知られざる1920年代のポルノ映画〈スタッグフィルム〉
アルバート・ステッグの個人コレクションより. 『Getting His Goat』(1920年代), 『The Hypnotist』(1930年代), 『The Modern Magician』(同上), 『Masque Girls』(1940年代), 『Nylon Man』(同上)からのスチール

知られざる1920年代のポルノ映画〈スタッグフィルム〉

映画黎明期に誕生し、60年代後半~70年代のポルノ黄金期に衰退した、過激な性表現を特徴とする映画作品、スタッグフィルム。この〈職場閲覧注意〉アートが今、絶滅の危機に瀕している。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP

作品を観たことがなくても、誰もアダルト映画『The Casting Couch』のあらすじには驚かないだろう。オーディションを受けるためにプロデューサーの事務所へ足を踏み入れた若い女性が、次の映画作品への出演と引き換えにプロデューサーに性行為を強要される…。タイトルになった〈Casting Couch〉とは、エンターテインメント業界で横行しているとされる枕営業のことで、アダルト映画でも鉄板ネタだ。しかし、この『The Casting Couch』には驚くべき点がある。実は本作は、1924年頃に制作された、モノクロ無声アダルト映画なのだ。

本作は、何千とある〈スタッグフィルム〉のうちの1本だ。スタッグフィルムとは、男性専用映画という意味で、映画黎明期に誕生し、1960年代後半~70年代のポルノ黄金期に衰退した、過激な性表現を特徴とする映画作品を指す。作品はモノクロ無声で、尺は5~10分程度。ペニスの挿入、ピストン運動、〈ミートショット〉と呼ばれる性器のクローズアップに加え、時折、オーラル・セックスや射精のカットも挟まれるといった具合に、短いシーンがランダムに編集されている。スタッグフィルムに違和感を覚える鑑賞者もいるかもしれない。スタッグフィルムに詳しい映画蒐集家アルバート・ステッグ(Albert Steg)によれば、世間では時代とともに性に寛容になっていったとの説が、広く、当然のごとく信じられているという。その結果、私たちが過激な性表現のスタッグフィルムに相対したとき、認知的不協和が起こる。1920年代につくられた作品には、到底思えないのだ。

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しかし、スタッグフィルムは単に珍奇なだけではない。他の歴史的文献には載っていない、20世紀初頭のセクシュアリティや社会関係に基づいた営為を垣間見れる、有力な手がかりなのだ。スタッグフィルムは、きわめて現代的に思える行為と過去とを結びつけ、複雑かつ本能むきだしの映像をもって、歴史に人間味を与えている。

スタッグフィルムは、性描写を含む初期のヌード映画としばしば混同される。しかし、メディア史家のジョセフ・スレイド(Joseph Slade)は、スタッグフィルムは単なるヌード映画ではない、と断言する。スタッグフィルムは、ハリウッドのスタジオ・システムの管轄外で、スタッフが匿名で制作した違法の作品だ。最初期のスタッグフィルムとされる『A Free Ride』は1915年頃に制作されたようだが、ジャンルの正確な起源は不明だ。スタッグフィルムは、1920年代、最初期の大衆向けカメラやプロジェクターが発売されてから本格的に拡大した。米国全土で、起業家たちが、おそらく犯罪組織の手を借りてスタッグフィルムを制作。そしてエルクス慈善保護会、米国在郷軍人会、ロータリークラブを始めとする各地の青年団体や、大学の友愛会が会員にカンパを募り、〈スタッグパーティー〉を開催して作品を上映。そこに男たちが集まり、みんなでハードコアセックスを鑑賞する。このビジネスモデルは実に強固だった。そのため、プロデューサーは作品を革新する必要性を感じず、スタッグフィルムは数十年間、支離滅裂なモノクロ無声作品のまま発展しなかった。

1950年代に入るとホームビデオ用の8ミリフィルムと小型カメラが登場し、映画の制作、上映は小規模化した。それに伴い、スタッグフィルムのコミュニティ的性質は大幅に失われた。60年代には、伝統的なスタッグフィルムから手を引くプロデューサーが増加。個室で8ミリフィルムをループ再生し延々と性的シーンを流す、新しいアダルトショップのシステムも確立した。そしてポルノ映画では、天然色のトーキーが主流になった。スタッグフィルムは1968年までに完全に消滅し、より複雑なストーリーとさらに過激な性描写を併せ持つ長編ポルノに取って代わられた。新しい長編ポルノは、オープニングとエンディングのストーリーのあいだでランダムなセックスシーンを流すスタッグフィルムとは違い、性行為の流れを順を追って描写した。

