「生理痛は重かったけど、これまで経験した大きな病気は盲腸くらいでしたし、まさか自分が神様に選ばれるなんて思っていませんでした」

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子宮頸がん検診について私たちが知っておくべきこと

「生理痛は重かったけど、これまで経験した大きな病気は盲腸くらいでしたし、まさか自分が神様に選ばれるなんて思っていませんでした」

近年、若年層女性の子宮頸がんが増えているという。

子宮頸部に発生する〈子宮頸がん〉は、〈ヒトパピローマウイルス(HPV:Human Papillomavirus)〉の感染が主な原因とされ、HPVウイルスは、性行為により感染することが知られている。HPVに感染したとしても、多くの女性は自らの免疫力でHPVを体外に排除できるとされている。体外に排出されず長期感染が続いてしまうと、HPVによって〈異常な性格をもった細胞〉がうまれ、その細胞が増殖すると、やがて〈前がん病変〉や子宮頸がんへと移行する。

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子宮頸がんを患った女性は、ほとんど症状のない初期には異変に気づかず、病気が進行し自覚症状が現れて初めて病気に気づくケースが多いという。ただし、早期発見できれば治療できる可能性が高いため、いかに早く病気を発見できるかが重要になる。

日本では、1982年に制定された〈老人保健法〉により、30歳以上の女性を対象として子宮頸がん検診の促進が図られた。現在は、20歳以上の女性を対象とした2年に1度の子宮頸がん検診の実施を厚生労働省が各自治体に推奨している。

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しかし諸外国と比べ、日本の子宮頸がん検診受診率は圧倒的に低い。受診率の向上のため、2009年には検診を無料で受診できるクーポンの配布や検診の受診を促す広告に力が注がれたが、それでも受診率は50%を超えず、2016年に実施された国民生活基礎調査によると、受診率は未だ42.3%に留まっている。

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2018年4月、都内に住むAは〈子宮頸がん〉を宣告された。高校生の頃から生理痛を和らげる薬を毎回服用するほど生理は重く、婦人科での診察も経験していたAは「生理痛は重かったけど、これまで経験した大きな病気は盲腸くらいでしたし、まさか自分が神様に選ばれるなんて思ってませんでした」と子宮頸がんを宣告されたときのことを振り返る。

職場で実施される健康診断を毎年受けていたAは、33歳のときの検診で初めて〈医師採取による子宮頸がん検診〉か〈自己採取による子宮頸がん検診〉かという選択肢を与えられた。

「仕事や育児などで忙しく、通院する時間がとれない」「わざわざ通院するのが面倒臭い」「病院が嫌い」など、あらゆる理由で、病院で検診を受けない、受けられない女性たちが自宅で子宮頸がん検診を受けられるよう考案されたのが〈自己採取による子宮頸がん検診〉だ。自己採取用の器具を受診者の女性自ら膣内に挿入し、子宮口付近の細胞を採取する。それを検査会社が回収して調べ、診断結果が受診者に通達される仕組みだ。

自分でぱっと検査できるなら、という理由で自己採取を選択したAによると、医師採取と自己採取の精度の差などについての説明は特になく、自らも自己採取について調べることはしなかったという。検査結果は〈A判定、異常なし〉だった。「前年の検査結果は〈D判定〉だったんです。でも、そのときは過労かストレスではないか、と告げられ、その後の追跡検査を受けることはありませんでした。私も気がつけばよかったのですが、その翌年の検査で〈A判定〉だったので、ラッキー、と結果を疑ったりはしなかったんです」

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医師採取による子宮頸がん検診、自己採取による子宮頸がん検診のどちらかを選択できる病院のほとんどが〈医師採取のほうが自己採取に比べ精度が高く、おすすめの検査〉と案内している。自己採取の選択肢を設けている理由について、医師採取、自己採取が選択できるとあるクリニックに問い合わせると「受診者のスケジュールの都合上、自己採取を選択するというケースがあるため」との答えだった。

自己採取による子宮頸がん検診で、異常なし、と診断されたAは、翌年、転職した職場で実施されている健康診断を受けた。そのときの子宮検査は、医師採取による子宮頸がん検診だった。数日後、Aのもとに〈E判定、要精密検査〉という検査結果が届いた。

もともと貧血気味だったAは、血液検査で〈E判定〉を何度か経験したことがあり、再検査も経験していた。血液検査とは異なるものの、今回も深刻な結果はでないだろう、とAはそこまで気に留めていなかった。それだけに、子宮頸がんだと告げられたAは、動転し、頭のなかが真っ白になったという。「子宮をチョキって切るくらいですよね?」と尋ねるAに、医師は「おそらく全摘ですね」と答えた。病院から自宅へと向かうタクシーのなか、検査結果の報告のため母親に電話をした。Aは、母と話しているうちに冷静になり「自分はもう子どもを産めないんだ」と自覚したそうだ。「どこかで、自分はがんとは無関係だと思っていたし、子どもについても、35歳をすぎたあたりで考えればいいかな、と。子どもを産む人生か産まない人生かは、私の自由選択だと考えていました」

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大学病院の婦人科で詳しい検査をした結果、がんは子宮のみならず、リンパにまで転移していることが判明した。担当医から、ちゃんと健康診断を受けていたかと訊かれ、健康診断は毎年受けていたこと、前年の自己採取による子宮頸がん検診の結果はA判定だったことを告げると、担当医は静かに怒っているようだったという。「医者が診ても判断が難しいときがあるのに、自己採取による子宮頸がん検診を選択肢として提唱している病院があるなんて〈遺憾です〉と言わんばかりの雰囲気でした。そのとき、そうは思いたくなかったけれど、無知は自分を残酷なほうに導くこともあり、無知は罪なんだ、と感じました」

