HIVに感染しているひとりの日本人服役囚に「幸せに感じられる何かを見つけろ」といわれて、心の持ちようが変わった。彼は常に微笑んでいるような男だった。彼がそのような事実に直面しているにもかかわらず、幸福を感じることができるのであれば、俺にだってそれが可能なはずだ。

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刑務所からの手紙 ②

HIVに感染しているひとりの日本人服役囚に「幸せに感じられる何かを見つけろ」といわれて、心の持ちようが変わった。彼は常に微笑んでいるような男だった。彼がそのような事実に直面しているにもかかわらず、幸福を感じることができるのであれば、俺にだってそれが可能なはずだ。
SK
translated by Sem Kai

今はおそらく午前6:30頃、この外国人用のセクションはマジで静かだ。そろそろチャイムが鳴り、新たな1日の始まりが告げられる。そして、日本語のアナウンスが続き、俺たちはそれを起床の合図と解釈する。ここにある部屋は4畳ほどで、サイズ、内装の色、そして家具に至るまで、全ての部屋が同じ見た目に統一されている。部屋のなかには、シングルサイズのベッド、机、椅子、本棚、小さなテレビ、トイレ、そして洗面台があり、扉は外側からしか開けることができず、窓には鉄格子が付いている。刑務所を囲うように張り巡らされた電気柵と、パトロールに励む制服を着た連中の姿は、ここの住人が刑務所でのバケーション中であることのまぎれもない証拠だ。

ヨーロッパ、アフリカ、メキシコ、米国、アジア諸国などから、様々な人間が集まっているこのセクションは、さながらクソッタレどもによる国際連合のようで、なかにいるほとんどの連中が密輸の罪で逮捕され、5年から10年の懲役に服している。

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いつもCopperfieldしようとしてくることから、俺がDavidと呼んでいる先輩囚人がいるのだが、(注:著名な魔術師〈David Copperfield〉のこと。〈Copperfield〉が〈cop a feel〉にも聞こえるので、『チカン』という意味になる)コイツはここに27年間もいるらしい。要するに筋金入りのプロ犯罪者で、ふたり殺して無期懲役をくらったのだ。70代を迎えたこの囚人は、ここを我が家のように感じており、本当に狂っているのか、ふざけているだけなのか、俺にはわからないが、シャワー室で他の囚人のケツを触ったり、乳首をつねったりしながら、それを笑い飛ばすようなタイプの人間だ。俺は絶対にそんなことされるのはごめんだから、他にもそういう行為に及ぶヤツがいないかどうか、チェックしなくてはならなかった。そういう行為はもちろん禁止されているし、もしも、そんなことをする相手をぶん殴ってしまったら、隔離されたのち、ほとんどの場合、刑期が追加されてしまう。多くの囚人はそれを冗談と受け止めて笑い飛ばし、水に流す。

俺は他人をジャッジするような人間ではないけれど、俺がストレートのギャングスタで、そんなのは趣味じゃない、ということだけは、最初からハッキリとさせておかなければならなかった。毎日、朝食後には、工場に連れて行かれ、5時間もの刑務作業に従事させられる。工場に移動するさいには、まるで軍人のようにシンクロして行進しなければならない。9割以上の場所では私語が禁止され、看守ども(特に若いヤツ)は、些細なことですぐに声を荒げ、上に報告しようとする。囚人が調子に乗らないよう、力関係がはっきりしているのだ。

看守のひとりに〈ハンター〉と呼ばれる厄介なヤツがいるんだが、コイツは常に報告できそうな囚人を探している。シャワー室で若い台湾人が何かについて笑っていたことがあったのだが、ハンターは、笑うことは禁止されていて罰則の対象となる、と怒鳴っていた。ありえないと思ったよ。他にも、更衣室で囚人服から作業着に着替えているとき、私語をしていた、とふたりの囚人が報告書を書かされていたこともあった。中国人とロシア人だったが、ふたりとも日本語が話せないから、会話なんてできっこない。

俺は大人しくしているがな。自分をリスペクトしてくれるヤツのことだけリスペクトし、看守も囚人も関係なく、話しかけられたら相手の話し方そのままに返事をしている。

私語禁止のルールが適用されないヤツがひとりだけいる。Rioというこの男は、レイプで懲役7年をくらっているのだが、顔を見ればすぐに頭がイカレてるのがわかるようなヤツだ。身長が6フィートもあるくせに、チンコのサイズは2インチくらい。小さすぎるもんだから、無実に違いない、と冗談をいわれている。Rioはいつも独りゴトを言ったり、突然笑ったりするんだが、捕まったときの警察の尋問が酷すぎて、頭が狂ってしまった、という噂だ。彼には友達があまりいないが、俺は、彼が握手をする数少ない人間のひとりだ。英語を話せないもんだから、1度日本語で会話しようとしてみたが、俺には彼はいくぶん正気な人間に思えた。

