モスクワに実在した狂気のリアル・ファイト・クラブ

2008年、モスクワ。素手で闘うアンダーグラウンド格闘技「ベアナックル」の元メンバーが、映画『ファイト・クラブ』ばりのプロジェクトをスタートさせた。その名は「ローニン(浪人)・ファミリー」。

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24 October 2016, 3:30pm

ロシア人が『ファイト・クラブ(Fight Club)』を真に受け過ぎていたとしても、誰も驚きはしないだろう。ロシアでは、DNAに刻み込まれた陰惨な暴力がさまざまな形で噴出しているのだから。同性愛者を標的とした暴行の増加。性器を切除した軍隊内部のいじめ。とどめに、上半身裸で田舎を闊歩し、ライフルで動物を撃ち、民衆の心を掴もうとする大統領。

2008年、モスクワ。素手で闘うアンダーグラウンド格闘技「ベアナックル」の元ファイター2人が、現実世界でファイト・クラブをスタートさせた。「ローニン(浪人)・ファミリー」と名づけられたこのクラブでは、900ドルを支払えば、どんな高給取りのビジネスマンであろうと1週間に渡り、赤の他人の前で叩きのめされ、たっぷりと屈辱を味わえる。「エリートの都会人を肉体的にも精神的にも痛めつけて、本物の男にするのがローニン・ファミリーの目標だ」とクラブの創始者は言明する。

若きロシア人フリー写真家マリア・トゥルチェンコワ(Maria Turchenkova)は、この異様なブートキャンプを1週間に渡り取材した。

どうやってローニン・ファミリーを知ったんですか?

偶然インターネットで広告を見つけたんです。そこにはこう書かれていました。「君の価値は、何を持っているかではない。仕事、車、銀行口座も関係ない。人生を変えたいなら、内なる戦士を覚醒させ、内なる敵と戦え。さあ、コースに参加せよ!」。そこで私は、クラブに電話し、取材を申し込みました。

ずいぶん簡単ですね。入会金は必要なんですか?

はい。全員が900ドルを払って1週間のコースに参加します。トレーナーは本物のファイト・クラブのメンバーなので、格闘経験の少ない参加者にはそれが一番のお目当てなんでしょう。参加希望者は入会前に、健康診断書を提出し、面接を受けなければなりません。

参加者はどんなトレーニングを受けるんですか?

最初の課題は、トレーニング2日目です。まずは精神的な課題で、これまで誰にも話せなかった人生最悪の出来事をグループ全員に告白します。そして、みんなの気がすむまで質疑応答します。

その後、いよいよ身体を動かします。訓練はハードで、途中で止めた人は殴られ、最初からやり直しさせられます。続ける意志のない人は、ジムから強制退去となり、クラブへの再入会は許されません。しかし、もし戻ってきたら、徹底的に辱めを受けます。それこそが訓練の要です。

絶叫や悲鳴はしょっちゅう?

ええ、もちろん。

男たちが腕を掴みあっている写真がありますが、これは何をしているんですか? それにナイフを構える写真は?

これはいわゆるチームづくりの訓練です。誰かが弱みを見せたら、相棒が助けなければいけません。でないと、全員が叩きのめされ、最初からやり直しです。そのあとナイフの出番です。木製ですが、命がけで戦う訓練なので、全員傷だらけになります。

ローニン・ファミリーの創設者について教えてください。

男性2人、どちらもスポーツマンで、軍とは無関係です。1人は「ゲイリー」ことイゴール・ルニャコフ(Igor Lunyakov)。もう1人は「レイザー」ことアントン・ルダコフ(Anton Rudakov)。ちなみに参加者は、自ら戦士名をつけていました。「ウルフ」とか、「ディレクター」とか、「ボールズ」とか、「アーティスト」とか。チーム名は「ニュースパルタ」でしたね。

このクラブの目的は何ですか?

自分の内に信念を見出し、殴られる恐怖を克服する…明らかに心理学に基づく手法でした。「戦士」たちは、屈辱を受け、自身の道徳的弱点に直面し、肉体が限界に達したときに「内なる敵」を倒し、最終的には自分を信じるようになれる、といわれていました。

創設者2人は、自分たちを伝道師とでも考えているんでしょうか?

明らかにそうです。彼らは心から参加者を助けたいのです。しかし最近になって、ゲイリーとレイザーはクラブの方針を巡って対立し、ローニン・ファミリーを閉鎖しました。ゲイリーは、精神的鍛錬は無意味だと判断したのですが、レイザーはコースの一環として残したがっていたんです。

当初の2人のアイディアは、本当にシンプルでした。ゲイリーとレイザーいわく、「現代社会の人間は、みんな文句が多過ぎる」そうです。

あるときゲイリーは、「人生は宝くじだ」と私にいいました。強い人間なら、いずれ自らと対峙し、自らを見つけ出せる。でも弱い人間は手の施しようがなく、同じやり方で訓練しても、余計に酷くなるだけだと。

しかし、「恐怖の克服」への執着ぶりが、とてもアメリカ的な印象です。それに「self-made man(自力で成功を掴んだ人)」を過剰に崇めているような…

私は、アメリカ的だと考えていません。確かに当初のアイディアは『ファイト・クラブ』からの借用かもしれませんが、大都市に生きる男性たちが、このクラブに共感するのは理解できます。顔の見えない大企業で働く人や、大不況で失業した人は特にそうでしょう。自分は無価値だという気持ち、没個性化、将来への自信の喪失は、むしろ普遍的感情です。同時に、他のどこよりもロシア的ともいえます。現在のロシアには多数の企業があり、それだけ可能性もありますが、人々がグローバル社会や市場経済と一体化するメカニズムはまだありません。また、参加者全員の年齢が30〜35歳に限られています。そこには、中年男性になる自分への危機感もあるのかもしれませんね。