雇用側が考えるべき感染対策とは?
オフィスの時代は終わった―コロナ時代における〈働き方改革〉
Illustration by Hunter French

この記事は、2020年4月24日にVICE USで公開されたものです。

FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグは4月16日、社員の職場復帰を遅らせると発表した。彼のFacebookの投稿によると、自宅で作業可能な社員には、少なくとも5月末までは在宅での勤務を要請するという。また、オフィスが再開したあとも、出勤するのが不安な社員は、最短でも今年の夏まではリモートワークを許可される。

「Facebookのほとんどの社員は、自宅でも生産的に働ける環境に恵まれているので、まずは在宅勤務に対応できない人びとが公的サービスを利用できるよう、私たちが責任を果たすべきだと思ったんです」とザッカーバーグは述べた。「これによってCOVID-19の拡大を抑え、地域社会の安全を保つとともに、私たちが通常の業務に早期復帰できることを願っています」

ザッカーバーグの決断は、一見慈善的で責任ある行動のように思えるが、Facebookが数ヶ月以内に通常業務に近い状態に復帰できると考えているかのような印象も受ける。この楽観的な提案は、自粛生活でストレスが溜まるあまり、近いうちに懐かしのオフィスに戻り、周囲の人たちと名目上は〈楽しく〉働けるようになる、と信じ込んでいる人びとの心には響くかもしれない。しかし、これは医療専門家や経済学者の意見と真っ向から対立する。彼らの多くは、米国では当面のあいだ、在宅勤務の実施が続くと予想している。

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在宅ワーカーが職場に戻るときが来るとしても、彼らが慣れ親しんだオフィスライフは過去の物となり、取り残されるのは人もまばらなフロア、数少ないミーティングや稼働の減ったエレベーター、そして一様にマスクをつけた社員たちだ。

現在、米国経済が直面している最大の疑問は、いつになったら在宅ワーカーが職場に復帰できるのか、ということだ。自宅のリビングで職務を果たせない人びとにとっては、できるだけ早く職場に戻ることが、彼らの家族のためだけではなく、彼らの勤務先、ひいては経済全体のためにも重要だ。そのいっぽうで、在宅勤務をしている数百万人の米国人の状況は全く違う。彼らにとってオフィスに戻ることは最優先事項ではない。どちらかといえば戻れたほうがいい、という程度だ。

「在宅ワーカーにオフィスに行ってもらう必要はありません」とミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネス(University of Michigan’s Ross School of Business)のエリック・ゴードン教授は断言する。「もし彼女がオフィスに行って体調を崩したとしたら、それは彼女だけの問題ではありません。医療制度全体にとっての問題です」。もし全ての在宅ワーカーが突然職場に復帰したら、再び大流行が起きる可能性が非常に高くなる。今年4月にシカゴ大学が発表した論文によると、米国における仕事の37%は「全て自宅で行うことができる」という。サンフランシスコやワシントンDCなどの大都市になると、この数字は50%に跳ね上がる。

経済活性化のための計画の多くは、在宅ワーカーが長期間自宅で仕事をすることを想定している。ドナルド・トランプ大統領は再三にわたって早急に経済活動を再開するべきだと要請してきたが、彼が公開した経済活動再開に向けたガイドラインでは、経済再開プロセスの最終段階に入るまでは、雇用主に対して引き続き「業務が遂行可能な場合はテレワークを推奨する」と定められている(このプロセスの最終段階では、重症化が懸念される人びとも外出でき、高齢者施設への訪問も可能となる)。リベラル系のシンクタンク〈米国進歩センター(Center for American Progress)〉の計画でも、雇用主は「予防接種による集団免疫が達成される」まで「可能な範囲でテレワークを続行させなければならない」とされているが、集団免疫の完遂には12ヶ月から2年かかる見込みだという。右派寄りのシンクタンク〈American Enterprise Institute〉もこれに同意し、米食品医薬品局がワクチンを承認するか、「他の有効な予防法や治療法が選択できるようになる」まで、「適した場所」でテレワークを続けるべきだと述べている。

ザッカーバーグが声明を出したのと同日、ニューヨークのアンドリュー・クオモ州知事は、経済活動再開後も企業は「新たな常識」に適応していく必要があると述べ、「職場のありかたを見直してください」と呼びかけた。「事業を継続したまま、在宅勤務を続けられる社員はどれくらいいるでしょうか?」。国内の経済学者も、さまざまな疑問を提示している。「これは、今までに企業があまり考えてこなかった複雑な問題です」と述べるのは、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス(University of Chicago Booth School of Business)の経済学教授、ジョナサン・ディンゲル氏だ。オフィスでの感染リスクを最小限に抑えるには、雇用主たちは、事業を問題なく展開するための必要最低限の出社人数を正確に割り出すべきだ、と教授は主張する。そのなかには、在宅勤務が可能な人材を含まない。

