試合はいつも通りに始まった。9月30日、ジョージア州アトランタ郊外で、ケネソー州立大学のケネソー・ステート・オウルズ(Kennesaw State Owls)は、2連勝を狙っていた。
キックオフの前に、バンドが国歌演奏のために調律を始め、フィフス・サード・バンク・スタジアムの観客も起立した。演奏が始まった瞬間、チームの黒人チアリーダー5名が突然片膝をついた。
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行動を起こす直前、5名のチアリーダー、ミケリン・ライト(Michaelyn Wright)、トミア・ディーン(Tommia Dean)、テイラー・マクヴァー(Taylor Mclver)、ケネディ・タウン(Kennedy Town)、シュランドラ・ヤング(Shlondra Young)は、祈った。彼女たちは、起こりうる反響について熟慮し、両親に相談したうえで臨んだという。
「人生でいちばん恐ろしい瞬間でした」とライト。「震えました」
インスタグラムに投稿された映像からは、観客のどよめきが聞こえる。しかし、この出来事は、のちにさらなる騒動を引き起こす。
事の発端は、2016年のNFLプレシーズン・ゲームに遡る。サンフランシスコ49ersの元クオーターバック(QB)、コリン・キャパニック(Colin Kaepernick)が、国歌斉唱時に起立せず、ベンチに座ったままで抗議の意志を表明したのがきっかけだった。彼は、有色人種に対する警察の暴力が看過されていることに異議を唱えている。彼に迷いはない。
「黒人や有色人種を抑圧する国旗に敬意を払うつもりはない」。キャパニックは、NFLメディアに語った。「この抗議は、フットボールより大切だし、見て見ぬ振りなんて私にはできない。道に死体が転がっているのに有給をとり、殺人を犯してもなんの咎めも受けない連中がいるんだ」
あれから約1年が過ぎた。大勢のアメリカン・フットボール・ファン、チームのオーナーは、いまだに彼のメッセージを無視し続けている。しかし、ケネソー州立大学の5名のチアリーダーを始め、アスリートたちは違う。
9月30日の試合の数週間前、5人は、彼女たちに何ができるかについて話し合っていた。彼女たちにはそれぞれ理由があり、何らかの〈公式な〉声明を発する必要があった。チアリーダーがフットボールの試合で膝をつくのは、抗議のためであろうと不自然ではない、と思っていた。
試合から数週間で、彼女たちは〈ケネソー・ファイブ(the Kennesaw Five)〉として、一躍有名になり、メディアにも大きく取り上げられた。反感や怒りもあったが、それ以上に多くの支持も得たという。
初めて抗議した日、ヤングはFacebookに以下のメッセージを投稿した。
「私は今日、平等のために、社会に蔓延する不正を糾弾するために、不当に命を奪われて抗議できないみんなのために、ひざまずきました。私がひざまずいたこの街では、いまだに南部連合を支持する風潮が残っており、このような事件の解決は後回しにされがちです。私は、ここではマイノリティです。でも、現在、何よりもまず、この国が必要としている〈結束〉のために行動しました」
他のチアリーダーたちも、警察による暴力、人種差別について、具体例をあげた。
「あんな命の落としかたはありえません。様々な事件を目の当たりにして、そう痛感しました」とディーン。「故郷のルイジアナ州でアルトン・スターリング(Alton Sterling)が殺害されたとき、他人事とは思えませんでした」
37歳のスターリングは、2人の白人警官に押さえ込まれ、胸と背中を撃たれた。2016年7月、バトンルージュで起きた事件は、大きな議論を巻き起こした。
「大学があるコブ郡の白人警官は、黒人しか撃たない、と発言していました」とタウン。「それを聞いて、状況を変えるためには、何か行動を起こさなければ、と決意しました」
タウンが言及したのは、ジョージア州アトランタ郊外での出来事だ。昨年7月、職務質問のために車を停めたコブ郡の警官は、不安げな白人運転手に、冗談交じりにこう告げた。「オマエは黒人じゃない。私たちは黒人しか殺さない」
ドライブレコーダーにこの会話が残されており、8月末には世間に知れ渡った。
警察の暴力で愛息を失った母親の悲しみは計り知れない、とライトは抗議に参加した動機を語った。
「もし、私に子どもがいて、そんな目に遭ったら、パニックになるでしょう」とライト。「親でなくても痛みは理解できます。あんなふうに子どもを喪ったり、誰かが亡くなるなんておかしいです。だからこそ、この事件に心を揺さぶられました」
ジョージア州で3番目に広い敷地を持つケネソー州立大学は、2015年にフットボール公式チームを創設した。オウルズは、全米大学体育協会傘下のビッグ・サウス・カンファレンスに所属し、ディヴィジョン I FCSに参加している。チアリーダーの抗議がなくとも、2017年は、結成間もないチームにとって重要な1年になっていただろう。チームはシーズン初戦こそ負けたものの、その後、連勝してカンファレンスの首位に立った。
