パンデミック後、音楽の聴き方やテイストが変わった人が続出

GRATEFUL DEADしか聴かないひと、高校のときに好きだった音楽しか聴かないひと…。なぜ私たちの音楽の趣味はこうも変わってしまったのか、音楽療法士に尋ねた。
JT
Chicago, United States
HF
illustrated by Hunter French
AN
translated by Ai Nakayama
Tokyo, Japan
26.10.20
なぜパンデミックをきっかけに音楽の趣味が変わったのか
Hunter French

今年3月、私が住むイリノイ州でも外出禁止の命令が出された。そうなると家での時間が増えるので、新しい音楽を発見したり、知らない分野を開拓したり、アイコニックなアーティストたちを深掘りしたいな、と私は思っていた。なぜ自分にはPHISH好きの友人が多いのか、あるいはなぜみんなNTS RadioのDJセットを聴いているのかを、この時間を使って知ることができるだろうと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば何も実現できなかった(PHISHを深掘りできなかったのはパンデミックに関係ないかもしれないが)。仕事のために新作をチェックする以外は、映画を観るか、ぼーっとするかの二択。3月以来ずっと、気が向いたら音楽を聴く、という感じだ。例えば先週はビル・エヴァンスの作品とFLEET FOXESの最新アルバムにハマっていたが、今日は何を聴く気にもなれない。どうやらそれは私だけではないようだ。

私のツイッターアカウントで、3月以来音楽の聴き方が変化したか、という質問を投げかけてみたところ、数百件ものコメントが届いた。回答者にはメタルやハードコアにハマるひとや、アンビエントやジャズ、クラシックなど落ち着けるサウンドを求めるひとが多く、また少数だが、十代の頃に好きだった曲ばかり聴いているというひとや、新しい音楽を全く追わなくなったというひともいた。たとえばTJ・クリバンは「もともとロックやメタルが好きだったけど、今はジャズとアンビエントしか聴かない」、ジェシカ・コリンズは「今は常に音楽を流してる。頭の中を空っぽにして、思考が虚無に沈んでしまわないようにする手段になってる」と答えた。GRATEFUL DEADばかり聴いている、という回答者も十数人いた。Noiseyの元メタルエディター、キム・ケリーは、今はメタルを全く聴いておらず、ブルーグラスやブルース・スプリングスティーンばかりだという。ジャンルや気分、聴く頻度は回答者によって違っていたものの、全回答に共通していたのは、今年になって音楽との付き合い方が大きく変化したということだった。

「音楽の聴き方には、心理的、生理的な影響が非常に大きい」

これは奇妙なことではない。イリノイ州のNorthwestern Medicine Central DuPage HospitalおよびNorthwestern Medicine Delnor Hospitalで音楽療法士として勤務するジェシカ・プランファーはこう説明する。「音楽の聴き方には、心理的、生理的な影響が非常に大きいんです」。「音楽は、感情や記憶、言語、運動を司る脳半球の様々な部位で同時に作用します。音楽は快の感情に関わる神経伝達物質のドーパミンを放出させたり、ストレスに関わるホルモンのコルチゾールを減少させることもできます」。プランファーによれば、音楽は浄化作用をもたらすこともあるが、嫌な記憶やトラウマを引き起こして害となる可能性もある。

プランファーの音楽療法士としての仕事は、このような生理的な反応を軸とし、ストレス、不安、身体的苦痛、睡眠不足、アルツハイマーなどの疾患を原因として生じる様々な症状を抱える患者を、ライブミュージックやリラクゼーションのガイドを通して治療していくことだ。「音楽療法は科学的根拠のある療法で、エンタメを提供することとは違います」とプランファーは述べる。「音楽療法と、ただ音楽を聴いて癒されることを混同してほしくありません。全く別物なので。音楽で癒されるというひとは多いですしそれ自体はすばらしいことですが、認定された専門療法士と行う音楽療法とは違います」

ただし、私たちの音楽の聴き方や、音楽を聴いたさいの感情的、身体的な反応は確かに重要な意味を持つ、とプランファーはいう。「音楽のテンポや音量、特定のジャンルが人間の様々な生理的反応を促します。心拍数や呼吸数も変化します」

「テンポやリズム、周波数、音量、歌詞などが今の自分の状態とマッチしている音楽を聴くことが大切」

ライター/ミュージシャンのキーガン・ブラッドフォードはこう述べる。「ロックダウンをきっかけにランニングを再開したよ。アパートでじっとしていたらおかしくなりそうだからね。それと合わせて、よりハードコアな、とにかくラウドでめちゃくちゃな音楽を聴くようになった。家ではそんなの絶対聴かないけど」。彼と同じような経験をしているひとがいるなら、それには理由がある。「音楽は運動と密接な関係があります。運動をすると放出されるエンドルフィンは、音楽を聴いても放出されるんです」とプランファーは説明する。

