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カナダからみるレコード製造業界事情

生産が追いつかない。納品は遅れる。機械は古い。交換部品も無い。メンテナンス技術者の不足。売り逃し。価格も上昇。店の棚は空になる。そして客のイライラは募る。これこそが2016年のレコード事情。音楽業界では、この悪循環をクリアすればサクセスストーリーに繋がる。

生産が追いつかない。納品は遅れる。機械は古い。交換部品も無い。メンテナンス技術者の不足。売り逃し。価格も上昇。店の棚は空になる。そして客のイライラは募る。これこそが昨今のレコード事情。音楽業界では、この悪循環をクリアすればサクセスストーリーに繋がる。

過去15年に渡って音楽産業が急降下するなか、レコードは「執念深い不死身の存在・ジョン・スノウ* 」となった。デジタル時代入り、無残にも抹殺されたかにみえたが、新たなパワーを宿して完全復活。音楽コレクションのクラウド化に異を唱える象徴として、祭り上げられてもいる。そして遂に昨年、1980年代後半以降の最高売上を記録。音楽業界に占めるシェアは、まだまだほんの小さなものだが、2007年以降着実に売上を伸ばし、成長率も高い。レコード会社のバランスシートで「△」や「−」が付かない数少ない項目のひとつ、それがレコードだ。

そして需要が上がれば、生産量増加が自然の成り行きだが、ことレコードに関しては、それが不可能に近い。80年代半ば、業界がCDにシフトしたため、現在でも操業しているレコード工場は限りなく少ない。残った工場にしても、火を噴くほどフル稼働している古びた設備だけが頼りなのだ。さらにレコード人気は、PINK FLOYDの『Dark Side of the Moon』に代表される通り、再レコード化で売上を目論むメジャーレーベルにまで飛び火した。これにより、CD全盛期にもレコード販売を続け、その売上に経営状況を大きく左右される、小規模のインディーレーベルは、レコード生産ラインから弾き出されてしまった。ここカナダでも、それがレーベルにとって大きな痛手となっており、工場自体もオーバーワークと人員不足のため大変な目に遭っている。

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モントリオールを拠点とするARBUTUS RECORDSのレーベルマネジャー、テイラー・スミス(Taylor Smith)は現状をこう語る。

「2012年、レコードの納期は発注から4週間でした。でも、今では22週間から26週間かかる工場もあります。この状況はどの工場でも変わりません。8週間で納品するといわれても、結局14週間かかります。フラストレーションを感じずにはいられません」

ARBUTUS RECORDSのような小規模インディーレーベルにとって、これは致命的だ。生産の遅れはリリースの遅れに直結するだけでなく、タイムリーに、人気タイトルの再プレスもできない。レコードが店頭に並ぶ頃には、作品の人気が衰えてしまっていたりもする。

「昨年、私たちはBRAIDSの『Deep in the Iris』というレコードをリリースしました」

BRAIDSのベーシストでもあるスミスは続ける。

「予想以上に売れたんです。半年前に在庫切れになりましたが、追加プレスが終わったのが先週です。その間に、相当まとまった売上があったかもしれないのに、水の泡となってしまいました」

大手インディーレーベルですら、状況の厳しさを実感している。トロントに拠点を置くARTS & CRAFTSのレーベルマネジャー、キャメロン・リード(Cameron Reed)は、2013年、7週間だった納期が、今では12週間、もしくはそれ以上になるのを目の当たりにしてきた。

「ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)がレコード盤を出すべきか否かは、私の決めることではありません」。リードは笑いながら続ける。「ただ、数年前なら、レコード盤など出さなかったはずのアーティストまでが、レコードをリリースするようになったのですから、私たちのような、レコードの売上に頼っているレーベルは、身をもって状況の深刻さを感じているんです」

