Health

「人前で声が出ない」体験者と専門家に聞く場面緘黙症

場面緘黙症の人びとにとって、世界いち恐ろしいのは話すことだ。

by Rebecca Kamm
13 November 2019, 9:12am

Illustrations by Lucy Han

2002年、当時17歳だったアンナ・クラーク(Anna Clark)は、ベッドに座って日記を書いていた。「みんな外の芝生にいるのに、私だけ空港で、滑走路の真ん中に取り残されている気分。箱に閉じこめられているみたい」

アンナは非常に内気な子どもだった。幼い頃はサテンのブランケットを手放せず、小学1年生になっても、微かな囁き声でしか先生に受け答えできなかった。6歳を迎える頃、アンナの声は、電源を切る瞬間のブラウン管テレビのように、プツンと消え去った。家族がいないと、言葉が出なくなってしまったのだ。

33歳になった今も、状況は変わっていない。

「教室で先生の横に座っていた自分が目に浮かびます」とアンナはメールで説明した。「先生は音読させようとするんが、私は声を出せず、固まっていました」

当時は誰も理解していなかったが、アンナの症状はその後も続き、自然現象のように容赦なく、彼女の子ども時代を完全にのみこんでしまった。
「中学では、友だち数人と少しだけ話せましたが、高校では元に戻ってしまいました」とアンナ。「生徒とも先生とも話せませんでした。話しかけてくれる生徒もいましたが、返事ができなかったので、たいていの生徒が私を避けていました」

〈話さない女の子〉として知られるようになったアンナは、必要があれば教師と筆談でやりとりし、昼食は外でひとりで済ませた。

除け者にされるのは惨めであり、同時にひどく退屈だった。10代の少女を悩ませる、友人とのベッタリした関係や、とりとめのない長電話とは無縁なアンナの学校生活は、孤独で味気なかった。「代わり映えのない毎日」と彼女は日記に綴った。

退屈、無遠慮な視線、ひとりぼっちのランチタイムに耐えかねたアンナの身体は、15歳になる頃、ついに拒絶反応を起こした。パニック発作と重いうつ症状によって、彼女は「かなり長い期間」休学し、復学後も教師が付きっきりだった。

「私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する」とは、哲学者のルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein)の言葉だ。同級生の世界が広がるいっぽうで、アンナの世界は狭まるばかりだった。彼女は、高校卒業後も母親に頼りきっていた。「私は無力な人間かもしれない」と彼女は日記に綴った。

将来への不安がちらつきはじめた。いつか母親が老いたら、アンナが母を世話し、自分のことも自分でしなければならない。例えば買い物。けれどそんなの想像もできない…。アンナにとって、〈話せる世界〉と自分を隔てる壁は、あまりに高く分厚かった。

それにしても、兄弟や両親など、家族の前なら話せるという彼女は、なぜ他人の前では話せないのか?


アンナが抱える〈場面緘黙症(Selective Mutism)〉は、いまだに認知度の低い不安障害だ。会話恐怖症とも呼ばれる。

場面緘黙症を抱える人びとは、〈特定の〉状況なら普通に話せるが、それ以外では黙りこんでしまう。もっとも多いのは、自宅で家族となら話せるが、学校、大学、同僚や他人の前など、安全地帯外の公共の場や社会的環境では話せない、という例だ。

場面緘黙症は心因性の不安障害だ。つまり、症状は身体に現れるが、根本的な原因は心にある。患者は声帯に異常があるわけでも、言語障害を隠そうとしているわけでもない。彼らはただ、話しかたが変だとか馬鹿みたいだと思われるのを、ひどく恐れている。重要なのは、彼らが〈あえて話さない〉のではない、ということだ。彼らの沈黙は、意識的にコントロールできるものではない。たとえその沈黙が、彼らが恐れる他人の視線を集めてしまうのだとしても。

