7月末、メキシコ南部に位置するチアパス州の高地にある町、パンテルオ。前日に襲撃、放火された近隣の建物から煙が上がっている。寄せ集めの武器で武装した数千人にも及ぶ先住民が、町役場の周りに集まり、リーダーたちの声に耳を傾けている。率いるのは〈エル・マチェーテ(El Machete)〉と呼ばれる、最近結成された自警団だ。先住民たちは昨日、自らが暮らす山岳地帯の村から町の中心部に下りてきた。組織犯罪に加担する協力者たちを町から一掃するためだ。犯罪者たちは長年、自分たちのコミュニティをおびやかしてきた、と彼らは主張する。そして州の治安部隊が傍観するなか、エル・マチェーテは住宅や事務所を襲撃し、ギャングメンバーと思われる住人21名を拉致した。少なくとも12棟の建物が完全に破壊され、町じゅうにがれきがあふれかえった。壁には〈エル・マチェーテ万歳〉〈ナルコス(麻薬取引に関わる犯罪者)は出ていけ〉などといったメッセージがスプレーで描かれていた。
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「我々はナルコスや殺人者たちと同じことをしたまでだ。彼らは我々の家族を殺し、土地を奪った」。迷彩柄の目出し帽をかぶった青年が町役場のバルコニーから呼びかける。
この地域の住民の多数を占める先住民たちとロス・エレーラ(Los Herrera)と呼ばれる犯罪組織とは長らく冷戦状態が続いていたが、交戦に発展したのは今年の7月上旬のことだ。チアパスで繰り返される武力衝突の根には、地元を牛耳るフィクサーから何百年も見捨てられ、虐げられてきた境遇があるが、パンテルオで突然起こった今回の襲撃は、長年続いてきた先住民たちの苦境に、犯罪組織がどれほど深く関与しているかを示している。先住民たちが武器を取って自警団を結成したのも、犯罪組織の止まぬ暴力に対し、正当な権利を要求するためだった。「犯罪組織が横行するなかで政府に見捨てられ、地元コミュニティには自警団を結成する他に選択肢がない状態でした」と説明するのは、地元先住民コミュニティの司祭であり、人権活動家のマルセロ・ペレス神父だ。メキシコでは、犯罪組織の暴力行為に対し治安部隊が有効な対策を実行しないため、一般市民が自警団を組織して対応してきた複雑な歴史がある。成功例もあるものの、概して短命で、時には敵対組織に取りこまれることもあった。ただ、エル・マチェーテに影響を与えているのは、そういったメキシコの他の地域の自警団よりも、地元の先住民たちの抵抗の歴史だ。その証拠は、山を切り開いてつくられた、パンテルオまでの細い道を通ってみれば明らかだ。トウモロコシとコーヒーが高く伸びる畑に囲まれた道。周りの看板や建物に目を向けると、伝統的なソンブレロと、2本の装弾ベルトを胸で交差するように着けたメキシコ革命の指導者、エミリアーノ・サパタの肖像が貼られている。肩にライフルをかけた先住民の男性や女性の肖像もある。チアパス州では40年前に、先住民族がゲリラ組織を結成しはじめ、それがサパティスタ民族解放軍へと発展した。1994年1月1日、サパティスタ民族解放軍は政府を相手に武装蜂起。多数の町村を制圧したが、メキシコ軍の反撃で、山岳地帯へと撤退させられた。その後数年間、サパティスタのメンバーたちは他の自警団に追われる身となり、その過程では数多くの人権侵害も行われた。なかでも最悪の被害を出したのが、1997年12月22日、パンテルオと隣接するアクテアル村で、45名もの先住民(多くが女性や子どもだった)が虐殺された事件だ。