このような状況に対し、自力で解決しようとするレーベルも続々と現れている。ミシシッピのFAT POSSUM RECORDSや、THE WHITE STRIPESのジャック・ホワイト(Jack White)が設立したナッシュビルのTHIRD MAN RECORDSなど、独創的に展開する小規模レーベルは、自社でレコードプレス工場を立ち上げているのだ。昨年秋には、EPITAPH RECORDSのゼネラルマネージャー、デイブ・ハンセン(Dave Hansen)と、SECRETLY CANADIAN創設者のダリアス・ヴァン・アーマン(Darius Van Arman)は、ケベックのRIP-Vという工場から古いプレス機を共同で購入し、ニュージャージーに『インディペンデント・レコード・カンパニー(Independent Record Pressing)』という工場をスタートさせた。メジャーレーベルからの需要増で弾き出されてしまったインディーレーベルが主な取引相手だ。

しかし、このような動きがあっても、インディーレーベルの厳しい状況はまだまだ変わらない。例えばARBUTUSやARTS & CRAFTSのようなレーベルは、工場を選ぶ際、様々な計算をしなければならない。アメリカやヨーロッパの業者を使えば、カナダドルが弱い現在は、製造コストがかなり嵩んでしまう。同時に、これらのレーベルは国外での売上が大きいため、輸送費も大きなポイントとなる。少しでも輸送費を少なくするために、モントリオールのTURBO RECORDINGSは、すべての製造をヨーロッパで行ない、そのままディストリビューターに送っている。

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「このような話はあまりしませんが」とリード。「LP1枚あたりの製造コストが5〜6ドルなのに、送料1.5〜2ドルでレーベルまで運び、さらに同じ送料で、お店やお客さんのもとへ配送するんです」

特典も付いていないのに、30ドル台後半でLPがレコード店に並ぶのも無理はない。日本のように返品ができれば話は変わるが、カナダやアメリカ、ヨーロッパでは、ほとんどが商品を買い取らなくてはならない。レコードの返品ができない以上、店側は在庫の発注数に神経質になる。単価が上がれば尚更だ。すべてがレーベルの利益をさらに圧迫している。

リードは、エレクトロニックにフォーカスしたレーベルSLOW RELAESEをスタートさせたが、ARTS & CRAFTSでの経験を考えれば、レコードリリースを躊躇するのも無理はない。これまでSLOW RELAESEは、リード自身のプロジェクトであるBABE RAINBOW、トロント出身の前衛的R&BアーティストLA TIMPA、カルガリー産チェンバーポップの巨匠アリーム・カーン(Aleem Khan)などの作品をリリースしてきた。しかし、ニュージャージーのエクスペリメンタル・シンセサイザーポップ・アーティストdd・エル(dd elle)の次作は、SLOW RELAESE初のレコードリリースとなる。このコンサバなアプローチは市場の人気だけでなく、音楽的観点からの決断でもある。

「いわせてもらえば、本当に素晴らしい作品だから私費を投じるんです。でも、必ずしもレコードで聴きたい作品だとは思っていません。特定のサウンドやスタイルにしか合わないフォーマットもあります。その境界線を決め、アーティストには、『悪いけれど、生産に5,000ドルもかかるようなフォーマットはまだ早い』と伝えなくてはなりません。もしくは、『この作品は20分したら立ち上がってひっくり返えすようなタイプじゃない』と。それは、マネジャーとアーティストとレーベルが、ケースバイケースで判断しなきゃいけないんです」

レコードの人気が定着し、同時に「クールなフォーマット」との勘違いがなくならない限り、レコード工場にかかる負荷を緩和するのは難しいだろう。たとえ、クレジットカードに何千ドルもの請求が来ても、売れなかったレコードが詰まった段ボール箱が家具のように自宅に置かれていても、初めてのアルバムをレコードで出すのが真っ当なデビューの証だ、と新進気鋭のアーティストたちは考えているからだ。

ここからは、確実に変わり始めたレコード製造業界の最新事情を報告する。いつの日か、ここまでの話が笑い話になるかもしれない。この対策がうまく進めば、通貨換算用の計算機や、配送代金表を常に持ち出さなくてもよくなるかもしれない。

2015年の夏まで、カナダにレコードプレス工場はひとつもなかった。モントリオールの老舗工場であったRIP-Vは、2014年の終わりに文字通りRIP…つまり廃業に追い込まれた。老朽化した設備だけでは、増え続ける需要に対応できなかった。それは、カナダのレコードプレス産業に灯った赤信号だった。