「私たちはみんな、自分の意志で発話を控えることができます。でも、それは往々にして一時的なものであり、〈話せない〉状態とは、まったくの別物です」と言語聴覚士のアリソン・ウィゲンズ(Alison Witgens)は説明する。ロンドンのセントジョージ病院(St. George's hospital)に勤める彼女は、場面緘黙症の専門書を数冊上梓している。彼女によれば、患者は「パニック状態に陥ると、身体が硬直し、まったく声を出せなくなる」という。

アンナの場合は、話そうとすると、強い羞恥心が理性的思考を覆い隠し、みんな私を嫌っている、不審がっているという想いに支配される。すると、全身が動かなくなる。「顔が歪み、喉が閉じてしまったような感覚が生まれ、胃がムカムカして、膝が震えます」

このような状態に陥らないよう、アンナは、仕事、外食、休暇、公共交通機関、買い物など、生活のなかのあらゆるものを避けている。仮に突然話せるようになったとしても、会話のしかたがわからない、と彼女は何年も前に気づいた。通りを歩くだけでも、彼女は吐き気を覚えるという。店に入るのも同じだ。「何かお探しですか」と店員に声をかけられないか、いつも恐れています」

彼女は運転もできない。もし事故に遭ったら、車を降りて相手の運転手と話さなければならない。「あとは飲酒検問などで止められたら、何も話せずに固まってしまい、警官に怪しまれるのが怖いです」。アンナは2015年に運転免許を取得したが、教習には兄弟が付き添い、彼女の代弁者を務めた。

小さな例外もいくつかある。親戚が訪ねてきたさい、アンナは、ドアや壁越しなら別れの挨拶がいえる。また、顔見知りばかりの故郷から遠く離れていれば、店でささやくようにお礼をいえるそうだ。

アンナの書く言葉は少々堅苦しく、教育は受けたが、口語的な省略とは無縁の書き手による文章だ。現在ニュージーランドの田舎で母親と暮らす彼女は、疾病手当を受給している。彼女が外出するのは、精神科医の診察を受けるときだけだ。アンナは携帯に文を打ちこみ、担当医に見せた。「話せるようになる努力より先に、不安を減らし前向きになる努力をしないと」

「年齢とともに、場面緘黙症患者は減ります」とシドニーの場面緘黙症専門クリニック〈Selective Mutism Clinic〉の臨床心理士、エリザベス・ウッドコック(Elizabeth Woodcock)院長は説明する。英国の統計では、子どもの場面緘黙症患者は1000人中7人だが、思春期は1000人にひとり、成人初期は2400人にひとりだ。

ウッドコック院長によれば、他の不安障害は6歳以降に発症する場合もあるが、場面緘黙は、高確率で3歳から6歳のあいだに発症するそうだ。「子どものうちに発症したなら、どこかの時点で適切な治療を受けられる可能性が高いです。親は、あらゆる手を尽くして有効な治療法を探しますから」

大人の症例は、子どもよりはるかに複雑だ。成人後も場面緘黙症が続いているということは、あまりに重症で治療の効果がなかったか、適切な治療を受けられなかった、もしくは、そもそも症状が問題視されていなかったことを意味する。

アンナの家族は、カウンセリング、抗うつ剤、学校主催のアートセラピーなど、あらゆる治療法を試した。しかし、彼らは田舎に住んでいたため手段は限られた。

ミシガン州の不安障害専門の小児科クリニック〈Thriving Minds Behavioral Health〉で、主任臨床心理士を務めるエイミー・コトバ(Aimee Kotrba)医師は、「場面緘黙症を抱える人の扁桃体は、過敏であると証明されています」と言明する。

コトバ医師が「脳の番人」と呼ぶ扁桃体は、側頭葉内のアーモンド型の神経細胞の集まりで、恐怖への反応を司る、つまり危険を察知する部位だ。場面緘黙症患者の扁桃体は、あらゆる場所で危険を察知してしまう。その結果、身体の硬直、心拍数の増加、筋肉の緊張などの症状が現れる。

