右目にカメラを埋める〈アイボーグ〉男

2017年3月、44歳の映画監督、ロブ・スペンス(Rob Spence)は、義理の兄弟とその妻と一緒にトロントのレストランにいた。店員がオーダーをとりにきた。店員は、映画『ターミネーター』(The Terminator, 1984)のアーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)のように赤く光るスペンスの右目に気づいたようだった。

スペンスによると、その店員は明らかに彼を見ないように、そして彼の光る〈サイボーグ・アイ〉について触れないないように努めていたという。そして、シンプルにスペンスに尋ねた。「ご注文は何になさいますか?」

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自らを〈アイボーグ〉と称する映画監督、ロブ・スペンス. Image: Rob Spence

サイボーグ・アイを披露したスペンスと店員とのやりとりは、カメラを搭載した彼の右目が録画していた。6月10日、OCAD大学で開催されたロボット工学や人工装具のカンファレンス〈フューチャーワールド(FutureWorld)〉に登壇する数日前のインタビューで、彼はこの出来事について話してくれた。

「トロントは皆、礼儀正しくて、私の眼に関心を向けないように努めてくれます。だけど、たとえばブラジルでは、誰も彼もが私に話しかけてきますよ」と彼は語る。

グーグルグラス(Google Glass)のように、装着者が見ているものを録画できるウェアラブル端末について、プライバシーの侵害だ、と懸念が高まっている。しかし、スペンスは、このプロジェクトは違う、と話す。カメラの長時間使用はできないし、また、赤いLEDライトの点灯が、周囲に録画中であることを知らせているからだ。しかし、許可なき第三者撮影にともなう、倫理面での限界を尋ねると、彼は防戦一方になった。

「失った眼をカメラにする権利と、他人のプライバシーの権利がせめぎ合っているようなもんです」とスペンス。「自らの身体にアイカメラを埋め込んではいけないのでしょうか?」

アイカメラ. Image: Rob Spence

カナダ・オンタリオ州のコーバーグに住むスペンスは、自らを〈アイボーグ(=アイ+サイボーグ)〉と称している。事実、その通りだ。子どもの頃、誤って自分の眼を銃で撃ち、〈法定盲人〉になってしまった彼は、右目にフィットするような小さなカメラをつくり、それで見たもの全てを記録する、というアイデアを閃いたそうだ。

しかし、四六時中カメラを装着しているわけではない。バッテリーの持続時間は最大30分。そのあいだしか録画できない。今回のインタビューでスペンスはアイパッチを着けていた。トロントのフューチャーワールドでの講演もそうだった。

講演が終わりに近づくと、スペンスはアイパッチを外し、右目に特殊カメラを埋め込んだ。そしてオーディエンスを短い時間だけ録画し、その映像がステージ上のスクリーンに映しだされた。約120人のオーディエンスは息をひそめ、そして、喝采を送った。

デバイス内に収まるほどの小さなカメラ. Image: Rob Spence

スペンスのアイカメラは、極小の送信機を利用するので、デジタル、というよりむしろアナログライクだ。彼の眼窩から録画された映像は、小さいモニターやTVなど、外部の映像再生機に転送できる。

「サイボーグ・カンファレンスを盛り上げるには充分です」とスペンスおどけた。ひょうきんな彼は、今回のインタビューでも、フューチャーワールドのステージ上でも、自らのユーモアセンスを見せつけた。彼は、自らの障碍をそこまで真剣に考えているわけではないそうだ。

カンファレンスでは、「サーカスの見世物になったような気分」と表現していた。「でもヒゲ女とか、フリークスとかいう意味ではありません。世界を旅している、という意味です」

今は眼帯を着けることが多いそう. Image: David Silverberg

スペンスの旅路は、9歳のときの海外旅行から始まった。行き先はアイルランド。祖父を訪ねる旅だった。そこで彼はショットガン片手に、ウシの糞を狙って遊んでいた。

「映画に出てくるカウボーイたちのように、あるいは映画『A Christmas Story』(1983)の主人公ラルフィーのように、銃を頭に突き付けていました」とスペンスは回想する。「そして、本当に眼を撃ちぬいてしまったのです。私の眼、私の顔面に弾が刺さりました。眼を失ってはいませんでしたが、傷を負いました。そして失明状態になり、法的盲人、と宣告されたのです。一応、右目の視力も少しは残っていたのですが」(※左目は問題なく見えている)