しかし2015年9月、イギリスの古い工場が保有していた手動のプレス機3台を購入し、『カナダ・ボーイ・ヴィニール(CANADA BOY VINYL)』が、カルガリーで開業した。さらに今年の秋には、トロントの『ヴィリール・テクノロジーズ(VIRYL TECHNOLOGIES)』が設計した最新のオートメーションプレス機を3台導入し、事業を強化するそうだ。カナダ・ボーイ・ヴィニール創業者兼最高責任者であるディーン・リード(Dean Reid)が語る。

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「現在、この工場には、1日当たり3,000枚(年間110万枚)の生産能力があります。もちろん、機械がきちんと動けば、です。 スタート当初は、6〜8週間の納期でしたが、受注増加、設備故障の影響で、現在、納期は10〜12週間になっています。しかし、新しいプレス機を導入すれば、1日当たり8〜9,000枚(年間330万枚)を期待できます。納期も6〜8週間程度に戻せるはずです」

もし、現在のレコード品薄状況を「退化性骨疾患」に例えるなら、企業は医療業界で経験を積んだエキスパートの起用を考えるだろう。2008年に廃業したオンタリオのレコードプレス工場『アクメ・ヴィニール(ACME VINYL)』系列会社であるヴィリール・テクノロジーズは、実際に医療機器業界出身のエンジニアを揃え、新しいプレス・マシンを開発した。同社はトロントで小さなワンルームマンションが買える程度の価格…245,000カナダドル(約1,930万円)…で、フルオートメーションのレコードプレス機を販売。この価格には、部品や故障への1年保証がついている。もちろん駐車場やプールはついていない。

「押出成形からの縁取り、レコード盤の積み重ねまで、すべての工程がオートメーション化されています」

ヴィリールの担当アレックス・デロシェス(Alex DesRoches)によると、同社の機械は24時間年中無休で操業できるように設計されており、140グラムのレコードなら、1時間に180枚、年間で150万枚のレコードが生産可能であるという。

「オペレーターは素材をセットし、完成品が上がったら機械から取り出すだけでいいので、ひとりで1度に4台を管理できます。さらにプレスの全工程をモニター化し、データ収集を行うAdaptというプログラムもあります。これを利用すれば、ノズルの圧力から1分ごとの生産数、ポリ塩化ヴィニールの配合と押出機との相性など、すべて、PCやスマートフォンで管理できるようになります」

トイレでこっそりポケモンGOを楽しみながらも、500枚のレコードを速攻で出荷しなければならない工場長には朗報だ。自社の生産体制をきちんと管理したい、と考えるレーベルにとっても、この最新プレス機は朗報だ、とデロシェスは語る。ヴィリール・テクノロジーズは、ダラスのインディーレーベルHAND DRAWN RECORDSにもプレス機を販売した。HAND DRAWN RECORDSは今秋にも自社生産システムをスタートさせる予定だ。

ヴィリール・テクノロジーズのトロント本社から30分ほど西行すると、レコード生産体制改善のために設立されたベンチャー企業がある。オンタリオ州バーリントンのだだっ広い郊外は、音楽業界の次代を担うよな場所には全く見えないが、北米第二のレコード製造工場の本拠地になる日も近いのだ。そして、ここでもまったく新しいオートメーション化された機器が活躍している。その機器は東からやってくる。遥か東から。

アーバン・アウトフィッターズで売っている壁掛フレームに入れて眺めるためにレコードを買うのではなく、ターンテーブルの上で音楽を奏でていた時代に、ジェリー・マクギー(Gerry McGhee)は音楽業界に入った。マクギーは、スプレーで逆立てた髪がトレードマークの「ポストBON JOVI」と称されつつも、グランジブームで完全にコケたロックバンド、BRIGHTON ROCKのフロントマンだった。自身でレコードを制作するのをやめた後、マクギーは音楽の卸売業で大成功を収めた。彼が1996年に始めたISOTOPE MUSICは、60,000曲を保有する自称カナダ最大の音楽ディストリビューターである。

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4年ほど前、マクギーはレコードのオーダーが急激に増加し、それがまったく落ちる気配すらないのに気づいた。増加した枚数は、自身のクライアントであるレーベルが供給しきれないほどであった。

