
初めての駅で降りる。初めての商店街を歩く。牛丼、ハンバーガー、ラーメン、フライドチキン、カレー、アイス、コーヒー、弁当、焼肉、レンタルDVD、カラオケ、ドラッグストア、マッサージ、100均、1000円カット、本屋、家電量販店、そしてコンビニ。おなじみのチェーン店があるとホッとする。その数で街の優劣をつけてしまう。おなじみが見当たらなければ、〈なにも無い街〉と決めつけてしまう。ああ、そんな基準で街を評価している自分がいる。
気がつけば、どこも似たり寄ったりの街並みになった。店は増えるけど、そこには目新しさ、物珍しさしか存在しない。街と歩んできた時間なんてどこにもない。〈街は生きている〉というけれど、ベタなロゴが増え続ける状況が、〈生きている〉ってことなのだろうか。
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いや、違う。それは私たちが、オギャーしたときの街と仲良くしていないだけ。ベタロゴ店に甘えているだけなのだ。時代のシステムに対応しながらも、束の間の時流なんぞには惑わされず、そのときのアイデアとパワーで、街を生きるタフネスな人たちこそが、〈生きている街〉をつくってきた、そしてつくっているのだ。そこを忘れてはいけない。
地域に根ざし、地域のみんなに愛される強靭なお店に入ってみよう。そして、現在も街と共に生きている人に会ってみよう。

東京都品川区西小山。隣の駅では、地上40階、142メートルの超高層ビルが完成間近。更にワチャワチャと〈ムサコ論争〉も繰り広げられているが、こちらでは、西国分寺、西恋ヶ窪、西小岩、西糀谷との〈ニシコ論争〉は勃発していない。午前中の駅前広場には、おじいさんと犬とラジオ。おじいさんとスポニチとビール。おばあさんが富士そばでビール。とても穏やかな街だ。
「僕は、酒屋の長女と結婚したので、15年前から酒屋になりました」
そう語るのは、昭和3年創業、今年で90周年を迎える〈地酒専門創り酒屋 かがた屋酒店〉の直井一成氏。この職に就くまでは、「お酒が無くても大丈夫」「フツーの居酒屋に行く程度」「お酒買うときはコンビニ」というサラリーマンだったそうだ。

今でこそ、〈街の普通の酒屋さん〉から脱却して、店舗に珍しい地酒を置いたり、内装を真っ白にしたり、利酒コーナーを設置したり、「カラスミと一緒にクイッ!」なんてバーを併設するオシャレなお店も増えているが、かがた屋酒店は、40年ほど前から、全国の蔵元さんをパートナーにして、独自の品揃えで店舗を経営をしてきた。
「社長に先見の明がありましたね。実際にコンビニが生まれて、コンビニフランチャイズする酒屋さんも出てきた。更に規制緩和で、どこでもお酒が置けるようになった。スーパーでも、大型家電店でも、ネットでもお酒は買えるから、普通の酒屋さんは元より、コンビニも潰れる時代になったわけです。そんな負のスパイラルに陥らないように、40年前に店のスタイルを変えたんです」
お酒を販売するには、〈酒類販売業免許〉を取得しなければならない。規制緩和以前は、免許の取得に、酒屋と酒屋のあいだにある〈距離基準〉や、1店舗あたりの〈人口基準〉などの規制があった。
「昔は、新規出店を希望しても、コンパスで地図上に円を描き、そのなかに酒屋さんが存在していたらダメだったんですよ。簡単に開業はできなかったんです」

要するに酒屋は、お上に守られていた。酒屋をやっていれば安泰だったので、他業種の小売店からも羨望の眼差しを受けていたという。仲手川良雄(中井貴一)in『ふぞろいの林檎たち』の仲屋商店も、嫁姑問題こそあれど、それなりの暮らしをしていたに違いない。貴一は私立大学に入れてもらえたわけだし。しかし、1998年に〈規制緩和推進3カ年計画〉が閣議決定してからは、徐々に規制は緩くなり、2006年には完全自由化へ。申請すれば、誰もが酒屋をオープンできるようになった。
「現在は、セブンイレブンも、ローソンも、サミットも、ウチと同じ免許を持っているわけです。そんな状況のなかで、普通の〈○○酒店〉というスタンスでやってたいら、どう考えても生き延びられないじゃないですか」
それは数字にも現われている。1985年の業態別小売数量は、一般酒屋が92%を占めていたが、2017年には13%と激減。逆に、スーパーマーケット、コンビニ、デパート、ドラッグストア、ディスカウントストアなどのシェアを合計すると、70%を超えた。更にインターネットも猛襲。酒類販売業免許のうち、通販が可能な〈通信販売酒類小売業免許〉では、大手メーカー系ビールなどを取り扱えないなか、アマゾンを筆頭とする大手ECサイトは、〈法の盲点〉を見出した。昭和時代の酒類免許には、通販についての区分が無かったため、大手ECサイトは〈旧・酒類小売免許〉を持つ酒屋を買収し、インターネットでも〈スーパードライ〉やら〈一番搾り〉やら〈氷結〉やらの販売を開始した。どんどんと街の酒屋さんは、窮地に追い込まれていったのだ。かくいう自分も、父の日にはアマゾンで〈本格焼酎 男の勲章 / オリジナルグラスセット・メッセージカード付き〉を手配した。スマホでポチッと『いつもありがとう。これからもお元気で』の時代なのだ。貴一の仲屋商店は、今どうなっているのだろうか。

