2016年11月、18年ぶりにリリースされたA TRIBE CALLED QUESTのアルバム『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユアー・サービス』。今作は全米初登場1位を獲得。あらためてATCQの人気と偉大さを表した作品であった。米国大統領選、そしてPhife Dawgの予期せぬ死を経て、Q-Tipがすべてを語る。
時間の概念がなくなったかのような作品だ。始まりも終わりもない。メビウスの輪。うねるリズム。空間に響く大勢のフロウ。2016年にリリースされたA TRIBE CALLED QUEST(以下:ATCQ)のアルバム『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユアー・サービス(We got it from Here… Thank You 4 Your Service)』のなかには、いくつもの〈エンディング〉がある。しかし、この作品はいつまでも鳴り続ける。何世代にもわたる、広汎な人類の営みのなかで、これからも再生され続けるのだ。「様々なアーティストたちのぼんやりとした仲間意識のような空間に、僕も連なっている気がする。それは、ロバート・デニーロ(Robert DeNiro)だったり、21サヴェージ(21 Savage)だったり…。俺たちは、何かしら共通項があって、つながっているんだ。それは〈アート〉だ」
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電話越しにそう語るのは、Qティップ(Q-Tip)だ。物腰柔らかにしゃべり、じっくりとこちらの話を聞いてくれる。まあもしかしたら、バスタ・ライムス(Busta Rhymes)とハッパを吸ったり、日本の哲学書を読んだり、アナログシンセを使った古いアナログ盤を探している最中なのかもしれない。見知らぬ人間に〈なぜニューヨークはすばらしい街か?〉なんて説明するよりも、とにかく文字通り〈価値のある〉何かをしているかもしれない(その答えは、その街で生きる人たちが口を揃えていうように〈人種のるつぼ〉だからなのだが、それを答えるQティップは、質問者に「自分はつまらない質問をするバカだ」とは思わせない。まるで、質問者がグローバルな視点を持った賢い人間と勘違いしてしまうような答えを返してくれるのだ)。ジ・アブストラクト(The Abstract)名義でも活動するQティップは、唯一無二の存在であり、彼自身が文化であり、この世界において強い影響力をもち、どんな場所でも寛げる人間だ。ハイ・アートとストリートのスラングを、コンセプチュアルな思索とリアルな政治を、いとも簡単に結びつけてしまう。熟慮して話すが、当意即妙でユーモアたっぷりな気安さも忘れない。冷静に語る彼が語調を強めるのは、つい夢中になってしまったときだけだ。たとえば「僕はヤング・サグ(Young Thug)は好きだ。むしろかなり好きだ」などなど。彼の〈何かと何かを結びつける役割〉は、アルバム『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユアー・サービス』でも明らかだった。このアルバムは、ATCQの6枚目にして最後のアルバムであり、2016年11月、アメリカ大統領選と同じ週に発売された。今作からのセカンド・シングルカット曲「Dis Generation」では、Qティップ、ジェロバイ・ホワイト(Jarobi White)、ファイフ・ドーグ(Phife Dawg)、バスタ・ライムスが参加し、織り重なるフロウに〈結びつき〉が顕れている。『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア…』のリリックは、際限なく広がるスプロールのなかで展開され、周囲の物語を吸収し、大きなサウンドのなかに包含されながら、力強い音楽になっている。ヒップホップを定義づけるほどのグループでありながら、その世界から逸れていったATCQのストーリーにおいて、このアルバムは再始動、再結成、新たな門出を象徴する作品だ(ヒップホップ界におけるNIRVANAだと捉えてほしい。オルタナティブロックの精神を打ち立て、メインストリームを刷新するほどの成功を収めたバンドと同じく)。Qティップとファイフ・ドーグは古くからの友人だったが、その長い付き合いゆえに関係を悪化させてしまった。しかし2015年、彼らのデビューアルバム『ピープルズ・インスティンクティヴ・トラヴェルズ・アンド・ザ・パスズ・オブ・リズム(People's Instinctive Travels and the Paths of Rhythm:1990)』の25周年を祝し、全国ネットのテレビ番組「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」でふたりは再会を果たしたのだった。しかし、アルバムの制作過程は、45歳のファイフの予期せぬ逝去により、Qティップが「this is the last Tribe(これが最後のTRIBE)」とラップした通り、意外な結末で幕を閉じた。とはいえ、ATCQのバイオリズムは、時代のうねりと合致した。どちらかというと啓蒙的であったオバマ時代から、恐るべきトランプ時代に移行する、レトリカルな警鐘が必要な激動のさなかにリリースされた『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア…』は、トライブが長年にわたって謳い続けた社会的、人種的進歩主義の新たな顕現なのだ。大統領選の週末には『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』で、「揺れるこの国のために立ち上がろう」とステージで表明し、一層特別な鋭さで、彼らのサウンドは響いた。ATCQは、年頭のグラミー賞でのパフォーマンスでも〈抵抗〉というテーマを再掲し、トランプ大統領によるイスラム教徒入国禁止令を批判した。バスタ・ライムスはトランプを「エージェントオレンジ(枯葉剤)大統領」と皮肉った。
