Who Are You?:千野あきこさん(27歳)個人事業主

「半年くらいかかると踏んでいたんですけど…父は3日で見つかりました(笑)。すごいですね、Googleって」

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maj 27 2018, 6:37am

高級なお寿司屋さんの前に、ご高齢の男性がおふたり。そのうちのおひとりは携帯で喋っていました。「てっちゃん、今日やってないの? ヤスと店の前にいるんだけど」。地元の幼馴染みかな。それともご学友さんかしら。おふたりとも中折れ帽&スーツがビシッ!のオシャレさま。そうです、イタリアン・マフィア・スタイルですね。喋り声も麻生太郎さん的だった気がする。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

千野あきこ(ちの あきこ)さん 27歳:個人事業主

千野さん、わかりにくい場所ですいませんでした!

いえいえ、こちらこそ道に迷ってしまってすいませんでした!

早速ですが、千野さんは個人事業主さん。なにをやってらっしゃるんですか?

なんだかいろんなお仕事をやらせてもらっていまして、なにがなんだかわからない感じになっています。

どれどれ、お名刺を拝見すると…〈Social Growth Hacker〉〈Writer〉〈Teacher〉〈Babysitter〉〈Promotor〉〈Balloon Artist Assistant〉〈Columnist〉〈Essayist〉と。フムフム、確かになにがなんだかわかりませんけど、たくさんですね(笑)。

はい、すいません(笑)。

では、ひとつずつ、つぶして参りましょう。〈Social Growth Hacker〉。早速わかりません。

これがメインの仕事なんですけど、ざっくりいうとソーシャルメディアの運用の仕事になります。例えば、LINEアカウントメディアっていうのがあって。

フムフム。

そのダイジェスト配信をやっているんです。それぞれのメディアさんからの記事を選び、見出しをつくったり、編集したりして、ダイジェスト版として、配信しているんです。

すごい! 通勤タイムの余暇を千野さんが支配しているんですね! ちなみに、どんなメディアさんの記事を配信しているんですか?

LINEだけではなくて、TwitterやInstagramもやっているんですけど、お客さんはHUFFPOSTさん、タイムアウト東京さん、bouncyさんなどです。

ちょっと! 俺ら仲間はずれじゃないですか!

VICEさんもいつでもやりますので、おっしゃってください(笑)。

でも各メディアさんにもカラーがありますよね。それぞれのテキストも趣を変えて投稿しているんですか?

はい。わかりやすくする場合もあれば、ちょっとArtyにしたりとか。

Arty!!!!

はい(笑)。ブランディングも兼ねているので、それぞれ考えてやっています。

でもそういうのって、どれだけ読んでくれたのか? どれだけ反響があったのかが大事ですよね?

そうですね。フォロワーを増やしたり、LINEでしたら、タップ率、回遊率とかですね。

ノルマみたいなのはあるんですか?

いえ、おかげさまで自由にやらせていただいております。

あと、投稿する時間も大事ですよね?

はい。それぞれデータ分析して、的確な時間に投稿します。お客さんがいない時間にお店を開けても意味がないじゃないですか? それと同じなんです。

じゃあ、千野さんも早起きして、みなさんの通勤時間に合わせて投稿したり?

いえ、タイマー機能で予約投稿ができますから(笑)。

ああ、そうか。じゃあ、次行きましょう。〈Writer〉の部です。ライターさん?

はい。育児コラムを書いております。

あら、千野さん、お子さんがいるんですか?

いえ、結婚はしておりますが、子供はまだおりません。ただ私、元保育士なんです。そのときから覆面ライターで書いていたんです。

あら、先生だったんですか。どちらでコラムを書いているんですか?

ウーマンエキサイトです。本名と〈ポセイドン・ヨーコ〉という名で書かせてもらっています。

ポセイドン!!

はい。覆面時代の名前なのですが、強そうなのが良かったので。海の神+オノ・ヨーコのヨーコです。

めちゃくちゃ強そうですね(笑)。じゃあ、〈Columnist〉もここでクリアにして、次は〈Essayist〉。エッセイですか?

はい。あとは、HUFFPOSTなどで〈えるあき〉の名で書いております。良かったら読んでください。

はい、読みますけど、ポセイドンじゃないんですね。残念。そして〈Teacher〉。これはやはり元保育士さんだから?

はい。でも今も週イチで幼稚園の先生をやっております。

そして〈Babysitter〉もやっちゃう?

はい。呼ばれたら行きます。

宮本さんち、今おいくつでしたっけ?

