メトカチノン(Methcathinone)は、欧米では謎多き、この白いクリスタル状の粉は、「キャット(cat)」「バスタブ・スピード(bathtub speed)」として知られ、南アフリカでは大きな市場を形成している。
警察当局は、最近、この麻薬を製造し、取引を行う大規模な麻薬密売シンジケートを壊滅させた、と発表した。クルマンとセツンダで4人の容疑者が逮捕された。2014年後半、南アフリカの有名ラグビー選手ユースト・ファン・デル・ヴェストハイゼンの一夜限りのお相手、マリリーズ・ファン・エメニスは、ハンドバッグにキャットを忍ばせていたため逮捕された。その1年前、とある女性は赤児のおむつに14パックのキャットを隠し持って逮捕された。赤ん坊は、密輸の隠れ蓑として誘拐されたらしい。
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キャットには「クラックと同等の中毒性がある」との主張もあるが、効果はそこまで強くない。扱いやすいスピード、もしくは、効き過ぎるリタリン、とでもいったところだ。南アフリカのリハブの報告によれば、このドラッグを、薬物使用者が集中する17〜25歳では収まらない幅広い年齢層が摂取しているそうだ。
メトカチノン人気の理由の1つに、「製造の容易さ」が挙げられる。素人に化学実験は難しい。MDMAを合成するには、博士レベルの精緻さが求められる。スピードの合成には、特殊な装置、政府の危険物リストに載るような「特別な分子」が必要だ。
それに比べ、キャットの製造法はとてもシンプルだ。原料は、一般的な風邪薬に含まれているエフェドリン、 塗料溶剤としてホームセンターで販売されているアセトン、硫酸。製造に必要な装置は、ストレーナー(ろ過器)、電子レンジ、もしくはヘアドライヤーと冷凍庫があればよい。
1袋が、およそ20~60南アフリカランド(約143円から430円)程度の末端価格も、キャットが「南アフリカで濫用される薬物」ランキング第6位に入り、メタフェタミンのポジションを脅かす理由だ。
国内のどの地域でもある程度の人気を誇るキャットだが、このドラッグの本拠地となっているのはハウテン州。この州には国内最大の都市ヨハネスブルクと首都プレトリアがある。
このドラッグは、嚥下、喫煙どちらもありだが、鼻からの吸引がなにより効果的だ。
リハビリ施設ステップ・アウェイ・トリートメントセンターの経営者、ウェイン・ ケルサルは、「キャットは貧乏人のコカインだ」と教えてくれた。「このあたりでコカインは高い。だからキャットとクリスタル・メス市場が急成長しているんだ」
サンドラ・プレトリウスは、政府のリハビリテーション・クリニックSANCA Horizon の所長だ。彼女は、入所者のバラエティがキャット市場の拡大を示唆している、と分析する。「以前は19から26才くらいの若者が中心だったのに、今はU19や高い年齢層の使用者が増えている。エクスタシー、コカイン、スピードなどの『クラブ・ドラッグ』になった」とサンドラは説明した。
アランは、ヨハネスブルクのプライベート・クリニックを退院したばかりのウェブ・デザイナーだ。「ゲイ・シーンに出入りするようになったのは最近なんだ。最初は、コカインを買えないときの代替として、なかなか良いパーティー・ドラッグを見つけた、と思ってた。1グラムで1晩中楽しむことができるし、3グラムのコカインより安い。パラノイアもあまりない。手軽な気がしたんだ。 簡単に嵌まったんだ」
ポート・エリザベス出身のマイケル・モリスは、15才でキャットを始めた。17才になった彼は、リハブから出たばかりだ。モリスは、「キャットは、南アフリカ中に蔓延している。南アフリカでもポピュラーなドラッグの1つだ。使用者の大半は白人」と教えてくれた。満足度の高さはコカインを上回るらしいが、「切れたときの落ち込みが半端なかった。鬱ったり攻撃的になったりした」
キャットには、スピードとカット(khat)という近親麻薬がある。葉っぱを咀嚼して摂取するカットは、東アフリカやアラビア半島では一般的で、イギリスのソマリ・カフェでも手に入る。しかし、法の網を潜り抜けた数々のドラッグと同様に、キャットの初お目見えはソビエト連邦だった。1928年、ドイツで初めて合成され、1930年代から40年代には、ソビエト連邦で抗うつ剤として処方されるようになった。第2次世界大戦後、薬用目的外で濫用されたため禁止された。60、70年代には麻薬として摂取され続けた。
ロシアで禁止されていたのと時を同じくして、アメリカの製薬会社パーク・デイビスは、抗うつ剤、痩せ薬としてキャットの効果を調べ始めた。だが、中毒性の発覚をきっかけに実験は中止された。1989年、同製薬会社の研究室で働く学生が、このドラッグを持ち出し、ミシガン周辺地域に広めるまで、欧米でキャットが娯楽目的で摂取されることはなかった。中西部では、今でも現在進行のカルト問題だ。南アフリカの他には、ニュージーランドだけに相当数の愛好家がいるらしい。
キャットには、リラックスした覚醒状態をもたらす効果があり、コンピュータ・プログラマー、学生たちが作業能率を上げるために摂取する。中毒性が高く、1日、長ければ4日間眠らずに過ごすヘビーユーザーもいる。ただし、それに伴う解離症状により、うつ、睡眠不足による精神障害に苛まれたりもする。
「個人的な意見だけど、キャットはクラックと同じくらい依存性が高い」とプレトリウス。「キャット特有の副作用の一つに、解離性障害がある。キャットがないと、感情は極度に不安定になり、誰の手にも負えない。そのためにキャット・ジャンキーは、入院患者として私たちの施設に入所する。彼らが依存から解放されるには、ベンゾジアゼピンなど多くの治療薬が用いられ、適切な治療を受けるには高額が必要になる」
アランがリハビリ施設に入って、まず乗り越えなければならなかったのが、まさにこの解離性障害だった。「最初の4日間は、自分の人生の中で最も長い4日間だった。極度のうつ状態で、見舞いに来てくれた人が誰なのかすら認識できなかった」
プレトリウスは、「私たちはこの状態をコットン・ウール・ヘッド(cotton wool head)と呼ぶ」そうだ。「 彼らはキャットがもたらす度外れた刺激のせいで、ここに来るころには脳の反応が鈍くなっている。彼らに何か質問をしても、返答がないため、再度質問を繰り返そうとするとようやく答え始める、といった具合だ」
常に許容量以上の犯罪に対処しなければならない南アフリカ警察にとって、キャット対策の優先順位はたかくないものの、製造現場の強制捜査は定期的に行われている。合成方法は簡単だが、危険も伴う。こうした建物に残された火事の痕跡、化学薬品が穿った穴の数々が何よりの証拠だ。
しかし、すくなくとも臭いは悪くない。解し難い化学反応のおかげで、ピスタチオのアイスクリームのような香りがする。腐れケミカルを大量摂取したジャンキーが発する「猫のションベン」臭とは大違いだ。
いずれにせよ、このドラッグの持つリスクは、使用者にとっては大した問題ではない。需要が増加すれば、供給も増加する。国は貧しくとも、キャットが今の値段で手に入る限り、需要がなくなることはないだろう。