北朝鮮でジョイントベンチャーの設立を目論む投資家たち

ラベルには「Made in China」と記されていた。しかし、2月、北朝鮮の縫製工場で撮影された写真がネット上に流出すると、オーストラリアのスポーツウェア・メーカー、リップカール(Rip Curl)は、4,000着のジャケットが朝鮮民主主義人民共和国で製造されていた事実を認めざるを得なかった。

リップカールは、中国の業者が無断で北朝鮮にアウトソーシングした、との理由でジャケット購入者には返金を申し出、該当するジャケットによる利益をすべて寄付する、と約束した。さらに同社は、当の中国業者との業務関係解消も発表した。

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「お客様の信頼を裏切り、誠に申し訳ございませんでした」とリップカールは謝意を表した。「そして、このような事態を引き起こしましたことを心よりお詫び申しあげます」

しかし、フェリックス・アブト(Felix Abt)氏は同社が謝罪する必要はないと考える。

スイス生まれのアブト氏は、2002〜09年まで平壌に在住し、仕事をした経験を持つ、北朝鮮との経済関係を推奨する数少ない欧米の実業家である。今年『エコノミスト』誌が北朝鮮を世界最低の投資対象と評したが、アブト氏らは、倫理的にも問題ない、とそれに反論する。

北朝鮮における欧米投資家の動向を包括的に示すことは困難である。風評被害を避けるためか、北朝鮮政府の報復を恐れてかは定かでないが、ごくいち部の例外を除いて、北朝鮮での利権について口にするのを非常に躊躇する傾向にある。

しかし、北朝鮮のような市場に惹付けられる投資家は、「リスクテイカーであり、その大勢が大規模市場には介入できない」と語るのは、ワシントン D.C.で、フロンティア市場をターゲットにする投資家の顧問を務める、とある弁護士だ。彼は、顧客との関係を鑑みて匿名で取材に対応した。「そういった投資家たちは、倫理的にも柔軟です」

中国の人件費高騰により、「北朝鮮は格好のアウトソーシング先になりました」とアブト氏。彼は『A Capitalist in North Korea(北朝鮮の資本主義者)』と題する書籍を著し、同国内でいくつもの海外企業の代理人を務めている。彼によると、「概ね他国の労働者より勤勉」で、海外からの投資、ビジネスに対する同国の規制は、年々緩やかになっているそうだ。新規に整備される工業団地では、インフラの脆弱さに起因する停電や燃料不足、といった問題もひとつひとつ解決されているらしい。

また、いち製品につき、北朝鮮にアウトソーシングした製品数が全体の半分未満であれば、企業は「『中国製』と表記できます」とアブト氏は教えてくれた。製造業界で『China Plus One(中国ともう1ヶ国)』と呼ばれるこの戦略は、多大な労働力を要する作業の発注を意味している。中国では、工場労働者の最低月収は約270ドル(約30万円)だが、北朝鮮での工場労働者の最高月収が公定で75ドル未満だ。

アブト氏は現在、ベトナム在住ながらも複数の北朝鮮ジョイントベンチャーの役員をつとめており、何かと物議を醸し出す人物である。自身の北朝鮮に対するスタンスから、彼には、「ボトム・フィッシング野郎」から「スイスが人類にもたらしたフランソワ・ジュヌー(第三帝国の投資家)以降最大の恥」まで、ありとあらゆる蔑称がある。

それでもアブト氏は、北朝鮮との「経済関係」は同国の一般市民にも恩恵を与える、との持論を崩さない。氏と仲間たちは、同国のビジネスマンが欧米流の経営スタイルに触れるきっかけを与え、企業の社会責任という概念を紹介している、と確信している。

「そういった努力が実を結び、カフェテリアが新しくなったり、労働者用のシャワーが整備されていたり、工場を再訪するとポジティブな変化に気付きます」

シャワーの有無はともかく、北朝鮮の工場における労働条件は「かつてのアメリカ黒人奴隷ほど劣悪ではありませんが、搾取されているのに間違いありません」とジョンズ・ホプキンス大学米朝関係研究所のカーティス・メルヴィン(Curtis Melvin)研究員は語る。

