銃器捜査のでっち上げがエスカレートし、2000年4月、北海道警銃器対策課と函館税関は、拳銃200丁の摘発の見返りに130キロの覚せい剤と2トンの大麻の密輸を手引き──。この日本警察史上最大の不祥事が映画になった。綾野剛扮する悪徳刑事と捜査協力者たちの奔走に、劇場では危険な笑いが沸いている。猛暑をもっと熱くする映画『日本で一番悪い奴ら』、その魅力とは。
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こんなにも、チャカ(拳銃)やシャブ(覚せい剤)といった単語が威勢よく飛び交う映画は久しくなかった!
現在公開中、綾野剛主演の『日本で一番悪い奴ら』のことである(以下、『日悪』)。近年の邦画では珍しい実録クライム・エンタテインメントで、綾野扮する北海道警の新米刑事・諸星は先輩(ピエール瀧)に「裏社会に自ら飛び込んで捜査協力者のS(スパイ)を作れ」と教えられ、その通りに実行、交流を持った暴力団員ほか数人の“S”を動かして次々とヤバいヤマへと乗り出していく……のだけれども、あれよあれよと違法捜査に手を染め、悪事を重ねて、ダークサイドに堕ちてゆく。
先般、本作の演技で第15回ニューヨーク・アジア映画祭のライジング・スター賞に輝いた綾野は、20代前半から40代後半まで、およそ26年間もの主人公の怒涛の半生を走り切ってみせた。なんと中年時代は体重を10キロ増やし、顔をむくませるために顔にウィスキーを塗り、1週間、歯を磨かずに焼き肉とニンニクを食べ続けて歯垢を蓄え、煙草を吸い、風呂にもほぼ入らずに加齢臭を纏った。凄え。人間ジェットコースターのハイ&ロー、富士急ハイランドの「ドドンパ」以上のアップダウンを生き抜いた彼の表現力に加え、さながらギャングスタ・ムービーのようなアッパーなノリの演出、スピーディーにたたみかけるその語り口の疾走感も素晴らしい。監督はストロングスタイルの(こちらも実録物の)『凶悪』(13)で名を上げた白石和彌* 。

『凶悪』の原作は、世を震撼させたベストセラー・ノンフィクション、新潮45編集部編「凶悪-ある死刑囚の告発-」(新潮文庫)だった。いわゆる「上申書殺人事件」と呼ばれる一連の謎めいた事件を追い、徹底的な取材と裏取りを敢行した宮本太一氏が2007年に執筆。サブタイトルの通りに死刑囚の赤裸々な告白を手がかりにスクープ誌の記者が闇に埋もれた未解決事件を調べていくのだが、闇の奥へ奥へといざなわれ、結果、地獄めぐりをすることになるという、ズシンと重たいパンチがボディブロー気味に入ってくる作品である。記者役の山田孝之の、心中の変化に応じた緻密な演技が秀逸であったが、『日悪』も正義を追求するあまり、悪に飲みこまれてしまう構図が似ているものの、ちょっと肌触りが違う。だから、作劇方法も意識的に変えている。

諸星は「正義の味方、悪を断つ」をモットーに、真っ直ぐに、一貫してその信念に基づいて行動していく。つまり、端から見れば迷走だらけでも本人に悪いことをしている自覚はないのだ。ストーリーの根幹となっているのは北海道警察で起きた「稲葉事件」。かいつまんで説明すると、02年7月、現職警部が覚せい剤取締法違反容疑と銃砲刀剣類所持等取締法違反容疑で逮捕された事件である。“諸星”と映画では変えられていたが、実名は「稲葉圭昭* 」。告発したのは彼の捜査協力者、すなわち裏情報を流す“S”をやっていた男だった。道警史上初となる現役警部の逮捕で、それをきっかけに「道警の闇」が続々と明るみになってゆく。令状なしの家宅捜索、クビなし拳銃(所有者のわからない拳銃)の押収に、おとり捜査にやらせ逮捕、しまいには覚せい剤の密輸……実はこれら一連の犯罪行為はひとりの型破りなダーティ刑事による単独行動ではなく、上司の指示のもと、道警の組織ぐるみのものであった。