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70年代後半になると、スタッグフィルムは世間から忘れ去られたも同然だった。しかし歴史家たちは、スタッグフィルムへの関心を失っていなかった。例えば、アマチュア歴史家のアル・ディ・ラウロ(Al Di Lauro)とジェラルド・ラブキン(Gerald Rabkin)は、1976年に共著『Dirty Movies: An Illustrated History of the Stag Film, 1915-1970』を上梓。ふたりは同書で、スタッグフィルムはリアルで歓びに満ちた、しかしほぼ知られていない素人セックスの記録だと主張している。黄金期のポルノ業界に進出したスタッグ映画監督も多数いるため、スタッグフィルムは、現代のポルノに至る道筋を説明するには欠かせない歴史のいち部といえ、さらに、セックスワーク史、当時のセックス業界内の女性の立場、性の消費行動を知るための手がかりでもある。

しかし、スタッグフィルムを深掘りし、紐解く学術研究はなかなか進まない。今までにスタッグフィルムを網羅した目録はいちども作成されておらず、スタッフの記録もないため、関係者を探して作品について尋ねることはできない。スタッグフィルムのパズルピースがどのようにはまるのか、そもそも研究者たちがすべてのピースを持っているか否かも、知る手立てがない。

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世に知られている大規模スタッグフィルム・アーカイブといえば、スタッグフィルム全盛期に、性科学研究のパイオニア、アルフレッド・キンゼイ(Alfred Kinsey)博士がインディアナ大学ブルーミントン校(Indiana University Bloomington)で作成したアーカイブのみ。キンゼイ博士率いるチームは、1948~1956年の8年間、あらゆる時と場所でスタッグフィルムのコピーを購入し、販売者情報を逐一記録した。さらに彼らは、米国全土の警察署にも協力を仰ぎ、家宅捜索で押収されたスタッグフィルムのコピーの提供を受けた。現アーカイブ管理責任者のショーン・C・ウィルソン(Shawn C. Wilson)は、現在の所蔵作品数を約1600点と見積もっている。

キンゼイ・アーカイブの管理は徹底されており、作品の保存状態は良好で、全作品がデジタル化済みだとウィルソンは主張する。ビジターや学者が、アーカイブを参照することも頻繁にあるそうだ。また、民家の倉庫の奥で発見されたりした作品が送られてくるので、所蔵作品は現在も増え続けているらしい。ただ、スタッグフィルム研究にキンゼイ・アーカイブを利用している、スレイドを始めとするメディア史家たちは、同アーカイブが決して使いやすいとはいえないと指摘し、さらに、劣化により映像が不鮮明になっている作品の多さを憂慮している。インディアナ大学は、キンゼイ・アーカイブを誇ると同時に少々持て余してもいるようで、大学がアーカイブを一般公開したのは2003年、キンゼイ博士による『人間女性における性行動』( Sexual Behavior in the Human Female, 1953)発表50周年を記念したいち度きりだ。

カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)のポルノメディア研究者で、1989年に『Hard Core: Power, Pleasure, and the "Frenzy of the Visible"』を上梓したリンダ・ウィリアムズ(Linda Williams)教授は、「キンゼイ博士は当時のポルノグラフィや性行動研究の第一人者としてスタッグフィルムを集めていたわけではない」と指摘する。彼は見境のない蒐集家だったため、彼のアーカイブを、スタッグフィルム史、作品の信頼できる決定版の記録とみなすのは難しい。

キンゼイ・アーカイブ以外でスタッグフィルム・アーカイブを保有している機関として、スレイドは、サンフランシスコのヒューマン・セクシュアリティ高等研究所(Institute for the Advanced Study of Sexuality)とニューヨークのセックス博物館(Museum of Sex)を挙げた。しかし、それらの所蔵作品は大半が目録化されておらず検索しづらい。スレイドは、「世界最大級のセックス博物館6館のうち、充分な作品数を所蔵しているところはありません」と指摘する。ステッグは、スタッグフィルムを1〜2箱程度所有している映画保存機関もあるというが、「作品は目録化されずに放置されているか、最小限の情報しかないため、使い物にならない」そうだ。

