社会学者が語る〈おひとりさま〉のススメ

ひとりで生き、ひとりで死ぬのも怖くない。幸福な独身者たちから私たちが学ぶべきこととは。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
社会学者が語る〈おひとりさま〉のススメ
Image via Shutterstock

常日頃から核家族が尊重されているこの世界で、おひとりさまたちは静かにのけ者扱いされている。性格に、容姿に、もしくは年齢に難があるためにパートナーが見つけられないとみなされ、ひとりで寂しい死を遂げると思われている。カナダでは、離婚率が約40%に及び、さらにとんでもない額の養育費がかかるにもかかわらず、私たちは喜んでウェディング業界に資金を投じる。いつまでも独身でいることは、哀れなこと。衰えた自分の面倒をみてくれる結婚相手がいなければ、最後には孤独死して、飼い猫に身を喰われて終わり…。

そんなイメージを一新する書籍が発表された。タイトルは、『Happy Singlehood: The Rising Acceptance and Celebration of Solo Living』。同書によると、独身はマイノリティではなく、むしろ独身者たちは、人生における幸福や充足感を得やすいという。同書の著者であるヘブライ大学社会学者のエルヤキム・キスレフ(Elyakim Kislev)博士は、世界中の数多くの国の人口統計において、独身者が急速に増加している原因を研究し、社会からのプレッシャーが大きいにもかかわらずひとびとが独身であることを選ぶさまざまな理由(教育機会、フェミニズム、消費主義、都市化の進行など)に加え、独身者が既婚者と比べて幸福度が高いこと、独善的な意識が低いことも突き止めた。また、新しいかたちの〈愛〉を見つけたり、仕事に意味を見出したり(既婚者よりも収入は少ない傾向にあるが)、歳を重ねるにつれて自らのコミュニティを構築するようになる独身者たちの姿も追った。

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キスレフ博士が語る、〈おひとりさま〉の真実とは。

──まず、なぜ世界の人口統計において、独身者が急増しているのでしょうか。
ひとびとは今、プライベートな時間をより多く欲しているからです。また、社会における女性の地位向上も理由のひとつに挙げられるでしょう。女性はもはや、男性に養ってもらう必要がない。かなり自立しています。ひとりで何でもこなせてしまうので、そういった意味で結婚にこだわらなくなっている。また、教育や仕事に打ち込む時間のぶん、晩婚化も進んでいます。国内外の移住も増えており、他人とつながる必要性も感じなくなっています。現代に生きる私たちは、より個人主義化、グローバル化が進んでいるんです。

──にもかかわらず、いまだに社会における独身者の扱いはひどいものですし、脅威、あるいは厄介ものとみなされていますよね。それはなぜでしょう?
おそらく、変化が急速に進みすぎたのだと思います。社会で信用されていたのは、何らかの責任を担う人間でした。配偶者や子どもという守るべき存在がいる人間は、社会にとっての脅威ではないわけです。なので、何らかの責任を担っていることが、一目でわかるような証拠が必要なんです。しかし状況が急速に変化して、私たちはお互いにつながりあいつつも、そのつながりは目に見えづらくなってしまった。私たちは広い人脈をもち、世界中に友人がいて、さらに高齢の両親の面倒もみている。ですが、私たちの考えかたは、現実ほど速いペースでは変化していないんです。だから独身者を信用できない、と考えるひとがいまだに多いんです。

──〈マトリマニア(matrimania:結婚を過剰に賛美すること)〉とは?
独身者研究の分野を代表する研究者、ベラ・デパウロ(Bella DePaulo)教授の造語です。この社会は、結婚というものに完全に支配されています。早く結婚して子どもを産むことが望ましいとされている。マトリマニアは〈独身差別(singlism)〉につながります。とにかく結婚することが正義であり、独身者は信用できないから嫌い、となるわけです。

