観戦者は、高校生のニラワン・タンジューが20歳のタナワン・ソンドゥワンに勝利するまでを、画面上で見守った。ニラワンは初動で優位に立ち、5ラウンド中2ラウンドまで一方的に攻め続けた。タナワンの反撃の試みは、ニラワンが繰り出すティープ(※ムエタイの前蹴り)や前蹴りにことごとく阻まれ、両者の距離を詰められなかった。最終ラウンド、ニラワンはパワフルな左キックでタナワンをマットへ沈める。審判がニラワンの勝利を宣言し、彼女はWBCムエタイミニフライ級王者となった。「本当にうれしいです」と17歳のニラワンは試合後、VICE World Newsのインタビューに答えた。「うわ、本当にやったんだ、という感じ」タイトル獲得は叶わなかったものの、タナワンはこの会場で試合ができて光栄だ、と語った。「勝てなかったことは少し残念ですが、ルンピニー史上初の女子試合に出るチャンスをもらえてとてもうれしいし、誇らしい気持ちです」と現在大学生の彼女は試合の翌日、VICE World Newsに語った。「こんなことが起こるとは夢にも思いませんでした。試合を観にいっても、女性はステージに近寄ることすら許されない。このリングに立つことができて、心から光栄に思います」
9月18日、バンコクで試合を行なったニラワン・タンジュー(右)とタナワン・ソンドゥワン。PHOTO COURTESY OF LUMPINEE GO SPORT
「幼い頃からずっと、この考え方に疑問を抱いてきました。すごく頑固な子どもだったんです。自分の目で見なければ何も信じられなくて」と彼女はVICE World Newsに語る。「でも、大人も親も周りの人全員が同じ意見なら、反対するわけにはいきません。私はひとりぼっちでした。突然現れて、ボクシングスタジアムは男性ばかりだと主張したところで、誰が耳を傾けてくれるでしょう?」スワンナはある逸話を思い出した。実証可能な出来事というよりも、言い伝えに近い話だ。それはある夜の最初の試合で、看護師が選手のケガを治療するためにリングに立ち入ると、その後の全試合が血まみれのテクニカルノックアウトで終わった、というものだ。このような言い伝えは枚挙にいとまがない。それでも、今では受容が広まりつつある。会場によって禁止事項は異なるものの、女性のリングへの立ち入りや出場にまつわるルールは、多くの場所で取り消された。しかし、ルンピニースタジアムは今日に至るまで伝統を守り続けてきた「幼い頃から、ルンピニースタジアムは歴史上重要で神聖な場所で、女性の出場は許されないと聞かされてきました」とスタンプ・フェアテックス(Stamp Fairtex)として活動するONE Championship所属のアトム級キックボクシング世界チャンピオン、ナサワン・パンソンは語る。「私はずっと、そのリングに上がる最初の選手になりたいと思っていました」 23歳のナサワンは、彼女が競技を始めた当時の女性の試合出場に対する敬意の欠如をこう振り返る。「私がボクシングを始めたときは、女子ボクシングはバカげた平手打ちの応酬だと思われていました。女子はパンチもキックも弱く、男子ボクシングよりつまらない、と」
「私がボクシングを始めたときは、女子ボクシングはバカげた平手打ちの応酬だと思われていました」
STAMP FAIRTEX IN THE RING. PHOTO COURTESY OF ONE CHAMPIONSHIP
タイ陸軍が運営するルンピニースタジアムが開設したのは、1956年12月。本スタジアムは、もうひとつの有名なムエタイ会場のラジャダムナンスタジアムの10年後につくられ、タイで2番目の〈スタンダードジム〉となった。〈タイボクシング・クリエイティブ・メディア・クラブ〉代表のプラサート・ホーサムラットによれば、これらのスタジアムが開設する前は、これといった規制はほとんど存在しなかったという。「当時の試合は、ほとんどがバンコクの外で開催されていました。アマチュアの試合で、明確なルールもありませんでした」と彼はVICE World Newsに説明する。「ギャンブルも、ムエタイにとって関わりの深い慣習でした。観客はさまざまなコミュニティ出身の選手に賭けていました」ラジャダムナンスタジアムとルンピニースタジアムは、タイを代表する競技施設として、世界にその名を知られるようになった。現在のムエタイ選手のなかで、〈ルンピニーのムエタイチャンピオン〉というタイトルの栄誉を勝ち取れる者は、ほんのひと握りだ。今回の史上初の女子試合が開催されたのは、ムエタイをよりインクルーシブな競技にするための長年の努力の結果であり、ラジャダムナンとルンピニーの両スタジアムで男性と戦ってきた先駆的なトランスジェンダーの選手のおかげでもある。
「ルンピニーの開設から65年、スタジアムで女子試合が行われたことは一度もありません。一度もです。女性はステージに上がることすら許されない。それがルールであり、慣習でした」とプロモーターのシッティラット・サティーンジャルポンサはいう。「ここで女子試合を企画する機会を得たプロモーターはわたしが初めてです」シッティラットは、女子選手をルンピニーのような世界的な舞台で戦わせることで、公平な機会を与えたかったという。その結果、彼は界隈の伝統主義者から激しい批判や反発を受けた。「反対派のほとんどは、いわゆる古風なひとばかりです。彼らが挙げる理由は慣習や伝統だけ。そんなものに意味はあるんでしょうか?」と彼は問いかける。「女性ボクサーは世界中で受け入れられています」「現代では男性と女性は平等です。それはタイの格闘技の世界でも同じこと」とシッティラットは付け加えた。「ムエタイは男性だけのものではありません」Follow Teirra Kamolvattanavith on Twitter.