彼は、奥行き知覚も、周辺視野もない状態に順応しなければならなかった。食料品店では陳列された商品をひっくり返すこともあった。しかしアルバート・ネレンバーグ(Albert Nerenberg)と共同で監督した、初期のドキュメンタリー作品『Let’s All Hate Toronto』(2007)では、アイパッチを装着し、滞りなく撮影した。

ちょうどその頃、損傷した右目が腫れはじめ、角膜がダメになった。「義眼を入れる必要がある、といわれました。そこからアイカメラについて調べはじめたんです」。スペンスは続ける。「ガラス製の義眼じゃなくてもいいじゃないか、とね」

そして彼は、カメラメーカーやエンジニアなどにコンタクトし、すぐさま、それは実現可能なアイデアだ、と直観した。彼の技術パートナーたちは、世界初の眼窩に収まる極小カメラの開発に勤しんだ。

そして2008年、スペンスにとって最初のアイカメラが完成した。ミクロの無線送信機がカメラに装備されているが、視神経には接続されていない。つまりスペンスはそのカメラを通してモノを見られない。ただ、彼の目線を録画できたのだ。

アイカメラ内部. Image: Rob Spence

エンジニアは、まずロウを使ってスペンスの眼窩の型をつくり、カメラがまぶたの下にしっかり収まるように設計した。磁気作動式のリードスイッチ(磁場が印加されるとオン・オフになるスイッチ)で、スペンスはカメラの電源を入れたり消したりできる。

アイカメラを日常的には使用しないスペンスだが、日本のゲームメーカー、スクウェアエニックスに、『デウスエクス ヒューマン レボリューション』(2011)の発売に先行する、〈現実世界のサイボーグ〉を題材にしたドキュメンタリー撮影依頼に応じた。彼はアイカメラを装着し、12分のドキュメンタリー作品を完成させた。先端技術が搭載された人工装具について語る出演者を、スペンスがアイカメラで撮影した作品だ。

スペンスに埋め込まれた先端技術は、〈シンギュラリティ〉の潜在能力を世に提示している。〈シンギュラリティ〉とは、人類と人工知能の統合によって世界があらたな局面を迎える、という概念だ。イーロン・マスク(Elon Musk)が提唱する、クラウド上のAIを、拡張された人間の大脳皮質として利用するための、神経インターフェースについて、スペンスは興奮を隠さない。

私たちは、ライフキャスティングやGoProの時代を生きている。明確な許可、知識もないまま、誰もが撮影されてしまう可能性がある。FacebookやTwitter、Instagramでのライブ配信は、今や特別でも何でもない。そして、より進歩した人工装具で撮影する動画が、SNSのライブ配信に参入する時代もそう遠くはないのだ。そして、ひとりの人間が見たままを〈記録する権利〉と、それ以外の人間が主張する〈プライバシーの権利〉を取り巻く状況はさらに混乱するだろう。

スペンスは、自らの全てを記録する活動に興味はない、と断言していた。彼は、自分の朝食を記録するよりも、もっと特別なプロジェクトでアイカメラを使用したいそうだ。

トロントのフューチャーワールドで講演を終えたあと、LEDが赤く光るスペンスの右目の写真を数枚撮影したところで、私は〈アイボーグ〉のファンたちに巻き込まれてしまった。スペンスは、この日のプレゼンターの誰よりも熱狂的な反応を受けていた。

「いっしょに写真撮ってもらえませんか?」。私を押しやりながらスペンスに近づく参加者がいた。スペンスは笑っていた。彼はここではセレブなのだ。テックオタク界隈ですっかり有名になった現状を、彼は楽しんでいるようだった。それでも、〈人間であるとはどういうことなのか?〉という問いを、改めて私たちに考えさせる存在に変わりはない。