──独身差別はどれほど蔓延しているのでしょう。また、その意識が有害である理由は?
はっきりとはわかっていません。そして、それこそが重要なんです。独身者の立場についての研究は少ない。独身者はみんな結婚したがっている、と想定されがちなのも、研究がなく、データも不充分だからです。独身であることを世間がどう捉えているかを調査した記録もありません。
独身者に向けられる差別や社会的なプレッシャーを解決する第一歩としては、まず彼らが経験する圧力や、社会からの排除を認識することです。誰もがいつかは結婚するべきだ、とする意識は、すでに内面化されている。結婚なんてしたくない、という気持ちと、それに対する罪悪感や、パートナーを見つけないと、という想いが共存しているんです。みんな、そうやって苦しんでいる。まずは社会から独身者がいかに排除されているかを認識し、シングルのライフスタイルを受け入れ、歓迎しましょう。シングルだろうと、豊かで幸せな人生を送れますから。

──博士の研究では、結婚したいと望む独身者より、シングルライフを謳歌している独身者のほうが世間的には印象が悪いと明らかになっています。その理由は何でしょう。
それはあらゆる差別と同じで、仲間意識というものが原因です。私たちは、周りのひとに自分と同じようになってほしい、自分と同じ価値観を抱いてほしいと考えるんです。誰かが結婚したいといえば、「よし、このひとは仲間だ、よかった」と思う。だけど、結婚したくないというひとがいれば、そのひとを異常だと考える。同じ価値観ではないから、仲間ではない、と。

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──研究中、何度も目の当たりにした、独身者にまつわる最大の誤解とは?
〈独身=みじめ〉という思い込みですね。シングルのひとは、ひとりでも楽しめますし、豊かで満ち足りた生活を送れます。また、シングルはブサイクで、未熟で、反社会的、というレッテルが貼られることもありますね。たくさんの誤解が蔓延しています。

──そうじゃない独身者なんて周りにもたくさんいるのに、不思議ですね。
まさにそうなんです。シングルの知り合いがいるだけじゃない、既婚者もかつては独身だったし、いつかはみんなシングルになる。結婚は永遠に続かないのが事実です。自分が死ぬ場合もあるし、相手と死別するかも。離婚の可能性もある。シングルにならないためには、若いうちに結婚して、同じパートナーと人生を共にして、自分が先に死ぬしかありませんよね。独身人口はかなり増えており、社会はそれを前提にしておくべきです。北米とヨーロッパでは、シングルがマジョリティですからね。歳を重ねれば、ほぼ全員が独身者になります。

──しかし幼い頃から、結婚こそが究極のゴールだと教えられています。子どもたちにもひとりで生きていくすべを教えるべきだと?
独身者としての基礎は教えるべきですね。他人とどうつながるか、家族の一員や誰かのパートナーとなる以外に、どう人生の意味を見つけるか。この世界の、核家族という文脈の外で、自分の居場所を見つけないといけませんから。

──孤独死したくないから結婚する、というひとも多いですが、博士はこの考えは誤りだと?
恐怖心は、間違った決断につながります。いつか何かが起こるかも、という恐怖心のために、妥協して結婚したり、わざわざ元恋人とヨリを戻すひともいるくらいですが、そうやって、変な理由で結婚して、不幸な結婚生活を10年も20年も送っている夫婦は少なくありません。50歳を超えた離婚を〈熟年離婚〉などと呼びますが、熟年になると離婚率も2倍、3倍に跳ね上がります。でも、支援システムもなく、彼らはシングルライフを送るためのスキルや方法を知らないため、独身を貫いた同年代よりも困窮することもあるんです。友人も、人脈も、コミュニティもなく、厳しい生活を送らざるを得ない。

──恐怖心のために、一か八かの賭けに出てしまうということですね。独身者は、既婚者よりも利己的だと思われることも多いですが、博士の研究ではそれが誤りだとわかりました。
むしろ逆ですね。シングルのほうが、既婚者の兄弟よりも親の面倒をよくみることが判明していますし、彼らはより社交的で、他人とのつながりも深い。友人、人間関係、社会活動、ボランティアなどから幸福感や人生の満足感を得ています。

──博士は本書で、独身者を支援する社会構造を実現するための方法をいくつか提案していました。なかでも何がいちばん重要だと思いますか?
独身教育を小学校から始めることですね。幼いうちから、責任を担える個人として成長するように指導するんです。つまり、自分のことは自分ででき、自らの人生の歩みかたや他人とのつながりかたを知り、自らが属すコミュニティにおける社会的ネットワークを構築できるような人間です。これは幼いうちから教えておくべきですね。

