HISTORY OF DJ : HIP HOP ①はコチラからHISTORY OF DJ : HIP HOP ②はコチラからクール・ハークがヒップホップを生み出し、グランドマスター・フラッシュが育てたのだとしたら、アフリカ・バンバータはそれを宗教の域にまで高めた。彼は、70年代半ばにブロンクスで始まり、ひょっとしたら、地元のキッズだけが夢中になった末につかの間の流行として消えてしまったかもしれないものを、商業化するのとはまた別の方法で発展させ、そして、布教したのだ。現在、世界中でDJ/ラップ/ブレイクダンス/グラフィティが、各々、風俗として消費されながらも、原理主義者たちによってひとまとまりの文化として受け継がれているのはバンバータの成果なのである。
D.J. Afrika Bambaataa – Death Mixクール・ハークが主にR&Bやファンク、ラテン・ロックのブレイクを使っていたのに加えて、バンバータはザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズ、ザ・モンキーズ、フライング・リザーズ、スージー・アンド・ザ・バンシーズ、ゲイリー・ニューマン……果てはTVから録音したコマーシャル・ソングまでかけた。彼はそのような他の誰も知らないブレイクを見つけるため、ニュージャージーやコネティカットといった他州まで足を延ばした他、ヒップホップ・DJにしては珍しくレコード・プールに入会して、新譜を片っ端から聴いていたという。十八番はクラフトワーク「トランス・ヨーロッパ・エクスプレス」とマルコム・Xのスピーチのミックスだ。あるいは、ジ・オーガニゼーションはズールー・ネイションへと発展し、インフィニティ・レッスンズと呼ばれる教義を掲げるようになったが、それは、ネーション・オブ・イスラムやファイヴ・パーセンターズに影響を受けつつも、ブラック・ナショナリズムではなくマルチエスニシズムを打ち出しており、様々な宗教や哲学のコラージュで成り立っていた。つまり、バンバータが実践していたことは、音楽に限らずありとあらゆるものの良いところだけを抜き出して繋ぎ合わせるという〝ブレイクビートの思想〟なのである。また、そこからは、ひとつの明確なメッセージが立ち上がる。「ピース(平和)、ラヴ(愛)、ユニティ(団結)、アンド・ハヴィング・ファン(楽しむこと)」だ。ズールー・ネイションにとってパーティは宗教的な祝祭空間だった。そのメッセージをポップ・ソングの形にまとめたのが82年発表「プラネット・ロック」である。もしくは、それまで、ヒップホップを大して知らないレーベルがつくっていた同ジャンルの12インチは、DJが様々なレコードを2枚使いする上でMCがグルーヴしていくというひと晩のパーティの流れをヴィニールの片面に凝縮するにあたって、バンドがDJの代役を務め、ひとつの曲のブレイクを淡々と繰り返す演奏に合わせてラップしていたため、カヴァーや替え歌としか思われていなかったが、「プラネット・ロック」によってヒップホップ・DJの革新性は初めてレコーディングされたのだ。バンバータによる、クラフトワーク「ナンバーズ」のリズムと「トランス・ヨーロッパ・エクスプレス」のメロディ――ちなみに、曲の最後の方で顔を出すのはエンリオ・モリコーネが書いた『夕日のガンマン』のメイン・テーマ――をミックスするというアイデアは、プロデューサーのアーサー・ベイカーとプログラマーのジョン・ロビーの力を借りることで見事実現する。そして、同年発表のグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴ「ザ・メッセージ」が〝現実〟を歌ったのに対して、バンバータとズールー・ネイションのラップ・グループ=ザ・ソウル・ソニック・フォースは、その多文化主義的、折衷主義的なトラックの上で、「もし地球がひとつのブロック・パーティだったら」という〝理想〟を歌った。確かにラップ・ミュージックに限れば未来を予言していたのは前者かもしれない。しかし、後者はエレクトロやマイアミ・ベースといったサブ・ジャンルを派生させ、その延長線上に現在のベース・ミュージックの潮流もあるように思える。もしくは、〝ブレイクビートの思想〟はディプロのようなDJにも引き継がれている。バンバータはヒップホップがかつて持っていた可能性を布教するからこそ、その影響は、むしろ、ヒップホップを越えていくのだ。主な参考資料:
■ビル・ブルースター/フランク・ブロートン=著、島田陽子=訳『そして、みんなクレイジーになっていく』(プロデュース・センター出版局、03年)
■ジェフ・チャン=著、押野素子=訳『ヒップホップ・ジェネレーション~「スタイル」で世界を変えた若者たちの物語』(リットーミュージック、07年)
■『Wax Poetics Japan No.7』掲載、マーク・マッコード=著、ハシム・バルーチャ=訳「The Birth of “Planet Rock” – 宇宙から送信されたメッセージ~「Planet Rock」の誕生とエレクトロの影響力」(サンクチュアリ出版、09年)