Who Are You?:住田隆二さん(42歳)美容師

Who Are You?:住田隆二さん(42歳)美容師

「ビーバップを観におばあちゃんと広島市内の映画館に行きました。タバコの煙でまったく観えませんでした」
8.4.18

真昼間なのに、ひとっこひとりいないガード下を歩いてました。「こんなとき、前から銃を構えた男が来たら逃げられないな」なんて考えていた瞬間、前から電動ドリルを構えたおじさんが! 作業をしているだけの方だったのですが、あんなにビックリしたことは、ここ何十年もありませんでした。おじさん、大きな声を出してごめんなさい。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

住田隆二(すみだ りゅうじ)さん 42歳:美容師

あのう、住田さん。

はい。本日はよろしくお願いいたします!

よろしくお願いいたします。あのう、住田さん、美容師さんとうかがっていたのですが、そちらの格好は。

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はい。本業は美容師です。ただ、空いている時間を利用して、工事現場でも働いております。今日はその格好です。美容師と掛け持ちでやっているんです。

ということは、フリーの美容師さんなんですか?

はい。携帯電話で予約を取って、代官山の美容室を間借りしてやっております。お喋りタイム、お茶タイムもありますので、おひとりさま2時間くらいいただいております。のんびりと楽しくやっています(笑)。

どうしてそのようなスタイルになったんですか?

以前は、美容室に勤務していたんですけど、11年前に離婚して、子供と生活を始めたんです。当時はまだ給料も少なかったので、掛け持ちスタイルを始めました。でも今は、現場で良い汗をかいたほうが気持ちいいですし、いろんな人にも会えるし、勉強にもなるので、このスタイルがやめられなくなりました(笑)。

1番最初の掛け持ちから、工事現場ですか?

いえ、最初は築地市場でした。離婚っていうのは、やっぱり傷心します。やっぱり辛いです。僕は広島の港町で育ったので、海の匂いを嗅ぎたくなりまして、築地に行きました。リハビリですね(笑)。結局、7年くらい働きまして、そのあとは、飲食店から引越、新聞配達などもやりました。

お子さんは、おいくつになりましたか?

15歳です。この4月から高校生です。JKです(笑)。

あらー、思春期真只中ですね!

そうですね、だいぶ難しい年頃にはなっています(笑)。ただ僕、中学校の仕事もやっていたんです。PTA会長でした。

ええっ! ダイアモンド☆ユカイも務めた、あのPTA会長ですか!?

はい(笑)。3月末で任期が終わったんですけど、渋谷区立H中学校で3年間やらせていただきました。

どうして、そんな大役をやることになったんですか?

話すと長くなるんですが(笑)。

そういう日なので、お願いします!!

はい(笑)。離婚してから、子供と恵比寿に引っ越してきたんです。ただその頃の僕は、暗くて、対人恐怖症みたいになっていたんですね。どう見ても訳アリの親子みたいな(笑)。

ええ(笑)。

でも、昔から恵比寿に住んでいる地元の親父さんたちが、すごく良くしてくれたんです。声もかけてくれるし、世話もしてくれる。そんなカミナリ親父がたくさんいたんです。ちゃんと近所づきあいがあったんですね。

そんなイメージ、恵比寿にありませんでした。

僕も最初はそうだったんですけど、まったく違いました。完全に下町なんですよ。お祭りや盆踊りとかもすごく盛り上がりますし。それで、僕も親の集まりなどに参加しているうちに、地元の地区委員になったんです。パトロール係だったんですけど、子供の小学校時代は、それを4年間やりました。

そして、パトロール係からPTA会長に昇進ですか?

そういう訳ではないんですけど(笑)、子供が中学になってからも地区委員を頼まれたんですね。でも、どうせやるなら、テッペンをやらせてもらおうと考えたんです。

なるほど! テッペンはどうでしたか?

僕の場合は、本当に副会長の方々にご迷惑をかけたなと(笑)。

副会長は、お母さん方ですか?

はい、ママさんたち3人です。渋谷区のPTA会長による会合とかもあるんですけど、僕たちはそこで酒飲んで「イエーイ!!」って、なっちゃうんですね。

僕たち…ってことは、他もお父さん方ですか?

