無人島は世界のポップカルチャーにおいて重要なロケーションだ。難破船とその船員たちの行きつく先。海賊御用達の秘密の入り江があるかも…? エアコンの効いたオフィスでの、退屈な週40時間労働を乗り越えた私たちの目には、無人島はあまりに魅力的に映る。だからこそ巷には、〈無人島で聴きたいプレイリスト〉とか、高級アイランドリゾートとか、さらに高額なプライベートツアー(裕福なひとびとを無人島に連れていって数週間最低レベルの宿に置き去りにすることで、五つ星ホテル並みの金額をむしり取るサービス)がはびこっているのだ。
でも、無人島体験をするには、高額ツアー(ご興味のある金持ちのアナタは こちら)以外にも手はある。行き先さえわかっていれば、自分の力で、格安の無人島生活を実現できる。行き先ならどこでもいい。ジャカルタだけでも100以上(プロウスリブ(Pulau Seribu)のこと)、インドネシアとフィリピンを合わせれば、文字通り何千もの無人島が見つかる。無人島生活がしたいなら、どの島を選んでも大丈夫。というわけで、早速私も試してみることにした。
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まずは、サバイバル能力を身につけなくてはいけない。まさに数千の島からなる熱帯のインドネシアで育ったが、無人島でどう生き抜くかは知らない。熱帯地方での私の暮らしといえば、家でNetflixを観たり、エアコンの効いた車に乗って、エアコンの効いたショッピングモールに行くこと。正直なところ、個人的には米国で暮らすより熱帯で暮らすほうが体力的にも楽なんじゃないかと思っている。冒険家のベア・グリルス(Bear Grylls)が制作すべきは、厳しいボストンの冬を生き抜く術を教える番組だ。
でも、私も本気になれば『キャスト・アウェイ』( Cast Away, 2000)のトム・ハンクス(Tom Hanks)と相棒のウィルソン(Wilson)のようなサバイバル生活が送れるのではなかろうか。いつ海難事故に遭っても不思議はないのだから。最悪の事態に備えて、自分の頭と限られた道具だけを使って無人島を生き抜けるように知識はつけておくべきだ。
しかし、いろんな疑問が頭に浮かぶ。悪天候のときはどうすれば? 獰猛なサルや、毒のあるクラゲ、危険なサメにはどう対処すれば? 無人島では何を食べればいい? 飲みものは? そもそも、サバイバルの必需品って何?
「何も持っていかなくて大丈夫」と断言するのは、ディスカバリーチャンネルのサバイバル番組にも出演したことのある、サバイバルの専門家、トム・マケロイ(Tom McElroy)だ。彼に、過酷な環境でサバイブするための方法を訊いた。「必要なものは全て自然のなかにある。これがサバイバルの哲学です」
それでは困る、と私は答えた。最低限でいいから準備はしていきたい。
「まあ、ナイフは要るでしょうね」と彼は優しく教えてくれた。「ロープも何本かあれば役立ちます。あと、良いシェルターをつくるためには防水素材がおすすめです。あとは発火具とか…」
良かった。現実味を帯びてきた。しかし、私は、無人島生活の準備を万端にしておきたかったので、世界最高であろう教材を入手した。前述の『キャスト・アウェイ』と『青い珊瑚礁』( The Blue Lagoon, 1980)だ。私は、ものすごく真剣にこの2本を観た。こんな熱量で何かを観るなんて、オリンピックの男性競泳選手を見つめるときくらいだ。観ながらメモもとった。〈①バレーボールと友だちになる。バレーボールが周りに見当たらなかったら、ココナッツの実でも事足りる。②毎日裸でいれば、日光にさらされた長い頭髪が胸を隠してくれ、尊厳を保てる。〉
私は、サバイバルの核心をつかんだ気がした。どうやら、無人島で生き延びるための秘訣はココナッツらしい。そこで私は、枝のないヤシの木に登り、ココナッツの実をむしり取る方法を学ぶことにした。ありがたいことに、シンガポールに住む友人が、ヤシの木に登って、おいしい命の恵みたるココナッツの実を収穫する方法を教えてあげる、と名乗りでてくれた。そして私は、シンガポールに飛び、挑戦を繰り返し、ついに、木の幹に全体重を預けて身体を上にスライドさせる方法を習得した。終わる頃には疲れ果てていたし、私の太ももは擦り傷や青あざだらけになっていたが、私はココナッツの実をひとつ手に入れることができた。
