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『トラップ・カラオケ』は BLM世代のゴスペルか?

9月22日、ニューヨークのクラブ「サウンズ・オブ・ブラジル」のエントランス前には、馴染みある光景が戻っていた。流行の最先端ファッションに身を包んだ黒人の若者グループが、街の一角に列をなす。ちらつく蛍光灯の下でセルフィーを撮る。ラップのビートが壁越しから微かに聞こえる。ここに並んでいる全員が、パーティタイムを待っていた。しかし、1時間以上も我慢強く待っている客たちは、スターのショーために並んでいるのではない。そう、『トラップ・カラオケ(TRAP KARAOKE)』が帰ってきた。普段はオーディエンス側にいる全員が、このときばかりはセンターステージに立てるのだ。

ソウル・トレイン(SOUL TRAIN)』は、「アメリカで最もクールな音楽番組」であった。トラップ・カラオケはそれに比べると、ややワイルドであるものの、間違いなく『ソウル・トレイン』の後継者であろう。様々な会場で開催される「ファンがつくるファンのためのコンサート体験会」では、最高のエナジーとオタク的知識を兼ね備えたヒップホップファンがマイクを手に、パーティの定番であるCRIME MOBの「Knuck If You Buck」から、ドレイク(Drake)とフューチャー(Future)による「Jumpman」のような新世代クラシックまで、カラオケが許される。しかも、オーディエンスのブーイングでパフォーマーが強制退場させられる『ショータイム・アット・ジ・アポロ(Showtime at the Apollo)』とは違い、このダンサブルなイベントには、敵意や闘いは皆無だ。MCロウキー(MC Lowkey)は、新卒のような出立の観客に拍手を促し、DJオースティン・ミルズ( DJ Austin Millz)は、ナズ(NAS)の「The World Is Yours」をかけまくっている。

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叔母さんが歌うR&Bにステップを合わせる必要もないし、ソウル・トレイン風ダンスは、スワッグ・サーフに変わったかもしれない。しかし、恥じらいなんて関係ない黒人の強い精神は、このトラップ・カラオケに強く残っている。聖霊もカニエ・ウェスト(Kanye West)の「Ultralight Beam」に夢中だと信じていれば、トラップ・カラオケでは大歓迎されるだろう。事実、このイベントの創設者であるジェイソン・モワット(Jason Mowatt)は、「教会に行くようなものさ。『Amazing Grace』の代わりに、ジュヴィナイル(Juvenile)の『Back That Azz Up』を歌うだけ」と語る。さらに、「トラップ・カラオケは、教会と同じように、気持ちが沈んだときの避難所にもなるんだ。この間ソーホーでやったんだけど、MCが警察に殺された黒人たちの話をしたら、フロア全体が静まり返ってね。でも、オーディエンスは「We gon’ be alright(私たちは大丈夫)」(脚注:ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)の「Alright」からの一節。)ってコールを始めた。痛みはプライドに変わるんだ」

トラップ・カラオケのチームが1周年を祝っている最中、私はジェイソン・モワットとツアーマネジャーのヘレナ・ヨハネス(Helena Yohannes)をつかまえて話を訊いた。観客の団結力、高級化した地域でヒップホップが復権する必要性、ミレニアル世代が自身をショーで披露したがる理由は何なのか。

トラップ・カラオケのアイデアを閃いたきっかけは?

ジェイソン・モワット(以下J):ある夜、友達のジョンの訪ねたら、ヤツは同僚とカラオケに出掛けるところだったんだ。俺は、「フューチャー(Future)とか歌えたら最高だよな?」っていった。ヤツは、フューチャーの大ファンだったから。「トラップのカラオケかよ」って、俺たちは大笑いしたんだ。そしたらヤツは、「そういうのをやってみろ」って俺を煽ったんだ。それで、2015年9月29日にニューヨークでやったんだけど、まぁ、最初は酷かった。なにも決めてなかったから。でもその日の最後に微かな光が見えた。ベリーズっていう女の子が、ドレイクの「Back to Back」を歌ったんだ。あれはドレイクがミーク・ミル(Meek Mill)とビーフした夏だった。『OVO』でドレイクは、ミークをバカにしたミームをスクリーンに映しながら「Back to Back」を歌っただろ? だから、それを再現したんだ。最初は歌詞だけを壁に映していたんだけど、そのあとミームも出したら大変な騒ぎになった。「これをベースにしたら、もっと面白くなるな」って考えたんだ。

「ファンがつくるファンのためのコンサート体験会」とは、具体的にはどういう意味ですか?

