サーストン・ムーア(Thurston Moore)は、音楽オタクたちの「守護聖人」だ。彼の存在はもちろん、これまでの活動も見事にそれを物語っている。90年代を代表するノイズロックバンドSONIC YOUTHを筆頭に、VELVET MONKEYSやCHELSEA LIGHT MOVINGでの活動、リチャード・ヘル(Richard Hell)と組んだDIM STARS、ジム・オルーク(Jim O’Rourke)、マッツ・グスタフソン(Mats Gustafsson)とのDISKAHOLICS ANONYMOUS TRIO、さらにはリディア・ランチ(Lydia Lunch)からグレン・ブランカ(Glenn Branka)、マイク・ワット(Mike Watt)、オノ・ヨーコ、MERZBOW、そして、ブラックメタル界のスーパーバンドTWILIGHTなど、永遠に続きそうなコラボレーションの数々。彼はこれらの活動を通じ、音楽の境界線を広げ、音楽の可能性を実践し、そしてたくさんの音楽を聴きまくりながら、30年以上もシーンに君臨しているのだ。
背は高くヒョロヒョロ、髪の毛はクシャクシャ、そして静かな含蓄のある語り口。しかしサーストンの瞳はいつもキラキラと輝いており、好奇心旺盛な子供のような雰囲気が溢れている。クリスマスの朝、枕元にあったMERZBOWのどでかいボックスセットを見つけて大喜びする少年のようだ。また、彼はいつも慎重に言葉を選んでいる印象があるのだが、好きな質問をされると際限なくペラペラと喋る男でもある。
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サーストン・ムーアに会ったのは、ソーホーにオープンしたSONOS* の旗艦店にある防音ルーム。ここには、彼が店のために寄贈した古いレア物のカセットテープがずらりと並べられている。SONOSの店舗のコンセプトは、「リスナー自身が選んだ音の壁に包まれること」。まさしく音楽オタクの夢の部屋だ。記念すべきオープニングだからこそ、SONOSはサーストン・ムーアに協力を要請した。SONOSはサーストン・ムーアという人間をよくわかっており、彼も喜んでそれに応じたのだ。
私は、ONEOHTRIX PONIT NEVERのレア音源集や、どこぞのブラックメタルらしきバンドなど、彼が持ってきたカセットテープの壁の下に座り、まずは、そのブラックメタル界の超重要バンドMAYHEMのネクロブッチャー(Necrobutcher)が著した『The Death Archives : Mayhem 1984-94』について話をした。この本の英語版は、サーストンの「Ecstatic Peace Library」から出版されており、彼の最新プロジェクトでもある。彼との話は、ブラックメタルやノイズ、そして政治にも及んだ。そして私たちがどれだけリタ・フォード(Lita Ford)* を愛しているかを話し始めたとき、終わりの時間がきてしまった。30分ほどしか話せなかったが、その間の私たちは、ブラストビートとカセットテープが大好きなただのオタクだった。
『The Death Archives: Mayhem 1984-94』のアメリカ出版に至る経緯を教えてください。
ヨルン(Jørn:ネクロブッチャーの本名)が、部屋のベッドの下にあった未発表写真とか、貴重な資料を使って自伝を書いたと知って、とても興味を持ったんだ。その本はどこにもなかったんだけど、ノルウェー北部のあるCDショップに1冊だけあった。後にも先にも見つけたのは、この1冊だけだったよ。ただ英語じゃなかったから、内容はわからなかった。でも、すごく読みたかったから、Ecstatic Peace のパートナーと一緒に、「この本を出版しよう」と決めたんだ。本の内容は「神のみぞ知る」だし、「もしとんでもない国粋主義的な内容だったらどうしよう」なんて心配もしていた。そんなもんの片棒を担ぎたくなかったからね。でも、ノルウェーの出版社に電話したら、担当の女性がこういったんだ。「私たちも嬉しいですし、ミュージシャンであるあなたが本を出版してくれるのですから、彼もすごく喜ぶはずです」
そんなこんなでアメリカでの出版権を手に入れたんだ。内容も素晴らしかったよ。控えめな言い回しで書かれているんだけど、地に足がついていて、自殺や殺人、教会への放火など、バンドにまつわる様々な事件の脱神話化を試みている。スキャンダラスな要素を抜いて提示しているんだ。MAYHEMは、客がほとんどいない会場でプレイしていた。でもご存知の通り、数々の事件* を起こしてから、「このヤバいバンドはどこのどいつだ?」って注目されるようになった。そして、ブラックメタルを代表するバンドになった。とにかく、この本は最高だ。イギリスではもう発売されているんだけど、アメリカは2017年の初頭になりそうだね。
「SONIC YOUTHのメンバーが、史上最高に悪名高いブラックメタルバンドの本を出した!」なんて、字面だけ見るとちょっと驚きですよね。ネクロブッチャーもかなりびっくりしていたんじゃないですか?