はい。まわりの会長さんもお父さんが多かったんです。ですから、飲み会になってしまいまして、その尻拭いを、副会長のママさんたちがやってくださいました。今は、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

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PTA会長さんって、入学式とか卒業式とかに、スピーチがありますよね? 住田さんもやられたんですか?

はい。僕の最初のスピーチは運動会でした。

どんなお話をされたんですか?

「みなさん、今日は勝っても負けても関係ないよ。みんなの笑顔が見たいよ」そんな感じで。

ステキですねぇ。

でも学校的には、あまり良くなかったようです(笑)。帽子とったら、その跡が付いていて、まずそこで子供たちにも笑われて。来賓の方々もちょっと困った感じになっていましたね。それ以降、あまり喋っておりません(笑)。

あれー(笑)。

僕自身もなるべくお断りするようになりました(笑)。広島弁も出ちゃいますし、緊張しいなので。

ご出身は、広島のどちらですか?

広島市の日宇那町ってところです。原爆ドームの川をずーっと下って、海に出たあたりですね。広島は行かれたことありますか?

高校の修学旅行で行ったきりです。

今度、行かれることがあったらひと声ください。最高のお好み焼き屋をご紹介しますよ! おばあちゃんが焼いているほったて小屋みたいな店なんですけど、本当に最高です。行くなら今のうちですよ!

ありがとうございます(笑)。それでは、お好み焼きを食べてスクスクと育ったPTA会長の子供時代を教えてください。

『ビー・バップ・ハイスクール』世代なので、そんな話ですが、よろしいですか?

大好物です!

そのビーバップ映画を観に行きました。小学生だったので、おばあちゃんと一緒に。

はい。

市内の映画館だったんですけど、予想通りヤンキーだらけでした。

はい。

タバコの煙でまったく観えませんでした。『ニューシネマパラダイス』みたいでしたよ。

うまい(笑)!! もうひとつください!

中学生になりました。例えば、ジャスコのゲームセンターに行きます。

はい。

隣の中学のヤンキーが来ます。

はい、はい。

「コウくん、来たよ。ちょっとやっちゃう?」

コウくんって誰ですか?

幼馴染です。「おいコラッ! こっち来いや」

はい。

「うっせーよ、オメーら」って、いいながら、ヤツらは逃げる訳です。

はい、はい。

「コウくん、俺たち戦わずして勝ったね」

アハハ!!

それで、ご満悦だったんですけど、後日、家に電話がかかってきて、「オイ住田、ワレ、覚えとるか?」

なんで電話番号を知っているんですか?

うちの中学の女の子たちが、あっちとつながっていたんですね。「オメエ、橋桁に来いや。タイマンじゃ」って。

あら、大変!

でもこっちもテンションあがって、「コウくん、来たよ! タイマンじゃ!!」

コウくんも大興奮ですか?

もちろんです。それで2ケツして「ウォー!」って橋桁に行ったら、30人ぐらいおるんですよ。

ゲゲッ!!

でもこっちは、タイマンって聞いていたから、残りは観客だと思っていたんです。でもそうじゃなかったですね(笑)。

うわー!!

〈ひとりvs 15人〉×2で、ベチーン、ベチーンと。ジャブって、顔が腫れるんですよ。ボッコボコですよ。

ベチーン、ベチーンのボッコボコですか?

はい。アンパンマンみたいになりますよ。で、殴られながらも、奥のほうに笑っている3人組が見えたんです。明らかに強そうヤツらでした。「アイツら来たら絶対死ぬ。来るな、来るな」って冷静に思いながら、殴られていたことを覚えています。

その3人組は来たんですか?

いや、来なかったです。良かったですねぇ。タバコを吸いながら、ケラケラしてました。ちなみにその中学は、矢沢永吉さんの母校です。矢沢永吉さんを観るたび、未だに悔しい気持ちになります。

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はい(笑)。ちなみに住田さんの中学時代の髪型は?

リーゼントですよ。つくるのうまかったですよ。姉ちゃんのくるくるドライヤーを借りて。

アハハ!! で、短ランですか? 長ランですか?