不安障害は、遺伝による先天的要因と、観察学習による後天的要因が組み合わさっているとされる。コトバ医師によれば、場面緘黙症患者の家族は、たいてい不安障害を抱えているという。

アンナの家族は、長年、不安障害やうつと闘ってきた。アンナも遺伝性の重度の不安障害を抱えていた可能性が非常に高い。それが場面緘黙症として表れたのは、おそらく小学校入学が引き金となって起こった不運であろう。

それでもアンナは大学を卒業した。「ほぼ話さずにできた」と彼女はいう。つまり、講義には兄弟が付き添い、指導教員とのやりとりはすべてメールだったが、彼女は見事学位を取得した。ただ、彼女は就職しておらず、交際経験もないという。

もし話せたら何をしたいか、という質問に、アンナは「就職して、誰にも頼らずに生活したい」と答えた。「旅行をし、結婚して子どもをもちたい。友だちもつくりたい。人生における自分の役割を見つけたいです」


数少ない場面緘黙症の専門家は、場面緘黙症が「ほとんど知られていない」「認知されていない」と口を揃える。

その理由を探るため、場面緘黙症の歴史を少しだけ遡りたい。場面緘黙症が最初に報告されたのは、1877年、ドイツの内科医クスマウル(Kussmaul)による。「話そうとしない」子どもたちに出会ったクスマウル医師は、彼らの症状を〈随意性失語症(Aphasia Voluntaria)〉と名付けた。

それから約100年間、研究に目立った進歩はなかった。場面緘黙症は1990年代まで、極めて珍しいため世間の関心事ではないとみなされ、ほとんど無視されていた。1960年代には研究論文が数本発表されたが、〈頑なに話そうとしない身勝手な子どもたち〉という否定的なイメージを植えつけただけだった。

しかし1994年、財団法人〈The Selective Mutism Foundation〉のロビー活動によって、場面緘黙症患者は黙ることを〈選んで〉いるわけではないと認められ、この不安障害の別称〈選択性緘黙症(Elective Mutism)〉は使われなくなった。場面緘黙症の啓発への扉が、軋みながらゆっくりと開き始めたのだ。

ただし、この〈扉〉はいまだに軋み続けている、とニュージーランドの場面緘黙症患者のための慈善団体〈Voice〉の設立者のひとり、トニ・パクラ(Toni Pakula)は指摘する。「世間では、場面緘黙症は誤解されているか、名前すら知られていません。ある親御さんによると、診察中に病名をネット検索した医師もいたそうです」

ただ現在は、インターネットのおかげで、子どもの場面緘黙症の理解はかなり進んだ。様々な文献が手に入るうえ、支援団体、進行中の研究、かなり専門的な小児治療もある。

一方、場面緘黙症を抱える成人の現状は、何も変わっていない。専門クリニックはおろか、文献も進行中の研究もなく、学会も開かれていない。

つまり、場面緘黙症を抱える成人は、運を天に任せるしかないのだ。

「成人の症例は、ほとんど知られていません」とパクラ。「家でも街でも自分の殻に閉じこもり、声を出せずに苦しむ大人は、数え切れません。広場恐怖症を引き起こしたり、薬物乱用やアルコールに走るケースもありますが、何より多いのはうつ病です」

成人の場面緘黙症の認知度が低いのはなぜか。まず、成人の症例は子どもよりずっと少ないからだ。次に、場面緘黙症を抱える成人は、世間から距離を置く。たとえ彼らが外出したとしても、吃音やトゥレット症候群などの言語障害と違って、周囲に気づかれにくい。

最大の問題は、ほぼすべての医学文献が、場面緘黙症を〈子ども特有の障害〉と定義づけていることだ。例外は、『精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM)』の公式見解くらいだ。つまりアンナたちは、社会生活だけでなく精神医学界からも、依然として無視されている。