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「家で仕事ができるとしても、オフィスほど生産的に業務をこなせるとは限りません」とディンゲル教授。「しかし、彼らが家でも比較的効率よく仕事ができる場合、そのような社員を職場に復帰させるメリットは、オフィス以外では不可能なタスクを担当している社員を呼び戻すメリットほど大きくないといえます」

「職場のありかたを見直してください」とクオモ州知事は呼びかけた。「事業を継続したまま、在宅勤務を続けられる社員はどれくらいいるでしょうか?」

NBAが進めているシーズン再開プランを参照してみよう。来シーズンが再び中断されるような事態を避けるべく、新型コロナの感染リスクを減らすため、NBAは万が一シーズンを再開するとしても、会場には観客を入れず、必要最低限のスタッフのみで試合を実施する予定だと報道されている。国内のオフィスにおいても、同様のシナリオが想定される。つまり基幹業務を担う社員のみが出社し、在宅勤務者は感染リスクを抑えるため、そのまま自宅で業務を行なうということだ。ザッカーバーグも前述の投稿で、同社は基幹要員の人数を計算中だと述べ、「リモートワークができない数パーセントの基幹要員」は遅くとも6月には職場に復帰する可能性があるが、「全体としては、当面のあいだ全員がオフィスに戻ることはない」としている。

しかし、雇用側が最善を尽くしたとしても、格差が生じてしまう職場もある。この問題を研究しているディンゲル教授によれば、在宅勤務が可能な職業は、もともと賃金が高い傾向にあるという。それに加え、在宅ワーカーは出勤中に感染リスクにさらされる社員と比べて、感染防止策もとりやすい。

科学者たちがいまだに解明できていない大きな疑問は、この先どれくらいの規模で検査の実施や感染経路の追跡が可能になるのか、また、一度感染すれば免疫がつくられるのか、ということだ。JPモルガン・チェース銀行CEOのジェイミー・ダイモン氏は今年4月上旬、信頼できる免疫検査があれば同行の職場復帰が早まる可能性がある、と述べた。多くのウォール街の企業にとって、社員がオフィスに戻るには「いつでもどこでも受けられる検査」が必要だと報道されている。ハーバード大学の伝染病研究者/免疫学者のマイケル・ミナ博士は、より多くのCOVID-19感染にまつわるデータが広く利用できるようになるまでは、「具体的な計画を立てるのは非常に難しいでしょう」と述べる。

「肩が触れ合いそうな距離に座るフリーアドレスオフィスは、当面のあいだ、満員状態にすることは避けるべきです」

しかし、医学的観点から職場復帰が推奨されていなくても、在宅勤務者を現場に戻そうとする雇用主も出てくるだろう、と専門家は予想している。トランプ大統領の経済再開プランは、企業向けのガイドラインのみを提示しているが、クオモ州知事は、政策決定プロセスに携わるべきは政府だけではない、と主張する。「政府は、民間企業とともに決断していかなければいけません」と州知事は4月中旬に明言した。このままでは、オフィスを再開し、時期尚早にもかかわらず、基幹要員以外の社員たちに混み合った非衛生的な空間へと戻るようプレッシャーをかける企業が出てくることは必至だ。

しかし、感染リスクを最小限に抑え、従業員の不安を和らげるためには、雇用主が責任を持ってオフィスのありかたを根本から見直し、ワクチンが承認されるまでは、ソーシャルディスタンシングや衛生にまつわる新たなガイドラインを順守するべきだ、と専門家は主張する。

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「人びとも安心感を覚えるはずです」と述べるのは、ペンシルベニア大学経営学教授で、〈The Wharton School’s Center of Human Resources〉所長のピーター・カッペリ氏だ。「私たちは長期にわたって、職場でソーシャルディスタンシングを徹底しなければならないでしょう」

このような新たな秩序によって、慣れ親しんだ空間が見慣れない場所のように感じられ、対面コミュニケーションというオフィスライフにおける最大のメリットは最小限に抑えられるようになるだろう。従業員がすし詰め状態になっていたフリーアドレスオフィスは、少なくとも一時的には過去の物となるだろう。「そういうものは、この新しい時代には持ち込めません」と断言するのは、ペンシルベニア大学でグローバルイニシアティブの副プロボストと〈Healthcare Transformation Institute〉の所長を務め、前述の米国進歩センターの新型コロナに関する報告書の筆頭著者であるジーク・エマニュエル教授だ。「肩が触れ合いそうな距離に座るフリーアドレスオフィスは、当面のあいだ、満員状態にすることは避けるべきです」とディンゲル教授も口を揃える。

