〈よそ者〉になった気分──リナ・サワヤマが直面する英音楽賞の排他性

マーキュリー・プライズおよびブリット・アワードの定める、国籍規定のせいで、賞レースの土俵にも上がれないアーティストがいる。日本出身のリナ・サワヤマは、この規定によりアートがある種の国境検問所になってしまっている、と指摘する。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
Rina Sawayama
Photo: Hendrik Schneider

所属レーベルDirty Hitに、1stアルバム『SAWAYAMA』で何を獲りたいかと問われたリナ・サワヤマは、「マーキュリー・プライズが欲しい」と答えた。それは2019年、まだ制作の初期段階のときの話だが、今や本作はレビューサイト〈Metacritic〉で高評価を得て、エルトン・ジョンには2020年「最強の」アルバムと称されている。

7月23日、英国でもっとも栄誉ある音楽賞のひとつ、マーキュリー・プライズの2020年ノミネート作品が発表された。ノミネート12作品のうち、チャーリーXCX、デュア・リパなど女性アーティストの作品が半数を占め、賞の歴史が変わったと称賛されている。しかし、高評価を得ている『SAWAYAMA』はノミネートされなかった。エルトン・ジョン(7月26日のInstagramの投稿で本作について言及)だけでなく、『The Guardian』の音楽評論家や〈ピクセル〉と自称する彼女の影響力のあるファンたちも疑問の声を上げた。

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リナはVICEの独占インタビューで、同賞にノミネートされなかったことは悲しくてたまらなかったと語る。彼女は候補に漏れたのではない。そもそも候補者としての資格がなく、賞レースの土俵にも上がれなかったのだ。

リナは、英国永住権を持ち、この国で暮らしている何千人のうちのひとりだ。永住権所持者は、あらゆる面で英国国籍を持つひとと同じように扱われる。国政選挙には投票できない場合もあるが、少なくとも永久にこの国に暮らすことができるし、生きて働く権利もある。多くの永住権所持者は、リナのように人生のほとんどを英国で過ごしており、自らを英国人だと認識している。

しかし、英国の二大音楽賞であるマーキュリー・プライズとブリット・アワードでは、いくら幼い頃からこの国に暮らしていようと、リナのような永住権所持者は英国人アーティストとして認められない。

「すごく苦しかったです」とリナは、自らが候補として認められないと知ったときのことを語った。「泣くほど動揺することはあまりないんですが、泣いてしまいました」

マーキュリー・プライズの規約によると、ソロアーティストの場合はイギリス、もしくはアイルランドの国籍を持っていないと候補者として認められないことになっている。候補者の選定段階で、アーティストはパスポートのコピーなど、国籍を証明できる公的な身分証明書を主催者に送付する必要がある。

Dirty Hitはマーキュリー・プライズに連絡し、リナの在留資格について説明したものの、本部からは規約が近々変わる予定はない、というそっけない返答が届いただけだった(VICEはメールの文面を確認済み)。

リナは、候補者選定にこんな国境検問所のような条件が存在する意味がわからないという。同賞でも、グループの場合はメンバーの半数が英国在住で、メンバーの30%が英国、またはアイルランド国籍を持っていればよく、ソロアーティストよりも国籍の縛りが緩い。また、もうひとつの権威ある音楽賞であるアイヴァー・ノヴェロ賞では、前年英国に在住したことが証明できれば、英国国籍を有していないアーティストでも候補者として認められる。

リナは幼い頃に日本から英国へ渡り、24歳のデュア・リパなど、今年の候補者たちの年齢よりも長く英国に暮らしている。「私には英国で暮らした記憶しかありません」とリナは語る。「ずっとこの国で暮らしてきました。日本のサマースクールにも通ったけど、文字通り夏だけ。私の英国への貢献は祝福されてしかるべき、あるいは少なくとも祝福される資格は持っているはずだと思ってます」

彼女の道のりはあらゆる面で、まさに英国的サクセスストーリーといえる。彼女はBPI(英国レコード産業協会)による、英国のミュージシャンや音楽団体を支援するための助成プログラム〈Music Export Growth Scheme〉の対象者に選出された。BPIは、マーキュリー・プライズおよびブリット・アワードの主催団体でもある。

