地獄のなかの地獄。ドラッグ、レイプ、殺人が横行するタイの刑務所に収監されたイギリス人ビリー・ムーアが、ムエタイでサバイヴを試みる自伝小説の映画化。タイ人の〈本物〉の元囚人を起用し、刑務所跡地で撮影。リアルさを追求する過程で芽生えた原作者ビリーと彼を演じるジョー・コールの友情。そして映画の結末の先に待ち受けていた苦い現実──。監督のジャン=ステファーヌ・ソヴェールが語る。

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映画『暁に祈れ』公開記念インタビュー。最悪な場所で、獰猛な奴らと。

地獄のなかの地獄。ドラッグ、レイプ、殺人が横行するタイの刑務所に収監されたイギリス人ビリー・ムーアが、ムエタイでサバイヴを試みる自伝小説の映画化。タイ人の〈本物〉の元囚人を起用し、刑務所跡地で撮影。リアルさを追求する過程で芽生えた原作者ビリーと彼を演じるジョー・コールの友情。そして映画の撮影後に待ち受けていた苦い現実──。監督のジャン=ステファーヌ・ソヴェールが語る。

あなたのなかで、前作『ジョニー・マッド・ドッグ』(07)と今作はどのようにリンクしていますか?

『ジョニー・マッド・ドッグ』のジョニーはリベリアの内戦に巻き込まれて、凄まじい暴力の洗礼を受けた。この『暁に祈れ』のビリー・ムーアはリバプールの公営住宅に育ち、アルコール依存症の父親から虐待されたせいでジャンキーになり、17歳で最初の懲役。その後、22の刑務所で15年間を過ごした。ジョニーとビリーは暴力で繫がっている。暴力を受けた子供が成長すると、どんな人間になるのかを考えて、僕はこの2つの映画をつくった。
プロの俳優は、前作はゼロ、今作はジョー・コールと、『オンリー・ゴッド』(13/監督:ニコラス・ウィンディング・レフン)のヴィタヤ・パンスリンガムのふたりだけだ。少し増えただけで、違いはないよ。撮影期間は、前はリベリアで2年半、今回はタイで1年半、どちらもじっくり時間をかけている。そして両作品ともほとんど手持ちカメラで撮った。だから共通点は多い。異なっているのは、今回はひとりの眼から見た撮り方をしていることぐらいだ。

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原作者のビリー・ムーアに会った印象は?

原作となった彼の自伝『A Prayer Before Dawn: My Nightmare in Thailand's Prisons』はプロデューサーが見つけてきた。僕は、この本が映画化できるという確信を得るためには、どうしても本人に会わなければならないと思った。それでリバプールに行ってビリー・ムーアに会ったんだ。彼を演じるジョー・コールも同行した。ビリーにはもちろん暴力的なところはあるだろう。だけど僕は彼から、とても傷つきやすい何かを感じた。彼のなかにまったく異なるふたつの要素があるのがとても興味深く、感動したんだ。そして、ビリーのストーリーだったら、映画として語れると思った。脚本を書く段階で、ビリーはたくさんの情報をくれたよ。なにしろ本物だからね。タイでの撮影にも来てほしかったけど、ブラックリストに載っていて、入国不可能だった。残念だったよ。でも、ラストの格闘シーンはフィリピンで撮ったから、その撮影には来てくれた。

ジョー・コールはビリー・ムーアと会って何か変わりましたか?

大きく変わったと思う。ジョーはビリーだけではなく、彼の義理の父親にも兄弟にも会ったんだ。通っていた学校にも、収監されていた刑務所にも行った。俳優は、脚本と格闘するだけでは役になりきることができない。演じるキャラクターの人生やバックグラウンドがわからなければならないんだ。タイで撮影しているときも、ジョーはスカイプでビリーに質問してアドバイスをもらっていたよ。「明日、ドラッグをやるシーンを撮るんだけど、ちょっと聞いていいかな。実際やるとどんな気持ちになる? 体はどう? 震えちゃったりする?」とかね。ビリーはタイに行けなかったけど、ジョーの演技を支え、映画に貢献したんだ。ジョーはこの映画のあと、リバプールで別の撮影があった。そのときもビリーのところへ行って、一緒に食事をしたらしいよ。ジョーとビリーは、この映画を通していい友達なったんだ。

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© 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS

元囚人たちをどうやってキャスティングしましたか?

