心に病を抱えて過ごした10代の色あせたスナップ

抑うつのような複雑な内面的葛藤を写真で表現するのは難しい。写真家、ジャッキー・ダイヴスが、自身が不安や抑うつに悩まされた10代の時に撮影した写真を、改めて現像し、写真展で披露したのだが、そこには、何が表現され、写し出されているのだろうか?

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22 May 2017, 4:49pm

心の病は、われわれの文化、会話に登場するほど一般的だが、抑うつのような複雑な症状を正確に表現した写真を見つけるのは、それを解決する魔法の治癒法を見つけるのと同様に難しい。

涙で崩れたアイライン、両手一杯の錠剤を、危機的状況の象徴として撮らえた写真を目にするが、そういった描写では、暗闇に落ちるかのような、日々の内面的葛藤は全く表現できない。

バンクーバー在住の写真家、ジャッキー・ダイヴス(Jackie Dives)は、不安と抑うつに苛まれた10代、そして、レンズ越しにはわからないその体験を振り返る写真展を2017年4月に開催した。彼女は、クローゼットに押し込んだ未現像のフィルムを、最近になって引っ張りだした。「どうせ、ろくなものは写っていない」と囁く内なる悪魔の声を聞きつつも、彼女はフィルムをいっぺんに現像した。

写真と、そこに写る過去の自分に向き合う勇気を奮い起こすのに数十年を要した、とダイヴスは語る。「未だ見ぬ写真について、果てしなくディープな戸惑いがありました。そして、自らの芸術的経歴に空白があるのも痛感していました」と付け加えた。「現像してみなければ何が写っているのかわかりませんでしたが、自らのキャリア、もしくは、写真探求から、何らかが欠落しているのがわかっていたんです」

その結果、開催された写真展は、本質的には不可視で、共有するのが困難な心の病そのもののメタファーとも解釈できるだろう。一見すると自動車旅行やバカ騒ぎを撮えた写真のようだが、そこにある抑うつを忘れようとするのは賢明でない、と彼女の記憶が示唆する。

「不安や抑うつが表出した写真は1枚もありませんが、撮影者も私も、何が起こっているかわかっています」と言う。「抑うつとの付き合い方を模索するよりも、そうではないかのように振る舞うことしか頭にありませんでした」

「モーテルの駐車場に停まっている、私の車の写真があります。夜、撮影しました。その夜、私は、友だちのクレアに、前日にリストカットしようとした、と伝えました」とダイヴス。「私がこの写真を観れば、それがわかりますけれど、みんなには説明が必要です」

ダイヴスは、写真と、そこに隠された事実について語ることを、セラピーに例えた。「強力な解放感を味わっています。抑うつ状態だった過去をどうにか消化できそうなので、次のステップとして、みんなに写真を観てもらうために展示会を開催しました。現像してそのままクローゼットに保管することもできたでしょうが、自分としては、今のタイミングでみんなに観せるべきだ、と感じたんです」