(カメラマン:宮本さん)1歳半です。

あ、行きます! いつでも呼んでください。コラムにも書いているんですけど、育児を楽しんでもらうのって、やっぱり同時に夫婦の時間を楽しむことが大事だと考えているんです。ですからデートしたほうがいいですよ、絶対。

そういえば宮本さん、デートしていないって、いってましたよね?

(カメラマン:宮本さん)はい。いつかお願いします。

ぜひ!

でもって〈Promotor〉の部です。

イベントのプロモーターです。ライブハウスなどが主催するイベントのプロモーション業務をやっております。

ホント、なんでもやっておられる。で、最後はお待ちかねの〈Balloon Artist Assistant〉です。アシスタントってところがミソですね(笑)。

それは書いてあったら面白いかなぁと(笑)。

嘘ですか!

いえ、嘘ではありません(笑)。知り合いにバルーンアーティストがいまして、そのお手伝いをしております。ウェデイングパーティーとか、企業の新製品発表会などで、シュッシュッと空気を入れたり、デコレーションしたり。

それ、何回くらいやりました?

5、6回はやりました。

なら、認めます!

ありがとうございます(笑)。

フゥ〜、長かったですね。でも元々保育士さんですよね? どうしてこんな状況になったのですか?

うちは、実家が幼稚園なんです。世田谷区にあるんですけど。

ああ、そうなんですか!

母方の実家なんですけど、ずっと私も幼稚園の先生になって、継ぐのが当たり前だと考えていたんです。でも第1志望の大学に落ちてしまい、それであまり行きたくなかった大学に入学したんです。それがとても悔しかったんですね。生まれて初めて、「もう負けたくない」みたいな感覚を持ったんです。

それで、それで?

このまま親のいうことを聞いて、幼稚園の先生になるという状況にも疑問を持ち始めまして、「じゃあ、私はなにをやりたいのか?」と突き詰めたら、それが文章を書くことだったんですね。小さい頃からブログもやっていましたし、メディアにも興味があったんです。それでタイムアウト東京のインターンになり、親にも「先生にはならない」と宣言しました。

なるほどー。でも先生にもなったんですよね?

はい。どうしてもそっちの世界に行きたいのなら、いち度は幼稚園の先生をやってから考えろといわれたんです。やってから文句をいいなさいと。それで3年間勤めたのですが、それでもやっぱりメディアの世界で働きたかった。それで、某メディアに入ったんです。

おめでとうございます!

ただ、いわゆる会社員という生活サイクルがちょっと合わなかったみたいで、体調的にもちょっとキツくなったんですね。それで旦那も「無理しないほうがいいんじゃない?」といってくれたんで、ちょうど1年間働いて辞めました。

でもそこから〈Balloon Artist Assistant〉…じゃなくて、〈Social Growth Hacker〉なんて、簡単にはなれませんよね?

はい。どうしようかと考えていたんですけど、地元の先輩が某有名ユーチューバーで、その人のSNS作業を手伝うことになったんです。そこで、それこそTwitterの盛り上げ方とか、YouTubeの視聴数の稼ぎ方とかを覚えたら、結構楽しかったし、効果もあったんです。とはいえ、働く気も正直なかったので、ふらふらしてました(笑)。そしたら、「ちょっとあきちゃん、うちのソーシャルやらない?」みたいに声をかけてもらうようになって…今のような状況です。

頑張りましたねぇ〜!

いえ、本当に周りのみなさんに助けていただきましたし、今もいただいているんです。

ご結婚は、いつされたんですか?

25歳です。5年付き合ってからなんですけど、2年は一緒に住んで、そのあと結婚しました。

旦那さんとはどこで知り合ったんですか?

バイト先です。今はもう閉店してしまったんですけど、二子玉川に〈スージーズルーム〉というカフェがありまして、そこで知り合いました。バイトの面接に行ったら、旦那がキッチンにいまして、見た瞬間「あ、この人と結婚する」と決めました。

ビビビ婚ってヤツですね! なんでビビビったんですか?

私、鼻フェチなんですよ。

はあ。

生田斗真みたいに、目のあいだからツーンときているヤツが好きなんですけど、旦那は理想の鼻を持っていたんです。絶対この人をものにしようと決めました。それにMODS系の人で、私もジャムとかスタイル・カウンシルとかクラッシュなんかが好きだったので、気も合ったんです。

でも25歳って早いですよね?

母も早かったんですよ。23歳で結婚して、24歳で私を産んでいるので、自分ではそんなに早いとは感じていません。

生まれたのも世田谷区内なのですか?

いえ、生まれたのは三田なんですけど、結構転々としていまして、八戸や、岩手の軽米に住んでいたこともあります。

あら、東北まで。お父さんのお仕事の関係で、引越しが多かったんですか?