いや、それが僕らの代からブレザーになってしまったんです。めちゃくちゃ悔しかったですね。広島駅前に〈ツルヤ〉っていう学生服屋があったんですけど、そこに裏ボタンが売っていて、学ランだったら、〈天〉〈上〉〈天〉〈下〉って、付けられるじゃないですか。でもブレザーだから〈天〉と〈上〉だけ。

うまい!!

辛うじてボンタンはありましたけど、本当に悔しかったですねぇ。

ビーバップには、中山美穂が演じる今日子がいましたけど、住田さんにはいましたか?

はい、彼女はいました。でも硬派…というか、シャイだったので、あまりやることはやれませんでした(笑)。ただ、僕らの頃は、女子も本当に悪かったですね。黒板に放火していましたから。教室、燃えてましたねぇ(笑)。

中学卒業後は、地元の高校に進学されたんですか?

はい。矢沢永吉さんの母校です。

また(笑)!!

男子校の機械科です。

やはり、ベチーン、ベチーン、ボッコボコの生活だったんですか?

1年までは、同じ状況だったんですけど、2年になったら、下に物凄くごついヤツが入学してきたんです。「コイツには絶対勝てんな」と思っていたときに、同じタイミングで、タバコが見つかって坊主にさせられたんです。そしたらなんか、「もうツッパリとかいいかな」と考えるようになったんですね。そこからは、もみあげを伸ばし始めました。ママチャリもやめました。

アハハ!!

まぁ、小学生の頃から、ブルーハーツが好きだったんですよ。それもあったので、坊主ですね。そしてドクターマーチンも履き始めて。

ビーバップからパンクスですか!

あとCOBRAですね。COBRAが大好きだったんですよ。

ヨースコー!!

2年くらい前に、代官山のUNITで、COBRAのワンマンがあったんですよ。感極まって、僕は大暴れしたんです。そのあと〈立道屋〉で飲んでいたんですけど、女性に「さっき大暴れしていましたね」って、声をかけられたんです。それが今の奥さんです。

おおー! COBRA婚って初めて聞きました!! おめでとうございます。でも高校当時は、COBRA好きなんて、周りにいなかったんじゃないですか?

うーん、それが結構いたんですよ。僕は、ヨースコーさんの真似をしているだけなのに、スキンズに狙われたりもしました。広島は多いんですよ。サイコビリーも多かった。ただ、ハードコアのお兄ちゃんたちには優しくしてもらいました。今もハードコアの人たちには良くしてもらっています。TOKYO HARDCORE TATTOOのKATSUTA☆さんとか。弱きを助け、強きを挫く、パンク界のバンカラですね。素敵です。

ちなみにコウくんはどうなったんですか? まだビーバップでしたか?

コウくんも同じ高校だったんですが、彼はレスリング部に入りました。僕はバスケ部だったんですが、体育館の隣で、コウくんも練習している訳ですよ。「気持ちわるー。男同士で超ヌルヌルしよるー」なんて(笑)。ちなみにそのときのレスリング副部長は、現在、アマレス兄弟っていうお笑いコンビをやっています。この前、笑点にも出ていました。

矢沢永吉に次ぐ、出世頭ですね!

もっといますよ。安田大サーカスのクロちゃんがひとつ下にいましたね。あの声は地ですよ。

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噂には聞いていましたが、やっぱりそうなんですね(笑)。

廊下に呼び出して、「おい、オマエ、なんか喋れや」っていったら、「あいッッ? ボクですかいッッ?」って。

アハハハ!!

「もう1回、喋れや!! もう1回!!」 「あいッッ! あいッッ!」って(笑)。大爆笑しましたね。

ビーバップ時代はシャイだったそうですが、パンクスになってからはどうでしたか?

うーん、まだシャイだったですね。それに男子校なので、あまり出会いもなかったんですよね。

ステキなお姉さまとの思い出とかは?

お姉さまはあります(笑)。黒の軽自動車で迎えに来てくれるんですよ。窓にはレースカーテンが付いています。

おおー(笑)。

髪はロングで…工藤静香みたいな。

完璧じゃないですか!!

