僕にHIVをうつした君への手紙

「僕、HIV陽性なんだ」と誰かに告げるときはいつも、君のことを思い出す。怒りや恨みの気持ちはない。思い出すのはむしろ、君の微笑ましい言動ばかりだ。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
僕にHIVをうつした君への手紙
Illustration by Michael Dockery

自分がHIV陽性であることを誰かに打ち明けると、必ずこう質問される。「どうやって感染したの?」。単刀直入に訊いてくるひともいれば、直接質問するほど不躾ではないけれど、相手の目の奥に、その質問が浮かんでいることをこちらが察する場合もある。
「僕、HIV陽性なんだ」と誰かに告げるときはいつも、君のことを思い出す。怒りや恨みの気持ちはない。思い出すのはむしろ、君の微笑ましい言動ばかりだ。

僕たちの2度目のデートを覚えている。デンパサール近郊で、日本食を食べた。正直微妙だったよね。大きな口でご飯をかきこむたびに、君は苦悶の表情を浮かべていた。それでも君は、おかずもお米も全部きれいにたいらげた。君は、料理人に失礼なことはできない、っていうタイプの人間だ。そういう細かいところに、つまり米ひと粒にまで、君のやさしい人柄が表れてた。僕は完食できなかった。君は僕よりも、できた人間だ。
その夜、君は話しながら蝶がひらひらと舞うように手を動かしていた。笑うときはその両手で顔を覆った。君は実に気前よく笑顔を見せてくれた。そういう小さな仕草たちが、僕の記憶にこびりついている。

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そのデートのあと、時を置かずして僕らは別々の道を歩むことになった。僕がオーストラリアに帰らなきゃいけなかったから。バリは恋が盛り上がる島だったのかもしれないが、僕は去らなきゃいけなかった。クリスマスイブにオーストラリアに帰国した。でも大晦日には、発疹と発熱で寝込んでた。医者の診察室であらゆる検査をしてもらったけど、僕はHIVに感染したかも、なんて心配は特にしてなかった。僕はセックスに積極的なタイプだから、定期的に検査を受けるようにしてるんだ。それにそのときは、特に危険な行為をした覚えはなかった。しかし数週間後、再び診察室にいた僕は、自分がHIV陽性だと知った。動揺したし、混乱した。HIVは治療可能な病気だとわかってはいたけれど、いざ自分がHIV陽性と思うと、ずっしりと重みを感じた。やっぱりつらかった。

HIV陽性と診断されていちばんストレスになることのひとつは、知らないあいだに自分が、大切な相手にHIVをうつしちゃったんじゃないか、と考えることだ。僕は生きた心地がしないまま、WhatsAppでメッセージを送った。検査に行くよう伝え、その場所を案内した短いメッセージ。僕は半年ごとに検査を受けていたから、幸運なことに感染の可能性がある期間がわかったので、その間に関係をもった男性たちに連絡ができた。連絡したのは君を含めて計3名。ありがたいことにみんな共感してくれたし、理解もしてくれた。全員が勇気を出して検査を受けたし、誰が誰を責めることもなかった。怒りや非難といった反応が一般的だろうが、僕らはみんな大人だ。みんな、自分のことは自分で決める。こういう瞬間は、厄介な〈かもしれない〉と直接向き合わなければならない。怒りは沈黙を長続きさせるだけだ、ということは記憶に留めておくべきだろう。そして沈黙こそが、もっとも深いダメージを与える。

連絡した3人のうち、陰性はふたり、陽性はひとりだった。その〈ひとり〉が君だった。ちらりと笑みを浮かべた君。微笑むよりも早く、声に出して笑う君。申し分のないマナーを備えた君。僕らはふたりとも、ショックを受けた。この状況のあまりの不公平さに傷ついた。だけどこの事実に直面したときの僕らは、強さとやさしさを示すことができたと思う。HIVは感染者の人柄なんて考慮しない。〈いいひと〉だろうと〈悪いひと〉だろうと関係ない。HIVは身体を必要とし、チャンスがあれば感染先を見つけるだけだ。

