バッファローNYの厳しい自然と廃墟が生んだグラフィティライター

NY バッファロー出身のATAK BFは、独自のスタイル、コンスタントな作品発表、真摯な創作姿勢で尊敬を集めるグラフィティライター。新しいジン『Northern Boundary』では、滅多にお目にかかる機会のない厳しい環境下での創作の模様も公表している。

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12 april 2016, 1:15pm

グラフィティ・コミュニティには、優れたマーケティング能力を持つライターが多い。ほとんどのライターがそうであるように、身の安全、個人の自由を犠牲にしてまで有名になりたければ、世間の注目を集めるノウハウにも精通して然るべきだ。最高のライターは自らのスポット、テクニック、スタイル、歴史、そしてオーディエンスを理解している。彼らは、作品をインスタグラムなどのSNSにアップし、セルフ・ブランディングを怠らない。しかし、例外もいる。ニューヨーク州バッファロー出身のATAK BFは、数少ない例外の1人だ。彼は、新しい限定販売のジン『Northern Boundary』で、滅多に披露される機会のない厳しい環境下での活動現場を公開し、華やかで派手、と勘違いされがちなシーンのアナザー・サイドを提示した。

彼のトレードマークである険しい雰囲気のフィルイン* は、ニューヨークを始めとするアメリカ中で、夜明けとともに突如としてビルの屋上に現れ、存在感を放つ。彼は、ライターやファンたちから、独自のスタイル、コンスタントな作品発表、グラフィティに取り組む真摯な姿勢を評価され、尊敬を集めている。彼の作品はストリートのあちこちに描かれているが、彼が監修したジンのページを捲るのは、グラフィティ界の若きキングの世界観を、より個人的に、こっそりと目にするまたとないチャンスだ。

* Fill-In:ピースの基礎となる色(バックラウンド)をペイントすること。

彼は『Northern Boundary』を「冬のバッファーロを覆う孤独と寂寥の日記」と評した。限定300部で出版された64ページのジンには、殺風景でコントラストの強いモノクロのイメージが並ぶ。バッファローの佗しい工場の外郭、倉庫、穀物貯蔵庫、真っ白な雪の中に佇むペイントされた壁、氷点下の吹雪に視界を遮られるなかで描くライター、1977年の忌まわしい猛吹雪の爪痕。猛吹雪の記録は、住民とATAKにとって歴史的いち大事であり、その光景は、バッファローを象徴する視覚的比喩でもある。この年、積雪量は9〜13メートルを記録し、23名が命を落とした。

バッファローの冬の厳しさは、ATAK自身の孤独を煽り、ライターとしての成長を促した。「冬は獣みたいに街を襲う。俺にとっては、何かをカマすにはうってつけの期間だ。ほとんどの連中は、ただおとなしく春を待ってたけど、俺はそうしてられなかった」

『Northern Boundary』の荒涼とした風景は、孤独な創作活動を好むATAKのスタイルによく似合う。90年代後半に活動を始め、2000年頃に自らのスタイルを確立した彼は、常にひとり、もしくは非常に親しい友人数人と活動していた。そして、自らのセンスに気付き、テクニックを磨きあげたのだ。「俺は工業地帯で育った」。彼は、2016年初めのインタビューにそう答えた。ATAKがグラフィティに興味を持ったのは、廃墟を探検し、写真を撮っていたのがキッカケだった。荒れ果てた「建物に忍び込んで、グラフィティをいくつも見て」、数年後に彼も描くようになったそうだ。

やがて、同じバッファロー出身で、キャリアのある年上のライター、LIONSやMERK JRと出会い、テクニックや著名ライターの作品を知った。「彼らと出会う前にもニューヨークの真ん中で、驚くような経験をたくさんしたけど、ただ圧倒されただけだった。若かったんだ」。そしてLIONSの指導により、「色々わかってきた。そして上手い連中も、最初から上手かったわけじゃない、何年もかけて上手くなったんだ、って気づいたんだ」。LIONSは西海岸でも活動していたので、ニューヨークはもちろん、サンフランシスコのシーンにも詳しかった。「彼は、TWIST(ストリート出身の著名なアーティスト、バリー・マッギー)が描いたグラフィティの写真を見せてくれた。それまで見たこともない、スゲエ作品を教えてくれたんだ」

しかし、ATAKが一番影響を受けたのは、一匹狼的なスタイルと匿名で活動する二人のニューヨーク・レジェンド、SETUPREVSだった。そして、ATAKは独自のスタイルを築いていったが、彼のルーツは、あくまでも、荒涼とした殺風景な工業地帯、故郷のバッファローにある。

