クレイジーリッチなヨットオーナーたちからのありえない要求

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スーパーヨットのシェフとして雇われた私は、ぶっ飛んだ金持ちにも驚かないよう気持ちを整えて初日に臨んだ。豪華な船内は予想していたし、自分の寝台の下にたんまりとチップを貯められるだろうと思っていた。しかし、私たちスタッフが毎日のように対応することになる、ありえない要求のオンパレードは、さすがに想定外だった。

私が担当していた女性は、イチゴが大好きだった。しかし、彼女はすべてのタネがピンセットで取り除かれている状態じゃないと口にしなかった。どんなに小さなタネでもだ。別のヨットオーナーには、数千ユーロをかけてボストンにロブスターを仕入れに行かされたが、そのとき私たちがいたのは地中海のど真ん中。港には、獲れたてのシーフードを売る地元の漁師たちがたくさんいた。

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しかし、最初は奇妙だと感じても、すぐにそれが日常茶飯事となった。女性の客室乗務員は毎朝新聞紙にアイロンがけをしていたし、私は毎晩寝る前に、ボウルに入ったフルーツを磨く作業を任されていた。ブドウやブルーベリーを一粒一粒ミネラルウォーターに浸け、表面が輝くまでシルクでこすらなければならなかったのだ。

「シェフは常に時間差をつけて卵を茹で続けてました。毎日何十個もの卵が無駄になってましたね。」

船のオーナーから、悪夢のような要求を受けたスタッフもいる。「担当していた老紳士は、毎日の朝食に12分茹でた卵を所望するんですが、それは茹でたてじゃなきゃいけないし、しかも彼が席について5分以内に提供しなきゃいけなかったんです」と経験談を語るのは29歳の客室乗務員、ジェマだ。「老紳士はすごく怒りっぽく、よく叫んでました。『卵を食べたいときに食べさせろ!』って。それでいて朝食の時間は朝7時から11時までのどこになるかわからないので、シェフは常に時間差をつけて卵を茹で続けてました。毎日何十個もの卵が無駄になってましたね」

「切っても切っても求められる赤さのスイカが出てこない、あの絶望感は一生忘れません。」

33歳のシェフ、スチュアートは、シーズン中ずっと、真っ赤なスイカを探し続けたことがトラウマになっているという。「船のオーナーは1日に何度もスイカを食べたがったんですが、真っ赤じゃないと要らない、というんです」と彼は回想する。「でも切ってみないとスイカの赤さはわからない。だから置けるところすべてにスイカを置いておきました。最終的には自分の寝台にも置いてスイカと眠ってました。切っても切っても求められる赤さのスイカが出てこない、あの絶望感は一生忘れません」

オーナーからの無理な要求は昼夜問わずやってくる。25歳の客室乗務員、ローラは、ある夏、中東の国の王子が所有するヨットで働いたが、あれほど豪奢な生活はみたことがない、と語る。「毎晩王子はカジノに遊びに出かけ、朝4時に戻ります。そして船内ではフルコースのディナーがふるまわれるんです」。また、この王子は小さなスーツケースひとつで旅行に行くことを希望していたので、王子の個人秘書が彼のワードローブをコピーして、所有するすべての邸宅や船に送らなくてはならなかったらしい。同じシャツを10着くらい買って、世界中へと送るのだ。

「すべての衣類をペットボトル入りの高価な水で洗わなくちゃいけなかったんです。」

スーパーヨットにおけるあるあるネタといえば、ミネラルウォーターに関する細かい要求だ。たとえば、Fijiという名のミネラルウォーターを詰めた車でヨーロッパを横断するよう命じられた甲板員がいたし(その理由は「Fijiはイタリアでは買えないから」)、28歳の客室乗務員、エミリーはもっとすごい、水にまつわるリクエストを受けた経験がある。「初めて働いた船で、オーナーにすべてのフルーツ、野菜、洋服をミネラルウォーターで洗え、と命じられました」と彼女は回想する。「文字通り、すべての衣類をペットボトル入りの高価な水で洗わなくちゃいけなかったんです。その船で働いたのは1シーズンだけですね」

スチュアートも彼の経験を話してくれた。「1日に何度も水泳をする、すごくお金持ちのオーナーがいました。彼女はスタッフに、後部甲板で温度の違う3本のエビアンを用意するよう指示していました。身体を流すための水です。ひとつめは3℃、ふたつめは6℃、最後が10℃。少しでも温度がズレていると、彼女は激昂して怒鳴りました」

ヨットのオーナーに関して私がいちばん驚いたのは、彼らの多くが全然幸福ではないということだ。通り過ぎる誰もが感嘆するようなヨットを、想像を絶する美しさの港に停泊させても、近くにより大きな船が泊まると嫉妬心が渦巻き、すぐにその港を出ることになる。

「クレヨンを見つけるためにダイバーが送られた(もちろん見つからなかった)。」

時には、オーナーからのあまりに具体的な要求が、滑稽な様相を呈することもある。35歳のチーフ乗務員、タラは、オーナーの孫娘がお気に入りのクレヨン1本を船外に落としてしまった日のことを絶対に忘れない、と語る。「彼女はひどい癇癪を起こしてしまいましたが、海の真ん中だったのでどうしようもないな、と思ってたんです」とタラはいう。しかし、オーナーはスタッフに、緊急事態(人が海に落ちた、など)としての対処を求め、クレヨンを見つけるためにダイバーが送られた(もちろん見つからなかった)。「数円くらいの価値しかないクレヨンなのに」とタラは付け加えた。

またタラは、主な居住スペースであるサロンの床に、小さなバツ印が書いてあるヨットでも働いたことがあるという。「オーナーは、客室乗務員を常にそのバツ印の上に立たせてました。彼女の視界に入る場所で待機させたかったんです。シチューをご所望のときとか、わかりにくい合図を出して、もしスタッフがそれを見逃すと怒り狂ってましたね」

「ポケットに少なくとも1万ドルを入れたまま海に飛び込んだんです。それを乾かすのが僕の仕事でした。」

ヨットでの労働も2シーズン経験すれば、ブルーベリー磨きや新聞へのアイロンがけだって当たり前のことになる。しかしいちどは必ず、ヨットで働くスタッフ全員に、自分のやっている仕事のバカらしさに気づき、キャリアについて考えざるを得ないときがくる。22歳の甲板員トムにその瞬間が訪れたのは、びしょ濡れになったお金の山と向き合っているときだった。

「500ドル札をドライヤーで乾かしているとき、この人生なんかおかしくないか?と気づいたんです」とトムは吐露する。「ひとりのゲストが、ポケットに少なくとも1万ドルを入れたまま海に飛び込んだんです。それを乾かすのが僕の仕事でした」

This article originally appeared on VICE AU.