経済学者でもあるメルヴィン研究員は、北朝鮮への投資は、少なくとも、同国に変化を促す何らかのポテンシャルを秘めている、としぶしぶ認める。とはいえ、ビジネス的にも倫理的にも、当分は北朝鮮への投資はおすすめしないそうだ。

「政治腐敗のせいで情報が遮断されていますから、契約不履行は日常茶飯事です」とメルヴィン研究員は警鐘を鳴らす。「北朝鮮は安全保障上の脅威であり、人権を著しく蹂躙しているため、その状態が変わらない限り、同国への投資はマイナスです」

マイナスは何度も顕在化している。2012年には、中国の鉱業会社「西洋集団(シーヤン・グループ)」が北朝鮮での五年間を「悪夢」と評した。朝鮮労働党とジョイントベンチャーを設立するために、同社が3,700万ドル(約41億円)を投資した後になって、政府高官が調印済みの契約に対する変更を要求し始めた。同社が要求を拒絶すると、北朝鮮は同社に対する電力・水道・通信サービスの供給を停止した。それから、スタッフ100名をバスで中国との国境まで連行し、国外追放処分にした。

2015年には、ヨーロッパの投資家と北朝鮮文化省の電子機器ジョイントベンチャーが失敗に終わった。「フェニックス社の役員会と現地経営陣との間に修復不可能な溝があり、フェニックス・コマーシャル・ベンチャー株式会社はハナ電子合営会社との合弁契約を終了しました」とリリースが発表された。フェニックス社のイギリス人代表ナイジェル・カウィー(Nigel Cowie)氏は、VICE Newsに対して、公表を前提にコメントするのを拒否している。

フェニックス社が声明を発表した二ヶ月後、北朝鮮初の移動通信網を開発したエジプトのオラスコム・テレコム社が株式の75%を所有する、逓信省との合弁会社、チェオ合作会社の「実質経営権を失った」ことを明らかにした。逓信省は推定6億5,300万ドルにものぼる収益をオラスコムに渡さず、平壌周辺の改善工事に使用するよう要求したらしい。その後、同省は競合する移動通信サービスを立ち上げた。

オラスコムは、現段階で北朝鮮から撤退するか否かを明らかにはしていないが、撤退する場合にはこれまでの投資回収を諦めなければならないのはほぼ間違いない。

金正恩政権との取引には、金銭的なリスクに加えて、メルヴィン研究員が「激しく搾取される労働者」と評す、倫理的な問題がつきまとう。2014年、国連使節団は、北朝鮮が「世界中で最も人権を抑圧する」世界有数の政府であり、「反逆罪の容疑で集団的処罰を与え、捕虜収容所などの拘束施設で子どもを含む何十万もの人民を実質的奴隷として扱い、劣悪な環境で強制労働に従事させている」と発表した。

しかし、北朝鮮と外国企業のビジネスを推進しているのはアブト氏だけではない。外国企業に北朝鮮でのオフショアを橋渡しするオランダ人コンサルタント、ポール・チア(Paul Tjia)氏もまた、同国とのビジネスを肯定的に捉えている。投資の可能性がある企業に対して2016年1月に配信したメールで、チア氏は「緊張と『冷戦』状態が継続しているなか、新たな提携方法の模索が重要となります」としている。

現在、チア氏はライセンスプレート、顔、声紋認証製品、指紋認証ソフト製造などの分野における北朝鮮のIT関連事業に強い関心を抱いている。その一方でアブト氏曰く、北朝鮮での義歯製造は特に利益率が高いらしい。アジアで最も義歯の使用率が高く、製造も盛んなフィリピンでかかる製造コストの何分の1かで義歯が製造できてしまう。

また、北朝鮮国内には「膨大な」鉱物資源が眠っているものの、採掘に必要な設備や技術が不足している、とアブト氏は指摘する。「もし国連の制裁がなければ、十二分に価値のある資源を産出する」可能性があるそうだ。