パンデミックを機に、ラウドで攻撃的で、BPMの速い音楽に惹かれるようになったという回答者は今回のアンケートで多く見られたが、逆にアンビエントやジャズ、癒し系のインスト曲を聴くようになったというひとも同じくらい多かった。「テンポやリズム、周波数、音量、歌詞などが今の自分の状態とマッチしている音楽を聴くことが大切です」とプランファー。「不安を感じているひとが癒し系の音楽を聴くと、ただ不安感が増すだけということもあります。それは、その音楽がそのときの彼らの心の状態に合っていないからです」。彼女は、自分の気分や身体の状態にぴったり合致した音楽を見つけ、それから徐々に聴く曲を変えていって、自分の心や身体の状態を改善していくのがいいという。

音楽の聴き方は個人によって違うし、また気分や活動によっても変わってくる。Spotifyが今年の5月末に発表したデータによると、3月以来〈在宅勤務〉をテーマにしたプレイリストは1400%増加し、〈お菓子・パン作り〉をテーマにしたプレイリストは120%増えている。音楽は勤務中、出勤中のエンタメになっているのだ。「パンデミックが始まってから、書店での仕事は配送がメインになりました」と語るのはTwitterユーザーのサム・フォークナーだ。「一日中オーダーをさばいて出荷準備をするだけなので、ヘッドホンを付けながら仕事ができるようになったんです。今は人生で初めてメタル(特にスラッシュ)を好んで聴くようになってます。気持ちを鼓舞してくれるんです。退屈な日は特にそうですね」

「音楽を聴くと心が揺さぶられすぎちゃうんだと思う。」

私たちは日々の生活や気分、活動を音楽で彩っている。ただ、私個人としては、自分がなぜ音楽をあまり聴かなくなったのかはいまだにわからない。Warm Human名義で音楽活動を行なっているオークランドのミュージシャン、メレディス・ジョンストンも私同様、「音楽を全然聴かなくなって、今聴くのはポッドキャストだけ」だそうだ。「音楽を聴くと心が揺さぶられすぎちゃうんだと思う。今は、常に感情を抑えながら生活してるから。ポッドキャストなら、みんなどうでもいいこと喋ってるな、って思える」

プランファーは、音楽によって嫌な記憶や、嫌ではないけど今思い出すのはつらい記憶が呼び起こされる可能性がある、と念を押す。「コロナのせいでコンサートやフェスに行けないことを悲しんでいる場合は、好きなバンドの音楽は聴かないかもしれませんね。聴いたら悲しみが増すだけなので」と彼女は述べる。「何が自分の障害になっているのかを見極め、自分がどうするかを考える必要があります。音楽から距離を置くのがいいのか、あるいは頑張って聴いてみるほうがいいのか、と」

私は何ヶ月も気まぐれに音楽を聴くことしかできないでいるので、ステイホーム期間に新しい音楽ジャンルやアーティスト、新しいサウンドに出会ったひとや、昔聴いていた懐かしい音楽を楽しめているひとをうらやましく思う。ちなみに後者に関しては、好きだった音楽で呼び起こされる記憶はポジティブで浄化作用があるという。「音楽は記憶、言語、聴覚に関わる側頭葉を刺激します」と彼女はいう。「アルツハイマー患者の場合、彼らが昔聴いていた音楽を流して側頭葉を刺激すると、意識が鮮明になったり、笑顔が生まれたり、一緒に歌ったりすることもあります。ノスタルジーというのは実に強力なんです」

今年の音楽との付き合い方は、2020年という激震の1年を私たちがどう乗り切っているかを反映しているのかもしれない。自分が好きだとわかっている、ほっとする料理を好むのか。あるいはこれを機に視野を広げようとしているのか。癒し系のインスト曲で心を落ち着かせているのか。抑圧された不安を攻撃的な曲で解放しようとしているのか。いずれにせよ、この困難な時期においては、どれも全く妥当な反応だ。「私たちが気分を良くしたいと願うのは、良い気分であるべきだからです」とプランファーは語る。「たとえコロナ禍、社会の不公正、大統領選など、世界で恐ろしいことばかりが起こっていようと、私たちは本質的に、幸福を希求するようになっているんです。音楽との付き合い方は、それを反映しています」