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専門家によれば、時が経つにつれ自警団は不法行為に手を染めるようになり、それが現在までコミュニティをおびやかしつづけている犯罪組織が生まれるきっかけとなっているらしい。パンテルオに誕生したのは、エレーラ家が率いる〈ロス・エレーラ〉。この組織は、麻薬や武器の密売、自動車の窃盗や土地占有まで、さまざまな犯罪行為を行なってきたとされる。地元住民は、この20年で少なくとも200人がロス・エレーラに殺されてきた、と訴える(※これまで声をあげた住民は多くの場合殺害されているため、本記事ではインタビューに答えてくれた方々の名前を伏せています)。ギャングのボスであるアウストレベルト・エレーラは2019年に殺人容疑で逮捕されたが、住民によると彼の息子たちが跡を継ぎ、暴力は止むことがなかったという。さらに、ロス・エレーラは町長までも味方につけていた。犯罪組織と地元政府の癒着は、今年6月に行われた選挙で顕然した。選挙日までのあいだ、ロス・エレーラは味方である民主革命党(PRD:メキシコの与党勢力)に代わり、ライバルへの脅迫を続けた。それについて説明してくれたのは、同州の主要都市であるサン・クリストバル・デ・ラス・カサスにある人権センター〈Centro de Derechos Humanos 'Fray Bartolome de las Casas'〉の所長、ペドロ・デ・ヘスース・ファロだ。「もしPRDに投票しなければ大変なことになる、命も奪う、という脅迫です」
それは口先だけの脅迫ではなかった。5月頭、ロス・エレーラは、トウモロコシ畑でその所有者だった先住民の男性を殺害したとされる。恐怖を広めるための見せしめに彼は殺された、と地元住民は語る。数日後、その男性が亡くなった村の武装した住民と、ロス・エレーラのメンバーとのあいだで銃撃戦が起きた。そして伝えられるところによると、後者のうち2名が死亡した。そのあとすぐ、SNSでとある動画が拡散しはじめた。その動画では、ナレーターが同地域の主要言語である先住民族のツォツィル語で、麻薬密売人から「パンテルオの住民を守るために」コミュニティとして立ち上がる、と述べていた。こうして、前述の銃撃戦がターニングポイントとなり、エル・マチェーテが誕生した。その1ヶ月後、現町長の夫が選挙に当選し、町長夫妻のライバルへの排斥行為は続いた。コミュニティの代表者たちは、6月26日に州政府に公式に苦情を申し立てた。しかし7月の初週、住民から人気を集めていた神父と伝教師の兄弟が殺害された。苦情申し立てに対する報復だとされる。そして、それに憤激したエル・マチェーテは行動を開始した。7月7日の夜明け前、武装したエル・マチェーテのメンバーたちは、パンテルオの町の中心部へと続く道を封鎖。そして、ロス・エレーラのメンバーとの銃撃戦が始まった。それは一日中続いた。過去の体験のトラウマを抱えた住民たちは、突然のことに恐怖と驚きを覚え、急いで山岳地帯へと避難し、近隣の町の学校や教会で過ごした。その人数は6000人にも及ぶ。
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翌朝、秩序回復のため町に送られた州の治安部隊が、バリケードでエル・マチェーテに襲撃された。この衝突で、負傷した兵士および警察官は計9名。その後、エル・マチェーテは撤退し、治安部隊が町を統制した。
7月10日、エル・マチェーテのメンバーたちは映像にて初めて姿を現し、彼らの行動の真意や目的を明らかにする声明を発表した。「我々が町に入ったのは一般人を攻撃するためではない。人殺し、麻薬の密売人、組織犯罪を排除するためだ」とマスクで顔を覆ったエル・マチェーテの代表者が映像のなかで訴える。「我々が町に入ったのは、これ以上死人を出さないためだ」「パンテルオから犯罪組織が消え去れば、人殺しや麻薬密売人が消え去れば、人民を守ることを目的とする我々は活動を止める。なぜなら我々は、権力や富を求めているわけではないからだ」と彼は続ける。彼の横にはライフルを抱え、黒い帽子を被り、エル・マチェーテのロゴである、交差する2本のマチェーテ(山刀)が描かれた黒のTシャツを着た仲間たちが立っている。その1週間後、エル・マチェーテは力を誇示する演出を行なった。120人ほどの戦士が狩猟用のライフルを持ち、パンテルオのはずれにある、バスケットコートに整列した。