このような状況のなかで、かがた屋酒店もインターネットによる通信販売を2年ほど前から始めた。明らかに後発組だが、これが一筋縄ではいかないスタイルなのだ。いつでもどこでも購入できない仕組み。なぜなら、実店舗営業時間中のネットショップは絶賛閉店中なのだ。お店が閉まっている20:00〜10:00のあいだと、定休日の水曜しか、スマホをポチッとできない。
「正直申しまして、ネットショップをやらなくても、実店舗の業務だけで充分回っております。それでも、なぜ始めたかというと、インターネットでの販売をこの業界においてちょっと正当化したかったんですね」
〈この業界〉とは、直接お酒を取引している各地の蔵元さんとのつながり。「なるべく手売りしてください」「インターネット販売はしないでください」この業界は、そんな造り手さんの意向が強かったという。
「ニュースなどでご存知でしょうが、本当に世の中は〈酒離れ〉しているんです。特に日本酒は厳しく、決して良い状況ではありません。それでも『買える店まで行ってください』っていうような風潮が業界全体で多いんですよ。『もっと日本酒を飲んで欲しい』『若い人にも飲んで欲しい』と、新しい飲み手の創出を訴えながら、『送ります』じゃなくて、『あの店にありますから、電車に乗って行ってください』っていうのは、無理があると思うんです」


日本酒の消費量は、40年以上にもわたって低下し続けている。昭和48年(1973年)の1,766,000キロリットルをピークに、平成27年(2015年)には556,000キロリットルと、約70%も減少。酒類全体が落ちているとはいえ、ビールは2,666,000キロリットル、〈第3のビール〉であるリキュールも2,034,000キロリットル(共に2015年度調査)がゴクゴクされているのだから、日本酒は相当厳しい。
「もちろん造り手さんの想いもわかります。私たちも店に来ていただいたほうが、お客さんに合ったお酒をおすすめできるわけですからね。でも、同時にお客さんの気持ちもわかる。以前、若いご夫婦がウチで試飲されまして、『おいしいね、買って帰ろう』となったのですが、四合瓶ですら、持って歩きたくないという空気が、おふたりからメラメラ出ていたわけですよ。ええ、一升瓶なんてとんでもない(笑)。私たちの商品って、〈重い〉〈割れる〉〈格好悪い〉と、3つ揃っているんです。特に女性が一升瓶を抱えて、電車に乗るなんてありえない。だったら、ピンポーンって、玄関まで持ってきて欲しいじゃないですか。そこで、それぞれの立場を考えて、〈私たちはなにができるのか?〉と検討した結果、現在のような形でのネット販売を始めたんです。実店舗が開いていない時間だけネット販売をする。実店舗が〈かがた屋酒店〉、ネット販売が〈かがた夜酒店〉。ふたつの店が合わさって365日24時間営業。いい落としどころだなって(笑)。そして、このスタイルを始めるとき、スタッフにもいいました。『かがた屋酒店もネットを始めたんだ。できればやらないで欲しかったな』というような声が蔵元さんから届くかもしれない。でも自信を持って答えようと。『インターネットを始めたことにより、店はもっと盛り上がりますし、そういう志でやっています。来店人数を増やすためにネットをやっているんです』って。実際にお客さんは増えていますよ」
かがた屋酒店にとってインターネット販売は、店で売る導線のいち部だという。ひとつ具体例を挙げるなら、これまた厄介なんだけど最高にクールなポイント制。店頭でも、ネットでも、購買ごとにポイントは加算されるが、かがた屋酒店の場合、たまったポイントは、お店でしか使用できない。それも〈1000ポイント分値引き!〉とか〈もう1本サービス!〉なんて甘いモンじゃなく、手に入るのは、〈品薄 / 限定酒を購入できる権利〉。お酒をもらえるんじゃなくて、買える権利だ。ジャニーズの先行チケットよりも、敷居は高いかもしれない。
「みなさんが欲しがる数少ない銘柄もあります。そういうのはネットではなく、店頭のみに置いていまして、ポイントでそれが買える権利をお渡しているんです。よく勘違いされるのですが、値引きもプレゼントもいたしません(笑)」



