高温多湿が死をもたらす:暑さ指数の重要性

bulb umed, mori de la canicula

6月末、平年を大幅に上回る猛暑が米西部を襲い、観測史上最高気温を記録。高温を原因とする森林火災も多発し、暑さによる死者も100名を超えている。この暑さはしばらく続くとみられている。

まるでこの世の終わりのような暑さの中、人間を突然死に至らしめる可能性がある、暑さと湿度の研究が進められている。実際、気候変動の影響により異常気象が増加し、高温多湿を原因とする死者がすでに珍しくなくなっているが、その現状をおそらくもっとも的確に表しているのが、昨年、オンライン学術雑誌〈Science Advances〉に掲載された「人体の限界を超える極度の高温多湿状態の現れ方(The emergence of heat and humidity too severe for human tolerance)」という論文だ。

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これまでの気候モデルでは、高温多湿を原因とする死者は21世紀中頃以降に発生するとされてきたが、2021年現在、すでに起きている。コロンビア大学のラモント・ドハティ地球観測研究所(Lamont-Doherty Earth Observatory)のラドリー・ホートン(Radley Horton)ラモント研究教授をはじめとする本研究の著者たちは、1979〜2017年の世界各地の気象台データを調査し、人間を死に至らしめる可能性のあるレベルの高温多湿状態を7000ヵ所発見した。ここで考慮されるのは湿球温度(wet-bulb temperature)である。湿球温度が高いと、汗の蒸発による身体の冷却ができなくなり、体温が上がって危険な状態となる。人体に危険を及ぼすレベルの高温多湿環境は、主に南アジア、中東の沿岸地域、北米の南西部で確認されている

本研究によれば、危険とされるのは、湿度95%〜、気温31℃〜の環境で、人体の限界は湿球温度35℃だという。この場合、健康なひとですら死に至る可能性がある。

「(この環境では)疾患が全くない健康な人間が、日陰に座り、発汗を妨げない服装をし、好きなだけ水を飲める状態であっても危険です」とホートン研究教授は説明する。「空気中の湿度が高い場合、体温上昇を避けることは熱力学的に不可能なんです」

ホートン研究教授の研究は、米国海洋大気庁(NOAA)が支援した。つまり米国政府は、健康な人間でも命を落とす可能性がある気候条件について、積極的に研究を進めているということだ。NOAAは、「人体が生存できる限界を超える温度・湿度の組み合わせは、すでに各地で起きている」とプレスリリースで指摘している。NOAAはまた、湿球黒球温度(wet-bulb globe temperature;日本では〈暑さ指数〉として知られる)についてさらなる研究を進める他のプロジェクトも支援している。

発汗は暑い日に活動するために必要な機能だ。かいた汗が皮膚表面で蒸発することで熱が放散され、身体内部の温度が上がらずに保たれる。

しかし、空気が含むことのできる水蒸気の量には限界がある。汗が気化することができるのは、身体の周囲の空気がその水分を受け入れられるほど乾いている場合のみだ。ホートン研究教授によると、湿度が高すぎる環境では汗は蒸発しにくい。同じ高温でも、乾燥した気候の方が過ごしやすいのはそのためだ。

「(汗を気化させるためには)身体と周囲の空気との温度勾配が必要です。でももし大気が湿度100%の状態であれば、汗が蒸発できなくなってしまう」とホートン研究教授は説明する。「湿度100%の空気は、身体から出た水分を含むことができないんです」

つまり、湿度が高い日は、かいた汗が皮膚表面に留まるということだ。蒸発しないので、体温はどんどん上がっていく。まさにサウナの中と同じ状態だ。かいた汗は蒸発せずにだらだらと皮膚表面を流れる。暑さに耐えられなくなったら外に出る必要がある。

そのような高温多湿状態となる地域は、現在増加し続けている。地図上で緑で示されている米国南東部、メキシコ湾、オーストラリア北部では、最高湿球温度を日々更新している。

短期的には、たとえば冷房をつけた部屋で休むなど、個々人の行動を変化させながら高温多湿環境を避けていくことになる、とホートン研究教授は予測する。しかし今や、米国を記録的な熱波が襲い、テキサスやニューヨークをはじめとする都市部では電力需要が急増してエネルギー供給網を逼迫させている状況だ。どこまで冷房に頼っていられるかもわからない。

そもそも、誰しもが冷房にアクセスできるわけではない、とホートン研究教授は指摘する。移民や農業従事者、エネルギー貧困層は、室内の冷却が難しく、高温多湿環境でより苦しむことになるという。

California YIMBYの広報責任者、マシュー・ルイスは、湿球温度は近いうちに環境移民を導く指標となるだろう、と今年の6月末にTwitterで発言した。

「現在人間が暮らしている地球上にある場所の多くが、人間の手により住めない場所へと変わっている最中だ」とルイス。「住民は移住せざるを得ない」

この起こりうる事態に備えるよう、ルイスは州や地方自治体に呼びかけている。「自分が暮らす街のNIMBY(「Not In My Back Yard(うちの裏庭にはやめてくれ)」の略で、自らの居住地域内の開発に反対する住民のこと↔︎YIMBY)たちを権力の座から引きずり下ろそう。気候変動を否定する自動車愛好家たちに打ち勝とう」

またルイスは、天気予報も大気汚染レベルや湿度同様、「公共サービスとして」湿球温度の指標を発表すべきだ、と主張している。ホートン研究教授によれば、多くの天気予報で発表されている「体感温度」がそれに近いが、計測値の単位が各局で統一されていないため、混乱を招く可能性もある。

しかしその現状について、ホートン研究教授はこうとらえている。「誰もが使える決まった尺度がなく、湿球温度が何を示すかを説明できないひとが多いのは事実ですが、逆に言えば、まだまだ私たちにはできることがある、ということです」