場面緘黙症を抱える成人を支援する、世界唯一の団体〈iSpeak〉を運営するカール・サットン(Carl Sutton)は、複数の専門家に、成人の症例が無視されている旨を書面で指摘した。「けれど、専門家たちは、頑なに認めようとしません」と英国在住で、現在46歳のサットンは言明する。「ウェブサイトや文献の情報が間違っているので修正してほしいと頼みましたが、返答はありませんでした」

「私のように場面緘黙症を抱える大人は、確かに存在しています」

2003年、サットンは、場面緘黙症を抱える成人の体験をテーマに心理学の修士論文を執筆した。11ヶ国に住む83人を取材した彼は、うつ有病率の高さに注目した。彼らのうつ有病率は、一般的な有病率の約4倍にのぼった。

取材対象者のうち、過去に場面緘黙症と診断されたのは、全体のわずか4分の1だった。「つまり、場面緘黙症と診断された発症者より、同様の症状を抱えながらも正式な診断を受けていない発症者は、ずっと多いはずです」

「私はよく、場面緘黙症の現実を訴えているのは、自分以外いないように感じます。誰も、成人患者を気にかけていません」

Facebookの非公開グループ〈SM Space Cafe〉では、世界各国の1400人以上のメンバーが、場面緘黙症の情報や、「ペースは遅い。だけど諦めたところでスピードは上がらない」などの勇気づけられる格言を、絶えず投稿している。ある若い女性は、4匹の蝶に「私たちはいつか羽を見つけ自由になれる」という言葉を添えた作品の写真を投稿した。

誰もいない場所でなら電話をかけられるようになった、と自らの進歩を報告するメンバーもいれば、症状の悪化を嘆く者もいる。「場面緘黙症を抱えていても幸せになれますか?」「効果があった治療法は?」などの質問も投稿される。

大多数のメンバーは、場面緘黙症の知識や治療経験を有する医師はおろか、そもそも診察すら受けていない。彼らはただ、仲間を見つけて安堵しているだけだ。グループ内では、「私だけなんじゃないかって思ってた」「僕も」「ずっと孤独を感じてた」「みんなそうだよ」という声が飛び交う。

場面緘黙症を発症すると、遅かれ早かれ、沈黙を勘違いされる。彼らは、とんでもない無礼者か知的障害者だとみなされてしまうのだ。だからこそ〈SM Space Cafe〉のメンバーは、周囲の理解を得るべく働きかけている。

メンバーのひとり、アイルランド在住のデクラン(Declan)は、30代の建築積算士だ。彼は今でも、場面緘黙症を抱えていた少年時代の自分を知る相手とは話せない。「まるでお腹にもうひとつ心臓があって、そこから、吐き気を催すほど甘ったるい、冷たい液体が噴き出ているようでした」と彼は幼少期を振り返る。「いざ話そうとすると、この液体が全身に広がり、喉や身体が動かなくなりました。必死に抵抗すればればするほど、この感覚は酷くなりました」

デクランは最近、「話せなくなると、苛立ち、恥じらい、脱力感を覚える」という。

6歳のとき、彼は、両親に言語聴覚士のもとに連れていかれた。「私が話せないのは、正しい発音のしかたがわからないからだ、と両親は思いこんでいたんでしょう」と彼は回想する。「でも、発音は問題ありませんでした。当時の私は、そこに連れていかれた理由がわかりませんでした」

ペンシルベニア州在住、28歳のガブリエル(Gabrielle)は、9歳のときに風邪をひき、ある朝突然、声を出せなくなった。「喉が治ったあとも、声を出せなかったんです」

ヨークシャー在住、29歳のベッキー(Becky)は、たいてい誰とでも話せるが、ひと言ふた言しか言葉が出ない。「しゃべったあと頭が真っ白になってしまうので、誰かに助けてもらわなければいけません」。何らかの物体に喉を塞がれているような状態、と彼女は説明した。「頭のなかで叫んでいても、口から何も出てこないんです」