そうですね。父はゴルフ場主だったんです。それもあって東北にいた時期もあったんですが、経営が傾き、離婚して、母は私を連れて実家に戻りました。

それは千野さんがおいくつくらいのときですか?

2、3歳ですね。それで母は大学に通い直し、幼稚園の先生の免許を取り、実家を継ぐことになったんです。その後、私が小1のときに母は再婚しました。

じゃあ、お父さんのお顔も覚えていない?

はい。一切会っていなかったので。ただ去年、25年ぶりに再会したんですよ。

おおー、ドラマですか? ドラマチック??

まぁ(笑)。やはりずっと父には会いたかったんですね。小さいときも誕生日とか、クリスマスとか、なんかしら父からのプレゼントとか手紙とかを期待していた自分がいたんです。でもそれもなかったし、色々と事情があるんだろうとは考えていました。でも自分の名前が出たら、どこかで見てくれて、会えるんじゃないかという期待もあったんです。それもあってメディアで仕事したいという想いもありました。

はい、はい。

ただ、某メディアの退社が決まって、「やばい、もうメディアを活用できない」と思い、急いで探し始めたんです。半年くらいかかると踏んでいたんですけど…

けど…?

3日で見つかりました(笑)。すごいですね、Googleって。

ググったら一発? もっと早くやればよかったですね(笑)。

はい(笑)。中国の大連にいました。その後、連絡先も手に入れて、会いにいったんです。

お父さん、どうでした?

母は身長も高くて、直毛なんですが、私は盛って158センチですし、天パなんです。鼻もブサイクだし。

鼻フェチなのにねぇ。

でも父を見たら納得しました。「オマエのせいか!」って(笑)。

(笑)。でも初めて会うようなものですよね? ご対面はどうでしたか?

最初は、お互いぎこちなかったですね。たどたどしい会話で。「元気だった?」「う…うん」みたいな。でも3日目くらいになって、やっと今までいいたかったことを全部伝えられました。ずっと会いたかったこと。連絡を待っていたこと。でも責めているわけじゃないことも。

はい。

あと私、ずっとお父さんとゴルフをするのが夢だったんです。

ああ、お父さん、ゴルフ場主でしたものね。

そうなんですけど、継父もゴルフの人で。ですから私も幼い頃から中学までずっとゴルフをやっていたんです。それもあって、せっかくだから父と回りたかったんです。

中国でお父さんと回ったんですか?

はい。最後18ホールでは、ふたりで号泣みたいな。

いいお話じゃないですか!

いえいえ、アハハ!! すいません、恥ずかしいもんですね。でも会えて本当に良かったです。

ゴルフの話が出ましたが、本格的にやっていたんですか?

そうですね。継父は、私をプロにさせたかったようで。

横峯さくらのパパって、最近見ないですね。

決裂しましたからね(笑)。

でも都内で、ゴルフの練習をするところなんてあるんですか?

ゴルフ・スクールの合宿があるんですよ、小学生みんなバスに乗って行くんです。10日間くらいひたすらゴルフ。毎日トーナメントもします。日々の生活のなかでは、父と練習していました。

辛くなかったですか?

小学生の頃は、父とは遊びたかったし、コミュニケーションを取りたかったので、辛くはなかったですね。ただ私、本当にバカで、競争意識みたいなものがまったくなかったんですね。ゴルフ場に行ってもトンボを追いかけたり、ふざけてパターだけで、1ホール回ったり。そういうのが父にとっては、許せなかったようで。中学になってからはぶつかり合いましたね。それこそ横峯親子みたいに(笑)。さすがに嫌になって、そこでゴルフは終了です。

中学は地元の学校に入学したんですか?

地元なんですけど、私立です。某◯◯学園っていう。

おおー、お嬢様学校じゃないですか!

まぁ、そうなんですけど、私たちの頃はかなり自由でした。それに公立だと、うまくやっていけないと、母が判断したんです。というのも私、学習障害を持っていまして。ADHDなんですね。とにかく数字が苦手だった。今も24時間表記とか苦手ですし、計算も覚えないとできない。4+8ってなると繰り上がるから、もう頭のなかがおかしくなって(笑)。小学校の頃は、授業中もじっとしていられないから、散歩に出たりして、先生も困っていました。ただ、母が幼児教育を学んでいたので、「うちの子はこうです」って、堂々と受け止めてくれたんですね。精神病院に行ったり、薬とかを飲まされるパターンもあるんですけど、うちはそれがなかった。ですから、母にはとても助けられました。それで、私立の中高一貫だし、生徒数が少ないにも関わらず、先生の数が多いので、母が学校を決めたんです。

◯◯学園生活はどうでしたか?

