50歳をむかえ、女装をはじめるひと。結婚生活を営みながら、女装するひと。女装に目覚めた、男らしい格好をしていたゲイ。日本に暮らす中年の、様々な女装者の肖像。

路地裏と中年女装者。女性写真家が追う〈女装放浪記〉

50歳をむかえ、女装をはじめるひと。結婚生活を営みながら、女装するひと。女装に目覚めた、男らしい格好をしていたゲイ。日本に暮らす中年の、様々な女装者の肖像。
23.10.18

大阪府警富田林署から脱走した容疑者が、2ヶ月におよぶ逃走の末、山口県で逮捕された。〈行くぞ! 日本一周中〉と書かれた紙を貼った自転車に乗り、坊主頭のサイクリストに扮装した樋田淳也について、逮捕前、盛んに、こんなことが報じられていた。

「容疑者は、女装して逃走している可能性がある」

テレビ局は一斉にこう伝え、警察は「女装癖があるようだ」とも報じていた。女装と犯罪が結びつけられたのは、なぜなのか? 2007年に発生した、〈英国人女性英会話講師殺害事件〉の犯人も女装癖の疑いをかけられた。指名手配中に作成された、市橋達也の女装イメージは、事件とは関係なく一人歩きした。市橋は「いくら追い詰められても女装なんてしない」と逮捕後に回想している。

〈女装家タレント〉〈ドラァグクイーン〉〈男の娘(オトコノコ)〉など、さまざまなメディアで女装者を目にする機会が増えた。〈オカマ〉と一緒くたにされていた時代と比べ、多様な性が認知されつつある現代。彼らに対する印象は、だいぶポジティブになった。とはいえ、事件についての報道が象徴するように、まだまだ世間の厳しい目は拭えない。

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日本の女装史をひも解く『女装と日本人』(三橋順子、講談社)によると、日本では古代から近世の江戸時代まで、女装者は、ある程度社会的に認知された存在だったという。シャーマン、ヤマトタケル、童(わらわ)、歌舞伎の女形、それぞれの時代に存在した女装のセックスワーカー。性の越境者への畏怖や憧れから、彼らに対して比較的に寛容だったようだ。

それが変化したのは、近代に入ってから。「風紀を乱す」と明治の文明開化のさなか、女装は逮捕・罰金の対象となる。1872年(明治5年)に施行された刑罰法〈違式詿違条例(いしきかいいじょうれい)〉で、立ち小便、入れ墨などとともに、女装は禁止されたのだ。さらに明治末期になると、キリスト教の影響を受けた西欧の精神医学により、マスターベーションや非処女と並び、同性愛や女装は〈変態性欲〉と見なされる。かくして女装者たちは、後ろ暗いものとされ、地下に潜ったという。

「〈自分は異常者なんじゃないか?〉と何十年も葛藤しながら、女性服を買っては捨て…を繰り返しているかたが、私がみてきたなかでは多いです」

そう語るのは、写真家の矢崎とも子。2018年1月、新宿のギャラリーPlace Mで、〈女装放浪記〉なる写真展が開かれた。壁一面に、女装する年配男性たちのポートレート。〈男の娘(オトコノコ)〉といった若い女装者ではなく、大半が女装歴数十年のベテランたちだ。被写体の多くが、路地裏や暗がり、あるいは自室で撮影されていた。並んだ自動販売機の隙間に佇む者、真っ赤なサンタの衣装に身を包む者、女装時の自分の写真を部屋一面に広げる者、などなど。矢崎はあるとき、街に女装者が多くいることに気付き、驚いたという。それから5年間で、数百人の女装者たちを撮影している。

写真展には、多くの女装者たちが訪れていた。壁一面の写真と彼らに囲まれると、こちらがマイノリティーだ。それに気付いた瞬間、落ち着かなくなり、その場を早々に立ち去った。独特な空気に圧倒されたのか、あるいは、自分がそちらの世界に引き込まれる気がしたのか。

「路上スナップを撮りながら街を歩くと、驚くほど女装した男性に遭遇する。現代の日本、都会はまさに女装天国なのだ」という写真展のステートメントが妙にひっかかっていた。彼らは、見えない人には見えない。それではなぜ、矢崎の目には多数が映るのか。そして、彼らの何を見ようとしているのか。

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女装者を撮影し始めたきっかけは何でしょうか?

