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同時多発テロ翌日の緊張と弛緩 14日土曜のパリ フォト・レポート

同時多発テロ翌日のパリ。哀悼の意を表すパリっ子もいれば、何もなかったかのように名所巡りを楽しむ観光客も大勢いた。

by Rachel Browne and Pierre Longeray
17 November 2015, 10:59am

金曜の夜、襲撃を受けた「ルプチカンボジュ(Le Petit Cambodge)」と「ルカリヨン(Le Carillon)」のあるビシャ通り(Rue Bichat)。悲しみに暮れる人々の横を、警官がパトロールしている。ここで命を落とした犠牲者は10余名であった。

ビシャ通りの「ルカリヨン」前には、犠牲者の血痕を隠すための砂が撒かれた。

跪き、水を撒いた路面に接吻する男性。「ルプチカンボジュ」前は一時の追悼会場になっている。

「ルカリヨン」に残る弾痕。襲撃犯が自動小銃を使った証拠でもある。

「ルプチカンボジュ」前で喪に服すパリ市民。陰鬱で重苦しい静けさに包まれている。友人、愛する人を失い、泣き崩れる市民もいた。

「ルプチカンボジュ」前に献花する若い女性。公共機関が多いこのエリアにあるレストランは、週末になると大勢のパリっ子が訪れていた。

「ルプチカンボジュ」前、無造作に置かれた献灯用キャンドル。

「バタクラン(Le Batacran)」前の臨時追悼会場。パリ市民が、献花、献灯し、弔辞を捧げる。ここで命を落とした犠牲者は70余名に上る。

14日土曜、「バタクラン」近辺は封鎖された。沈痛な面持ちで車に乗り込むアン・イダルゴ市長の指揮下にある捜査官。

ロシア、ドイツ、日本と、世界中から集まったメディアが「バタクラン」前で、実況中継のために機材を設置している。

アメリカのバンドEagles of Death Metalのライブ中に襲撃は起こった。「バタクラン」は、19世紀後半から営業を続けている歴史的ホール。

約20名が犠牲になったシャロンヌ通りにあるバー「ラベルエキップ(La Belle Equip)」では、献花のために訪れたパリ市民が列をなした。老若を問わず誰かの腕に抱かれながら涙する市民も見受けられた。バー付近のベーカリー前に残された弾痕の写真を携帯で撮影するパリっ子もいる。

ノートルダム大聖堂の前で、ツアーガイドが観光客に建物にまつわる歴史を説明している。

パリの中心部にある、街のシンボル、ノートルダム大聖堂の写真を撮る観光客。

何百人もの観光客が集まるノートルダム大聖堂前をパトロールする兵士。

パリ市内の美術館同様、一般公開を中止したエッフェル塔。シャンド・マルス駅近くの広場を警備する憲兵隊。訪れた観光客は、警備に勤しむ兵士の写真を撮っている。

2015年1月の襲撃事件後、平和を希求するパリ市民のシンボルになったレピュブリック広場の壁には、匿名のパリっ子によって、パリ市の紋章に描かれた帆船に添えられたモットーが掲げられた。「たゆたえども沈まず(Fluctuat nec mergitur.)」