そのほか、〈主催の試飲会 / 勉強会など、イベントへの入場券 / 優待券〉や、T シャツなどの〈オリジナルグッズ〉とか、足を運ばないと味わえない刺激的なブツが、ポイントでゲッドできる。T カードじゃ入手できないブツばかりだ。ここにもその理由があった。
「大前提として、ウチは安売りとか値引きを一切しておりません。ただ地酒は、定価でもオープンプライスでもなく、メーカーからの希望小売価格なので、本来は、小売店の企業努力があれば、いくらで売ってもいいんですよ。ただ、地酒でいうと、昔から『価値のある物の価値を下げたくない』という考えかたが根底にあるんです。それは蔵元との約束事みたいなものなんです。もちろん蔵元も『必ず希望小売価格で売ってください』とはいえません。独占禁止法にあたってしまいますからね。そこで、私たちも、日本の文化である日本酒を、しっかりした価値観を持って伝えるように努めているんです。『希望小売価格を尊重して、お酒の価値が下がらないようにしてください』っていう蔵元さんからのメッセージを感じているからこそ、この値段を守っている。地酒を安売りのスパイラルに陥らないようにしなくてはならないんです」


かがた屋酒店からはどんどん出てくる。そのアイデアは尽きることがない。ホームページに連載されているシリーズ企画『今週の晩酌酒』では、様々なお酒とそれにピッタリな肴を毎回紹介。〈キャンプ場の巻〉なんてのもある。東野と岡村がその場にいてもおかしくない。
「キャンプネタが続くと、毎週いっているように思われますが、酒をドカっと持っていって、3、4回分くらいの記事をストックします。この酒に合うピザは? 魚は? 夜は焚き火とチーズにしよう! とか(笑)」

更に『SAKEディプロマへの道』なんてコーナーも。そこでは、日本ソムリエ協会が主宰する〈日本酒・焼酎に特化した認定制度〉に合格するために作成した独自の問題集を掲載している。立派な〈酒博士〉を生み出すため、人材の育成にも余念がない。かがた屋酒店がつくった〈酒の赤本〉だ。
「いえいえ、そんなに大それたことではありません(笑)。ただ、このSAKEディプロマには、ワインソムリエの試験みたいな過去問題が存在しなかったんですね。問題難民の受験者がたくさんいると思ったので、毎週5問ずつテストをつくったんです。それが好評でした。ちなみにこの試験、1次は筆記なのですが、2次はテイスティングなんです。そこで、〈2次試験対策セット〉をつくりました。このお酒で勉強しましょうって、独自にお酒のセットをつくったら、コレが良く売れました。やはり誰もやっていないことを最初にやるって面白いですね(笑)」
直井氏は現在、ワインスクールで日本酒講師も勤めている。15年前は、お酒が無くても大丈夫な人種だったのに。
「教える仕事っていうのは、最終的には自分の力になります。授業のために準備をして、資料を作成したり。結局それは、自分のものになるんですね。僕がお酒を造っているわけではありません。造っている人が1番詳しいんです。でも私たちは、その情報を的確に伝えていきたいと考えているんです」
ネットショップが閉店すると同時に、実店舗が開店する朝10時。今日も店内は慌ただしくスタート。ゴロンする猫を跳び越えながら、たくさんスタッフさんたちが飲食店、そして地元・西小山の人たちに納品するお酒の準備に追われている。


「地元のお客さんには依怙贔屓しています。半径500メートルに住んでらっしゃるかたには配達していますから。もちろん無料です。地元に住んでいらしても、まだまだウチは認知されていないと思うんです。ですから、配達がきっかけになって、店に来て頂けたらと考えています。うちが頑張って、海外で販売しても、かがた屋酒店という店のファンになってもらうことは難しい。やはりそこには距離があるんですよ。顧客になってくださったら、ずっとそうあり続けてくださるのが、この辺のみなさんなのです」

伝統と文化を守りながら、未来に向かって日本酒を届け続ける〈地酒専門創り酒屋 かがた屋酒店〉。自らお酒は〈造って〉いないが、確実にかがた屋酒店は、お酒と蔵元さんとお客さんを繋ぐ素敵な生活を〈創って〉いる。お酒が生み出す素晴らしい空間を伝えているのだ。
さて。かがた屋酒店の次の一手はなんだろう? 〈利田屋大學〉なんてのも、ときどきやっているようだが。いよいよ事業の多角化に突入か?
「いえいえ、『お酒っておいしいよね』って話をするだけです(笑)。それに、なにも考えてないです。5年先、10年先なんて、恥ずかしながらお答えできませんよ。未来とか夢を語れないのが僕の弱点です(笑)。でも、ひとついえるとしたら、スタッフにずっと居続けて欲しいってことだけです。『スタッフ多いですね』とか、『若い人多いですね』なんて、御言葉をいただくのですが、その体制がずっと続くような会社でありたい。そのためには、今と違うなにかを色々やっていかないといけませんね。働く場所として、魅力的に映る職場でありたいです」

地酒専門創り酒屋 かがた屋酒店
東京都品川区小山5-19-15
営業時間:10:00~20:00 定休日:水曜
TEL:03-3781-7005
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