教育現場がみつめる〈当事者〉 性的少数者の人権課題への取り組み

性別に関係なく、制服を選択できる千葉県の市立中学校、トランスジェンダー学生の受け入れを発表したお茶の水女子大学など、性的少数者の人権課題に取り組む学校が徐々に増えている。教育現場で〈当事者〉をみつめる、埼玉県川口市立東中学校の安部正幸校長は、性的少数者の人権課題とどのように向き合おうとしているのだろうか。

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jul 23 2018, 2:43am

2017年夏、埼玉県の発行する人権課題を取り上げた啓発冊子『みんなの人権 人権ってなんだろう?』に変化が起こった。〈女性の人権〉〈外国人の人権〉〈インターネットによる人権侵害〉など、人権に関する様々な項目が並ぶなかで、その他諸々の人権課題を総称した〈さまざまな人権問題〉として語られてきた〈性的少数者の人権〉がひとつの項目として独立したのだ。冊子を作成する埼玉県県民生活部人権推進課によると、〈LGBTQ〉という言葉の認知、理解が徐々に広がる時局に鑑み、2017年夏に発行した冊子から〈性的少数者の人権〉について説明するページを設けたという。

埼玉県発行『みんなの人権 人権ってなんだろう?』
性的少数者の人権について

性的少数者の人権課題に取り組む学校も徐々に増えている。2018年に新しく開校した千葉県柏市立柏の葉中学校は、4月から入学する新1年生から、制服のスカート、スラックス、ネクタイ、リボンを性別に関係なく自由に選択できる制度を取り入れ、注目を浴びた。同中学校では開校にさいし、保護者、児童代表、PTA役員などで構成された検討委員会が設置され、性的少数者、さらには自転車を漕ぐ女子生徒など、さまざまな事情をもつ生徒に対応できる制服の導入が実現した。しかし、柏市教育委員会によると、女子生徒用のスラックス、スカートの用意はあるものの、男子生徒用のスカートは用意がないという。もし男子生徒がスカートの着用を希望した場合は、女子生徒用のスカートで対応することになるが、男子生徒のボディラインを考慮したつくりではないため、着用したさいに多少の違和感があるかもしれない。現在、リボンとネクタイの両方を購入した新入生はいるものの、スカートの着用を希望する男子生徒は、まだ声をあげていない。今後、男子生徒のボディラインに合ったスカートを希望する意見があれば、検討が必要になるだろう。

お茶の水女子大学公式Twitter

性的少数者の人権課題への取り組みとして記憶に新しいのは、2020年度から、トランスジェンダー女性の入学を受け入れる方針を発表したお茶の水女子大学だ。2018年7月10日、当方針について記者会見を開いたお茶の水女子大学は、入学資格である〈女子〉の定義に〈戸籍上女性の学生〉だけでなく〈性自認が女性の学生〉も加えることを決定し、2020年度より、トランスジェンダー女性を受け入れると発表した。詳細な判断方法などは、受け入れ委員会を設置し、2018年度末までに対応ガイドラインを作成するという。

同大学の室伏きみ子学長によると、2014年ごろから、カリフォルニア州のミルズ大学をはじめとする海外の名門女子大学が次々とトランスジェンター女性の入学を受け入れるなど、トランスジェンダーへの理解や公的機関の対応が進むなかで、お茶の水女子大学にトランスジェンダー女性の入学について問い合わせがあったという。この問い合わせがきっかけとなり、2017年7月より、お茶の水女子大学では、トランスジェンダー女性の入学受け入れについて、本格的な議論、検討が始まった。「大学という学びの場で、〈女性〉が自身の価値を認識し、社会に貢献するという確信をもって前進する精神を育む必要がある」と室伏学長。「今回の決定により、お茶の水女子大学の育成する〈女性像〉に変化はあるか」との記者からの質問に、「トランスジェンダー女性の入学を受け入れることで、お茶の水女子大学の目指す女性像に何も変わりはありません」と、女子大学としての強い信念を表明した。

各学校のこうした取り組みと比べると、埼玉県の発行する人権啓発冊子の項目の変更はごく小さな変化だが、これを〈大きな前進〉だと捉え期待を寄せるのは、埼玉県川口市立東中学校の安部正幸校長だ。教育委員会の人権担当として、同和問題をはじめとする人権課題に熱心に取り組んできた安部校長は、いち公立中学校の校長として、性的少数者の人権課題にどう向き合い、当事者の人権をどのように守っていきたいと考えているのだろうか。

性的少数者の存在を意識したのはどのタイミングでしょうか?