なぜか私たちの代は荒れていて(笑)。制服は着ないわ、裸足でペタペタ歩くわ(笑)。異常者が私だけではなかった。珍獣だらけでしたね(笑)。先生も手を焼いていたんでしょうけど、あまり怒られることもなく、のびのびと過ごすことができました。授業中に教室を出ても「ああ、あきちゃん、お散歩の時間ねぇ」って感じで(笑)。高校にあがるときも、足切りギリギリだったんです。面談で両親も「うちの子は本当にバカですけど、明るいのが取り柄です。あと元気ですから!」とかいって。

可愛い(笑)!!

「ダメだったら中退させていいですので、なんとかあがらせてください」みたいな感じで。そしたら学校側も「6年かけて卒業してもいいですよ」なんて。

6年かけたんですか? いや、それじゃ計算が合わないか。

そこは頑張って3年で卒業しました(笑)。それぐらい温かくて、自由な学校でしたね。

当時は、どんな毎日を送っていたんですか? 趣味とか?

数字は苦手なんですけど、やっぱり文字が好きで。学校の図書館に篭っていました。

どんな本を読んでいたんですか?

小説とかですね。数字って、〈1〉と〈1〉が並んでも意味を持たないじゃないですか。でも文字は、〈あ〉と〈い〉が並べば意味になる。そういう形だと、すごく頭に入りやすかったんですね。

なるほどー。

だから文章が好きになったんだと思います。あとは漫画も好きでしたし、音楽もたくさん聴いていました。

どんな音楽が好きだったんですか?

母が音楽好きだったので、ファンクとか、おばあちゃんの影響でビートルズとかも。洋楽中心でしたね。

チャラついてなくていいですね。

まぁ、グリーン・デイとかアヴリル・ラヴィーン、ブリトニー・スピアーズとかも好きでしたけどね。あと私、ジャニオタでもあったんで。

お! 初耳ですね! 誰のオタだったんですか?

小4からずっとV6を。

誰が好きだったんですか?

岡田くんです。

(カメラマン:宮本さん)あ、鼻か。

そうです! そうです! あの鼻です(笑)。

学校には、他にもジャニオタがいたんですか?

いますよー。女子校って男の子がいないから、ザックリいうと、宝塚に走るか、漫画に走るか、ジャニーズに走るかなんです。そこでV6は武器になりましたね。

武器ですか(笑)。

はい。当時は、KAT-TUN、NEWS、嵐が全盛期で、先輩なんかが「あなたは誰担なの?」みたいな。

「誰の担当=誰のファンなの?」って感じでよろしいですか?

まぁ、そんな感じです。「私は、錦戸くんだからね」とか、そんなやりとりがあるんです。同じ担当…同担っていうんですけど、同担同士は仲良くしちゃいけないジャニオタルールがあるんですね。〈同担禁止〉っていうんですけど。

はい、うかがっております。

でもV6の担当は周りにいない。だから超平和だったんですよ(笑)。

アハハ!!

ジャニオタにも種類があるんです。〈オリキ〉と〈ヤラカシ〉っていう。

お願いします!

〈オリキ〉っていうのは、確か〈おっかけに力(リキ)入れてる人〉を略していて、きちんとルールを守るファンだったはず…。いっぽう〈ヤラカシ〉は、タクシーを追いかけるような行為をするファンです。このふたつは対立しています。オリキがヤラカシを囲むこともあったはず。

千野さんはどちらだったんですか?

私はそういった類ではなく、〈ただ好きな人〉です。でもV6には、そんな争いもなかった。みんなハッピーだったんです。みんな〈WAになっておどろう〉だったんです。

うまいこというなぁ!

〈未成年の主張〉ごっことかやってましたねえ。あとは『ラストフレンズ』の再現をきっちり1時間かけてやったり。タクシーに乗った長澤まさみを、錦戸くんが追いかけるシーンは、机と椅子をうまく使って再現しました。そんなのが日課でした。

バカですねぇ(笑)。でも、実際に好きな人とかいなかったんですか? 女子校だから出会いもなかった?

私は中1からずっと片想いの子がいました。

誰? 誰?

タローくんです。

どこのタローくんですか?

実家の幼稚園って学童もやっているんですけど、預かっていた弟をタローくんが迎えにきたんですね。一目惚れして、それからずっと。

(カメラマン:宮本さん)タローくんの鼻は?

タローくんの鼻は普通でした(笑)。

進展はあったんですか?