有罪判決を受け、稲葉氏は9年の服役を経て、出所後に新たな事実も書き記した懺悔録「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」(講談社文庫)を出版した。これが『日悪』の原作である。「日本警察史上最大の不祥事」とされた“稲葉事件”だが、その余波として関係者が2人、自殺を遂げることとなり、道警の大規模な裏金事件が03年に発覚する動因にもなった。もちろん、本人は組織の犠牲者を気取っているわけではなく、しかも“諸星”とは違って迷走中から逡巡もあり、すべての罪を認めて服役した。道警にも潔く、組織としての罪を認めてもらいたいという立ち位置であるが、残念ながら全貌は明らかになっていない。どうやら体質は本質的には変わってなさそうだ。昨今でも同種の事件* のニュースが報じられているのだから。悲しいかな、道警だけでなく、全国の警察組織も似たり寄ったりなのではないか。

が、しかし白石監督、大上段から振りかぶってエラそうに、単に警察批判をやりたくって本作に取り組んだのではない。モデルとなった稲葉氏は組織につきものの競争原理、ノルマや“点数稼ぎ”に縛られ、手柄を挙げて成り上がり、「道警のエース」ともてはやされるも、一方では手段を選ばぬ捜査スタイルから道内の裏社会では「道警のダーティハリー」と呼ばれた。一筋縄ではいかぬ内通者を“飼い続ける”には当然金がかかり、打ち合わせの場の食事のほか、生活の面倒を見ることもあったそう。この費用の捻出のために道を踏み外していくわけだが、“営業努力”は並大抵ではなく、また、良かれと思ってやっているのにいつの間にか脱線していく姿は他人事ではない。警察だけでなくどの業界にもその世界ならではの「正義」というものがあるだろう。ところが踏み外した組織と一蓮托生、悪の側に裏返ってしまうことも……要するに『日悪』は、(綾野が造形した)諸星を通して、そんなふうに組織に翻弄されながらも必死に、懸命に、生を燃焼させたひとりの男の軌跡を描いているのだ。
その意味では、一癖二癖もある“S”たち(YOUNG DAIS、お笑いコンビ「デニス」の植野行雄、そして中村獅童!)と織りなす青春映画的な色合いも強いのだが、スピーディーな展開がギアチェンジするのは、焦燥に駈られた諸星があくまで商品として扱っていたシャブに手を出してから。稲葉氏は血管が出にくい体質で、腕ではなく足にキメていたというが、そこは押さえつつ綾野剛オリジナルのリアクション……時間差でヤクが効きはじめ、涎を垂らし瞳孔が開いて痙攣するヤバい場面は、映画の肉体自体にシャブが回っていくようであった。『さらば愛しき大地* 』(82/監督:柳町光男)の根津甚八、『シャブ極道** 』(96/監督:細野辰興)の役所広司のシャブ打ち名シーンにも匹敵すると思う。

** 原作は元山口組顧問弁護士山之内幸夫の『シャブ荒らし』。覚せい剤がらみの描写の多さから、映画倫理委員会より性描写以外の理由で初の成人指定を受けた。また、日本ビデオ倫理協会がタイトル中の「シャブ」のカタカナ3文字に難色を示したため『大阪極道戦争 白の暴力』、『大阪極道戦争 白のエクスタシー』のタイトルで上下巻に分けビデオソフト化されたが、細野辰興監督の抗議により、パッケージに「シャブ極道」と併記された。DVD化に際しては、『シャブ極道』のタイトルで発売されている。本作でヤクザ真壁五味を演じた役所広司は第39回ブルーリボン賞主演男優賞受賞(『Shall we ダンス?』、『眠る男』に対しても)。
なお、稲葉氏は完全社会復帰を果たし、昨年春には札幌に探偵事務所をオープン。本作にもチラリと出演している。なんたるバイタリティ! 探偵はBARにいる、だけではないのである。
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