──本書では、独身文化が栄えている国として日本を挙げています。日本では、20〜30代の日本人男性の75%が、自らをセックスにも恋愛にも興味がない〈草食系〉と認識している、という調査結果も出ています。しかし、政策、住まい、社会的な認識などの点からみて、世界でいちばんシングルライフを送りやすい国はどこでしょう?
ポルトガルですね。私は、各国で国民全体の幸福と、独身者の幸福を比較したんですが、特にスペイン、イタリア、ギリシャなどをはじめとする南欧の国々では、独身者が感じる幸福度が高かったんです。ただ、これに関してはもういちど精査しなくては、と考えています。そんなに単純な話ではないかもしれません。たとえば年齢で分けたり、世間が独身であることをどう捉えているかも加えて考察したいですね。さらなる研究が必要です。

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──個人的な幸福度に関しては、独身女性と独身男性、どちらが高いのでしょう? また、その理由は?
独身女性は自らの現状に満足している傾向にあります。社会的ネットワークを構築するのにも優れています。既婚男性は女性と比べて、友人と疎遠になり、社会的ネットワークに投資しない傾向が高いんです。だから離婚して強い孤独感を抱くのは男性のほうですね。

──〈greedy marriage(貪欲な結婚)〉とは?
結婚して、家庭の事ばかり考えるようになることです。家族の面倒をみることこそが、人生の究極の目的だと考えるようになり、自分のエネルギーやリソースをすべて家族に注ぐ。そして社会的ネットワークを放棄してしまう。まさに、一か八かの賭けをしている状態です。

──結局、その他あらゆる条件が同じだとしたら、独身者は既婚者よりも幸福なんでしょうか?
難しい質問ですね。シンプルに答えるとすると、答えはノーです。既婚者のほうが幸福だと主張する研究もあります。でも、既婚者が幸せな理由は結婚とは限りません。自分は幸福だと感じているひとのほうが結婚しやすい、ということかも。
いずれにせよ、独身者と既婚者を比べるのはフェアではないと思います。既婚者だって、離婚したり死別したりする可能性があります。そうなると、一気にどん底に落ちるかもしれないんです。いっぽうで、独身者のほうが、人生の山や谷にも柔軟に対応できるのは確かです。独身者と、既婚者/離婚者/寡婦・寡夫を比べれば、後者のほうが幸福度は低いでしょうし、シングルライフにも慣れていません。幸福度を比べるとしたら、そうやって、国民全体と比べるべきでしょうね。

──不幸な既婚者が幸せになるために、独身者から学べることってありますか?
既婚者が独身者から学べることはたくさんありますよ。幸せに暮らしている独身者はいろんなことを教えてくれます。まず、友人、親戚、社会的ネットワークを大切にすること。常に誰かとつながっていること。結婚していても孤独を感じるひとは本当に多い。そんなひとたちは、楽しく過ごしている独身者たちからひととのつながりかたを学べるでしょう。また、幸福な独身者は自分のことを自分で決断し、自分の人生に自分で責任をとっています。いっぽう、自分の人生を自分で決められなくなってしまった、と感じる既婚者は多いんです。パートナーを責め立てたり、誰かに縛られてしまうひともいる。なのでできる限り自立しましょう。自分の人生や決断に責任をもつんです。幸福な独身者は自分の人生を振り返り、「これは自分が選んだ道だし、自分でしっかり決断して、結果を受け入れてきた。自分はそれを幸せに思う」と断言できる。責任は自分にありますからね。

──この先、結婚が過去の遺物になる可能性は?
ないでしょうね。結婚は、相手に自分を捧げるという約束です。その誓いをかたちとして残すのが結婚であり、それを必要とするひとはいなくならないでしょう。でもいつかは、その約束にも幅が出てくるはずです。結婚した夫婦だけじゃなく、同棲、別居婚(LAT)、よりライトでカジュアルな関係性。きっと将来は、それらすべてが混在していると思います。

This article originally appeared on VICE CA.