移民が息子を腕に抱え、〈エル・チャパラル〉の国境検閲所で米国入国を試みる。毎日、何十人ものハイチ人がそこに集まるが、入国は許可されない。
ティフアナのダウンタウン全景。アークと、遠くにそびえ立つ国境の壁が見える。ティフアナは、全世界から大勢の移民が集まり、文化の坩堝になっている。
シェルター〈若者2000〉に張られたテントから外に出るハイチ移民。ハイチから大量の難民が到着した後、彼らを気づかった市民が、教会の中庭や内部に小さな仮泊施設を造設した。今では27ヵ所以上で移民に臨時シェルターを提供している。特に、ここでは、寝床としてテントを70張以上調達する必要があった。国境のシェルターに数日滞在して米国に〈越境〉する、中米、メキシコの移民と比べ、ハイチ人は米国出入国官との面談まで長くて5カ月待つ。
国境の壁によりかかり、フランス語で話しかけてきた誰かの言葉に耳を傾けるハイチ移民。ティフアナの〈フレンドパーク〉は、壁で分断された家族が実際に会話し、週末に面会のようなことができる唯一の場所だ。
シェルターの外で、仲間の髪を切るハイチ移民。
シェルターを提供するキリスト教会で、建設中の部屋の中でドミノで遊ぶハイチ移民グループ。国境超えを待機する間の時間つぶしの方法のひとつ。
台所の造作を手伝うふたりのハイチ移民。
メキシコ、ティフアナ。フランス語など各国語で書かれた、シェルター〈移民の家〉の規約。ハイチ人とアフリカ人移民が大挙し訪れるようになって以来、シェルターでは、情報をフランス語に翻訳しなければならなくなった。
シェルター〈移民の家〉のクリスマス会の準備で、くす玉を棒でたたいて割る男性。複数のボランティアが食事とプレゼントを寄付し、移民と国外追放者は、国籍に関係なく祝日を楽しく過ごした。
シェルター〈移民の家〉のクリスマス会でギフトをもらって大はしゃぎするハイチ移民。
教会の古くからあるひと区画を数十名のハイチ人女性、子供が共有している。そこは、巨大な共同寝室としてだけでなく、子供の遊び場としても機能している。
2016年12月28日、メキシコ、ティフアナ。注意深く建設現場を歩くハイチ人母子。石膏ボードを立てるのに忙しい別のハイチ人のそばを通り過ぎる。米国への入国待機が長引くと、移民は地元で職探しを始めるようになる。
カメラマンのカメラを掴もうとするハイチの子供。
ひとりのハイチ移民が、メールを音声入力させている。宿泊施設を見つけるのは難しく、シェルターごとに質も違う。ベッドが見つかる場合もあるし、冬になると雨や寒さをほとんど凌げないテントで寝なければならない場合もある。
メキシコの伝統的なクリスマス祝祭期間中、ろうそくで地図を照らしながら、計画した米国入国ルートを確認する、中米からの移民カップル。ハイチ人は、ティフアナのシェルターのほぼ8割を占るが、他地域からの移民も相変わらず存在する。
あるシェルター前の路上での催しで、ボランティアの地元少女と踊るハイチ移民。さまざまなキリスト教団体、移住民を気遣う近隣住民が、シェルターを訪れ、食べ物、衣服を寄付し、無料散髪などのサービスも提供する。
昼食時、食べ物はシェルター〈若者2000〉の台所の窓から支給される。移民の多くはハイチ出身なので、ハイチ人コックがキッチンを仕切り、家庭料理風のチキン料理を準備し始めた。
シェルターの外で赤ん坊にミルクをやる父親。ハイチ移民の多くは、ブラジル滞在時に産まれた子供を連れている。妊娠中に移住し、メキシコで出産する女性もいる。
泥のサッカー場のたき火で暖を取るハイチ移民たち。