そうですね(笑)。まぁ、そちらが僕の…まぁ…色々ありましたね(笑)。

はい、ありそうですね(笑)。

ちなみに高校って、卒業式のあと、教室で先生からの最後の言葉があるじゃないですか。

はい。

ウチの担任の最後の言葉は、「このなかで、女とやっとらんヤツはおるかー? やっとらんヤツは、一刻も早くソープランドに行け!」でした。

最高ですね!!

「なにいうとるんや、この先生は…」って(笑)。でも、すごくいい先生でした。僕たちが迷惑かけすぎたので、ちょっと顔面神経痛になっていましたけど(笑)。

でも高校在学中から、美容師さんになろうと考えていたんですか? ヨースコー・カットを極めたいと?

いえ、まったく。卒業後は、中国電力の下請けで高圧鉄塔をつくっていたんです。山のなかで。おっさんたちが、野糞するような仕事場でしたね(笑)。

フフフ。

あとは山口県の上関に原発をつくりにいったり。そこがポイントでしたねぇ。

というのは?

祝島っていうのがあるんですけど、そこの漁師のおじいちゃん、おばあちゃんから、「出てけー!」って、石を投げられたんですよ。僕は漁師町育ちでしたし、おじいちゃん、おばあちゃんが好きでしたから、「なんでワシは、こんなことせにゃいけんのか」って、疑問に思ったんです。当時、政治とか利権問題とかは、まったくわからなかったんですけど、おじいちゃん、おばあちゃんがすごく怒っていたので、「これはきっと良くないことなのかも。なんか違う」って感じたんですね。それで直感的にその仕事を辞めました。

なるほど。

僕は〈ロック〉が好きなので、原爆投下から69年目の原爆慰霊祭に行ったんですけど、そのときに祝島も訪れて、おじいちゃんとおばあちゃんに挨拶をしに行きました。娘も一緒に。

はい。

「あのときにいた者です」って。でも、すごく温かく迎えてくれましたね。めちゃくちゃ美味しいもの食わしてくれました。大騒ぎしました(笑)。

でも、そこからどうして美容師の道を選んだのですか?

最初はトラックの運ちゃんも考えていたんです。でもトラックって、1台3000万円くらいするんですよ。そのときのバイク仲間が美容師をやっていたんで、「その仕事、どう?」って訊いたら、「面白いよ」「ハサミっていくら?」「3万円」「じゃあ、やってみようかな」って。単純です(笑)。

シンプルですね(笑)。それから美容の学校に通ったんですか?

はい。熊本にある専門学校の通信科です。2年間。

え! 美容師さんに通信科なんてあるんですか? 実技とかはどうするんですか?

通信で知識を身につけて、実技は、職業訓練校で学ぶんです。そして、職業訓練校が提携している美容室にインターンで入る。今は制度が変わったようですが、当時はそんな感じだったんです。

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へぇー。その後、広島の美容室で働いていたんですか?

はい。3年間働いたんですけど、そのあと東京に来ました。

上京したきっかけを教えてください。

当時は、カリスマ美容師ブームだったんですね。で、その東京のカリスマが、広島にやってくるというイベントがあったんですけど、僕はそのチケットをゲットできなかったんです。どうしても見たかったんですけど、どこかの美容室がチケットを買い占めていたんです。「くそー、ワシもカリスマ見たいんじゃ!」って、めちゃくちゃ悔しかったですね。だから、こっちから東京に行ってやろうと決めました。勤めていた美容室のオーナーも笑いながら「わかった。行ってこい」って。ハサミを餞別にいただきましたね。

住田さんって、決断力がすごいですね! でも東京に行くあてはあったのですか?

いえ、なかったんですけど、広島出身で、西本昇司さんっていうカリスマ美容師さんが、青山で美容室をやっていたんです。かっこいい人なんですよ。嫌味なくギャルソンを着こなす男です。

はい(笑)。

そこを訪ねました。「ドンドンドン!」って。

「ドンドンドン!」で、入れたんですか?