彼女は働けず、電話をかけるさいもパートナーを頼るしかない。ベッキーは「家ではおしゃべりで社交的」だという。「でも、外の世界では、誰にも本当の私をわかってもらえないんです」


医療ソーシャルワーカーのマリアン・モルダン(Marian Moldan)は、ニューヨークで、場面緘黙症を抱える青少年の支援団体を運営している。彼女によると、場面緘黙症のための医療サービス向上には、より多くの医療関係者が成人の症例を認知することが絶対的に「必要不可欠」だという。

彼女の懸念点はふたつある。「当事者が、医師、歯科医、医療専門家との会話にも不安を抱いているので、医療サービスを受けられず、セルフケアも疎かになること」、そして恋人をつくれないことだ。思春期に人間関係を形成できなければ、孤独な人生を送る確率も高くなる。

先述の、成人の場面緘黙症患者を診た経験のある数少ない不安障害専門家のひとり、エイミー・コトバ医師によれば、彼らのケースは「かなり手強く」なる傾向にあるという。まず、彼らにとって治療は「不安の原因になる」ため、自発的に治療を受けようとしないそうだ。

「次に、場面緘黙症を抱える大人の近親者や同僚は、彼らが話さないことを〈気遣う〉ので、当事者はあえて話す努力をしません」

「さらに、緘黙が当事者の習慣や行動パターンのひとつ、ひいては個性とみなされるようになると、それを変えるのはもっと難しくなります」

こうなると打つ手はないように感じるかもしれないが、コトバ医師は、治療が成功しないわけではないという。「肝心なのは、モチベーション、変わりたいという想い、どんなに困難でも社会活動に関わろうとする意志です」

「担当の精神科医が、不安障害、特に社会不安障害や成人の場面緘黙症の治療経験があるのか、そして認知行動療法を採用しているか調べるのも重要です」

しかし、コトバ医師のような専門家に診てもらえるケースは滅多にない。さらに、治療は高額だ。職に就けない多数の場面緘黙症患者にとっては尚更だ。

多くの国では、精神疾患治療の公的な助成、支援制度を利用する場合、一般開業医の紹介状が必要だ。これも別の障壁になりうる、とトニ・パクラは指摘する。「ほとんどの場合、場面緘黙症患者ちが自力で診察を受けるのは、非常に困難です」

さらに、医療費助成を受けられたとしても、「医療関係者が、成人の場面緘黙症について知識があるとは限りません」とパクラ。「援助を求め、さらに正しい知識をもつ専門家から適切な治療を受けるのは、相当大変でしょう」


2014年に逝去した作家のマヤ・アンジェロウ(Maya Angelou)は、8歳から13歳まで場面緘黙症を抱えていた。「私は全身が耳なのだと考えていた」と彼女は記している。「人混みのなかに座り、すべての音を吸収する。その才能、能力が今日まで私を生かし、役立ってきた」

「話せない人びとは、他人の声に真摯に耳を傾けます」と〈iSpeak〉のカール・サットンはメールで訴える。「他人の考えや感情のなかで生活すれば、共感力が身につきます。もちろん、これは誰にでも当てはまるわけではありませんし、場面緘黙症は過酷な障害です。でも、コミュニケーションに苦しむことによって、人間の何たるかを学ぶことができます」

しかし、今のアンナに、場面緘黙症の苦しみから人間の何たるかを学べたか、などと尋ねるのは酷だ。彼女のうつ症状は、現在悪化しており、気力もほとんどない。

「場面緘黙を発症したことで、観察眼が鋭くなり、より良い聴き手になれた、という意見もありますが、私自身そう感じたことはありません」とアンナはメールで言明する。「むしろ私は、不安のあまり周囲に気を配れなくなり、重要なことを聞き逃してしまいます。場面緘黙症から何か得られるとすれば、それは疎外感を抱く誰かに共感する力でしょう。

This article originally appeared on VICE US.

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