いや、彼は「あいつはメタルじゃないからダメだ」なんていうタイプじゃない。彼は、情熱に忠実か否かで人を判断する男だ。それにMAYHEMのメンバーだって、ニューウェーブとかTHE PRETENDERSとか、普通に聴いていたらしいしね。ブラックメタルだけを聴いていたわけじゃない。オリジナルギタリストで、ブラックメタルを広めたレコード店「Helvete」のオーナーだったユーロニモス(Euronymous)だって、ドイツのエレクトロミュージックが大好きだったらしいんだ。
ユーロニモスが、BURZUMのヴァルグ・ヴィーケネス(Varg Vikernes)にジャーマンテクノのかなりハードな音源を聴かせたら、ヴィーケネスが相当ぶったまげた、という話がありますね。
そう、その話は本にも書いてある。あとMAYHEMは、1987年に『Deathcruch』というミニアルバムをリリースしてるんだけど、その1曲目の「Sylvester Anfang」は、ドイツの実験音楽アーティストのコンラッド・シュニッツラー(Conrad Schnitzler)の作品なんだ。ユーロニモスが直接頼んだらしいんだ。シュニッツラーはMAYHEMなんて知らなかったし、名前を聞いたことすらなかった。でも「あなたの音楽を僕たちのレコードに入れたいんですけど」ってキッズがやって来たから、シュニッツラーは、持っていた音源を編集して彼らに送った。それがこの1曲目なんだ。作品全体の世界観とはまったく合っていないけど、同時にこのシュニッツラーの曲があるおかげで、奇妙なエッジが効いてるね。
いつ頃からブラックメタルが好きになったんですか?
初期から好きだったよ。当時はブラックメタルについて何も知らなかったから、「何だ、これ?」って。初めてBURZUMを聴いたときも、「面白いな」ってね。それで、レコードを手に入れて聴いてみたら超カッコよかった。ミニマルで無感情なんだ。かなり巧妙な印象だよ。だけど、やたら殺人とかヤバイ事件の噂が耳に入ってきて、「どうなってんだ?」って訳がわからなかった。MAYHEMとかABRUPTUM* とか、その辺のバンドは最高にイカれたアウトサイダーの音楽をやっていた。彼らは、「音楽には興味がない」っていうスタンスを明確に出していた。でもそれは「音楽なんか好きじゃない。カオスを求めてるんだ」っていうSEX PISTOLSよりもインパクトがあったんだ。「音楽と俺らを一緒くたにしないで欲しい。ミュージシャンと勘違いされるから、レコードをつくりたくない」っていうスタンスだね。音楽業界で名を上げようとなんてまったくしてない。でもカルト的な存在になれる。そのスタンスは本当に凄い。業界内の交流も断ってしまうんだから。ブラックメタルバンド同士なのに対バンをやらないなんて、かなり珍しいジャンルだよね。ちなみに僕が初めて観たノルウェーのブラックメタルのバンドはSATYRICON。オスロのフェスだったんだけど、目を疑ったよ。あんなおかしな風体のバンドは他にいない。コープスペイント顔で歩き回ってた。でもみんなフレンドリーで陽気だったね。
結局、情熱に忠実かどうかだよ。2015年にこの本を手に入れたんだけど、その頃に、GORGOROTH* のゴール(Gaahl)に会ったんだ。週末にブラックメタルのフェスがあってね、演奏後に会った。最高の男だったよ。彼は、隣のブースで自分の絵の展示もしてた。既に開場時間は過ぎていたんだけど、彼は鍵を開けて案内してくれたんだ。
どんな絵でしたか?