少量だがミリタリーグレードの武器もあった。町の人口のおよそ15%に及ぶ3000人以上の群衆が彼らを囲み、歓声を送った。武力衝突時に避難してまだ家に戻っていなかったり、暴力を恐れて家から出ないひとが多いなかで、ここまで大勢のひとびとが集まり、彼らに声援を送ったのは驚くべきことだった。「エル・マチェーテは住民たちが結成し、住民側に立ち、住民のために戦ってくれます」とペレス神父は語る。ただし、全員がエル・マチェーテを支持しているわけではない。件の衝突から2週間経ち、住民たちが少しずつ帰宅を始めていた7月24日、VICE World Newsはパンテルオに向かった。町につながる本道には、しおれた葉をつけた太い丸太、ボロボロになった土嚢、燃えたタイヤから残った腐食したワイヤーなどが散見される。それによりエル・マチェーテがバリケードを作っていた場所がわかる。ロス・エレーラが製造した爆弾が爆発した横道には、焼け焦げた車の残骸が残っている。近隣の家屋には、瓦が剥がれた屋根や、爆弾の破片により穴があき、崩れた壁が見受けられた。釘や鉄筋の破片が四方に飛び散り、その距離は半径30メートル以上に及んでいた。町の中心部では閉じていた店が再開し、少しずつ活気を取り戻そうとしていた。しかし、住民の数よりも治安部隊のほうが多いように見えた。先住民たちは周囲の山岳地帯に暮らしているが、町に暮らす住民の多数がメスティーゾ、すなわちヨーロッパからの移民と先住民を先祖にもつ混血のひとびとだ。
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エル・マチェーテについての意見は、大きく民族ごとに異なるようだ。「すべての市民に、自らの権利を主張する権利があります」と答えたのは、65歳のメスティーゾの農民だ。「でも、(エル・マチェーテのメンバーは)価値観を混同している。彼らは侵略者にとどまらず、住民にも怒りをぶつけることがあるんです」ただ、すべてのひとが同意しているのは、パンテルオには組織犯罪が根付いてしまっており、戦いなしに排除することはできない、ということ。ロス・エレーラのメンバーたちは避難していた住民たちに混ざって町に戻り、治安部隊が撤収したらすぐにでも町を奪還する計画を立てている、という噂も広まっていた。しかし、それを許すつもりはないエル・マチェーテと数千人の支援者たちは、犯罪組織を永久に町から追放すべく、組織の所有する建物への襲撃を行なった。それが7月26日のことだ。その翌日、景色は一変した。治安部隊が守っていた戦略的な枢要ポイントはエル・マチェーテが守ることになり、治安部隊のうち町の中心部に残ったのは軍、警察合わせて100人程度で、彼らは全員学校の校庭へと身を潜めていた。
町役場に集まった先住民族の男性、女性、そして子どもたちは、ロス・エレーラが絶対に町に戻ってこないと確信できるまで自分たちの村には戻らない、と決意している。「ここには安全も、平和も、安心もない。あるのは恐怖、叫び声、強奪、恐喝、そして腐敗だけ」とエル・マチェーテの代表者は群衆に語りかける。「だからこそ我々は、7月26日に町の中心部に入った。我々の手に正義を取り戻すため。殺人者や麻薬密売人たちの住処を急襲するためだ」最近、パンテルオの先住民たちは、先の選挙結果を無効とすることを当局に訴え、彼ら自身が主導した選挙を行い、犯罪組織とのつながりのないリーダーを選んだ。しかしメキシコのアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領は、先住民たちに裏の目的があるのではないか、と疑い、選出された代表者たちを認めようとしていない。エル・マチェーテが姿を現したあと、大統領は同団体について、「同地域の有力者たちが主導する政治工作、もしくは犯罪者だろう」と発言している。そんななか、7月27日の会合で、エル・マチェーテの代表者は大統領に異論を唱え、歓声を送る群衆にこう問いかけた。「先住民の命は大事ではないのか?」