声が聞こえる人々 統合失調症患者への新たな取り組み

統合失調症は、人口のおよそ1%が発症するといわれている。幻覚、幻聴が起こり、さらには思考力の低下、様々な妄想にとらわれてしまう。その原因は、脳の神経伝達物質の異常にが示唆されているため、治療の基本は薬物療法である。しかし、非医療的な手法で患者たちをサポートする団体がある。それがヒアリング・ヴォイシズ・ネットワークだ。
22.6.17
Illustration by Ben Thomson

ロン・コールマン(Ron Coleman)がオフィスで計算をしていると、背後から「その計算間違ってるよ」と声が聞こえた。あたりを見回したが、誰もいなかった。

コールマン自身も指導者を務めている〈ヒアリング・ヴォイシズ・ネットワーク(The Hearing Voices Network:HVN)〉は、声が聞こえる人々のサポートしている。非公式団体ではあるが、非常に影響力の大きいグループだ。声が聞こえたとしても、それは誰にでも起こりうる現象で、本人がそれを病気だ、と自認しない限り、必ずしも診断の必要はない、とHVNは考えている。さらに同団体は、メタファーとしての〈声〉が象徴する意味を探るためにも、〈声〉を認めなくてはならない、と説く。

HVNは、代替的であり、非医学的手法を採る。声が聞こえる人々は、〈声〉に対して決然と返答する方法、〈声〉を黙らせるための交渉法も教わる。「自助運動を推奨しています」とコールマン。「声が聞こえる現象について話し合うだけでなく、〈声〉への対応方法についても話し合っています」

Advertisement

HVNの前身組織は、1987年、オランダでスタートした。精神科医のマリウス・ロム(Marius Romme)、科学ジャーナリストのサンドラ・エッシャー(Sandra Escher)、〈声が聞こえる人〉であるパッシー・ハーゲ(Patsy Hage)らが同組織を創設し、その1年後には、英国ネットワークの拠点をマンチェスターに設立した。その後、HVNは着実に活動範囲を広げ、現在は世界35カ国で活動している。

世界保健機関(World Health Organization:WHO)では、統合失調症を次のように定義している。

オーストラリア・ニュージーランド精神医学会(The Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists:RANZCP)によると、統合失調症の治療法は、リスペリドン、クロザピン、オランザピンなど、複数の抗精神病薬の組み合わせによる服用が主流だという。

38歳の学生で、HVNのメンバーであるテインも同じような変調を経験したそうだ。「リスペリドンを約1年間服用したあと、ケトアシドーシス* を発症して救急搬送され、ICUで治療を受けました」とテイン。「ICUで私の治療を担当した医師は、リスペリドンが血糖値急上昇の原因だと予想していました」

当然、HMVに懐疑的な風潮もある。多くの精神科医は、同団体が統合失調症の治療に、非医療的で、根拠のない治療法を奨励しているのでは、と懸念している。精神病の投薬治療を受けない期間が長引けば長引くほど患者の容態が悪化する、という結果が研究によって裏付けられているからだ。

さらに、オタゴ大学精神保健臨床研究所の所長リチャード・ポーター(Richard Porter)博士によると、統合失調症と診断された患者のなかには、自らの疾患に対する病識がないという。「苦しみがあまりにも大きいため、聞こえる声について話をするどころではありません。幻聴は単なる病的現象です。深刻な段階に至れば、どうしてもそれを治療しなくてはなりません」

ニュージーランドの、一般成人コミュニティ向け精神科サービスの臨床部長であり、精神科医のシグルド・シュミット(Sigurd Schmidt)博士は、統合失調症患者が、投薬治療を受けない場合の潜在的危険性は「大きい」と語る。妄想、思考の混乱など、精神病の症状が継続するリスクが、投薬治療を受けている患者よりはるかに高く、「その結果、自身や他人に対するリスクが増加したり、自己管理不能に陥ったりする可能性がある」そうだ。

薬の問題以外にも、HVMは負の烙印の払拭を重要な目標としている。「究極の目的は、声が聞こえる人たちが道を歩きながら声に返答したとしても、まわりが当然のごとく受け入れる世の中にすることです。〈左利き〉を受け入れるのと同じように、声が聞こえる人を受け入れるのです。HVMは病気に対処するための運動ではなく、解放のための運動なのです」とコールマン。

現在、医療サービス業に携わる37歳のジェームズは、精神科病棟で5年を過ごしたが、自らの精神状態に押し付けられた烙印を、自ら消し去る作業が回復するために重要だった、と語る。「最初はたいへんでした。自分の脳は、どこかおかしいのではないか、自分はありのままの現実を体験していないのではないか、と懸念していました。自分を信用できないとしたら、誰を頼ればいいのでしょうか。問題を知っていながら、普通の人と同じように接してくれるHVNのスタッフに囲まれて、私の人生は変わりました」

ジェームズは、入院中の体験をHVNでの体験と比較しながらこう語る。「医療スタッフと患者には明確な違いがあります。図書館にいくにも、コーヒーを飲みにいくにも介護スタッフが私には必要でした。スタッフは、私たち患者の行動を、常にメモしていました。本当に、自らの無力さを痛感しました。その過程全体が私から気力を奪ったんです。その大きな影響から脱するのに時間がかかりました」

コールマンにとって、HVNの核は、声が聞こえる人々の人権を守るための共同闘争にある。「HVNは、社会の少数派を苛む抑圧に闘いを挑みます。今世紀の大きな運動になる価値が本当にあるんです」