2016年、黒人の市議会議員が誕生し、銃の所有を義務付ける条例を制定した、珍しい自治体であるケネソーだけに、チアリーダーへの否定的な反応が瞬く間に広がり、SNSは、5人が国旗と祖国を侮辱した、というコメントで溢れかえった。
今のところ、チームのヘッドコーチとチアリーディングのコーチは、抗議行動について沈黙しているが、ケネソー・ファイブによると、他のチアリーダーたちは彼女たちを応援しているそうだ。しかし、外部は違う。
コブ郡保安官のニール・ウォレン(Neil Warren)とジョージア州下院議員のアール・エールハルト(Earl Ehrhart)がケネソー州立大学のサム・オレンズ(Sam Olens)学長に、5人を処分するよう圧力をかけた事実が、地元『アトランタ・ジャーナル・コンスティトゥーション(Atlanta Journal Constitution)』紙による、3人のメールのやりとりの公開から明らかになった。
試合での抗議以来、ケネソー州立大学のチアリーディング部は、試合前の国歌斉唱のあいだ、フィールドに続く通路での待機を命じられた。大学当局は、この指示について、抗議以前から体育協会が決定していたプランだ、と繰り返し主張している。大学当局は、スタジアム入口の金属探知器設置、グラウンドへの学校ロゴのペイントなどを、その他の〈変更点〉として報告した。
5人のチアリーダーのもとにはメディアが殺到した。練習の場に、取材班が何度も訪れたという。「うんざりしました。あんなに大勢が話を聞きたがるなんて、想像もしていませんでした。最後には、話すことがなくなりました」とディーン。「でも、兄が力になってくれています」。記者が詰めかけて大混乱になったとき、ディーンの兄、ダヴァンテ・ルイス(Davante Lewis)は、あいだに立って対処してくれたそうだ。
「いろんな質問をされました。そのおかげで私たちの話が広まり、議論のきっかけになりました」とヤング。「否定的に捉えてはいません。前向きな出来事もたくさんありました」
5人は好意的な反応の多さに驚いたという。ヤングは、とある陸軍兵士から〈チャレンジ・コイン〉を手渡された、とFacebookに投稿した。仲間の勇敢な行動を讃えるために、このコインを贈るのが米軍の伝統だ。
ディーンは、ある退役軍人からメールを受け取った。抗議する権利を守るために海外で戦っていた、と主張する彼は、彼女たちはその自由を行使した、と称賛したそうだ。
「あなたたちを蔑む連中など無視しなさい、と彼は強調していました」とディーン。
最近、警察による暴力の犠牲者の遺族たちが各々、5人に記念の盾を贈った。贈り主なかには、〈自警団〉を自称する青年に射殺された、当時17歳の黒人少年トレイボン・マーティン(Trayvon Martin.)の母親、シブリーナ・フルトン(Sybrina Fulton)もいた。
「私たち全員に盾を贈ってくれました。彼女の優しさに感動しました」とマクヴァー。「この運動の中心にいるお母さんからもらった盾は、最高のプレゼントです。一生大切にします」
マーティンを射殺した青年の無罪評決は、〈ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)〉運動の引き金となった。
「トレイボンの事件や遺族を知り、警察の残虐行為や社会的不正に立ち向かおうと決意しました」。盾を受け取ったあと、ヤングはFacebookに投稿した。
国歌斉唱にチアリーディング部が参加できなくなったあと、他の学生たちが5人のために立ち上がった。彼女たちが行動を起こした2週間後、キャンパスでデモ行進が始まり、学校のマスコットも正式な許可なしに参加した。大勢が支持を表明したのを知り、ライトは衝撃を受けたという。
「キャンパスでの大規模な運動、教授や学生からの大きな反響があるとは、予期していませんでした」とライト。「家族には事前に相談していましたし、応援もしてもらっていました」
それ以来、チアリーダーたちは、通路であれ、国歌斉唱時にはひざまずいているが、キャンパスでの活動は、徐々に下火になっている。
「なるべく否定的な要素は退け、みんなからの応援を励みにしています。国中のたくさんのみんなが応援してくれているのですから、本当に恵まれています。周りからの愛を実感しました」と卒業を間近に控えた最年長のヤングは語る。彼女は法律の学位を取得予定だ。
5人が奨学生の資格を失うかもしれない、との噂もあったが、今のところ大学側から彼女たちに公式通達はない。ジョージア州大学協会理事会(the Georgia Board of Regents)は、彼女たちの処分について、オレンズ学長への圧力があるか否かを調査する予定だ、と発表した。
「きっと同じことをするでしょう」とライト。「このような反応は期待していませんでした。行動を起こさなければ、こんな会話もできませんでしたから」
11月8日、大学は、国歌斉唱時のチアリーディング部への通路待機令を撤回した。