あとは実の割りかたさえわかればオーケーだ。ジャカルタに戻った私は、VICEのオフィス近くの道路わきに出ている〈エス・クラパ・ムダ(es kelapa muda: ココナッツジュース)〉を売る屋台を訪ね、売り子のお兄さんに、ココナッツの実の割りかたを訊いた。するとお兄さんは、マチェーテを使って実を割った。こうして、私の〈無人島に持っていくものリスト〉にマチェーテが加わった。マチェーテは、岩みたいに硬いココナッツを割るだけではなく、泥棒サル軍団から身を守るための武器としても役立つ。
次に、舞台になる島を選ぶ。プロウスリブは簡単すぎる。自分の故郷にある島でひとりぼっちになっても、〈冒険〉感が全然出ない。私が求めているのは、真のアドベンチャーだ。というわけで、フィリピン南部、スールー海に面した小さな島、パラワン(Palawan)島近くの無人島を選んだ。一般人を誘拐して利益を得ている武装勢力〈アブ・サヤフ(Abu Sayyaf)〉が拠点とするバシラン(Basilan)島にもほど近い。バシラン島と、観光地のパラワン島とはそこまで近くないが、アブ・サヤフがパラワン島のビーチで観光客を誘拐しようと企てていたくらいには近い。何かが起こる可能性もなくはない。
目的地を決めた私がまず向かったのは、パラワン島の高級リゾート地、エルニド(El Nido)だ。そこからボートに乗って、無人島に向かうのだ。私にとって最後の文明の地となるエルニドに向かいながら、私は不安、ワクワク、恐怖に襲われていた。可能性が低いとはいえ、テロリストによる誘拐だってあり得る。何か恐ろしいことが起きるかもしれないのだ。それを想像するとアドレナリンが湧き出て、何日も胃が痛んだ。
ここで、最終的に私が携行したアイテムを紹介しよう。発火具付きのナイフ1本、ハンモックひとつ、40mのロープ、雨除けのためのブルーのタープ、退屈と戦うための本(ニューエイジの思想書『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』( The Power of Now, 1999))、そして、飲料水入りのペットボトル。
これだけの荷物をもって、私は出発した。1日目の宿は、エルニドの〈Outpost Beach Hostel〉。ホステルのスタッフがいちばん近い無人島へ連れていってくれる漁師を探してくれた。そして翌朝、私は夜明けとともに目覚めた。持ちもの6点を携え、長袖長ズボンに着替え、布を頭に巻き、それをスイミングゴーグルで落ちないように押さえた。頭に布を巻いた理由は、日除けだけでなく、誘拐を企てるテロリストに、私は保守的な女性である、とアピールし、誘拐を回避するためだ。そして下着の代わりにビキニを身に着け、やわらかいスニーカーを履いた。これでコーディネートは完成だ。
出来上がった私の姿は、『スター・ウォーズ』シリーズに登場する、タトゥイーンの砂漠でドロイドを回収しては売り回るジャワのようだった。でも、これから私が向かうのは無人島だ。誰に見られるわけでもない。例外は、緊急用の電話と、記事用の写真を撮影するためのカメラ数台とともに私の旅に同行してくれる、友人のデニス・ウー(Dennis Wu)くらいだ。でも彼は、私のファッションがどうだろうと気にしないだろう。
出発時は干潮だったので、エンジンをかけるために漁船を沖合まで押していかなければならなかった。不吉な曇り空で、海にでたときには冷たい雨が降ってきた。私はそれでもくじけなかった、といいたいところだが、正直なところ、かなりビビっていた。寝心地の良いベッド、クールなバックパッカー仲間たち、浴びるほど飲みたいビール。全てを置いて、私は食料も寝床もない、簡単に帰ることもできない場所へと向かっている。これを良いアイデアだと信じていたあのときの私は、まったくどうかしていた。
穏やかなターコイズブルーの海を漁船が進んでいくうちに、ついに水平線に小さな島が現れた。「あれがカドラオ(Cadlao)島だ」と船長が指さす。
その島は、ゴツゴツした険しい石灰岩の崖だった。濃緑の植物が生えている。私はしばらくその光景を見つめ、私の瞳がとらえている映像を理解しようと努めた。〈無人〉どころではない。めちゃくちゃ怖い。私が想い描いていた、砂浜が広がる島とは似ても似つかない。
「ビーチはあります? ヤシの木は?」と私は尋ねた。
「あそこだよ」と船長が指さしたのは小さな白い砂浜。「パサンディンガン・ビーチ(Pasandingan Beach)だ」