上戸彩さんが性同一性障害の生徒役を演じた『3年B組金八先生〜第6シリーズ〜』を観たときです。金八先生はドラマですが、原作者はきちんと取材をして、ストーリーに反映している、という印象を以前から抱いていました。当然、ドラマのストーリーとして誇張している部分もありますし、ドラマはドラマだと捉えればそれまでですが、教員である私たちは、リアルに捉えていたんです。薬物を使用して捕まった生徒、給食費を払わない親、複雑な親子関係、ドラマに登場するような保護者や生徒が、実際にいるんですから。「俺は税金をたくさん納めているんだから、給食費なんて払わなくて良い」と、裕福な家庭の親が口にするシーンがありましたが、まさに同じセリフを保護者からいわれた、という教員から話をきいたこともありました。

当時の学校問題をリアルに描いた金八先生に、性同一性障害の生徒が登場したんですね。

衝撃でしたね。あれがきっかけで、性同一性障害の認知がかなり広がったのではないでしょうか。今後、そういった生徒が現実にも現れるのだろうな、と感じましたが、私の周りにはいなかった。いや、いないのではなく、視えていなかったので、当時はそういった生徒の存在には気づきませんでした。

放送を観た他の教員と、なにか話しましたか?

性同一性障害の生徒が自分のクラスにいたら、どう対応しようか、と話したりはしましたね。校則のなかで、学校、教員はどう対応すればいいのか。ただ、そのときはまだ現実味がなかったです。性的少数者について勉強したり、当事者と話したりしてきた今、考えるとね。当時、授業中にこっそり用を足していた男子生徒に「トイレは休み時間に行きなさい」なんて、そのときは注意していたけど、もしかしたら、性的少数者に関する悩みを抱えていて、人前ではトイレに行けなかったのかもしれない。申し訳ないことをしてしまったのかな、と思い出すこともあります。

2017年、埼玉県内の市立小学校の教員が、性的少数者の生徒が在籍するクラスで「誰だオカマは」と発言し、問題になったケースがありました。同じ埼玉県の学校長として、この出来事をどう捉えましたか?

怖くなりましたよ。教員だったら誰でもあるかもしれない、と。教員が、女の子っぽい男子生徒に「オトコオンナなんじゃないか」と発言したり、男の子っぽい女子生徒に「男みたいなことしないで、もっと女らしくしろ」と指導するなんて、20年ほど前までは当たり前でしたから。確かに、その教員は勉強不足だったかもしれません。しかし私たちだって、やっとこの課題への取り組みをスタートさせようとしているところです。東中学校の教員が、同じようなことをしてしまうかもしれない。決して、その教員だけが特別だというわけではないんです。

性的少数者の人権課題への取り組みの第一歩として、2018年12月に、教員向けの研修を予定されていますね。どのような研修ですか?

性的少数者の卒業生に、自身の体験を語ってもらう予定です。生徒たちに直接指導をするのは教員ですから、まずはきちんと教員を教育することが必要だと考えています。正しい知識を得て、状況を正しく理解した教員が、生徒たちに伝えていく。そして最終的には、性的少数者に関する問題で苦しんでいるひとたちを助けていくのが、この課題に取り組む目的です。

正しい知識をもった教員が、生徒に正しい教育をするようになるには、だいたいどのくらいの期間がかかる見通しですか?

指導者として、迅速に対応していかなければいけないのが教員なので、研修を受けたらすぐにでも教育に反映してほしいです。ただ、現実問題として、だいたい2、3年は時間をかけないといけないでしょう。正しい知識をもった教員が、さらに他の教員に知識を広めてほしい、という想いもありますから。

性的少数者の人権課題に限らず、教員はさまざまな問題にすぐに対応できるよう、常にアンテナを張っていないといけないんですね。

今は、昔以上にそうでしょうね。いっぽうで、教員が家庭の問題を把握するのは、年々難しくなっています。昔は当たり前だった〈家庭訪問〉を廃止する学校も多いです。そうやって、教員や学校が家庭に介入するのが難しくなってきているのに、家庭で虐待などの問題が起こっていないかどうか、しっかりと把握することを求められるんです。

性的少数者の人権課題への取り組みのなかに、学校や教員から保護者へのアプローチは含まれていますか?