J:ファンありきのイベントだから、好きなアーティストとユナイトできるのが大事。これまでは、こういうコンセプトって軽く見られていたんだ。でも俺たちは、かなり大きい会場も客でいっぱいにしている。ステージで歌うのはアーティストだけじゃない。トラップ・カラオケは、ファンをセンターステージに上げて、これまでの思い込みにピリオドを打つものなんだ。みんなのコンサートなんだからね。御本人登場もやってる。ファンがステージに上がって、20秒くらいしたら音を止めていうんだ。「オマエ、歌詞をちゃんと把握してないだろ! わかってるヤツを連れてきてやる!」ってね。

ヘレナ・ヨハネス(以下H):ロスでは、ある女性がヨー・ガッティ(Yo Gotti)の「Down in the DM」を歌っていたんだけど、本人が彼女の後ろに登場して歌い始めたの。大好きなアーティストと一緒に歌える。こんなチャンス、見逃せないでしょ。

なぜ人々はトラップ・カラオケに来るのでしょう?

J:全員が注目されるポイントがあるから。ここに大きなインパクトがあるんだ。自分から申し込むファンもいれば、俺たちがステージに上げるヤツもいる。だけど実際は、会場にいる連中全員がつくりあげるステージなんだ。MCとDJがいるのは、絶対にプラスになっているけど、オーディエンスの反応こそが、このイベントを特別なものにしてるんだ。「集合的沸騰(Effervescence Collective)」っていう概念を知ってる? 人間は集団行動に参加して喜びを感じるんだ。俺たちは生き延びるために、みんな譲り合って団結したり、集団でシンクロしようとする。みんなが教会に通うのと同じ。コミュニティと連帯感を求めてね。俺たちはトラップ・カラオケみたいなところで、そんな瞬間をできるだけ多くつくろうとしているんだ。

H:歌ってる間はちゃんと聞いてくれるから、みんなハイになる。本当にコミュニテみたい。みんなが応援してくれるから、人生で15秒だけビヨンセ(Beyoncé)とか、ブライソン・ティラー(Bryson Tiller)とか、フューチャーみたいな気分になれる。ネット上だとコミュニティ意識が薄くなって、断たれる関係もあるでしょ? でも、トラップ・カラオケは、真の友情を育てて、本物のコミュニティをつくるステップになっている。

みんなをひとつにする「Swag Surfin」みたいに?

J:その通り。さっきからいってるけど、教会みたいなもの。誰だって「Amazing Grace」と同じように、「Back That Azz Up」を知っている。状況が違うだけなんだ。俺はこのイベントに、すごくソーシャルメディア的な側面があると考えている。ミレニアル世代は、ソーシャルの特徴だろうけど、「モノ」ではなく、「コト」に関心が高い。トラップ・カラオケは、リアルの「いいね!」を貰う「コト」なんだ。スナップチャットとかインスタグラムに、写真をアップするのとはワケが違う。実際に反応してくれて、リアルで認めてくれるオーディエンスの前に出るんだから、別次元の話なんだ。人間は本能的に、受け入れられたい、自分が何者か知ってもらいたい、って望んでるはずだよね?

H:ここは平等な遊び場。みんながここにいる。私たちは全員人間で、特に「BLM(Black Life Matter)運動」の真っ只中だから、ここにいる全員に共通しているのは「痛み」。でも、音楽がくれる喜びも。オーディエンスは信徒みたいなもので、その中心で出演者は愛を感じている。

ステージに立つ人には、なにか助言していますか?