横浜市寿町の路地裏でスナップ撮影をしていたとき、かなり、たくさんの女装さんたちに遭遇して、「なんでこんなに、女装するひとたちがいるんだろう?」と思ったのが、彼女たちを撮り始めたきっかけです。女装をする理由を知りたくて、たくさん撮れば答えにたどり着くのか、と撮り続けていますが、100人いれば100通りの女装をする理由があるという、当たり前のことがわかっただけです。

どんなところで撮影するんですか?

路上です。最近は女装さんたちが集まるようなお店とかも紹介してもらって、行くようになりました。あとは、地方にもたくさんいます。

声をかけて?

そうですね。みなさん大体、ひとりでいるので声をかけて。

すぐに女装者の方に気付くものですか?

ええ。私は、彼女たちを追い求めているからだと思います。普通は気付かないひとが多いですね。男性でも女性でも、女装者を見ても、わからないひとが多いんじゃないかな?

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僕は結構、気付く方なんですが…。

それは追い求めているんじゃないですか? 写真展にも2回来てくれましたよね。その時も、「どこで女装できますか?」と結構聞かれました。女装願望があるひとは多いはずです。若い時から願望があって、それをずっと我慢しているような。

なるほど。では、どのようなきっかけで女装を始めたひとが多いのでしょうか?

女装を始めたきっかけは、ひとそれぞれで、例えば、子供の頃に初恋の相手を〈好き〉ではなく、〈その子みたいな格好がしたい〉と思ったひと。母親の留守中に口紅を塗ったり、ストッキングを履いてみたひと。または、大人になってSMプレイから入るひとも多いです。どこで目覚めるかはわかりません。

どのタイミングで女装を経験したかというのは、あまり関係ないのでしょうか?

ストッキングをはじめて履いたときのザラッとした感覚とか、化粧している自分自身に興奮したとか、そういう経験を、なかなか忘れられないことが多いみたいです。一度女装をすると、やめられない魅力が、何かあるんでしょうね。もちろん、一度だけで終わるひとも大勢います。ですが、私が見てきたベテラン女装者には、何十年も女装願望と葛藤し続けてきたひとが多いです。今はSNSがあるから、自分以外にもいるんだ、と思えるけど、昔はそんなツールもないから『自分は変態なんじゃないか? こんなことは、いつまでも続けちゃいけない』と女性服を捨てる。でも、また買いにいく、捨てるを繰り返したり。秘密を抱えるのってすごく大変で、何年も隠してたことで鬱病になるひともいますね。最悪の場合、自殺してしまうひともいる。

何十年も抱えるほど、女装経験の魅力は大きいと。それでは、女装者には、どのような性自認をお持ちの方がいますか?

恋愛対象は女性だけど女装するというのもあれば、若いときから気持ちは女性で、手術はしていないけれど女装はするという場合もあります。男らしい格好をしていたゲイのひとが女装に転向する、というパターンもあります。さまざまなひとがいて、それも複雑ですね。

女装がきっかけで、性が転向するひともいますか?

男性からモテて、バイセクシャルになったりもするようです。でも、はじめからバイセクシャルかもしれないし、そのへんは曖昧でわかりません。付き合っていくうちに、男性と女性に分かれていく女装者同士のカップルもいました。途中から片方が女装をやめて、男性として付き合っていくという。

女装自体は、性の自認とは別物なんですね。だから、より複雑になっていくと。

そうですね。〈ビアン〉という、女装者と女性がカップルになって「私たちレズビアンね」という、とても複雑なものもあります。私もよく「こっちの世界においでよ」とビアンに誘われるんですが、「いや、あんた男じゃん」って。

結婚されているひとが多いようですが、結婚生活などに抑圧されていて、男らしさから解放されたい、と思うのか。または、今だとLGBTQという概念も広まってきていますので、そういう言葉がなかった時代に違和感を持ちながら生きてきて、ある時点で自覚するのか。どちらが多いのでしょうか?