Aの診察を担当した大学病院の婦人科医と同じように、自己採取による子宮頸がん検診を推奨しない婦人科医やレディースクリニックも多い。理由を尋ねると、どこのクリニックも「医師が細胞を採取するさいは、膣をひらく器具を挿入して該当箇所の細胞を採取するのに対し、自己採取では、適切な細胞が採取できない可能性があるため」と口をそろえる。

婦人科腫瘍の予防、診断、治療及び遺伝子情報等に関する研究等の事業を行う日本婦人科腫瘍学会は、自己採取による子宮頸がん検診について「専門医が木製のヘラや小綿棒などでじかに子宮頸部を擦過して細胞を採取する方法に比べて、自己採取法は正診率が低いうえ誤診率が高く、実用にならないことは婦人科医の常識です。(中略)学会は、自己採取法は有害無益なのでやるべきではないと考えています。」と公式ホームページで表明している。また、ある婦人科医に自己採取による子宮頸がん検診について尋ねると「自己採取は〈議論の価値もない〉といっていいほど、医師のあいだでは検診として認められた方法ではありません」と語気を強めた。

いっぽうで、自己採取による子宮頸がん検診の精度向上に努める人物もいる。杏林大学保健学部細胞診断学の元教授で、現在は〈株式会社アイ・ラボCyto STD研究所〉の細胞検査士である椎名義雄氏は「医師が自己採取による子宮頸がん検診に否定的なのは当たり前だ」と言明する。

40年ほど前、杏林大学保健学部細胞診断学の教員として細胞検査士の指導にあたっていた椎名氏も「自己採取による子宮頸がん検診はあまり良い方法とはいえない」と学生たちに教えていた。当時から〈自己採取では適切な細胞は採取できない〉という説が一般的だったからだ。しかし、千葉県の某検査会社で、子宮頸がん検診の検査を手伝いはじめた椎名氏は、病院での子宮頸がん検診にも疑問を抱くようになった。自己採取だけでなく、医師採取でも、適切な細胞が適量採取できていない、もしくは、標本が適切に作製されず、2〜3割が〈適正ではない〉標本となる現実を目の当たりにした。

ひとえに〈自己採取器具〉といえど、開発する会社は数社あり、器具によって形状や仕様に違いがある。椎名氏によると、使用する器具によって精度も変わるという。「自己採取器具に種類があるなんて、自己採取による子宮頸がん検診を受ける女性たちは知りもしませんし、婦人科の医師ですら、自己採取の器具なんて触ったこともなく、自己採取による子宮頸がん検診を推奨していないのがほとんどでしょう」と椎名氏。

自己採取器具を使用し、〈細胞の採取〉をクリアしたとしても、〈標本の作製〉〈観察〉が最適な条件でクリアできなければ、正しい診断結果は得られない。「特に自己採取法では、病巣を擦って得られた細胞と、自然に剥がれて溜まっていた細胞まで採取するので、相対的に異常な細胞の数が少なくなります。従って、医師が採取した標本よりさらに注意深い観察が必要になるのです」と椎名氏。

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子宮頸がん検診は、血液検査のように機械が自動で結果を出しているわけではなく、ひとつひとつの標本をヒトの目で診て、異常な細胞がないかをチェックする。子宮頸がん検診の正しい診断には〈細胞の採取〉〈標本の作製〉〈観察〉のどれも重要だが、特に〈観察〉は、時間と労力、さらに検査士の経験や使命感が強く影響するので、椎名氏は、機械でできる検査と同じような感覚で営業をする検査会の現状を危惧している。

「検査は全て100%正しいとは限りませんが、検査を請け負う以上、100%に近づける努力を惜しんではいけないんです」と椎名氏は覚悟を語る。「子宮頸がん検診を病院で受けられない〈検診弱者〉にとって、自己採取による子宮頸がん検診が少しでも役立つなら、私たちができる最大のサービスをしていきたい。子宮頸がん検診に携わる立場として、いいことも悪いこともちゃんと伝えていきたいんです」

椎名氏は「検診でもし異常が発見されたときは必ずクリニックを受診し、再度精密検査を受けてください。精密検査の結果〈異常なし〉と告げられても、それは一時的に細胞が少なく、検出できなかったことも考えられるので、簡単に安心せずに細心の注意を払ってください」と力説していた。しかし、もし〈異常なし〉と告げられたとき、私たちは安堵することなく、その結果を疑うことができるだろうか? 私たちに必要なのは〈自分がいつ子宮頸がんになってもおかしくない〉という緊張感をもつことかもしれない。

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担当者からしっかりと説明を受けたうえで、医師採取による子宮頸がん検診、自己採取による子宮頸がん検診のどちらかを選択できるならどうするか、とAに尋ねると、医師採取を選択するとAは断言した。「自己採取は、誰かのせいにできないから」とA。「ただでさえがんは、自分の免疫力、自分の生活態度、今まで自分がしてきた選択、全部自分が悪いんだと自分を責めてしまいます。でも、もしお医者さんの見落としとか、自分以外のところに非があると思えれば、少しは楽になったのかもしれない」

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治療の副作用に耐え、化学療法をひと通り終えたAは〈普通〉について改めて考える。「普通に健康で、普通に子どもを産んで、普通に仕事して、というのは〈普通〉ではないんだと子宮頸がんのおかげで気づきました。これから家族とどういう生きかたをしたら、より私たちらしく、楽しくて、幸せかを考えられるようになったので、病気になってよかったとはいわないけれど、ただ心が傷ついて終わったわけじゃない」