平日は、工場にある食事部屋で昼食をとるのだが、ここでもやや隔離されているように感じる。日本人は皆同じテーブルに座り、われわれ国連チームは、同じ言語話者で固まることが多い。公式なルールがあるるわけではないが、そのほうがただ楽なだけだ。自分以外に同じ国出身の人間がいないヤツには、少々大変だろう。

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例えば、英語も日本語も話せないソマリア人がひとり居る。彼は海賊行為で逮捕され、懲役は10年だった。日本の海域で船を乗っ取ろうとして、米国海軍に身柄を拘束され、日本に引き渡されたらしい。彼を会話に参加させるために、簡単な英語を教えようと試みたが、彼は12歳から海賊業に従事していて、学校教育など受けたことがなく、読み書きもままならないということを知った。彼が知っていることといえば、拳銃の使い方、盗難の方法くらいだった。彼はボブ・マーリーのことを知っていたから、俺たちはお互いにラスタと呼び合い、共にレゲエを歌ったりする関係になった。1度、昼食の時間に、これまでに寝たことのある最も年上の女の話になったことがあって、彼は20代のときに75〜80歳のおばあさんとセックスした経験を語り始めた。彼女の灰色の陰毛の話や、心臓麻痺が起きないようにセックスするにはどうしたらいいかを見せてくれたのだが、彼のジェスチャーとアクセントも伴って、みんな笑いすぎて死にそうだった。

刑務所のなかのほとんどのヤツらは、日々、やるべきことをやり、ルールを守ろうとする。俺たち外国人のほとんどは、行動をともにし、お互いを助け合うよう努力している。しかし、アホな看守にゴマをすり、チンコをしゃぶるようなことをしていれば、懲役が短くなると信じている馬鹿もいる。そういう恥知らずなヤツこそ、他の囚人を密告したり、裏切ったりしするものだ。他の国の刑務所であれば、こんなヤツはすぐに刺されて、出血多量で死ぬまで放置されるのがオチだろう。20代後半のマザコンで、元ストリッパーのメキシコ人がいるのだが、コイツが本当にビッチで、死ぬほどウザい。他の囚人のやっていることに対し、常に首を突っ込みたがったり、ゴシップ好きな女のように振る舞い、いつも看守にへこへこと頭を下げ、ゴマをすっている。もし何か事件が起きたら、普通の囚人たちは「何も知らないし、何も見てない」と答えるのだが、コイツは看守に全てをチクるような人間だ。彼が近くにいるときには、みんなしてコイツが看守のチンコをしゃぶっている様を表現し、コケにしている。筋肉ムキムキで6フィートほどの身長があり、変態顔でヘラヘラしながら、トゥワークしている気色の悪い男を想像していただければ、俺のいっていることがとてもよくわかるだろう。俺らがチクリ魔や、フェラチオ野郎と呼んでバカにしていても、コイツには全く通じないようだ。釈放も近づいているようだが、俺はコイツのことが大っ嫌いだからありがたく感じている。

俺が仲良くしている囚人のひとりに年上の韓国人の男がいる。この男は、クイーンズに住んでいたから、お互いに〈ニューヨーク〉という繋がりを感じていた。彼は米国で11年の懲役を終え、韓国に強制送還されたのち、30キロのコカインの密輸で再び逮捕され、今回は18年の懲役に服している。稼いでいた頃には、金で損したことがたくさんあったらしく、多くの経験を後悔しているような男だった。妻子や家族もいない彼は、どういうわけか俺のことを気に入ってくれていて、俺に彼と同じ過ちをしないように忠告し、前向きな姿勢でいる方法を教えてくれたり、勧めてくれたりする。彼のことは本当に尊敬している。俺が他の囚人や看守にうんざりしているときや、この場所での生活で落ち込んだりしているときには、「前向きでいろよ」と声をかけてくれるんだ。

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ここで過ごす時間の中で、クリスマス、正月、そして誕生日ほど最悪な日はない。落ち込み、孤独を感じ、外の世界や自由、そして彼女と過ごす時間がとても恋しくなる。休日や週末は、独房のなかで24時間を過ごすのだが、このような状況では、当たり前のようにストレスがたまり、イライラする。トロント出身の白人のガキがいっていたことだが、彼はこういう日には1日中オナニーをして過ごすらしい。その行為についての規則はないが、看守のなかにはこういった行為を発見するためにこっそり歩き回るようなヤツもいる。この白人のガキには、そんなこと関係ないようだがな。