すごくよかった。どれもトランスジェンダーの若者たちの不思議な肖像画なんだ。本当に素晴らしかった。だけど売り物ではなかったね。ベルゲンのフェスに参加できたのはすごくいい経験だった。このフェスはかなり閉鎖的で、チケットも300枚しか売らないんだ。TAAKE* のライブも観れたし、最高だった。でも、彼らのカセットやレコードを買いたいときは「なぜこれを購入したいんだ?」っていう質問に答えなきゃいけないんだよ(笑)。
ここに飾ってあるカセットのなかにお宝はありますか?
かなりハードなノイズのカセットがあるよ。ジョン・ダンカン(John Duncan)* もあるし、まったく知られてないアーティストのもある。もし、それ系のオタクがこの部屋に入ったらびっくりするだろう。
カセットテープの収集はいつ頃から?
ハマり始めたのは80年代。特にイギリスのインダストリアル系…例えばTHROBBING GRISTLEとかを買い始めた。でも完全にハマったわけではなかった。お金も無かったしね。80年代後半から90年代初頭にかけて、日本に行くようになってからドツボにハマった。当時の日本では、ノイズミュージックのカセットシーンがかなり盛り上がっていたから、それにやられてしまったんだ。かなり立派なジャパニーズ・ノイズのコレクションも持ってるよ。それに加えてイギリスにもアングラノイズの音源を出しているレーベルがあったから、それも買うようになった。そのうち「American Tapesって知ってる?」ってよく尋ねられる機会が増えたんだ。ジョン・オルソン(John Olson)がWOLF EYES* をやる前に立ち上げたレーベルだよ。「酷いレーベル名だな」と思いつつ、原初的な感じが気になってチェックするようになり、そこでジョン・オルソンとも連絡を取り合うようになった。最初のテープはイカれてたよ。割れたガラスで覆われていて、ボルトで閉められているんだから。工具箱がないと聴けないんだ。
そしたら今度は、突然アメリカでもアングラカセットシーンが生まれて、それにハマるようになった。自分のカセットをつくるだけじゃなくて、シーン自体にどっぷりハマってたんだ。2000年代に入るとかなり活発になって、今じゃカセットシーン自体がかなり盛り上がっているけど、当時の仲間たちは今何をしているのかは知らない。ビジネスを続けているかもわからない。今のカセットの顧客層とはまったく違うからね。まぁ、僕はできるかぎりカセットを集めている。もちろん全部は無理だし、要らないゴミみたいなものもたくさんある。でも全部欲しいレーベルやジャンルもたくさんあるからね。アングラサイケシーンのやつとか、WOLF EYESなどのミシガンもの、あとはHAIR POLICE* 周辺とか。もちろんAmerican Tapesのカタログは毎日チェックするよ。オルソンが何か出したら、すぐにペイパルで支払わなきゃいけないから。
ちょっと大変そうですね。
いやいや、ヘンリー・ロリンズ(Henry Rollins)*なんて、American Tapesのリリース作品を全部集めようとしてる。確か、これまでのリリース数は1000くらい。みんなEbayでAmerican Tapesの作品の売買をしてるんだ。とんでもない金額になってるのもある。1本のカセットに数百ドルを躊躇なく出せる日本人のコレクターもいる。ロリンズはそのなかでも、大金を叩く落札者のひとりとして君臨してるね。彼は責任感を持ってやってるんだ。オルソンのカセットの「管理者」としてね。彼は、American Tapesの作品を、アメリカにおける最高のアングラサウンドアートとして純粋に捉えていて、作品は然るべき場所で保管されなきゃいけない、そう信じている。だから、彼が所有するロサンゼルスの「秘密部屋」にはテープ貯蔵庫がある。彼はやはりハードコアだね。80年代にヘンリーとテープ交換をしたんだけど、彼はTHE BIRTHDAY PARTYのライブ音源や、MISFITSのカセットを全部集めるのにハマっていた。僕は、BLACK FLAGがマンハッタンビーチのポリウォグ・パークでやった野外ライブの音源を持っていてね。ヘンリーに「あのときのコピー持ってるよ」って伝えたんだ。そしたら、唯一彼が持ってないBLACK FLAGモノで、何よりも欲しいっていうから交換した。あれは大きなトレードだった。
