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ほぼ無傷の状態で発見された、2500年前の脳にまつわる新発見

2008年、奇跡的な保存状態で発見された、鉄器時代のイングランドで殺害された男性の脳、通称〈ヘスリントンの脳〉。新たな研究によって、難病の治療法解明につながる可能性もあると期待が寄せられている。
17 January 2020, 2:37am
​The Heslington Brain. Image: York Archaeological Trust
ヘスリントンの脳。IMAGE: YORK ARCHAEOLOGICAL TRUST

紀元前673年から482年のあいだに、イングランド北部に位置する現在のヘスリントン近郊で、ひとりの男が殺された。身体から切り離され、穴に投げ込まれた彼の頭は、数千年ものあいだ、誰にも気づかれることなく放置されていた。

そして西暦2008年、彼の頭蓋骨を発掘した考古学者たちは、脳が細部まできれいな状態で保存されていることに衝撃を受けた。奇跡的に無傷の状態で見つかったこの〈ヘスリントンの脳〉の謎は、10年以上にわたって研究者たちを悩ませてきた。というのも、脳の神経組織は、基本的に持ち主の死後すぐに壊れてしまうからだ。しかし、ヘスリントンの脳は組織が腐敗しなかった唯一の例外であり、この前提を覆した。

この脳の保存状態の謎を探るため、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの神経学者アクセル・ペゾルド(Axel Petzold)博士率いる研究チームは1年にわたり、様々な分子技術を用いてヘスリントンの脳の組織サンプルを調べた。今年1月9日に科学誌『Journal of the Royal Society Interface』に掲載された研究論文によると、脳内の特殊なタンパク質が、分解酵素の影響を受けずに強固な凝集体となったことで、腐敗を免れることができたという。この研究成果は、ヘスリントンの脳の謎の解明に貢献しただけでなく、現代の神経科学や考古学にも応用できる可能性がある。

「人間の脳のタンパク質が、自然のなかで数千年も外気に晒されたまま完璧な状態で保存されるなど、本来ならありえないことだ」とペゾルド博士の研究チームは論文のなかで説明する。そのため、「黄みがかった茶色の」ヘスリントンの脳は、「ヒトの脳内のタンパク質の保存を調査するために分子ツールを使用する、またとない機会となった」という。

ヘスリントンの脳の写真。AXEL PETZOLD ET AL.

考古学の歴史において、保存状態が非常に良好な脳が発見されたのは、今回が初めてではないが、ヘスリントンの脳について特筆すべき点は、頭部に神経組織以外の「髪、皮膚、その他の軟組織がいっさい残っていない」ことだ、とチームは述べる。

この脳が持ち主の死後に辿った運命が、過去に発見された脳とどのように違ったのかを突き止めるべく、ペゾルド博士の研究チームは、ヘスリントンの脳と現代人の脳の組織が腐敗していく様子を1年間観察した。また、同チームは、質量分析法をはじめとする精密質量測定によって両サンプルを分析し、ヘスリントンの脳内の細胞で生成された抗体の働きを調べた。

その結果、実験によって取り出された、神経をつなぐ細胞骨格の一種である中間径フィラメントが、ヘスリントンの脳の奇跡的な保存状態の鍵を握っているとわかった。脳組織はふつう、死後にプロテアーゼという酵素によって分解されるが、ヘスリントンの脳の中間径フィラメントには、その作用への耐性があった。さらに、この中間径フィラメントが強固なタンパク質の凝集体を形成したことで、脳のすべての組織がほぼ完全な状態で保存されていたのだ。

この脳の中間径フィラメントに分解酵素への耐性があった理由はまだ明らかになっていないが、研究チームは、防腐剤の働きをする何らかの物質が、発掘現場の堆積物から頭蓋内に浸透した可能性があると考えている。

「これらのデータは、ヘスリントンの脳のプロテアーゼの働きが、脳の外部から組織の深部へと浸透した未知の物質によって抑制されていた可能性を示唆している」と研究チームは説明する。

今回の研究結果は、アルツハイマー病やクロイツフェルト・ヤコブ病など、凝集体形成に関わる神経変性疾患のメカニズム解明につながる可能性もあるという。

専門家たちは、この男性の死因を処刑か儀礼的殺害と予想しているので、死の直前に彼の脳を占めていたのは、絶望だったかもしれない。しかし、約2500年の時を経た今、彼の脳は、人類の健康的な生活に大いに貢献する可能性に満ちている。

This article originally appeared on VICE US.