彼は1度、行為を目撃されたらしいが、看守たちが見ているにもかかわらず、精子が出るまでシコり続けたらしい(笑)。他にも中東出身の豚を食べない、自称イスラム教徒の男がいて、いつもゲイっぽく振舞っている。彼は男とセックスした経験があることを認め、他の囚人に風呂場に行こうと誘ったりする。しかもかなりマジだ。この男は、銃刀法違反の罪ですでに10年服役しているのだが、1度、男、女、動物など、相手が何であれ、セックスできるなら持ち金を全て払う、といっていたことがある。ここまでくれば豚だって食べるんじゃないだろうか。そういうヤツらに囲まれているせいか、最近の俺は何かに驚くこともなくなり、ほとんどの人間とうまく付き合えている。

ここのシステムは、可能な限り囚人を柔順にするようにできているから、もちろんとても辛い日だってある。看守たちのいうことは常に正しいとされ、何が起きても耐えることを強要されるからだ。ひと言も話していなくとも、私語をしたとして報告書を書かれてしまえば、謝罪するか、取り調べを数日間受けることになり、最悪の場合、罰則をくらい、記録に悪い評価が残る。また、喧嘩に関しては、最も悪い違反とされている。喧嘩をして捕まれば、裁判所に行き、元々の判決にさらなる刑期が加えられる。ある男は看守と喧嘩したとして、2年分の懲役の追加をくらっていた。英語を話せたり、俺たちと適切にコミュニケーションを取れる看守は全体の5%にも満たないから、日本語で怒鳴られ、指示されたとしても、外国人服役囚のほとんどは、何をいわれているのか理解できていない。そのせいでかなり笑える瞬間もあった。とある研修中にひとりの囚人が「好きな食べ物は?」と質問され、「Fresh Water Pussy(ピチピチでビショビショのマンコ)」と答えたのだが、この日本人看守はそれがどういう料理なのか気になったらしく、レシピに関して細かい質問を繰り返していた。

以前は、常にイライラしたチンピラのように振舞っていたが、HIVに感染しているひとりの日本人服役囚に「幸せに感じられる何かを見つけろ」といわれて、心の持ちようが変わった。彼は常に微笑んでいるような男だった。彼がそのような事実に直面しているにもかかわらず、幸福を感じることができるのであれば、俺にだってそれが可能なはずだ。彼に比べれば、俺の人生の不幸なんて大したことないのだ。

ある日、ひとりの日本人の囚人が俺をジロジロ見ていた。俺が「なんだ?」と尋ねると、片言の英語で俺が〈Yenttokyomade〉というドープな服のブランドのモデルをしているのをインスタグラムで見かけたことがあるといいだした。彼もYentの服を持っているらしく、日本人ラッパーのAK-69や米国のラッパーなんかが着ているものだから、彼の仲間もみんなYentが大好きだという。とても生々しくてオリジナルなデザインだから、このプロジェクトに少しでも携われたことをとても幸福に感じている。

結局のところ、時は過ぎるし、人生は進む。外国人用セクションからも、これまで何人かの囚人たちが釈放されたが、その事実は俺をとても幸せな気持ちにする。自分の番が近づいてきているのを感じるからだ。俺は、縫製の仕方を学び、結構上達もしている。幸運なことに俺は、定期的に手紙をくれ、面会に来てくれ、俺の帰宅を待ってくれている素晴らしい女性に恵まれている。ここでの時間は人間としてより成長するために使っているし、技術も学んでいる。だからこんなネガティブな状況でさえも、俺はポジティブに捉えているんだ。

外の世界で、まだ、俺のことを気にかけてくれているみんなに感謝している。また、俺と同じような状況にいる友人をサポートしているヤツらに伝えたいが、その友人に手紙を送ったり、面会したり、刑務所内の口座に少しでもお金を振り込むことを、決して怠らないで欲しい。なぜなら、外に自分のことを忘れずに待ってくれている人間がいるということ、そして、それを認識できることは、豚箱の中では特に、精神的にかなりいい影響を及ぼすからだ。だから、出所する頃までには、以前よりもより良い、より強い人間になれるように励んでいる。「自分らしくあれ」。目標を忘れるな。そして、ファック・ザ・ポリス。