それは、ひとそれぞれですが、私が見てきたなかでは、圧倒的に既婚者が多いです。職業も会社員、教師、トラック運転手とかバラバラ。奥さんにバレちゃって、「家には絶対に持ってこないで」と言われてたり。若い時からずっと我慢していて、50歳くらいで子育てが終わり、生活も安定してきて、始めようってひともいらっしゃいます。成り行き上結婚して、子供もいるけど自分の心が女性だと気付いて、女装を始たりもします。そのかたは、普通のサラリーマンで、私が写真を撮っているときに「今日が50歳の誕生日なんです。どこに行けば女装できますか?」と声をかけてきました。「50歳になった記念に、今までやりたくてやれなかったことを、これからはどんどんやってみようと思うんです」と。それまで、違和感はあったんでしょうね。でも、LGBTQという言葉に、ちょっと違うんじゃないか、という拒否反応を持ってらっしゃるかたが何人かいました。その言葉で括られると、〈障がい者的な扱いになる〉と感じると。どこか、〈かわいそうな人たち〉と見られていると感じがするのではないでしょうか。

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50歳あたりというのがキーワードとしてあるようですね。確かに、女性用の服も買わなければならないからお金もかかりそうです。

普段はスーツとか男性用の服を買いつつ女性用の服を買うから、お金はかかりますね。新宿なんかに集まる女装さんたちは、リッチなひとが多いです。マンションの一角の女装者専用ロッカーを、月に1万円とかでレンタルして、着替え道具を入れて遊びにいくとか。基本的には、仕事がしっかりあって収入が安定していないと、なかなかできませんね。たとえば、本業を辞めて女装さんが集まるお店で、夜1本にしよう、というひとも多いんです。でも、お客さんとして遊びにいくぶんにはちやほやされるけど、カウンターに立っていざホステスになると、上手くできない、と心を病んでしまう。結局、挫折して生活苦に陥る、という悪循環にはまるひともいます。

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では、女装写真を始めるきっかけになった横浜市寿町では、どんなものを撮影されていたのですか?

もともと、寿町は写真を撮りにいくのが目的じゃないんです。大通りよりも路地裏がそもそも好きで、偶然知り合ったおじさんに、「タダでご飯を食べさせてあげようか?」と連れていってもらったのが、寿町の炊き出し(笑)。そのかたは、元国鉄職員だったんですが、借金を肩代わりして、一家離散しちゃって。もう亡くなってしまったんですが、流しで歌ってましたね。それから毎週金曜日に炊き出しを手伝うようになって。で、たまたまカメラを買って、何を撮ろうかと思ってたら被写体がそこら辺にいたから、ちょっと練習台に撮らせてもらって(笑)。

写真を撮ったり作品にするには、なかなか難しい街だと思うんですが、どうやって住人たちとコミュニケーションを取るのですか?

寿町は、素性を明かしたがらないひとが多いので、向こうが話すまでじっくり待たないと。でも、なかには「写真展に出してもいい?」って聞くと、「自分が生きた証を残してほしいから、どんどん出して」というかたもいますね。

他には、どんなひとを撮っていたんですか?

指が全部で6本しかない元ヤクザのかた。シャブ中の男性とか。その男性は、打っていなければ好青年なんですけどね。あとは、食料品ばかりを盗み、刑務所から出たり入ったりを繰り返している万引きの常習者とか。寿町は高齢化しているんですが、覚せい剤中毒や精神障がいを持つ若いひとも少なからずいます。でも結局、そういうひとは、寿町からいなくなってしまうことが多いですね。そうしていたら、女装さんをたくさん目撃して。

寿町には、女装者が多いのですか?

寿町に住んでいるひとは、たくさんいます。自分から、あえて、それは言わないですけどね。住んでいるのを隠して女装しているひとが多いです。心は女性だけど、生活保護受給者で、お金があるわけではないから、そんなにいい格好ができなくて、上半身はおじいさんみたいな格好で下はスカートを履いているかたとか。中華街で生まれた中国のかたで、中国では女装がタブー視されているので、街にいられなくなって寿町に住んでいるとか。みんな、それぞれの事情を抱えていて、そういうひとが、夜に着飾ってたりね。あと、やはり高齢の独身男性が多いから、モテるんですよ。だから、あえて徘徊するひともいます。

高齢化や経済状況、いびつな男女構成比といった、その街特有の事情が女装者たちにも表れるんですね。それでは、路地裏が好きだ、とおっしゃいましたが、矢崎さんが寿町に魅了される理由は何でしょう?