ビーチとヤシの木数本を見とめたときには一気に安心し、安堵のため息が漏れた。私は船長を振り返り、尋ねた。「動物はいます?」
「いろいろいるよ」と船長は錨を下ろしながら答える。「サル、オオトカゲ、大蛇…」
「大蛇!?」
「そうだ。木の幹並みに太い」と船長がにやりと笑うと、タバコのヤニで汚れきった歯が見えた。「近くの島民は、ときどきここでキャンプをしてココナッツを獲って、観光客に売ってる。でも最近では、犬1匹を丸呑みできるくらいにデカいヘビがいる、ってウワサだ。俺の兄弟のいとこの友だちは、この島で寝てるときに襲われたらしい。だからこの島は無人なんだ」
私の頭は、疑問でいっぱいだった。そして船長を見つめながら、最大の疑問を口にした。「え、じゃあどうして私をこの島に連れてきたんですか?」
「だってお嬢ちゃん、〈無人島〉っていっただろ」と船長は肩をすくめる。「この島は無人だ」
「でもそれがヘビのせいだなんて!」と私は叫んだ。いつもより2オクターブも高い声だった。
「落ち着け」と船長。「朝まで火をたいておけば大丈夫だ」。そして船長は私の荷物をビーチに下ろし、漁船へ戻り、巨大ヘビがあふれているらしい島に私を置き去りにした。
まいい、とりあえず落ち着こう。ここで動揺してはダメだ。まだ上陸から数分しか経ってない。私はビーチを端から端まで歩いてみた。すると片道15分かかることがわかった。さらに、満潮になるとビーチは完全に海に沈んでしまうこともわかった。濡れたくないなら、キャンプの場所は、もっと奥にしなくてはならない。
ビーチが終わり、森が始まるあたりにちょうどいい木を見つけたので、2本の幹のあいだにハンモックを吊るしてみた。そしてハンモックの上にロープをかけて、タープを使って三角型テントをこしらえた。出来上がると、私はハンモックに倒れて長い仮眠をとった。ここ数カ月でもっとも激しい労働に疲弊していた。
午後になってようやく目覚めた私は、寝床づくりを首尾よくクリアした自信を糧に、食料探しにでかけた。習得したばかりのヤシの木登りのスキルを発揮したくてうずうずしていた。島のさらに奥に、ヤシの木が群生している箇所を見つけた私は、よろこんで近寄り、その根元に立つと、背の高く美しいヤシの木を見上げた。そして、ココナッツがひとつも見当たらないことに気付いた。
私は慄いた。この島には、少なくとも20本のヤシの木がある。しかし、ココナッツがなっている木は1本もなかった。ありえない。私にどうしろというんだ。現実を受け入れられなかった私は、しっかりと確認するために1本のヤシの木に登ってみた。やっぱり実はない。他の木も眺めてみたが、揺れるヤシの葉以外何も見えない。きっとサルだ、と私は思った。サルが私のココナッツを盗んだのだ。
あるいは、さっきの船長のいとこや、その友人たちが収穫し、エルニドで観光客に売ったんだろう。甘やかされたバックパッカーたち、彼らの着心地のよい服、彼らの寝床のことを想像すると、私の顔はゆがんだ。つい24時間前は、私も彼らと同じだった。でも今は、心底アイツらを憎んでいる。
次の試練は火おこしだった。私は、火おこしのできる新品ナイフを手に、仕事にとりかかったが、こんな小さな金属で火をおこそうとするなんてバカみたいに困難だ、とすぐに悟った。腕が痛み、指が腫れて感覚がなくなるまで頑張った。そうして、ようやく火花を散らせることができたが、すぐに鎮火してしまい、燃やし続けることが難題だった。くすぶる火に樹皮を投げ入れてみたが、湿気ていて燃えなかった。
この頃には、空腹で力が出なくなっていた。まだ1日目だが、太陽が照りつけるなかで火おこしや木登りをして、かなり体力を消耗していた。地面に転がっている古いココナッツをひとつ見つけたので、小さなナイフでたたき切ろうと試みた。国際線に大きな刃物は持ち込めないだろうと判断したので、マチェーテはもってこなかった。
しかし、私のナイフでは、まったく歯が立たなかった。結局、私はココナッツを掴み、ビーチの岩にたたきつけて殻を割り、力が入らなくなっている指でカラカラに乾いた皮を剥いた。最終的に、私はまたくたびれた。このココナッツからとれる栄養は、私が今、実を開けるために費やしたエネルギーを補うのに充分なのか、それさえも疑い始めてしまうほどに疲れ果てていた。