君が僕に、CD4リンパ球(その数値が免疫の強さを示す)が少ない、と教えてくれたとき、僕は君が命の危険にさらされていたことにおびえた。君は長期間、おそらく何年も前から、HIVに感染していたということがわかったけど、君は知らなかったし、検査もしなかった。君の免疫システムはゆっくりと破壊されていた。もし僕がHIVに感染しなかったら、もし僕が君に検査を受けるよう伝えなかったら、まったく違う筋書きになっていたかもしれなかったらしい。病院と死が登場する筋書きに。沈黙がもっとも深いダメージを与えるというのはこういうことだ。僕らを孤立させ、脆弱にする。

みんな、HIV検査を受けようとしない。HIV検査はただのウイルス検査ではなく、自分のモラルが問われると思っているからだ。結果が陽性ということはつまり、そのひとは〈悪い〉ひと、間違ったことをしたひと、と思っているからだ。君は恐怖心から、そして陽性だったらどうすればいいかわからないから、という理由で検査を受けてこなかった、と言った。中流階級出身だし、教育もしっかり受けている。ロマンチックで、モノガミー的な価値観をもっている。沈黙だけじゃない、スティグマも僕らの目を曇らせてしまうんだ。HIVに感染することなんてないと思っていたら、そして自分自身、またはパートナーによるたった一度の危険な選択でHIVに感染する可能性があることを認識していなければ、HIVによる死者がゼロになる日なんて永遠に来ないだろう。自分と、自分が愛しているひとたちを守るための対策を打つこともないだろう。

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HIV感染が発覚して数カ月、僕らはいっしょにHIVと闘ってきた。ふたりそれぞれ治療を始めた。初期の副作用や、お役所的な医療システムの過酷さにも耐えた。君の免疫もきっとすぐに回復するだろうし、運が良ければ、僕たちふたりのウイルス量も検出限界以下に下がるだろう。今、僕が恐れているのは君の健康のことじゃない。君の暮らすコミュニティにおけるスティグマだ。HIV感染者と食べ物をシェアしてもHIVには感染しない、と自信をもって答えられるインドネシア人は、たった33%。そのレベルのデマがはびこるインドネシアで暮らす君や、君以外のHIV感染者が心配なんだ。いまだに多くのひとが恐怖心から生まれる反応を示す国で、共感なんて得られるはずがない。

だからこそ、HIVにまつわるスティグマが蔓延していたとしても、僕は僕らの物語を公開しようと決めた。HIVのストーリー、セックスのストーリー、愛のストーリーを。変なデートと、マズい日本食のストーリーを。今、僕らが必要なのは、より多くのストーリーだ。スティグマや沈黙が原因で、僕が君に連絡をしなかった可能性だってあった。そもそも僕が、まったく検査を受けない可能性だってあった。僕らふたりとも、今の生活を送れないかもしれない可能性だってあった。ふたりとも死んでいた可能性だってあった。それはHIVのせいじゃない。なぜならHIVは治療可能だ。それは世間の批判や差別によってもたらされる、沈黙と無知のせいなんだ。

今の世界では、HIV感染者が非感染者と同じくらい健康に長生きできる技術が実現している。適切に服用すれば、いちばん近くにいるパートナーへの感染を防いだり、免疫機能を強くする薬だってある。しかしスティグマが、それら新しい技術がもたらせるはずの影響を抑止してしまう。自分自身の状態を知ること、そして愛するひとたちが彼ら自身の状態を知っておくよう声をかけることは僕らの責任だ。さらに、HIV感染者への批判を止めることも、より重要な責任だ。悪意のあるコメントを正したり、不必要な恐怖を煽ろうとしているひとにはノーを突きつけたい。何より、HIV感染者へのケアや共感をどんどん広げていくべきだ。HIV感染者も、他のひとたちと同じように、自分の人生を生きようとしているだけなんだから。出されたお米を最後のひと粒まできれいに食べるような仲間だっている。さすがに少数派かもしれないけど。

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This article originally appeared on VICE AU.