「優れたアーカイブの大半が個人所有です。キンゼイ・アーカイブほど完璧なアーカイブはないのですが」とスレイド。しかし、個人コレクターがいくらスタッグフィルムの蒐集に尽力しても、見つけられるかどうかはもはや賭けだ。シアトルのB級映画専門配給会社〈Something Weird〉のマイク・ヴレイニー(Mike Vraney)は、1990年代から2014年に亡くなるまで、8ミリ、16ミリのスタッグフィルムと、黄金期ポルノの初期作品を蒐集し続けた。彼の所蔵作品は数百点におよぶ、と彼の妻であるリサ・ペトルッチ(Lisa Petrucci)は証言する。ヴレイニーは、放置された倉庫で初めてスタッグフィルムを見つけて以来、eBayをくまなくチェックしては、コレクションを拡大していった。

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ロサンゼルスの配給会社〈Cult Epics〉のニコ・ブルンスマ(Nico Bruinsma)も、自身の蒐集作品の大半は、リサイクルショップや他人のコレクションで偶然発見したという。自身も蒐集家であるステッグも、同様の方法で集めているそうだ。

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『Nylon Man』(1940年代). アルバート・ステッグ提供.

配給業を営む個人蒐集家は、自身のコレクションを販売し、利益を得ようと目論んでいる。しかし、彼らはオリジナルの映像に手を加えてしまう。先述の〈Something Weird〉は、スタッグフィルムを2時間延々とループさせた『Grandpa Bucky’s Naughty Stag Loops and Peeps』シリーズを14巻まで発売している。スタッグフィルムに、そのあとの時代のアダルト映画のループ映像や、20世紀初頭、スタッグフィルムと同時期に制作されたヌード映画の映像を付け加えてしまう場合もある。そのさい、作品ごとの差別化がされないことが、世間でのスタッグフィルムの定義が曖昧になる一因となっている。さらに、新しい音楽をミックスし、スレイド曰く「バカみたいなコメンタリー」をかぶせ、映像の順序を入れ替え、タイトルを変更し、作品の出処や歴史的背景にまつわる重要な詳細情報は未記載。現代の鑑賞者の興味を掻きたて、売り上げを伸ばし、懐かしの品、珍品としてアピールするためには、こういう改変が役立つのかもしれないが、オリジナルのスタッグフィルムについて知りたいと望む研究者や、保存目的の蒐集家にとっては役に立たない。

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こんな状況では、世間にスタッグフィルムを知らしめ、深い研究を可能にするための包括的で使いやすいアーカイブ作成の見通しも立たないままだ。多くの放置された古い映画同様、スタッグフィルムも、ポルノ非合法時代の取り締まり、フィルムの損傷や破損、ずさんな管理により、少なくともその半分が散逸してしまった可能性がある、とスレイドは予測している。現存アーカイブの大半は、映像が不鮮明だったり、管理が乱雑なため、全容の把握が難しい。それに加え、蒐集家が参照できる手がかりや記録がないため、積極的に蒐集しようにも障壁が多い。蒐集家が、関心のある作品や歴史的価値のある作品を見つけるためには、必死でeBayをチェックするか、どこかで偶然出会う奇跡に賭けるしかないのだ。

「私は、スタッグフィルムの保存については悲観的です」とウィリアムズ教授。「誰も、スタッグフィルムの保存に出資してくれません」

スタッグフィルムが、認知度の低いまま、散逸したり、雑然と放置され続ければ、急速に衰退しつつある私たちの社会史、性の文化史のいち部はさらに手に取りづらくなり、現代のセックス、ジェンダー、ポルノグラフィへのスタッグフィルムの影響を理解することもよりいっそう困難になる。

それを食い止めるためには、スタッグフィルムの課題や危機に動かされた学者、蒐集家、一般のポルノ史オタクが現存アーカイブや個人コレクションにプレッシャーをかけ、その一般公開や所有者間の連携を促し、さらなる研究や修復につなげるほかない。同時に、短命に終わったコンテンツの蒐集に蒐集家たちが魅力を見出し、スタッグフィルム史にまつわる資料の発見や出版に向けて、これまで以上に懸命に取り組むことも期待したい。それこそが真の蒐集家の姿だ、とステッグは断言する。

「なかなかお目にかかれないものを探すほうが楽しいし、目的意識も芽生えます」とステッグ。「私たちが救い出さないかぎり、その作品は忘れ去られてしまうんですよ」