「契約しているのは英国のレーベル」とリナ。「この25年、ずっとこの国で暮らしてきて、税金もこの国だけに納めてる。アルバムをレコーディングしたのも英国とLA。ミックスも英国。歌詞だって、1曲のうち1節を除けば全部英語」

そういった事務的な事実以外においても、自分は英国人だ、とリナはいう。ルーツを英国と日本にもつ彼女のアイデンティティは『SAWAYAMA』を貫くテーマであり、「Paradisin'」では、トラファルガー広場で酒を飲んだり、母親から全寮制学校に入れるよと脅された、という経験を歌っている。

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しかし、今回のことでリナは、自分自身に疑問を持つようになったという。「(移民として)国籍や在留資格、あるいはこの国に馴染めるかを心配する必要がないレベルまで達しました。でもこういうことが起きると、自分は本当に英国人なのか、という疑問を、否応無しに突きつけられる。すごく動揺しています」

Rina Sawayama

リナ・サワヤマ「〈英国人〉をこうやって定義することには、まったく賛同できない」PHOTO: HENDRIK SCHNEIDER

リナがマーキュリー・プライズの国籍規定について声を上げようと決意したのは、他のミュージシャンに同じ思いをしてほしくないからだという。「こんな思いを他のひとにさせたくないんです。一生懸命何かに打ち込んで、みんながそれを認めてくれているのに、優秀な才能を讃える側の人間に認められないなんて」

この問題を抱えているのはマーキュリー・プライズだけではない。前述したブリット・アワードも、国籍についてこのように定めている。「英国ソロアーティスト部門など、英国賞部門の候補資格があるのは、英国のパスポートを所持するアーティストのみである」

リナは、二重国籍が持てるならこれは問題ではなかったという。彼女の母国、日本では二重国籍が認められていない。日本の国籍を捨てて英国国籍を選ぶべきかと考えたことも過去にあったが、自分が生まれた国との繋がりは簡単には断てないと彼女はいう。

「英国には親戚がいません。みんな日本に暮らしてる。だから日本のパスポートを捨てることは、家族との絆を断つような感覚なんです。多分、同じように思っているひとたちはたくさんいると思う」

しかし、それでも日本国籍を捨てるべきかと悩むほどに、彼女は賞が獲りたかった。「本当に、超欲しかった」とリナはいう。「だけど、これじゃ何の解決にもならないじゃん、って。〈英国人〉をこうやって定義することには、まったく賛同できません。私は自分を英国人だと思っています。それに、問題の兆候にただ対処して、その原因は別のひとに丸投げして解決を任せることはしたくない」

「もしアートの賞が候補者の選定において独自の国境検問所みたいなものを作っているのであれば、それは非常に問題だと思います」

誰がどういう根拠で〈英国人〉だと認定されるかを決めることは、正統か否かを判断しているのと同じ、とリナは指摘する。「候補からあぶれたなら、『まあしょうがないよね…。もっといい作品をつくって前に進もう』って思う」とリナ。「でも実際は候補にすらなれなかった…。あの感情は何だったのか、自分でもわかりません。〈よそ者〉になった気分です」

日本以外にも、中国、オランダ、インドネシア、シンガポール、ネパールなど、二重国籍を認めていない国は多い。現行のマーキュリー・プライズの基準では、それらの国出身で、母国のパスポートを保持しているミュージシャンは候補になれない。たとえ何十年と英国に暮らし、作品を完全に英国内で制作したとしてもだ。

「すべての賞には、永住権について検討し、〈英国人〉の定義に関するルールを変えてほしいです」とリナは訴える。「公共の場において、〈英国人〉の定義は最悪なかたちで言及されてきました。この5〜6年で、すっかり狭義になってしまった。それをひっくり返して、再び広い意味を持たせることができるのがアートだと思っています」

「〈英国人である〉ということが何を包含するのか。それを決めるのは賞の主催者です。それこそ彼らが祝福するものであり、それは多様性と可能性です」

BPIの広報責任者はこうコメントしている。「ブリット・アワードおよびマーキュリー・プライズは、独自の基準のなかで可能な限り非排他的であることを目的としており、選考プロセスや候補資格は常に見直されています」