保護者の啓発は、いちばん難しいんです。公にもいわれていることですが、人権に関する間違った知識や価値観は、だいたいは親が植え付けるといわれています。今後、スカートを履いた男子生徒や、ネクタイとズボンを着用した女子生徒が現れるとしましょう。学校はそれを許可し、生徒たちもみんな理解している状況で、それを否定するとしたら、保護者です。「あんな子と仲良くしてはいけない」という保護者がいたとしても、学校としては何もできないのが現実です。

しかし、この課題に取り組んでいくうえで、保護者の存在は無視できないですよね。保護者の理解なしで、課題の解決は可能ですか?

やはり、無視はできないですよ。保護者への啓発は大切です。性的少数者の人権課題に限らず、人権課題は、学校がどんなに取り組もうとしていても保護者が潰してしまえば、結局プラスマイナスゼロになりますから。人権課題に取り組んでいくには、学校と保護者が共通の理解をもち、同じほうを向かないと、厳しいです。

千葉県柏市の中学校では、スカート、ズボン、ネクタイ、リボンが性別に関係なく、自由に選択できるようになりました。東中学校でも制服を選択できるようにするには、どのようなプロセスが必要ですか?

柏市の取り組みは、市全体で取り組んでいますから、川口市の教育委員会が決定してしまえば東中学校もすぐに対応できます。市の中学校すべてが一斉に取り組むので、保護者からの理解も得られるでしょう。しかし、ひとつの中学校だけで取り組むのは難しいんです。それに、いち学校が動いて、保護者の理解を得られたとしても、それはいち学校の取り組みで終わってしまいます。当事者が現れてから対応を考えるのではなく、市全体で事前に対応していくことが、重要なのではないでしょうか。

性的少数者の人権課題について取り組んでいくなかで、これだけは大切にしたい、と考えていることはありますか?

教員が必ず念頭に置かなければいけないのは、指導している生徒のなかに、当事者がいるかもしれない、いや、当事者は2、3人いるのを前提に指導をしていかなければならない、ということです。教員の何気ないひとことが、生徒たちにどう影響するのか。教員の発する言葉の重さを自覚しないと、その指導を受けた当事者が、いちばん傷ついてしまうかもしれない。苦しんでいる人たちを助けるための取り組みなのに、それが裏目に出て、当事者を苦しめるような指導になってしまうのであれば、やらないほうが良いですから。だからといって、周りの生徒に伝わらないような指導では、やる意味がない。判断が難しいところではあります。

〈当事者〉といっても、考えかたや捉えかたはそれぞれ違うなかで、当事者に配慮した指導をするために必要なことは何でしょうか?

なによりも、当事者の話をきくことがとても重要です。人権課題についての講演は、知識のある偉い大学の教授よりも、当事者の話を聞くのがいちばん良いと、教育委員会も推奨しています。〈人権問題は、当事者に学べ〉。人権課題に取り組んでいくうえで、共通の言葉です。当事者の話を心に受け止めて、次の指導に生かしてほしいですね。どんなに勉強したって、当事者にはなれないので。

性的少数者の人権課題について教育を受けた生徒たちに、どういう大人になってほしいと考えていますか?

性的少数者に限らず、あらゆる人権課題について、しっかりと受け止めて、世の中に色々な立場の人がいる、ということを知ってほしいです。人間関係がある以上、どこかで誰かの人権を侵害しているかもしれないし、知らずに誰かを傷つけていることもあるかもしれない。ただ、ひとつ大切なのは〈意図的にやってはいけない〉。そして、気づかずに誰かを傷つけていたことを知ったときは、やはり素直に受け入れる。だれかを傷つけるような大人ではなく、優しいひとになってほしい、というのが生徒たちへの願いです。

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