リサイクルショップからゴミ置場まで 個人レコードディーラーの長い1日

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リサイクルショップからゴミ置場まで 個人レコードディーラーの長い1日

千億円を超える市場規模にまで復活したレコード。これはもはやブーム云々ではない。確実に私たちの生活のなかでレコードは回り始めた。そんなレコード市場は、レーベル、ディストリビューター、ショップだけで成り立っているのではない。個人レコードディーラーが、現在の市場を活気づけているのだ。

生ける屍と化していた愛すべき音楽フォーマットが復活しつつある。もう心配はない。数十年もの低迷期を経て、2016年、英国のレコード売上は320万枚を超えた。過去25年間で最高の記録だ。米国はさらに好調で、市場規模は10億ドル(約1095億円)に迫ろうとしている。スーパーにはレコード・コーナーが設置され、プレス工場はフル稼働している。Discogsではレア盤が高値で売買されている。この事態を誰が予測できただろう?

しかし、音楽産業全体にとって、320万という数字は、まだまだ僅かなものである。例えば1986年、この年だけでも、世界中で6億9千万枚のレコードが売れていたのだ。とてつもない枚数である。

さて、ここで考えてみよう。7億枚弱のレコードがどれだけが現存しているのだろうか? 埋められてしまったか? お婆ちゃんちの屋根裏で分厚い埃にまみれているのか? ガレージの湿った壁に立てかけられているのか? 音楽教室の隅っこで陽に晒され、ひん曲がっているのか? そして、レコード需要が増えるなか、どうすればこれらのレコードにたどり着けるのだろう? どのようにして、昔のレア盤はリスナーの手に戻されるのだろう? 忘れられた宝物を掘り起こし、市場に流通させるのは、一体誰なのだろうか? …その答えは、レコード業界の末端に存在する、個人レコード・ディーラーのみなさんである。私は、ウェスト・ミッドランズ、ウースターシャー在住のジョセフというレコードディーラーと知り合った。

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ジョセフは、ここ43年間、ほぼ毎日、個人売買からネットオークションまで、あらゆるスタイルの取引のために秘宝を求め、離婚した人や、身内を亡くした家族を訪ね、リサイクルショップの年寄りと口論し、英国を隅から隅まで歩き回ってきた。この仕事で生活には事欠かないだけ稼ぐ60歳になった彼は、このビジネスの仕組みのなんたるかを、言語を理解するように把握している。彼の狩猟採集民のようなライフスタイルはどのように機能しているのか、私は知りたくなった。いい日もあれば、悪い日もあるに違いない。月曜日といえば、ハッシュド・ポテトを口につめ込みながら、週末の休暇について記事を書くのが通常だが、今回は習慣を覆して、田舎町ウースターシャーでの密着取材を敢行した。

午前の業務

①発送

人もまばらなウースターシャー。霜の降りたアスファルトの道路を私はトボトボと歩いていた。田舎ならではの大きなな家屋、改築された納屋を通り過ぎ、赤煉瓦のテラスハウス区域に向かった。午前8時58分、約束より2分早く到着。キザなリズムでドアをノックしたら、一斉に犬に吠えられた。更に怒鳴り声、ガチャガチャと食器類がぶつかる音がしたあと、ゆっくりドアが開いた。「小僧、俺はランチにするところなんだよ」。ジョセフは、顔をしかめていた。

朝6時に起床する彼は、週末中にeBayで売れたレコードの梱包途中だった。「この仕事でいち番最悪なのがこれだ。だけど、これが終われば気分は晴れる」

私は、物がいっぱいに詰まったスーパーのデカ袋を3つ持たされ、まずは最初の目的地に車で向かった。

郵便局はT字路にあり、外科医院、薬局と並んでいた。3台分しかない駐車場が空くのをいまかいまかと待ちわびる強欲者たちに囲まれていると、神経衰弱を試験するシャーレーに乗せられたような気分になった。「5分でおわる」とジョセフは私に告げたが、「もっとかかるかもしれない」と付け加えた。 結局彼は20分近くもかけて、のんびり発送した。うしろに並んでいる全員が、ため息交じりに怒りを顕にし、馬のように足を鳴らし、ジョセフの後頭部に穴を空けんとする勢いで睨みつけていた。更に6人の順番待ちを増やした苦悶の15分後、彼はやっと発送を終え、私たちは出発した。車に乗り込みながら、「ため息がうるさいな」と彼は笑った。

②レコード・コール
「レコード・コールなしに、私のビジネスは成立しない」とジョセフは説明する。「生活のためには、毎日50ポンド(約6800円)稼がなきゃいけない。そして、レコード・コールこそレコード入手の基本だ。お宝を見つけるのは難しいが、そこまで費用はかからない。低出費のまま利益をあげられる」。彼は40年以上も地方新聞に〈不要レコード買い取ります〉と出告を続けている。そこで彼は何を学んだのだろう? 「みんな、私に査定させようとして、騙せるだけ騙そうとする。私が家を訪ね、電話の内容が嘘だとバレても、しらばっくれるヤツもいる。敬意のカケラもない」。彼は車を降りると、とある家の中に消えていった。

