ファッションは、最高の自己表現のひとつとされている。服、アクセサリー、メイクなどを通して、世界にメッセージを伝える手段だ。では、レザーハーネス、ラテックスのボディスーツ、ラバーブーツ、Oリングチョーカー、首を締めつけるようなネックラインがランウェイやレッドカーペットを席巻している現状は、何を意味するのだろう。かつてセックスダンジョン、アングラなパーティー、ベッドルームでのプレイに追いやられていたこのファッションジャンルは、今や街なかに堂々と登場している。
フェティッシュ(フェチ)ファッションとは、倒錯した、過激で挑発的な服やアクセサリーのこと。2021年、キム・カーダシアン、デュア・リパ、ゾーイ・クラヴィッツ、ジュリア・フォックスなど、名だたるセレブたちがこぞってBDSMインスパイアのルックを披露した。実際、2022年3月のショッピング検索エンジン〈Lyst〉の発表によれば、〈フェティッシュコア〉がトレンドとして急上昇し、同サイトでの〈ハーネス〉の検索数は前月比132%増。レザーチョーカーの検索クエリも、2022年初旬から100%増加したという。
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フェティッシュコアは、決して新しいトレンドではない。専門家は、その起源を1960〜1970年代の性の解放運動までさかのぼる。公の場、特にプライドマーチで挑発的なルックを身にまとうことが、セクシュアリティを堂々と表現する手段となった。今では、フェティッシュファッションはより実験的なルックを享受するトレンドとなり、このムーブメントはメインストリームの一部となった。
これらの要因がすべて、BDSMインスパイアのスタイルの世界的な受容へとつながった。しかし、自分の奥底に潜む性的倒錯、もしくはセックスそのものについてオープンに話し合うことがいまだにタブー視されているインドでは、フェティッシュファッションという急上昇中のトレンドが、社会的抑圧や期待を打ち破り、おそらく歴史上初めて、ニッチなサブカルチャーについてのメインストリームでの対話を促している。
「キンク(性的倒錯)ファッションは今までもずっと存在していましたが、アンダーグラウンドな空間に限られるか、ベッドルームに閉じ込められていました」とインド初の国産フェティッシュファッションレーベル〈Subculture〉の創設者、ランディール・シン(Randhir Singh)はVICEに語った。「歴史を振り返ると、この国は文化的にオープンな社会でしたが、植民地化によって変わってしまいました。今、僕たちはセックスにまつわる議論や会話をより自由に行なっていて、それがインドにおけるフェティッシュファッションの盛り上がりにもつながっています」
シンはレザークラフト専門のファッションデザイナーだ。2021年、キンクへの関心を高め、それを浸透させるためにSubcultureを立ち上げた。
「人びとは、チョーカーやコルセットはただのファッションに過ぎないと考えています」と彼はいう。「もちろんファッションとして楽しむこともできますが、これは多くのひとにとってライフスタイルなのです。今では、H&MやZaraなどのメインストリームのブランドも、トレンドだからとハーネスやコルセットをつくっています。でも、僕は自分のブランドを、フェティッシュファッションの裏話を伝えるためのプラットフォームとして活用したいのです」
シンは、ロックダウンの規制緩和とともに関心が急激に高まり、それがフェティッシュファッションが広く受け入れられるきっかけになったと考えている。実際、歴史的に見てもフェティッシュファッションは政変とともに絶頂期を迎えてきた。専門家は、コントロールを取り戻したいという欲求を、人気に火がついた主な要因として指摘する。
「ロックダウン中、人びとはインターネットにより多くの時間を費やし、オンラインショッピングに熱中しました。その結果、フェティッシュファッションに挑戦するひとが増えたのです」と彼は説明する。「そのときに、ブランドの売上げも過去最高になりました」
Subcultureは現在、インド、ラージャスターン州のレザー職人が作るハーネス、ムチ、手錠などのボンデージに着想を得たアクセサリーを提供する唯一の国産ブランドだ。しかし、ブランドが堂々とレザーハーネスやラテックスのコルセットを販売する前から、キンクコミュニティのメンバーたちは選択肢の少なさをクリエイティブに解決する方法を見つけていた。
「インドのスペースでは、キンクの体験の一環として、さまざまなものが活用されてきました」と説明するのは、ムンバイを拠点とするインティマシーコーチ/女王様のアイリ・セゲッティ(Aili Seghetti)だ。「例えば、サリーのパルー(サリーの端の頭や肩をおおう部分)でパートナーを縛ったり、パヤル(アンクレット)の金属パーツや伝統的なトゥリングでパートナーを引っ掻いたりしています」
セゲッティが初めてフェティッシュファッションの世界に足を踏み入れたのは、1990年代にロンドンで参加したセックスパーティーだった。参加者は、クラブに入るだけでキンクなランジェリーやアクセサリーに最低1万ルピー(約1万8000円)支払わなければならないという暗黙のルールがあったという。
「インドのキンクの知識は、西洋に由来するものです。なので、ファッションでの表象も西洋的です。私が思うキンクな服はラテックスですが、インドの気候ではなかなか着づらい素材です」
インドでフェティッシュな衣装のローカライズが実現するのはまだずっと先の話だが、現在のトレンドがキンクにまつわる対話を始めるための重要な足がかりになる、と彼女は指摘する。
「キンクを好むひとは、キンクでも大丈夫なんだと他のひとに理解してもらおうとするはずです」と彼女はいう。「もし誰かがチョーカーを買って、その本来の使い道を調べたとしたら、それだけで自動的に認識が広まります」
彼女は、多くのインド人が映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を通してキンクに触れたいっぽうで、ファッションはこの対話をメインストリームに押し上げる別のきっかけになる、と付け加えた。
「キンクファッションは、アスレジャーでフィットネスが広まったように、これらの話題をメインストリームへと押し上げることができます」と彼女はいう。「変化はゆっくりかもしれませんが、良い対話のきっかけになるはずです」
インドはフェティッシュファッションの理解に関してはまだ初期段階にあるが、キンクな服が自己表現をする人びとにとって、エンパワリングで解放感を与える手段であることに変わりはない。
「キンクファッションを着ていると、性的に自信が持て、堂々と自信を持って振る舞えるし、激しい感情が湧いてきます」とセレブのヘアスタイリスト/ヌードモデルのサンキー・イヴラス(Sanky Evrus)はVICEに語った。「身の周りの何もかもが思い通りになるような、独特なハイな感覚。キンクファッションは僕にとって、解放そのものです。人目に触れさせずに隠しておくべきものを堂々と祝福できることに、本当に勇気をもらえます」
イヴラスのようなひとにとって、キンクファッションは性的欲望を増幅させ、さりげないが露骨なファッションで同志を惹きつけるための手段だ。同時に、それは美学を楽しむ手段でもある。
「僕にとって、セックスは身体的な行為と同じくらい美学も重要です」と仕事への影響を懸念して匿名でインタビューに応じたベンガルールの弁護士はVICEに語った。「パートナーとセックスするときは、いろんな照明で実験してみたり、鏡を使ったりします。それによって自分たちに対するイメージが変わり、実際の行為と同じくらい刺激を与えてくれます。だからこそ、キンクはとてもエンパワリングなのです」
この弁護士のキンクは、のぞき見や窒息プレイなどで、フェティッシュファッションは彼の奥底に潜む暗い欲望を表現する手段となった。
「インドのような社会では、セックスは普通ベッドルームだけに限定されるものですが、そこには潜在的な力があります」と彼は語る。「(キンクファッションは)キンクにまつわる議論全体をベッドルームから公共の場へと押し出していて、パラダイムシフトの始まりの小さな一歩となっています」