永遠に続くかに思われた仕事を終え、私は内果皮にたどり着いた。ナイフを使って小さな穴を2つ開けると、穴に口を付け、頭を後ろに引いてココナッツジュースを飲んだ。しかし、何かがおかしい。腐っている。ジュースは腐った魚のような味がして、しかもぬるぬるとしており気持ち悪かった。ココナッツを地面に落とし、私は吐きそうになった。そしてココナッツに開けた穴からウジ虫2匹が這い出てくるのを目撃し、前かがみになって嘔吐した。
すっかりトラウマを植え付けられた私は、震えながら口をゆすぎ、ハンモックに横たわった。惨憺たる初日だ。私はこれ以上何かを試してみる意欲をすっかり失っていた。こういうときは早く寝てリセットするに限る。朝になったら状況が改善していることを願おう。
太陽が沈み始めている。私がおこした火は、音をたてながらくすぶっている。煙がタープテントに入り込んできて、ハンモックに横になっていた私はおもわず咽せた。『青い珊瑚礁』では、ブルック・シールズ(Brooke Shields)がこんな目に遭ってる描写はなかった。信じてほしいのだが、無人島は、素っ裸で泳いだり、生贄を捧げたりするだけの場所じゃない。無人島といえば、過酷な労働、ウジ虫の湧いたココナッツ、困難きわまりない火おこしだ。今のところ、何もかも最悪でしかない。
早く眠って、全て忘れたかったが、それは不可能だった。夜の無人島は怖い。周囲に広がる暗闇のなかから、常に奇妙な音が聴こえてくる。オオトカゲや大蛇が私の寝床に向かっているんじゃないか、と私は気が気でなかった。また、何かが木から落ちて、我がタープの上に乗った。サルなのか、ヘビなのか。私にはわからない。安全を確保したかった私は、死んだふりをして、可能な限り身じろぎもせずにハンモックに横たわっていた。
さらに、空腹からくる胃痛の波に何度か襲われた。あまりに痛かったが、ゆっくり深呼吸して痛みをやり過ごすほかなかった。それでも、心底疲れ果てていたおかげだろう、私は夜明け前に眠りにつくことができた。
朝目覚めたときには、疲労と空腹でふらふらだった。それでも、もういちど食料を探してみる意欲はあった。『キャスト・アウェイ』では、トム・ハンクスが浜辺からさほど遠くない浅瀬で魚を突いていた。あの姿にインスパイアされた私は、木の棒を鋭く削ってお手製のモリをつくり、海へと繰り出した。 しかし、海面から見えるのは、カラフルな珊瑚や、めちゃくちゃ速く泳ぐ大量の小さな魚だけだ。泳いで海岸から離れてみたが、海岸から離れれば離れるほど波が強く危険だった。
そして鋭い珊瑚で片脚をぱっくり切ってしまった私は、安全な海岸へ戻ることにした。のろのろとハンモックのある場所まで帰ってきたが、いまだに空腹で、めまいもしている。しかも流血まで。トム・ハンクスのせいだ。あいつが私に、海の魚で生きていけるかも、なんていう夢をみさせたからだ。
ついに私はあきらめた。この島には食料なんてない。非常食のプロテインバーのかわりに、しょうもない本をもってきてしまった。でもきっと乗り切れる。私は自らの内なる力を呼び覚まし、誰もがもつあのスキルを発揮することにした。空腹であることを忘れる、というスキルだ。ダイエットをする女性たちにできるなら、この島にいる私にだってできるはずだ。
とにかく今、私にできるのは、待つことだけだった。船長には、今日迎えに来るよう頼んである。この旅で唯一の冴えた判断だ。私はもってきた『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』を開き、読み始めた。この本によると、「〈待つ〉ことこそ、さとりのカギ」だそうだ。待つことで、自らの意識を〈いま〉に向けられる。そうして、自分が生きている現実をしっかりととらえられる。そんな教えが説かれていた。数々の残念な選択により、食料のない島で身動きがとれなくなっている私の〈いま〉を想う。
私は目を閉じ、無人島の静けさに身を委ねた。ハンモックは優しい風に揺れている。折り重なる海の波に、私の心はやわらぎ、リラックスできた。私は意識と無意識のはざまの、ぼんやりしたなかにたゆたっていた。楽園に取り残された人間がたどり着ける最高の境地だ。
日没近くになって、ようやく漁船が島に戻ってきた。私は漁船に乗って、小さくなっていく無人島を見つめた。私は、さとりの感覚、もしくは、ただの空腹と安心感を得ていた。
私は無人島を生き延びたといえるか? まあ、一応は。でも長期間は厳しかっただろう。
もういちど挑戦するか? いや、まさか。もし、手っ取り早く体重を落としたくなったら話は別だ。