5分後、彼はシングル用の木箱などを両脇に抱えて、車に戻ってきた。彼は満足そうに今回の収穫について話し始めた。エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)のそこそこ状態の良いシングル盤もあったので、合計250ポンド(約34000円)で買い取ったという。大きな出費だが、状態はかなり良いので400ポンド(約55000円)の儲けが期待できるそうだ。確かに、盤とジャケットを見たところ、60年前のブツなのに新品同様の状態であった。「彼は、きちんとしたコレクターだったんだろう」。そうコメントしたジョセフが、そこで何かに気づいた。私も箱の奥に埋もれていたそのレコードを見てしまった。

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少しばかりのムカつきを覚えながらも、不可解な笑いがこみ上げてくるのを堪えた。気まずい空気が流れた。このレコードを見るだけで犯罪行為に加担しているのではなかろうか? ジョセフも顔を歪めたが、すぐに気を取り直したようだ。彼は驚いていないのか? 「もちろん驚く。さっきのヤツはすごく穏やかで印象も悪くなかった。ネタ自体には驚かない。以前もSKREWDRIVER* とか、Oiパンクとか、WHITE NOISE系** のレコードを引き取ったことがある」

ここ最近のレコード・コールのなかで、「さっき意図せず入手してしまった〈ヒトラーのレコード〉との遭遇が最も酷い経験ですか?」 と尋ねると、「…そうだな。奇妙な話がある」と彼はためらいながら話した。「数ヶ月前、私がある家を訪ねたら、庭からドアまで大量の犬の糞があったんだ。『なんて可哀想な。自宅の前にこんなに犬の糞があるなんて。腹立たしいだろうな』と思った。そして、家主がドアを開け、私を奥に案内してくれた。そこで私は初めて、糞の列がリビングまで続いているのに気づいた。けれどその男は、まったく気に留めていなかった」。一呼吸置いてからジョセフは続けた。「5分か10分ほどそこにいたけれど、いち度も犬を見なかったよ…。まぁ、最高にロックなLPの束をゲットできたけどね」

ジョセフは、ナチスだろうと人間のクソだろうと、何に襲われても、かなり鈍感になっているようだ。世間は、「こんなの現代のライフスタイルじゃない」と訝しむかもしれない。しかし、疎遠になってしまった英国の辺境で生活する親戚たちについて、私たちの〈無関心〉を考え改めるときだ。なかなか想像し難いだろうが、地域の政治家以外に、ドアぐちに立ち、一般市民の生活に介入しなければならない職種があるのだ。

午後の業務

①リサイクルショップ巡り

ストラットフォード・アポン・エイヴォン* のみんなが昼休みをとっている頃、ジョセフと私は、狭苦しいリサイクルショップに向かった。どの店にも、ニール・ダイアモンド(Neil Diamond)、クリフ・リチャード(Cliff Richard)、ABBAなど、似たようなLPの束があるという。すべて〈クソみたいな〉価値しかない。それでも、ジョセフは全てに目を通すそうだ。

角を曲がると、もう2件、リサイクルショップがあるのに気がついた。私は彼に、近くのコーヒー屋で待つ、と告げた。20分経ち、リサイクルショップにありがちな児童福祉の袋と生協の袋をしっかり掴んだ彼が、私のテーブルに来た。彼は目を大きく見開いていた。

「最後の店で、ぼちぼち閉店だな、と引き上げようとしたら、石炭が入ったバケツの下にレコードの山があるのに気づいたんだ」。彼は、興奮を抑えようとしているが、息を切らしている。「店員が小賢しいのはわかっている。連中がそれとなくせかすから、私はレコードの山をチェックできなかった。でも、山の中にお宝があるかもしれないから、全部買ったんだ」。ジョセフはまるで、ウェイターがスパゲッティの熱い皿を持つように、袋の中身を丁寧に扱い始めた。

彼は、クラシックのステレオ録音LPを極めて綿密に点検している。「コロンビア・リリースの場合はね、赤と黒のラベルだとダメだ。緑と銀色なら、いい儲けになる」

「ほら、このとおり」そして彼は続ける。「ああ、ハレー・クリシュナのシングル盤もチェックしないと」

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「おい、こいつは新品同然だ!」。それだけではなかった。「しかもインサート付き! 40ポンド(約5500円)の価値はあるぞ!」。しかし、彼は自分を制し、私を見つめてこういった。「本当は感情を顕にするのが大嫌いだ。君の記事のために、口にしているだけだ」

