2017年1月20日、ドナルド・トランプ氏の大統領就任によりアメリカ国内では、〈望まない妊娠〉に悩む女性たちが自らの手で中絶せざるを得ない状況が再び訪れるのでは、との懸念が高まっている。大統領選キャンペーン中、トランプ氏は中絶についての扇動的なコメントを何度も口にした。なかには中絶を、残忍で暴力的な所業だ、と誤認しているようなコメントも含まれていた。また、2016年3月には、米国内で中絶が違法になった暁には中絶希望者も〈何らかの罰〉を受けるべきだ、と発言していた。
この発言は、反中絶の保守派でさえ眉をしかめるような極論だったため、トランプ氏はのちにその発言を撤回した。しかし現在、安全で合法な手術を受けられず、自己中絶を選んだ米国の女性たちは処罰されてしまう。専門家は〈中絶処置〉、実現する可能性のある〈避妊への保険適用〉に今まで以上の非難が集まれば、自己中絶の割合は増え、実施、促進までも犯罪扱いされるだろう、と懸念している。
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「ロー対ウェイド判決* 以降、われわれが把握しているだけでも自己中絶を理由に17名が逮捕され、そのうち数名に有罪判決が下されました。しかし、現実にはもっと大勢いるはずです」。そう説明するのは、カリフォルニア大学バークレー校法科大学院〈生殖に関する権利司法センター(Center on Reproductive Rights and Justice)〉のジル・E・アダムス(Jill E. Adams)代表だ。「中絶の禁止を明確に法律で規制しているのは、ほんの数州です。数多の裁判で、恥知らずな検察官が恣意的に法を選び、それを悪用しています」。〈自己中絶〉を有罪に、〈中絶の手助け〉を犯罪幇助罪に処するために、40もの〈法〉が根拠として援用されている事実を、アダムス代表と彼女の同僚が明らかにした。
違法、合法を問わず、中絶する女性の割合は変わらない。医学誌『The Lancet』に発表された2016年の研究によると、中絶が完全に違法の国、母体の救命目的であれば許可されている国で発生する中絶件数は15~44歳の女性1000人中37人。一方、中絶が基本的に合法の国では1000人中34人。その結果に大差はない。しかし、中絶が非合法の国では、適切な訓練を受けていない施術者による処置、不適切な設備での施術、自らの手による処置など、WHO(世界保健機関)が〈危険〉と定義する状況下で中絶処置がなされている。
米国における、過剰な中絶規制が女性に与える影響については、テキサス州のケースから窺える。2013年に施行された〈HB2(妊娠制限州法)* 〉により、同州内で中絶を実施する診療所の半数以上が閉鎖に追い込まれた。テキサス行政評価プロジェクト(Texas Policy Evaluation Project、TxPEP)の研究者たちによると、HB2の施行により、然るべき施設での堕胎処置が経済的、距離的理由で不可能になったテキサス在住の女性10万~24万人が自ら中絶を試みたそうだ。
女性たちが試みたもっとも一般的な自己中絶は、ミソプロストール(Misoprostol)の服用だ。薬草、お茶、ホルモン剤なども中絶目的で服用されるが、その効果には疑問を唱える向きもある。また、腹部に打撃を与えるなど、暴力的手段を選択した事例も確認されている。TxPEPプロジェクトの共同研究者で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の産科・婦人科学、生殖科学教授ダニエル・グロスマン(Daniel Grossman)博士は、「テキサスでの調査では、膣や子宮に異物を挿入するような直接的手段を選択する女性は確認されなかった」と報告している。しかし、こういった手段は、未だに米国内で確実に用いられている。ここ数年でもっとも有名なのは、テネシー州の女性アンナ・ヨッカ(Anna Yocca)だろう。彼女はコートのハンガーを使用し、自己中絶を試みた疑いで3つの重罪に問われた。