さすがにすぐには入れませんでした。でもお金も稼がなくてはならなかったので、西本さんの返事がもらえるまでは、〈TAYA〉っていう美容室でも働いていたんです。そこでは、「あなた、できるね」って、すぐにスタイリストをやらせてもらったんですが、やっぱり西本さんの元で1からやりたかったので、西本さんにずっと駄々をこねていたんですね。そしたら「しようがねぇなぁ〜」って、1ヶ月後に入れてくれました。

既に確かな技術をお持ちだったんですね。

広島でみっちり鍛えられていたんです。僕はまだ切り方もよくわからないのに、オーナーのお姉ちゃんが、「みんなでケーキ食べてくるから、住田くん、やっといて」なんてノリの人で(笑)。1年目からスタイリストとしてデビューしていたんです。

青山のお店は、何年くらいお勤めになられたんですか?

これも3年くらいですね。そして結婚して、子供が生まれて、離婚して、今の生活スタイルに至ります。

そしてPTA会長さんになると。

はい(笑)。

男手ひとつで、お子さんを育てるのって、大変じゃなかったですか?

うーん、大変なこともありましたけど、楽しいことの方が多かったですね。ここの腕のタトゥーを見てください。〈目玉の木〉っていうんですけど。

はい。

これは、ちょうど娘が保育園のとき…お母さんがいなくなった時期なんですけど、青春18きっぷで、ふたりで広島に行ったときのものなんです。「お母さん、いつ帰ってくるかなぁ」なんていってたんですけど、娘にマジックを渡して、「お父さんの腕に落書きしていいよ」って、遊ばせたんですね。そのときのひとつがコレです。可愛い絵だったので、そのまま残して、自分で彫りました。楽しい時間でしたね。

ステキなお話ですね。

うん、青春って感じでした(笑)。ちなみにこの腕は子供シリーズになっています。去年、2人目が生まれたんですよ。酉年の松竹梅タトゥーですよ。

あら! おめでとうございます! 男の子ですか? 女の子ですか?

女の子です。

女の子ふたり。心配が増えますね。

うーん、どうでしょうね(笑)。でも姫は、さすがに高1になったんで…

あ、〈姫〉って、呼んでいるんですか?

あ、はい、姫です(笑)。姫とは喧嘩もしますし、どんなことに興味があるのかもわからない。あんまり口を聞いてくれないことも(笑)。

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お父さん…。

でもホント、羨ましいですよ。

姫が羨ましい?

はい。だって、僕の中学、高校時代なんて、広島の港町でビーバップでしょ。でも姫は東京のど真ん中。東京で青春を謳歌してくれ! と、常々いっております。

姫が男の子とか連れて来たらどうします?

超ウェルカムですよ。楽しみでしようがないですよ。

姫がパンクスを連れて来たらどうです?

もちろん構いません(笑)。というか、僕もバンクバンドをやっているんですよ。結成4年目にして、まだ2回しかライブをやったことないんですけど。

なんて、バンド名ですか?

〈THE PIKA〉です。ピカドンのピカですね。メンバーも全員広島で、歌詞も原爆についてのものです。僕のおばあちゃんは、原爆で死んでいるので、僕は被曝2世なんですね。政治は難しいし、生意気なことかもしれませんけど、僕にだって発言権はありますから、「このバンドでいってやるー!!」の思いで、活動しています。

お父さんがパンクスなら、パンクスの彼氏も安心でしょうね!

でもカールおじさんみたいな子もいいなぁ。

え? カールおじさんみたいな子って?

「今日もいい天気だなぁ、この人参美味しいよー」みたいな。

畑仕事している若者ですか(笑)。

そんな感じでしょうか、ほのぼのとした(笑)。でも、人殺しとか薬物さえやっていなければどんな男でもいいですよ。…そういえば、最近、河島英五をよく聴くようになりました。染みるんですねぇ。河島英五、聴かれています?

いえ、まだです。

とてもいいですよ。「お前が20歳になったら〜 ぶっかき氷に焼酎入れて〜」本当に染みます、染みますよ〜。

はい、今度焼酎のお供にさせていただきます! ちなみに、下のお子さんが学校に入ったら、またPTA会長をやられますか?

うーん、どうでしょうねぇ。PTA会長って、髪の毛とか派手に染められないんですよ。そこがちょっとねぇ。

アハハ!! ビーバップ時代と変わっていませんね!!

そのルールというか、概念というか、そのあたりを変えたいですねぇ(笑)。

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