2016年になって、なぜあなたは形のあるアナログなフォーマットに拘るのでしょうか? 本もカセットテープもレコードも好きですよね。
モノとして存在しているからだよ。僕らはそれに触れる。匂いがするのも大きい。レコードを聴くという行為自体には全然興味はない。それがどういう体験か既にわかっているしね。もちろん音楽は好きだけど、興奮するのはレコードの「モノ」としての特徴を実感した瞬間。それを眺め、触れて、匂いを嗅ぐ。それからようやくプレイする(笑)。
「音」は一番共有しやすい。デジタルでも同じ音は聴ける。ビジュアルコンテンツもダウンロードできる。だけど触覚はどう? 触るのは無理だろ。言葉はダウンロードできるかもしれないけど、一冊の本、それ自体はダウンロードできないんだ。
現在あなたはロンドンに住んでますが、居心地はいかがですか?
EU離脱問題のおかげで妙な気分だよ。ロンドン住民と同じように、僕もあの結果が出た日はかなりショックだった。「嘘だろ」って。でも、僕たちは悪化する泡沫のなかにいる、と気づかせ、目覚めさせてくれるきっかけになったんじゃないかな。移民排斥主義から生まれたこの流れに逆らうには、本気で嵐を巻き起こさなきゃいけない。「そんな時代遅れの考え方に全員が賛成はないだろう。バカな奴らが世界を統治できるハズがない。そんな世界にはならない」……そんな風にいってるだけじゃダメなんだ。イギリスみたいな重要な国で実際に起きたんだから、みんな衝撃を受けたんだ。アメリカの現在の状態も「マジかよ」って雰囲気だけどね。
あなたはバーニー・サンダース(Bernie Sanders)の支持者で、彼のキャンペーンとコラボした「Feel It in Your Guts」という7インチレコードも製作しました。その曲は、「バーニー・サンダースがお金の大切さ、経済的格差、社会正義、すべての人が基本的人権を行使できる重要性について語ったスピーチから引用した言葉を、12弦ギターを使ったアコースティックソングに編み込んだ」そうですが、そういった活動をあなたのような著名なミュージシャンが行うのは大変興味深いですね。
このコラボは面白かったよ。そうだね、僕にとっては、彼の提示した議題がアメリカ大統領選の論点になろうとは予想していなかった。彼の進歩的理想主義を提示できるんだからね。彼は、彼の主義でたくさんの支持を集めた。明確で本当に素晴らしかった。知性と教養に基づいているし、彼の言葉には力がある。だから喜んでサポートした。僕はゴリゴリのサンダース支持者ではないけれど、彼はとてもいい政治家だし、僕らが「いい政治家」を求めていたそのときに現れてくれた。そういう意味では、サンダースは僕たちにとって唯一の代弁者だよ。
今はどんな本を読んでますか?
一度に3〜4冊を並行して読むんだけど、今はリタ・フォードの『Living Like a Runaway』。彼女は僕にとってのギターヒーローだ。1979年にCBGBでTHE RUNAWAYSを観たんだけど、そのときは彼女以上のギタリストなんて知らなかった。彼女はDEEP PURPLEのリッチー・ブラックモア(Richie Blackmore)にプレイスタイルが似てるってよくいわれていたんだけど、そのライブで客の誰かが彼女に向かって「リッチー・ブラックモアみたいな音だね!」って叫んだんだ。それに対して「ありがと!」って応えたのを覚えてるよ(笑)。