サイトテック(Cytotec)のブランド名で知られるミソプロストール(Misoprostol, 通称〈ミソ〉)の服用は、世界の中絶事情を一変させた。胃酸分泌の抑制を目的に1970年代に販売が始まったミソだが、望まない妊娠に直面した医師、女性にとってそれは建前だ。ミソの服用は、ほとんどの国で中絶が禁止されているラテン・アメリカで広まった。薬物服用による合法中絶では、ミソは〈ミフェプリストン〉などの薬品と併用される。しかし、ミソプロストールのみの服用でも、妊娠3ヶ月までなら75~80%の割合で効果を発揮する。その後の妊娠期間であってもミソの服用は効果的だが、その場合、より慎重な医療ケアが必要になる。
「医療的見地からみれば、ミソプロストール単体で使用された場合の安全性は非常に高く、とくに、妊娠初期段階の中絶には効果的です」とグロスマン博士。「しかし、女性自身が妊娠期間、適量について把握していなければなりません。また、入手した薬の品質も懸念すべき点です。ネットで購入した薬が適切な品質ではなかった、という話も耳にします」
テキサス州は、無認可の医師による中絶処置を禁止しており、処置がなされる場合、同州が認可した医師の同室を義務付けている。つまり、遠隔治療による処方は、どれだけそれが安全で効果的であろうとも、禁じられている。また、医師は、患者の自己中絶の可能性を把握していても、ハームリダクション* すら許されていない。
「HB2が施行される以前から、自己中絶を試みる女性は増えていました。2011年に可決された〈HB15〉法案と関連しています」。2016年6月27日、最高裁が妊娠制限州法を違憲と判断した裁判で原告代表を務めた女性の権利団体〈ホール・ウィメンズ・ヘルス(Whole Woman’s Health)〉の創立者兼CEOのエイミー・ハグストローム・ミラー(Amy Hagstrom Miller)は語る。「中絶処置を受けるには、最低でも2度通院する必要があります。また、その2度の通院のあいだには、少なくとも24時間経過していなければいけません。このように、遠方施設への通院、保育の問題、賃金減少などが大勢の女性たちにとって途轍もなく大きな障壁になっています」。テキサスの住民は、より安価な薬と医療を求め、国境を越えてメキシコに向かう歴史がある、ともミラーは説明していた。現在、テキサスの女性は、メキシコの薬局で販売されている〈ミソ〉を求めて国境を越える。メキシコでは、処方箋なしで薬が購入できるからだ。
住民の86%以上がラテンアメリカ系住民が占める、米国内有数の貧困地域、リオ・グランデ・バレーには、マッカレンの中絶施設〈ホール・ウィメンズ・ヘルス(Whole Woman’s Health)〉一件しか残っていない。HB2が可決されたあと、一時閉院していたが、その後、裁判の最中に診療を再開した。
〈生殖における健康のための全国ラテン女性協会(National Latina Institute for Reproductive Health)〉の代表ジェシカ・ゴンザレス・ロハス(Jessica González-Rojas)は、「クリニックが再開する前、リオ・グランデ・バリーでは、実質的に中絶が禁止されていたようなものです。クリニックが再開すると、充実したケアを求める女性たちが訪れ、以前よりも待ち時間が長くなりました。同様の処置を施せるクリニックがありませんでしたから」と語る。しかし、クリニックで診療してもらえない女性は、自らの手で処置せざるを得ない。
〈ミソ〉による中絶は、自然流産との区別が難しい。そのせいで、フォローアップ・ケア、その他の医療的処置を受けても罪人扱いを免れる、と勘違いしがちだ。しかし、アダムスによると、自己中絶で逮捕された女性17人のうちの複数は、医療スタッフにより当局に通報されたそうだ。もっとも極端なのは、プーヴィー・パテル(Purvi Patel)のケースだ。自己中絶の罪に問われた彼女には懲役20年の実刑が下された。しかし、控訴裁判所により、彼女の有罪判決は退けられた。彼女を警察に通報した医師は、反中絶を訴える医師団に所属していた。パテルが胎児の遺体の処分を認めた現場に、同医師は、わざわざ刑事を同伴していた。
「私たちは、妊婦を監視、抑圧する風潮を黙認しているのです」とアダムス。「世間は自己中絶の肉体的危険ばかりを気にするけれど、逮捕され、拘置所に押し込まれ、強制送還されるのが安全なのでしょうか。中絶の安全について本当に関心があるのなら、女性たちが〈法〉に足をすくわれてしまうと肉体的、精神的健康にどれだけ悪影響を及ぼすのかを考慮しなければなりません」