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寿町に、何か自由を感じたんですよね。障がいがあったり、何かしら事情を抱えているひとが多いんですけど、限られた狭い範囲のなかでは、自由にどこにでもいけるんです。自分のいけるところで、ひっそりと散歩する感じですが、危ないと誰かが遠巻きに見ていて助けにいくし。寿町のみなさんは、基本的には優しいので、いい街だなと。私は実家にあまり近付かなかったんですが、精神障がいを持つ兄がいて。親も高齢になり、兄は精神病院に入ったんですが、どんどん廃人のようになってしまいました。寿町を見たときに、兄と比べたら家族や地縁者がいなくても自由に過ごしているひとたちがいて、こっちのほうが幸せなんじゃないかなと。

なるほど。矢崎さんが女装者に魅了される理由にも通じる気がします。そういう意味では、女装者の方たちには制約があるからこそ、服装を頑張っていたり、工夫されているかたが多いようですが。

みんな頑張っていますね。だから、私なんか「もったいない」とよく言われます。女性だったら、地味な服とかも何気なく着ますけど。みんなは、女の子の服を着られる、という喜びがあるから、より女の子らしい服を求めますよね。PTAの奥様風の格好をしているかと思いきや、ミニスカートの股間部分をチラッと上げられる仕掛けの遊び服で、映画館に出かけたりね(笑)。彼女たちといると、「普通って何?」って思うんです。女装しているときが、彼女たちには普通なわけで、〈男モード〉でほめられても全然嬉しくない。

一生懸命女装して、それでやっと女性のように見られるかどうか、ということでしょうか?

彼女たちのなかには、「バレないか?」とビクビクして歩いているかたが多いんですよ。「オカマ」と言われても、もうとっくに、それをクリアして、どうってことないひともいれば、それに傷つくひともたくさんいる。ちょっとコンビニに行くとか、本来は簡単なことですよね。でも、彼女たちはコンビニに行くのも勇気がいることですから。外が明るいと、ウイッグがバレるんじゃないか? メイクの違和感がバレちゃうかも…とか。だから、薄暗い路地にいるんですよね。

外に出れないひとも多いのですね。

女装して路上にいるひとは、ほんの一部で、「外に出る勇気がない」とまだまだ部屋のなかで、ひっそりと写真を撮るだけのひとが圧倒的に多いようです。やはり、公表するのは、すごく勇気のいることで。そこを、いろいろ乗り越えてきたベテランだからこそ、撮影を許してくれるんです。

それでは、部屋まで入って撮影したりと、矢崎さんが女装者たちを撮り続ける理由は何でしょうか?

うーん。単なる好奇心から始めたので、社会的な意義なんか何もないんですけど…。彼女たちといると、気持ちが楽になれる気がして。普通であろうとする必要がないからかな。彼女たちは、それぞれ葛藤しながら、辞めては再び始めて…何十年も女装歴がある。すでに外に出ているひとたちは、そういうのを乗り越えて自分の居場所やライフスタイルを見つけている。そういうひとたちを見てもらって、誰でも普通に道を歩けるような世の中であってほしい。だから、〈女装放浪記〉という、そのひとの女装人生みたいなのを、垣間見てもらえたらいいかな、と思っています。

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矢崎の女装写真には、路地裏や部屋の中といった、撮影した場所の背景が写し込まれている。背景をボカして人物をきれいに撮るより、「ありのままに撮りたい」と矢崎はいう。100人いれば100通りの事情があり、女装者や性的マイノリティーをひと括りに語るのはナンセンスだ。〈性的指向〉も、〈性的嗜好〉も、人それぞれ。寿町の懐の深さに気付いたように、矢崎は女装者たちを通してこの社会の奥行きを観ようとしているのかもしれない。

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