「いくら払ったんですか? どれくらいの価値になりますか?」

「30ポンド(約4100円)払った。全部で360ポンド(約50000円)にはなる」

「今、どんな気分ですか?」

「最高だ」と彼は息を吐きながらいった。

今日は、間違いなく最高の日だ。しかし、不振に終わった日はどうするのだろう? 「不振な日? 不振な日を過ごす余裕なんてない。私は、常に1000枚ほどの商品を予備在庫として抱えている。50日間凌ぐには十分な量だが、そこそこのブツを見つけなければ、それほど長くは過ごせない」。彼は、コーヒーショップの椅子にドスンと腰を下ろして続けた。「俺は、野心あふれるディーラーたちが挫折する姿をたくさん見てきた。リストラ早期退職金、離婚の慰謝料で手にした2万ポンドを資金に、この仕事を始めても、数年後は誰も欲しくないクソレコードの山を抱えてしまう。時間がかかるし、根気が必要だ。すべては日々の積み重ねなんだ」

ジョセフは、この仕事がまるでゲーム〈マインクラフト〉であるかのように語っている。〈買うレコード〉と〈売るレコード〉を見極めながら、価値あるストックを集めなくてはならない。しかし、ビジネスは崩壊し、嫁に去られ、何もかもうまくいかなくなった失敗談を聞いていると、単なるゲームでないのは明らかだ。

なぜ、リスクを顧みず、レコード・ビジネスに手を出すのだろう? 「知識への欲求には、利益につながるだけの潜在能力がある。それにレコードは、時代と文化を象徴し、そこに芸術的な美しさがあるのは確かなんだ」。レコード無しで生きられるか? その答えは「ノー」だった。

②チャリティー・ショップ もし私が、1日で360ポンド稼いだとしたら、サウスイースト・ロンドンにあるアサヒ・ビールとアボカド・スマッシュを頼める居酒屋で祝杯をあげているところだ。しかし、ジョセフにその選択肢はない。現在の時刻は16時、私たちはトボトボとチャリティー・ショップに向かっている。

チャリティー・ショップでいいネタを見つけるのは難しい、と教わった。「泥棒に荒らされていないチャリティー・ショップを見つけるのは困難だ」と彼はいう。「寄付された品物を最初に物色できるのは、店のオーナー、ボランティア従業員だ。国中のどのチャリティー・ショップにも悪いヤツは必ずいる」。私たちがある店を出ようとすると、ひとりの女性が、いっぱいになった巨大なプラスチック箱を持って到着した。ジョセフは、カウンターの向こうにいる男に近寄る。少しのあいだ会話を交わし、結局その箱と中身は彼が買った。

今日はいい仕事をしましたね。祝杯をあげませんか? カルテ・ノワール・ワインを飲みながら、素晴らしい1日を振り返りませんか? 「まだだ」とジョセフ。「仕分けをしなきゃならない」

③仕分け作業:いち日の終わり

日が暮れるなか、私たちは、英国の田舎の細い道を、茂みを越えながら進んだ。私は、どこに向かっているのか訊ねたが、相変わらず彼はよそよそしい。そして、目的地に着いた。ジョセフがたいてい1日を終える場所、そこはゴミ処理場だった。彼はペースよく、今日のストックを仕分ける。良品は車の後部座席、クソレコはうしろのトランク、そしてその他は…。

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ゴミになる。私たちが追い求めていたレコードやCDが、大きなゴミ溜めのなかに音を立てて落ちていくのは、どうにもこうにも腑に落ちない。ストイックなハンターが捕えた立派な獲物の死骸に火をつけるようなものだ。ジョセフもそう感じているのだろうか? 「いや、カルマ落としみたいなもんで、絶対に必要だ。投げ込んでいるのはリサイクルもできないクソだ。それに、スティング(Sting)とか、ボノ(Bono)とか、クソ野郎が潰されるのを眺めるのは快感だ。あと、もうひとりのバカ…なんて名前だっけ? ジェイムス・モリソン(James Morrison)か?」

私たちはハンマーのように、スーパー袋いっぱいのLPを落とし続けた。円盤が滝のように流れ落ち、割れながら吸い込まれていく。1週間に何枚のレコードを処分するのか彼に尋ねた。彼は手を止め、息を切らしながら、「1000枚かな」と応えた。衝撃だった。計算すると、年間で5万2千枚である。あなたの地元のレコード・ショップの売上枚数以上だろう。しかもこれは、たったひとりのレコード・ディーラーが処分する数字だ。

英国中のどの家にもレコード・コレクションがあった。そんな忘れられた時代の亡霊たちに直面すると、時代そのものが儚く異常であったように感じる。軽くなった車に乗り込んでから、再度ジョセフに質問した。「年金もないですよね。ストックも50日分しかないんですよね。過去の遺物になり下がる危機に瀕していたレコードを信頼して、生活を委ねて心配にならないんですか?」

彼は指でハンドルを軽く叩き、そして顎を掻いた。「今はそんなことない。昔は心配したけれどね。もう何十年も前からみんなに警告されてきたけれど、未だにみんなレコードを売買している。それに、成功したければもっと違うモノを扱うだろう。それにどっちみち…」と彼は私を見た。「これまで俺はいろんな仕事をしたけれど、なんの意味も見出せなかった。だから俺は、日々のレコードに賭けている。未来なんてクソ喰らえだ」