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『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア…』は時代を反映しつつも、時代に縛られはしない。ファイフの声は活気に満ち溢れており、さらにATCQの過去作品からのサンプリングにより、耳馴染みのあるフレーズを生き返らせている。アンドレ3000(André 3000)ら、同時代を共に戦ってきた仲間たちだけでなく、アンダーソン・パーク(Anderson Paak)を筆頭に、新しい才能ともコラボしている。シンセサイザーの音色が心拍計のように鳴り、アルバム全編を通しての推進力となっていると思えば、唐突な無音状態が不快な現実の姿を立ち昇らせる「Mobius」(いかにも〈メビウスの輪〉という名の曲が収録されている)、そしてサウンドスケープの合間を自由にラップする「Whateva Will Be」。この曲はブラックスプロイテーション映画* からのサンプリングとダブ、レゲエ、ゴスペルがぶつかり合い、コンシークエンス(Consequence)の声が独特な浮遊感を感じさせている。ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が参加している「Conrad Tokyo」では、通りの向こうのラジカセから聴こえてくるようなケンドリックのラップが、2分間の超ぶっとんだ即興のシンセサイザーに乗っている。登場人物がシームレスに移行するのは、音楽のなかをのびのびと遊ぶATCQならではのスタイルだ。このアルバムで繰り広げられる、本能に導かれたATCQの音楽的探求は、自我の境界など無視するかのように、ペルソナからペルソナに遷移し、小節という概念を跨ぎ、〈始まり〉と〈終わり〉をも止揚する。ひとつの声が〈ひとつの声〉として完結しないのだ。
グラミーでのパフォーマンスについてですが、メンバー全員で話し合い、誰が過激な発言をするのかを決めたんですか? それがバスタ・ライムスになったのかな、なんて想像をしていたんですが、どうでしょう? あれはどうやって決めたんですか? 話し合いましたか?(笑)。いや、ホント何もなかった。僕は、「ここのパートに何秒間かあるから、オマエさ『これが俺らの感覚だ、ウィー・ザ・ピープル、俺らはひとつだ』的なことかましてよ」って提案しただけ。そしたら本番で叫んだのがあの〈エージェント・オレンジ大統領〉。皆には聴こえなかったかもしれないけど、コンシークエンスがそれに続けて、確か〈チートスの責任者〉(Cheeto-in-charge)ともいってた。このアルバムで私が好きなヴァースは、「Black Spasmodic」で、ファイフの声をあなたが代弁しているところです。非常に感動的です。ああ、「my nigga be talking to me let me explain, not through evil mediums(アイツの魂が俺に語りかける/俺が説明しよう、霊媒なんていらない)」……。そうです、このヴァースはどうやって書いたんですか?僕なんていないみたいだった! ホントに僕は書いてないんだよ。スタジオで声を発しただけ。あまり考えすぎず、とにかくフロウに身をゆだねようと意識していたんだ。そしたらあの歌詞が出てきたんだよ。まるでファイフがあなたに乗り移ったかのようですね。鳥肌が立つね。この作品全体がそうだったんだけど、特にこの曲は……ホント……。アイツが恋しいよ。すごく会いたい。
ファイフ以外のメンバーについてはどうでした? グループが再集結して、コンシークエンス、バスタ、ジェロバイ、そのほかのメンバーたちとまた曲を創るのは、どうでしたか。これまで以上に強く結びついているのでは。現在のグループをどう捉えていますか?今でも、僕たちの繋がりは強いと信じている。TRIBEのアルバムはもう出ないだろうけどね。ほら、ファイフがいないと創れないから。でも、バスタのアルバムにも僕たちが参加してるし、ジェロバイのアルバムも創ってる。コンシークエンスのもそう。でも、もし僕たちが集結して何かやるとなったら、違う名前で活動するだろうね。A TRIBE CALLED QUESTは終わったんだ。僕はそう捉えている。「Dis Generation」で、あなたは「Joey, Earl, Kendrick, and Cole, gatekeepers of flow(ジョーイ、アール、ケンドリック、コール。フロウの管理人)」と歌っています。名前を挙げた彼らは、何が違いますか? そして彼らの何を楽しみにしていますか?彼らがどんなヒップホップをつくろうと、その世界を広げていくのを観るのが楽しみだ。語彙を広げ、拡大し、新しい解釈を加え、違う角度から光を当てる。そして、もし万事滞りなく進めば、いつまでも健康で、彼らの活動を注視していられるし、彼らを成長させられる。そうやって続けたいし、お互いを刺激し合っていきたい。それを喜ばしいことだ。誰にだってバックグラウンドがある。ポッと出なわけじゃない。僕もそう。いろんなものを吸収して、それが今の自分を形造っている。今もいいラッパーはいるんだよ。さっきもいったけど、俺は年上のヤツらが新しい世代について文句をいって、何の解答も示さないのが嫌いなんだ。僕は、今も自分みたいなラッパーがいるのもわかってるし、昔だっていた。そうおもわないヤツらは嫌だね。今の状況に、ご自身のどんなところが反映されていると感じますか?さっきもいったけれど、4人のMCとか。俺だって偶然聴いた曲を気に入ったりするんだよ。クラブにいったときに流れている音楽は、結構好きなのが多い。もちろん嫌いなのもある。だけど80年代、90年代にも、嫌いな音楽はあった。皆もそうだよね。