仲良くはなっていたんですけど、付き合う感じにはなりませんでした。向こうには彼女がいましたし。たまにファミレスで会って、ずっと喋ったり、携帯をいじりながらダラダラしているような関係が、ずっと続いていました。

あらー、もどかしかったでしょう?

ただ、18歳になったとき、いきなり「大学を卒業したら、結婚したい」っていわれたんです。

プロポーズ from タロー?

はい。

なんで?

よくわかりません(笑)。でも私も大学が決まっていたし、新しい生活を楽しみたかったので、断りまして。

まぁ、いくら好きでもそりゃそうですよね。

「じゃあ、大学卒業が間近になったら、また考えましょう」となったんですが、まぁ、私は旦那と出会ったので。

タローちゃんったら、ミスりましたね(笑)。

でも今も仲良くしています。

そして大学ですね。どちらの大学に入学されたんですか?

鎌倉のほうにある女子大です。

世田谷から通っていたんですか?

はい。1時間半くらいかかりましたね。

毎日、えらかったですねー。

iPadで『ハリーポッター』を観ていたので大丈夫でした(笑)。それに小学校のときも江ノ島まで塾通いしていましたし。

ええ? なんで江ノ島?

母が見つけてきた塾なんです。うちの母、ちょっとおかしいんですよ。とっさにいろんなことを仕掛けてくるんです。小学校のときもいきなり1人でオハイオ州に飛ばされて。成田空港で母がいきなり消えるという。

なんですか、それは?

「アメリカのおばあちゃんちに行くよ」っていわれて、空港に着いたら、母はチェックインから戻って来ず。JALのお姉さんがやって来て「あきちゃん、こんにちは。出発しますよ」って。

アハハ!!

なにが起こっているのかまったくわからず。機内では一睡もできず。

でしょうね。

で、母が準備したリュックサックを開けたら、〈これから大冒険が始まるね!!〉って手紙が。

最高ですね!!

母は、3人兄妹の真ん中で、ひとりっ子の私が「寂しいんじゃないか」と心配をしていたそうです。だから、友だちをつくるきっかけをつくってくれてたみたいですね。幼稚園のときもいきなりスキーキャンプにブチ込まれたりとか。私は母親にべったりだったので、先にキャンプに行くよ、とか告知すると泣いて騒いでいたみたいで…。それがめんどくさかったから無断で申し込み、飛ばすというスタイルをとっていたんですよ。

なるほど。

高校のときは、いきなり「タクシー待ってるよ」っていわれ、チケットを渡されたんです。開けたら〈ヒースロー〉って書いてあった。

今度はイギリス!!

「ああー、またか」って(笑)。

でも、お母さんもそうやって、ご夫婦の時間を大切にしていたのかもしれませんね。

そうですね。でもそのクセが私にもついちゃって。学校帰りに「今チケット安いぞ」って、そのままロンドンに行っちゃったり。

放課後にロンドンって(笑)。

母からは「なんであんたはそんな自分勝手な人間に育ったんだ」って。「いやいや、あんたのせいだろ」って(笑)。

よねー(笑)。

ですから大学時代は海外にもたくさん行きましたね。

そしてメディアの世界にも入り、ステキな旦那さんにも出会い、本当に充実した大学生活を送ったと。

はい、そうですね。

旦那さんとは仲良くやっています?

はい。でも結婚した感は、いつになってもないかなぁ。お財布も別ですし、お互いまったく干渉しないんです。旦那さんも私の記事を読んでいませんし。

その距離感がいいんでしょうね。いつでも新鮮。とれとれピチピチなんですね。

でしょうかねぇ(笑)。

では、最後にお聞きします。夢とか、将来の展望とかあります?

そうですね、やっぱり子供が欲しい。3人は欲しいですね。男の子3人がいい。

男の子がいいの?

女の子はすぐに女になってしまいますから。1歳くらいから女が出てきちゃうんですよ。ゴハンで釣れる男の子がいい(笑)。ウンコで喜ぶ男の子がいい(笑)。

うちの子もそうです。「何が食べたい?」「ウンコラーメン!」って感じです。

とにかく平和であれば幸せです。やっぱりADHDだったので、これまでずっと「自分はなにをやっても結局ダメだ」って言い続けてきた人生だったんです。それがようやく去年くらいから、だんだんと自分を肯定してあげられるようになったので。

去年ですか。本当に最近なんですね。

はい。ですから、自分で頑張ったことは認めてあげよう、そしてみんなで楽しくなれればいい、そんな状態を続けていきたいです。旦那もハッピーで、友達もハッピーで。

WAになっておどると?

あ、そうですね(笑)。

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