最初から、ジョーとヴィタヤ・パンスリンガムのほかは、プロの俳優を使うつもりはなかった。そのためにはどうしたらいいかを考えて、プリズンファイターのドキュメンタリーを観たり、記事を読んだりした。囚人のリーダー役の顔中に入れ墨がある男(パンヤ・イムアンパイ)は憶えてるよね? 彼は強盗で8年間服役した元囚人なんだ。いまの彼は人気者で、フェイブックで200万人以上と繫がっていて、なかには堅気じゃない友達も多い。僕は日曜日ごとに彼の家に通い、フェイスブックで彼の友達の写真を見て、悪そうな人を紹介してもらった。どこの国も同じで前科があると仕事にありつけないから、みんな映画で自分を表現することに興味をもってくれた。そうやって300人ぐらいに会い、一人ひとりのカメラ写りを調べたり、どんな人生だったかを聞いたり、刑務所のなかでの体験を話してもらったりした。体つきや年齢のバリエーションも考慮して、そこから15人に絞った。その15人でワークショップをやりながら配役を決めていったんだ。
僕がたくさん会ったなかに、どこかで見覚えがある顔があった。まさかと思って聞いたんだ。すると彼は答えた。「そうだよ。俺はドキュメンタリーに出てた。15年間懲役を務め、ムショのなかでボクシングをやっていた」と。僕がキャスティングの準備をしているときに観たドキュメンタリーに出ていたその人だった。まさに求めている人に出会えた瞬間さ。彼は、ちょうど1カ月前に刑務所から出たばかりだった。3人殺したと言ってたよ。

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食事のシーンで3人殺したと語っていたあの人ですね。あれは本当の話なんですか?

そうだよ。彼はドラッグで捕まったんだけど、刑務所に入ってから3人殺したのは本当の話だ。1人目は敵だから殺した。2人目は殺したらお金をもらえるというので殺した。3人目は殺すつもりはなかったけど、喧嘩の最中に相手が死んでしまった。彼は3人目の殺しの罪悪感に苛まれ、殺した相手の名前を入れ墨にして自分の体に刻んでいる。

彼の隣にいた男は、自分は殺し屋で2人殺したと言ってましたが、これも本当の話ですか?

それも本当だ。

ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督が参考にしたVICE VIDEO「Thai Prison Fights」

映画で描かれた刑務所のなかのドラッグ事情も事実に基づきますか?

ヤーバーと呼ばれているドラッグが、実際に刑務所なかで出まわっていると聞いた。メタンフェタミン(覚醒剤)の一種で、やるとクレイジーになるって。映画でビリーにヘロインを渡した青いシャツの男は、看守のような仕事をしているけど、囚人だ。模範囚が看守の下働きをやっている。

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主人公のビリーは凶悪な囚人たちとのぶつかり合いのなかで時間をかけて変化していきます。あなた自身も映画づくりのなかで彼らのようなリアルな存在と触れ合い、何か変わったことや悟ったことはありますか?

罪を犯すのは、それぞれ理由があるだろう。でも、どんなに最悪なところにいて、そこでどんなに最悪な目に遭っても、人間は人間でいることができる。たしかに暴力的な人間はいる。だけど、もしかしたら環境がそうさせているだけなのかもしれない。『ジョニー・マッド・ドッグ』の場合も同じだ。あの少年兵たちは集団になると異常な暴力性を発揮するけど、一人ひとりが本当にそういう人間かと問われれば、僕はノーと言いたい。もしも、この映画のような刑務所の独房に入れられたら、誰だって頭がおかしくなるだろう。でも、ふつうの人から見たら異常者でも、彼らにだって人間性はあるんだ。それを映画で出会った人たちから教わった。そしておそらく、それがこの映画で僕が言いたかったことだと思う。

その後、ビリー・ムーアはどうしてますか?

実は、ガンになった。そして、やめていたドラッグに、また手を出してしまった。逮捕されて懲役1年。いまは刑務所にいるけど、年末までには出所できるよう願っているよ。ジョーも待ってるしね。

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『暁に祈れ』は、12月8日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開。