「カナダでは、再発されたLED ZEPPELINのレコードが売り切れました」マクギーは回想する。「レーベルが私のところに来て『品物がなくて困っているから、工場を立ち上げてくれるなら支援する』と申し出たんです」

しかし、2010年代にレコードのプレス工場、もしくはプレス機を入手するには、『レイダーズ 失われたアーク』ばりに、ライバル社と競争しながら、運や口コミだけを頼りに、地道に探しまわるしかなかった。

「カナダ、イギリス、日本、工場を回って機械を探しました。見つけた、と喜んでは逃し…。電話で『53,000ドルで機械を譲る』といわれ、喜んで『わかった、買う』と応えた直後、『すまない、遅かった。売れてしまった』といわれたりもした。ポルトガルではCARGO RECORDSのスタッフに会いました。『工場を所有しているんですよね? どこでプレス機を買うんですか?』と訊いたら、『もし知っていても、絶対に教えない』と突っぱねられました」

機械を探しまくったマクギーは、チェコ共和国に辿り着いた。そこには『GZ』があった。現在のレコードブームの震源地には似つかわしくないところだ。この会社には、CD製造はもちろん、まるでIKEAと同業社のようなパッケージと印刷まで手掛ける多角的な製造設備がある。1951年の創業以来、CD全盛期にもレコード製造から撤退しなかった。その結果、GZはレコードブームの恩恵を享受し、現在では世界最大のレコード製造業者に成り上がった。ARBUTUSのスミスはGZ製品について、「これまで購入した中で最高のクオリティ」と評している。

GZは潤沢な資金を、非常にコストがかかる新型レコードプレス機の開発に費やしている。マクギーは、プレス機の購入を目的にGZとコンタクトしたが断られた。その代わり、GZとISOTOPE MUSICは、パートナーシップを結んだ。

今秋からバーリントンで始動する『プレシジョン・ヴィニール・プレス(PRECISION VINYL PRESS)』は、10台の新しいオートメーション・プレス機を保有し、年間生産数は400万枚に届くと予想され、軌道に乗れば、年間1,100万枚の生産も可能になるという。既にマクギーは、ISOTOPE MUSICの長年にわたるパートナーのユニバーサル・ミュージック・カナダ、ソニー・ミュージック・カナダとも契約したが、小規模で特定分野にフォーカスしたインディーレーベルにも対応するそうだ。

「大量生産にも、たった200枚の生産にも対応できるのが、われわれの設備の長所です。テスト生産終了後は、6週間で納品できるでしょう」

さらに、プレシジョン・ヴィニール・プレスは、インディーレーベルの顧客に確実に対応するため、トロントに拠点を置くレコードブローカーSAMOとの業務提携も予定している。ARBUTUS、ARTS & CRAFTSはSAMOの顧客だ。最適コストと時間効率の良いプレス方策を、国境を無視して提案するよう、レーベルは同社に求めていた。また、ARTS & CRAFTSは、納期を早めるために別工場で制作したアルバム・ジャケットをSAMOに配送し、プレス工場で生産されたレコードと組み合わせ、ディストリビューターに直送するという手順を取っている。

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SAMOは新たなパートナーシップのもと、プレシジョン・ヴィニール・プレスの販売最前拠点となり、これまでのブローカー業務の代わりに、レーベルと新工場との調整役を果たすようになる。また、オンサイトでの印刷及びパッケージングも実施するので、プレシジョン・ヴィニール・プレスは事実上ワンストップ・ソリューションになる。マクギーは、すぐに試験操業が始まる、との希望的観測を示したが、管轄自治体の認可取得と委託先決定コンペの遅れから、操業開始は9月から10月に延期された。ARBUTUSのスミスは、一日も早い操業開始を待ち焦がれている。

「カナダ企業と仕事をする限り、支出はすべてカナダドル・ベースです。でも、売上のほとんどは米ドルですから、結果として利益は増大します。だから、車で7時間かけてプレス工場を視察する価値があるんです。楽しみで仕方ないですよ!」

反対に、リードは楽観的ながらも慎重だ。

「新しい工場は、基本的に5〜7週間の納期を約束しています。ただ、私としては、それがいつまでも続くかどうかを見極めたいですね。その売り文句に顧客が飛びついたら、すぐにでも約束は守れなくなりますから!」