1970年初頭にジョージ・ソロス(George Soros)氏とクォンタム・ファンドを設立し、「逆張り投資家」として名を馳せるジム・ロジャース(Jim Rogers)氏は、可能なら自身の全財産を北朝鮮に投資する、と明言した。

ロジャース氏は、2007年の訪朝で「われわれが知っているプロパガンダではなく、南北統一に肯定的なプロパガンダを知り」、初めて同国への投資に関心を持ったそうだ。ロジャース氏は、四年後の「ガキんちょ(金正恩)が第一書記になった数か月後」に、投資の可能性を本格的に検討し始めた。

金正恩第一書記の命による苛烈な粛清がたびたび報じられるなか、ロジャース氏は、第一書記が「スイス育ちで外の世界も知っている」のに着目している。彼は、1998〜2000年にかけて、ベルンにある全寮制の学校に通っていた。クラスメートは彼を「危険で予測不可能、暴力的性向があり、誇大妄想の気がある」と評した。

アメリカ国民として、ロジャース氏は、北朝鮮への投資が「ほぼ不可能」であり、制裁措置は、アメリカ人と競合する必要のない中国やロシアの投資家への「朗報」だとする。彼は、アメリカの投資制限を「古くさい気の滅入る映画」と揶揄する。アメリカの投資家がミャンマー、ベトナム、ラオス、カンボジア、南アフリカ、イラン、中国、ロシア、キューバなどで、諸外国の投資家の後塵を拝した過去の事例を、ロジャース氏はそう例えるのだ。

上記の国々は、北朝鮮と同じく現在、もしくは過去に深刻な人権問題で非難された国なのは明らかである。

ロジャース氏は、北朝鮮と1981年の中国が非常に似通っている、と分析しつつも「朝鮮半島の統一は数年のうちに実現する」はずだから、中国よりも変化は速い、と予想している。しかし、過去何十年ものあいだ、再統一間近、と噂されてきたが実現していない。

中国と同様に、北朝鮮も外国投資家に対してある程度の経済的メリットを供与すべきだ、と強調するのは、カナダで北朝鮮との学術交流に携わるNGO団体「ピョンヤン・プロジェクト」の代表、マシュー・ライヒェル(Matthew Reichel)氏だ。しかし、彼は、誰であろうと「次に注目すべき投資先として、北朝鮮の奇妙なバラ色に描いてみせる識者は真実を語ってはいない」とも断じた。

「地理的に素晴らしい場所に位置している上に、国民は識字率も高く勤勉です」とライヒェル氏は讃えるが、「北朝鮮でのビジネス展開は、かなりの痛みに耐えなければならず、倫理的問題も無視するわけにはいきません」と懸念も隠さない。

二、三の工場が欧米の資本と提携する程度で、北朝鮮政府は崩壊しない。しかし「市場開放」は当然のごとく政府の統制を弱める。ライヒェル氏は、交換可能通過が北朝鮮国民のポケットに入るのは、「彼らが政権を経由しない情報を獲る、前向きな機会だ」と捉えている。

Rip Curlはオーストラリアの企業であり、今回偶然北朝鮮と関係を持ったことで法を犯したとはされないだろう。しかし、アメリカの企業は、たとえ意図的でなくとも北朝鮮に製造をアウトソーシングすれば、法令違反に問われる可能性が高い。意図的に違反した場合には、100万ドル以下の罰金または20年以下の懲役刑、またはその両方が課せられる。

搾取につながる抜け道は、当然あるだろう。しかし、ワシントンD.C.の匿名弁護士、北朝鮮アナリストのジョシュア・スタントン(Joshua Stanton)氏が指摘するように、今年初めに北朝鮮が核実験やミサイルの発射実験を行って以来、制裁はさらに厳しくなっている。

「正気の沙汰ではない」とスタントン氏はいう。「こんな時期に北朝鮮での投資やジョイントベンチャー設立を目論むなんて」