J:俺は全員に「火曜の夜のカラオケバーじゃねえぞ」っていってる。ステージに上がって歌うなら、歌詞は全部頭に入れておけ、字幕に助けてもらおうなんて考えるな、とね。上手い連中は全部覚えている。ちゃんとしたパフォーマンスをしたいなら、知ってる曲を選ばなくてはね。

H:ステージに上がるのには勇気が必要。上手くいかないってわかると、ステージを降りてしまうパフォーマーもいる。そして音楽がゆっくりフェイドアウトする。だから、何度でも挑戦して自信を付けて欲しい。

典型的なトラップ・カラオケの出場者を教えてください。

J:控えめなヤツもいるよ。ワシントンD.C.で出てくれた男がそうだった。ステージの上で、自己紹介をお願いしたら「ネブラスカから遊びに来てるだけなんだけど…」って。ヤツはケンドリック・ラマーの「Alright」を選んだんだけど、それがすげえ大熱唱でさ。こういうのがあるからトラップ・カラオケは面白い。小道具を持ちこんだり、バックダンサーを連れてきたり、仲間を山ほど連れてくるヤツもいれば、ダンスの振り付けも考えてくるヤツもいる。本当に、みんな力いっぱい取り組んでいるんだ。

H:デトロイトからニューオーリンズまで同行したんだけど、平均的な女性が多いかな。そんな女性たちに歌う勇気があるなんて、あまり思わないでしょ? でも彼女たちは、安心して歌うの。というのも、うちのステージには審査システムが無い。だから、「Jumpman」や、UGKの「International Player’s Anthem」を歌えるの。それからビヨンセの「Sorry」も。「Oh my gosh!Middle fingers up!(ああ、もう!中指立てて!)」って(笑)。

これまでの反響はどうですか?

J:日程を発表した途端に売り切れる街もある。ベイエリアは本当にすぐに売り切れる。「この辺じゃ、こんな最高のイベントないから、砂漠に水を持ってきたようなものだよ」って地元のヤツらに誉められた。俺が着いた日には、ベイブリッジで抗議デモがあった。BLMのデモだ。そのあとオークランドで友達に案内してもらったんだけど、その地域はどんどん高級化していて、ウーバー(UBER)の新しいビルも建つらしい。変化が多過ぎて、みんなで集まれる場所が少なくなっている。そんな状況がどこでも起こっているんだ。俺もそういう変化には気づくようになってきた。どんな街にもストーリーがあるから、これからはそのストーリーを記録していきたい。

H:私たちにお礼のメールも来るし、会場の支配人からは、オーディエンスが素晴らしかったって話も聞こえてくる。批判といえば、「もっと長くやって欲しい!」って、いわれるくらいかな。「マジ? 4時間やってるのに!」って感じ(笑)。ほとんどの人が声を嗄らして帰る。「こんなの初めてだよ。こんなにすぐに売り切れたイベントはなかった」って何度も会場のスタッフに感心されたりもした。

トラップ・カラオケの目的はなんですか? ゴールは?

JM:「俺たちはパーティ屋じゃない。コミュニティをつくる」といつもいっている。ニューヨーク、ロス、アトランタみたいに大きな音楽都市以外の場所でやるのもそのため。だからボストン、ノースカロライナのローリーなんかでもトラップ・カラオケをやる。そういう場所で、地元のコミュニティをつくりたいんだ。みんなで一緒になにかを経験してもらいたい。その約束を果たすために、そういう街に行くだけでなく、そこのストーリーを伝えたいんだ。

H:ジェイ・Z(Jay Z)の歌詞にすごくいいのがある。「フェンスを張れ。俺たちはトンネルを掘る」って。私たちは、自分自身のブランドをつくってる。私たちには、黒人の創設者がいて、黒人のMCがいて、黒人のDJがいる。当たり前に考えがちだけど、すごく大きな意味がある。もし有色人種が勝利するなら、私たちみんなが勝者。私たちにだってできる。私たちも成功できる。それは黒人コミュニティにいる人間に、大きな自信を与えているはず。