クリストファー・ノーラン作品ってほんとは駄作なんじゃないか?

2020年9月18日(金)全国公開される、クリストファー・ノーランの新作『TENET テネット』。公開に先駆けて、VICE France記者からの辛口レビューをお届けする。
Marc-Aurèle Baly
Paris, FR
AN
translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
tenet john-david washington film
TENTET (2020)

微妙なネタバレ注意!

2017年の『ダンケルク』を観て、クリストファー・ノーランはこれからキャリアの絶頂を迎えるんだろう、最後のジャンプ台に今飛び込んで、このあと天才的なトリックを決めるに違いない…と夢想していたひともいるだろうが、残念ながら、それは間違いだ。

誰もが期待していたノーランの新作『TENET テネット』の冒頭を3分観ればそれは明らかだ。本作はノーラン作品の中でも群を抜いて意味不明で、一気に複雑を極めたストーリーが展開され、楽しむどころかついていくことさえ困難だ。

プロットをかいつまんで説明することも不可能なので、いくつか私が目にした場面を挙げてみる。時空を超えたカーチェイス、地球のエントロピーの逆行、世界の終末、贋作絵画を使ったプルトニウム強奪のためのスパイ計画…。

ジャンルのごった煮感には面白さもあった。ある意味、『テネット』はノーランのもっとも実験的な作品であるがゆえに、プロットラインやキャラクター造形、リアリズムなんかを気にしているそぶりも見せていないという感じだ。また、ノーランの好きなテーマ(信仰、時空、イケてる女性たち、死、家族、車を巻き込む爆発(順不同))も全部てんこ盛り。ただ、彼の過去作品に根強く描かれていた感傷的な要素(例:マリオン・コティヤールの出演シーン、『インターステラー』全編)は一切ない。

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結果として、『テネット』は実に冷たく、テクニカルな印象を与える。もしノーランが落とした理論のパンくずを拾っていこうとすれば(それはすごい勢いで駆け抜けていくのだが)、脳がパンクしてしまう危険性がある。あまりにやりたいことに忠実すぎて、悪趣味にすら感じる。

例えばケネス・ブラナーの演じるアンドレイ・セイターは、悪人然としたロシアの新興財閥で、強いロシア訛りが特徴だが、『レッドブル』のアーノルド・シュワルツェネッガーや、『ラウンダーズ』のジョン・マルコヴィッチを彷彿とさせた。また、ロバート・パティンソン演じる役が、ジョン・デヴィッド・ワシントン演じる主人公に「美しき友情の始まりだな、逆行だが」というようなことを言うのだが、これは『カサブランカ』の有名なセリフの下手なパロディだ。

『テネット』は、膨らみ続けて決して割れることのない巨大な風船だ。観客を置いてきぼりにして、どうしてこういう選択がなされたのか、この物体はどこに存在するのかを教えてくれない。

もしかしたら、ノーラン自身もよくわかっていないのかもしれない。だからこそ薄いメタレイヤーを何枚も重ねたり、イースターエッグや隠し扉を仕掛けるしかなかったのだろう。メインのイースターエッグは、〈TENET〉という言葉が回文であること。観たあとは、タイトルがストーリーを表しているのでは、つまり映画の終わりが始まりなのか?!と誰しもが考えることになる。トリックを武器とする映画監督にはぴったりの仕掛けだ。ノーランの作品は全て、観客に〈存在しないもの〉を信じ込ませてきた。映画というのはそういうものだ、と反論するかたもいらっしゃるだろうが、それでもやっぱり『テネット』は、どうも浅薄で、空疎な気がする。

それと同じような、つまり、安っぽいと同時にめちゃくちゃに洗練されたマジックの仕掛けは、ノーランの『プレステージ』でも使用された。19世紀半ばのロンドンを舞台とした、ライバルであるふたりのマジシャンの物語だ。

『プレステージ』は、ノーランの作品を丸裸にするコメンタリーのような作品だ。本作でもノーランは、アーティストの自己犠牲をテーマにハチャメチャなストーリーを展開する。そのトリックは、実はクリスチャン・ベールは双子だったのだ!という、ナイト・シャラマン的な作品(駄作)を思い出させるいかにもな設定だった。『プレステージ』のふたりのマジシャン同様、ノーランの作品も、立脚する基礎が既に混乱を極めているのだ。

『テネット』は、ロックダウン明けの世界における最重要のブロックバスターと期待されていて、『2001年宇宙の旅』にも匹敵するほどの作品を装っていたが、実際はマーベル作品並みにしょうもなかった。しかし、今の経済状況の中で製作費約2億ドル(約212億円)をかけた2時間半の駄作映画をつくったことで、ノーランにひとをだます天賦の才能があることが証明されたのは確かだ。その才能を取り上げることは誰にもできない。

This article originally appeared on VICE France.