吹雪で乗り捨てられた自動車の空撮、垂れ下がる「つらら」に覆われてしまった家屋など、『Northern Boundary』に収められている1977年の記録のほとんどは、小さな出版が発行した無名の書籍からATAKが見つけてきた写真だ。これらの写真を『Northern Boundary』に掲載した理由は、「現在のバッファローと、昔のバッファローを繋げられる」からだ。インタビューで彼は、アメリカの「ものづくり」の素晴らしさを象徴する建造物の例に、ニューヨーク州ラッカワナの旧ベツレヘム・スチールの工場を挙げていた。「それ自体がひとつの都市だった」。ATAKは回想する。「だけど、年々小さくなってしまった。一番古い施設が最後まで残っていたんだ。結局、そこも解体されてすべてが撤去された。だけど俺にとっては、あれこそがアメリカの歴史だったんだ」

アメリカ国旗に象徴されるような愛国心を掻立てる歴史ではないが、人間が積み重ねてきた歴史には違いない。衰退してしまったバッファロー、ラストベルト* は、人類の進歩における重要ないちステージの終焉を意味している。辺鄙で隔絶された地理的条件にある建造物をATAKは、探検、記録し、その重要性のいち部を残そうとしているのだ。

* アメリカにおける脱工業化が進んでいる地域。

ATAKがバッファローの歴史を賞賛する一方で、バッファローは彼のグラフィティに対して不寛容だ。そして、それを彼自身も理解している。「わかってる」と柔らかい口調で続ける。「グラフィティは破壊行為だから。今、苦しんでいるヤツらにしてみれば、金をドブに捨てるようなもんだ。バッファローは、不景気でショボくれた地域だからグラフィティに否定的なのも無理ない。でも、俺が一番理不尽だと思っているのは、訴えられたヤツらに裁判所が下す馬鹿げた処罰だ。それに、グラフィティ嫌いなヤツらに対してグラフィティを弁護するっていうのもわからない。信じられないし、意味もない。好きか嫌いか、それだけだ」

バッファローの自然と人工的環境の産物である、ATAKの作品には意義深い脈絡がある。彼のスタイルは、バッファローに立ち並ぶ廃墟の視覚的要素に影響を受けている。「俺はブルータリズム* やアールデコ** の建築に影響を受けてきた」。作品の幾何学的な特性、ジンに掲載している写真の格子縞的線状を指して彼はいう。「レターに飽きるまでは、それ以外のもんから影響を受けられない」

* 1950年代からの建築形式。冷酷な野獣のような荒々しさを残す表現主義。

** 幾何学図形をモチーフにした記号的表現や、原色による対比表現などの特徴を持つ装飾美術。

著名なライターの大勢は、未だに、複雑ながらも判読可能なレターカラフルなフィルと巧みな装飾、といった地下鉄時代からの伝統的手法を用いるが、ATAKの作品は角張ったラインとダークな色合いで構成されている。「あのシーンに参加したいとは思わなかった」。ヒップホップ・カルチャーを指してATAKはいう。「もちろん、あの手法で自己表現したり、影響を受けている連中を軽視するわけじゃない。根本的に俺とはまったく違うんだ」

ATAKの美的感覚もまた、謙虚な必然性から生まれている。「もともと才能なんてほとんど持ち合わせてなかった。それまであったみたいなグラフィティは描けないから、早い段階で、少し違ってなきゃならない、と気づいたんだ」。彼は、色のバリエイションは少ないものの、長持ちする業務用のスプレーペイントを好んで使う。「俺の伝えたい美意識に色はあまり関係ない。みんなファンキーでフレンドリーなのをやりたがるけど、俺のはそうじゃない。もっとアグレッシブで、毅然として、ストイックなもんだ。わかるだろ? パンチを効かせたいんだ」

アメリカを始め、世界中で発行されているグラフィティ関係のジンは、レターやカラフルさにフォーカスし、ライターの選んだ色のプリズムを通して、読者を彼らの世界に誘おうとする。しかし、ATAKのグラフィティには、その土地、空間が持つ歴史的文脈から生まれる「強度」が脈打ち、呼吸している。彼の歩く道は、間違いなく特別だ。

ATAKは、いつもこう言っている。「結局、探検なんだ」

執筆者レイ・モックは「Carnage NYC」の創設者であり、ニューヨークを始め、世界中のグラフィティを10年にわたって記録し、20冊以上のファンジンや書籍を発行している。彼のインスタグラムはこちら

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