イングリッド:ネットストーカーの女

SNSにおける鬱や“病み”の〈オシャレ化〉はなぜ止めるべきか?

いいねやフォローを求めて、不安症やうつの症状を美しく書き連ねる「美しい苦悩(ビューティフル・サファリング)」。SNS上で流行しているこの現象はどうして問題なのか。精神疾患に〈イケてる〉〈イケていない〉の差をつけてしまうことの功罪とは。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP

Instagramで〈#depressed(うつ)〉と検索してみれば、1200万以上の投稿が出てくる。白黒の写真や、泣いているマンガのキャラクターの画像、そして、タバコを吸っているキュートな女の子たちの写真(時折、タトゥー入りの〈sadboi〉たちの写真も見られる)に、「助けて」「消えちゃいたい」などというメッセージが重ねられた画像も散見される。

このように、〈オシャレ〉風に精神疾患を描写することを、精神疾患の専門家アディティ・ヴァーマ(Aditi Verma)は「美しい苦悩」と呼んでいる。精神疾患がミーム化され、不安症やうつが、単にダークなフィルターやシンプルなテキストで演出できてしまう、一時的な〈気分〉に成り下がってしまっている。

このトレンドは10年以上前にTumblrで登場し、Instagramなどのプラットフォームで拡散した。このタイプの投稿だけを集めた数千、数万のフォロワーを抱える大手アカウント(@sadthoughts_1など)も存在する。 1971年から継続的に行われている調査によると、「この30日間で重篤な精神疾患の症状が出た」と答えたヤングアダルト世代(18〜25歳)は、2008年から2017年で71%増加している。精神疾患の誤った描写の流行で、ただでさえ繊細な若者たちの心の健康がさらに蝕まれているのだ。

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「自分も、こういうイメージに共感してもおかしくないと思うんですけど、できないんです」と語るのは、不安症に苦しむ女優のメイソン・スマストララ(Mason Smajstrla)だ。

「Instagramで不安症を描いたようなイメージをみては、自分を責めてしまうんです。そういうイメージって、不安症の上っ面を撫でただけのようなもので、私が抱える不安症とはまったく違うので」

確かにインターネットのおかげで、精神疾患に苦しむひとびとが仲間を見つけることが容易になった。しかし、精神疾患を〈オシャレ化〉して提示することは、精神疾患の仲間たちのためにはならず、むしろ、いいねやフォローを求め、内面の不安を歪めてしまっているようにみえる。

特に、そうやって歪ませてオシャレになる疾患とならない疾患、という差異が生まれることで、双極性障害や境界性パーソナリティ障害、統合失調症など、〈不人気〉な疾患を抱える患者たちに孤立感を与えてしまう。

「精神科医の先生に双極性障害だと診断されたとき、最初に思ったのは『うわ、イケてるやつじゃない』でした」と20歳の学生、アレックスは証言する。「でもそれって変な感想だよな、と思って、その理由を考えてみたんです。それで、Tumblrとかで双極性障害について『ヤバいひと』以外のかたちで言及された投稿を見たことがなかったから自分はそう思ったんだ、って気づいたんです」

〈美しい苦悩〉のトレンドは、精神疾患をイケてるか否か、という基準で分け、イケてない疾患をタブー扱いし、周縁へと追いやる傾向を生んでしまう。その結果、たとえば、双極性障害に苦しんでおり、〈ヤバいヤツ〉とカテゴライズされているカニエ・ウェストよりも、虐待、自殺願望、憂鬱などを歌いながら、外見的な美しさを保っているイメージのあるラナ・デル・レイに憧れる若者が増える可能性もある。

〈美しい苦悩〉により、ある疾患が美化されることはその疾患の患者たちにとってもちろん有害だが、逆に〈美しい苦悩〉の埒外にあるその他の疾患の患者たちは、どんな影響を受けるのだろうか。すなわち、メンタルヘルスの深い理解や受け入れが強く叫ばれている21世紀のデジタル社会において、インターネットがもたらす変革で多くのひとが恩恵を受けているのにもかかわらず、自分の病気だけが疎外されていたら?ということだ。

この考えかたは、〈イケてる〉疾患を抱えること=そのひとの知性、個性、オシャレ感が演出される、という認識につながる。つまり逆にいえば、〈イケてない〉疾患を抱えているひとたちは、そのコミュニティから疎外されるだけじゃなく、普通とは違う〈ヤバいひと〉というステレオタイプにさいなまれるのだ。

さらにこの考えかたにより、精神疾患を抱えたひとたちが、自分の体験の正当性を感じられなくなってしまう危険もある。「今や、本来なら専門家に求める知識を、みんなインターネットで検索しています」とヴァーマは指摘する。

「メンタルヘルスについての誤った情報によって、自らが抱える苦しみの正確な認識が阻害されてしまう可能性もあるんです」

およそ100年ほど前、『The Philosophy of Depression』の著者イーライ・シーゲル(Eli Siegel)は、苦しんでいるひとびとは、うつやその他精神疾患を周囲に理解してもらうために「姿を見せるべきだ」と記した。今や、メンタルヘルスの問題はとどまるところを知らず、彼の言葉の説得力はいよいよ増している。私たちは自らの精神疾患について、ポップカルチャーによる承認や盗用を容易にするための解釈を加えるのではなく、リアルに説明していくことが必要だ。

すべての経験を公開しなくてはいけない、というわけではない。しかし、個人の体験に基づいた、真に迫った精神疾患の描写をするべきだ。そのほうが、夕焼けフィルターを使って悲しげに仕上げた数百万枚の画像よりも、ずっと苦しむひとたちの連帯につながるはずだ。

This article originally appeared on i-D US.