Hip-Hop
70〜80年代のアラブミュージックを伝える〈HABIBI FUNK〉
モロッコ、アルジェリア、チュニジア、エジプト、スーダンなど、アラブ諸国のソウルフルでジャジーな音楽を収録したコンピレーション〈Habibi Funk〉を聴けば、想像以上のヴァイブスに驚くだろう。シンコペーションの効いたパーカッションをバックに繰り出される中毒性の高いブラス、ギターリフと、アラブ伝統音楽が融合したナンバーが並んでいるからだ。
世界初のアラビア語音楽ウェブマガジン
アラブ・ミュージシャンは、音楽そのものよりも、難民危機、セクシュアル・アイデンティティやジェンダー・アイデンティティ、〈アラブの春〉やシリア内戦など、現代社会の問題をいかにして斬るかで評価されてるという。世界初のアラビア語音楽ウェブマガジン〈Ma3azef〉が目指すのは、偏屈に語られがちなアラブ・ポップカルチャーの刷新だ。
ヒップホップ的カンフー映画の聖典
ヒップホップとカンフー映画には、本質的に共通点が多い。そして、スターになるのはどちらにおいても絶対的な頂点に到達した人間だ。ヒップホップなら、言葉を意のままに操るヤング・サグ。カンフーなら、有り得ない身のこなしのブルース・リー。というわけで、全ヒップホップ・ファンが観るべきカンフー映画リストをお届け。
Q-Tipが語る最後のA TRIBE CALLED QUEST
2016年11月、18年ぶりにリリースされたA TRIBE CALLED QUESTのアルバム『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユアー・サービス』。今作は全米初登場1位を獲得。あらためてATCQの人気と偉大さを表した作品であった。米国大統領選、そしてPhife Dawgの予期せぬ死を経て、Q-Tipがすべてを語る。
DEATH ROWの元専属カメラマンが暴くギャングスタ・ラップの内幕
シュグ・ナイトとドクター・ドレーによって設立されてヒップホップレーベル〈DEATH ROW RECORDS〉。スヌープ・ドッグ、トゥパックなどの作品で大成功を収めながらも、ショーン・コムズ率いる〈BAD BOY RECORDS〉との東西抗争では多くの犠牲者を出した。シーンの中心にいた元DEATH ROW専属カメラマンが、当時の状況を写真と共に語る。
ジュヴィナイル復活インタビューのはずが後半はヤング・ジューヴ
ここ数年ヒットを飛ばしていないからといって、ジュヴィナイルはマイクを前に躓いているわけではない。現在の彼は、共演相手を片っ端から確実に打ちのめしている。フューチャーも、アイアムスー!も、リル・ウェインもやられてしまった。ジュヴィナイルは健在だ。
唯一無二の技の秘訣 Bボーイ 体に刻まれた肖像
現在のトップBボーイの鍛え抜かれた身体を写真家、名越啓介の視点を通して紹介する。手のひらに刻まれた無数のマメ、肘や肩などの摩擦が激しい部分から生えてくる体毛、微動だにブレない体幹、肉厚な筋肉、バネのようにしなやかで従来の肉体の型を凌駕する柔軟性など。日々の鍛錬により型造られた唯一無二の肉体が、オリジナルのパフォーマンスを実現させる武器となる。
亡き息子エイサップ・ヤムズの誕生日に母からの手記
2010年代ヒップホップシーンの重要人物であり、経営者としても活躍していた故A$AP Yams。彼の死からもうすぐ3年。息子の死について、そしてその死が自分自身に与えた影響について、残された母親が手記を寄せた。
友情が終わり ヒップホップ東西抗争は始まった
1993年、ブルックリンのラッパーであるビギーは、仕事でロサンゼルスを訪れていた際に、地元のドラッグディーラーを介してトゥパックと出会った。ビギーは仲間と共にトゥパックの自宅に招かれ、デカいフリーザーバッグ満杯に入った、色鮮やかな葉っぱをトゥパックとシェアした。
西海岸ギャングスタ・ラップの 血生臭いストーリー
2パックが射殺されてから20年。ジャーナリストのベン・ウェストフは確信している。1996年の9月にトゥパックを殺したのは、当時サウスサイド・コンプトン・クリップスというギャングの構成員だった故オーランド・アンダーソンだということを。
『トラップ・カラオケ』は BLM世代のゴスペルか?
NYのクラブの前で、1時間以上も我慢強く待っている彼らは、スターのショーために並んでいるのではない。普段はオーディエンス側にいる全員が、このときばかりはセンターステージに立てるのだ。
ゴーストフェイス・キラが激怒してから1年‥‥‥ヤツは生きていた
それは、2015年のホットな夏の出来事でした。ニューヨークのラッパー、アクション・ブロンソンが、大御所ゴーストフェイス・キラに超怒られちゃった事件です。