「特にエレベーターは、ウイルスが拡散する格好の場所です」

さらに、会議室に人が密集した状態でのミーティングも避けるべきだ。エマニュエル教授は、彼が普段使っている会議室の収容人数は25人ほどだが、人と人とのあいだの十分な距離を保つには6〜7人に減らす必要があり、それでもリスクはないわけではないという。いっぽう、そんな対策だけでは甘すぎる、という声もある。社員たちは広くなった空間を享受できるかもしれないが、スペースを確保し、密集状態を避けるためには、雇用側がスケジュールを調整する必要がある。「出社する人数を制限しなければいけません」とエマニュエル教授は指摘する。彼は、誕生日が偶数の社員と奇数の社員を交互に出社させ、その次は社会保障番号によって振り分ける、という方法を提案した。「そうすれば、オフィスに毎回同じ顔触れがそろう、なんてことにはなりません」

それと同時に、周りに誰がいようと、デスクでは常にマスクを着用するべきだ。「マスクを手放さず、肌身離さず持っていましょう」とエマニュエル教授はいう。「職場に復帰した直後しかマスクをつけないひとも多いでしょう」とミナ博士は指摘する。もっとも良いのは、手指消毒液をあらゆる場所に置き、給湯室への立ち入りを最小限にとどめ、徹底した掃除を頻繁に行ない、検温を習慣化することだ。

ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴなどの大都市にある、エレベーター付きの賃貸ビルの高層階にオフィスを構える企業にとって、在宅ワーカーを呼び戻すリスクはさらに高くなる。「そういう職場には誰も戻りたがらないでしょうね」とミナ博士は推測する。「特にエレベーターは、ウイルスが拡散する格好の場所です」。「私ならコンサートに行くほうがマシですね」とゴードン教授も同意する。さらにエマニュエル教授も、混み合ったエレベーターは「ありえません。絶対にそんな状態をつくりだしてはいけない」と断言する。教授によれば、オフィス内でエレベーターに乗るさいは一度に2〜3人を限度とし、全員にマスクと手袋の着用を義務付けるべきだという。

ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴなどの大都市にある、エレベーター付きの賃貸ビルの高層階にオフィスを構える企業にとって、在宅ワーカーを呼び戻すリスクはさらに高くなる。

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「こういった対策を導入していかなければいけません」とエマニュエル教授。「そうすれば全ての感染を防げるのかというと、そうではありませんが、だからこそ検査を受け、感染経路を追跡する必要があるんです。そうすれば再流行が起こっても、感染者数を最小限にとどめるために最善を尽くすことができます」

法律事務所〈Duane Morris〉の人材管理と企業の法的リスクを専門とする顧問弁護士、ジョナサン・シーガルによれば、ソーシャルディスタンシングの取り決め自体は難しいことではないという。問題は、それをいかに実行に移すかだ。「ソーシャルディスタンシングに従わないひとがいたらどうしますか? どのような行動が許容範囲なのか、改めて定義する必要があると思います」と彼は指摘し、個人的には新たなルールに従わなければ「仕事に不適格とみなすべき」と考えている、と述べた。

それでも、ルールを守らない雇用主は必ずいるだろう。しかし、彼らが感染拡大を防ぐべきなのは一目瞭然だ。4月上旬、サウスダコタ州にあるスミスフィールド・フーズの豚肉処理工場は、COVID-19の拡大防止に失敗した結果、数百人の従業員が感染し、工場は閉鎖に追い込まれた。これは同社の評判だけでなく、収益にも大きな損害をもたらした。優秀な人材を求めて競い合う雇用主たちにとって、職場でのCOVID-19ガイドラインの順守を怠ることは、さらなるリスクを招きかねない。例えば優秀な人材がライバル社に流出したり、不安を感じた従業員の生産性が低下する可能性がある、とシーガル氏は指摘する。

たとえ雇用主が万全を尽くしたとしても、職場でのCOVID-19感染拡大は十分にあり得る。雇用主は、マスクの着用義務からシフト調整、さまざまな不確定要素、全体に蔓延する不安感まで、全社員を職場復帰させる代償についてよく考えるべきだ。結局のところ、最大の問題は、在宅ワーカーがいつ職場に復帰できるのかではなく、出勤者がいつ在宅勤務にシフトできるのか、ということなのだろう。

This article originally appeared on VICE US.