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はじめてのブラジャー

25年間、ちゃんとしたブラジャーをつけてこなかったツケがとうとうまわってきた。おっぱいを雑に扱い続けた結果、私のおっぱいは垂れ始めてしまった。早急に、ブラジャーを買わなければならない。おっぱいの怒りを鎮めるため、ATMで下ろした1万円を握りしめ、夜の渋谷へと向かった。

by Kin Obuchi
02 March 2018, 9:39am

〈ブラジャー〉は、なんのためにあるのだろう。おっぱいを盛るため、おっぱいが垂れないようにするため、乳首を保護するため、姿勢をよくするため。〈なんのため〉なんて特に考えず、ただなんとなくつけている女性もいるだろう。好きすぎて、観賞のためにコレクションしているマニアもいるかもしれない。考えは人それぞれだが、〈ブラジャーはおっぱいにつけるためにある〉というのは、おそらくみんながわかっているだろう。

個人差はあるものの、女性のおっぱいは思春期を迎えると、3つの段階を経て成長する。

1:〈めばえる〉
乳輪周辺が盛り上がり、乳首がムズムズしたり、かゆくなる。

2:〈ふくらむ〉
乳房が徐々に存在感を示すようになる。乳房の内部組織が成長し、身体を動かすと、おっぱいが揺れるようになる。

3:〈まるくなる〉
乳房が立体的になり、柔らかくなる。

思春期の〈めばえる〉〈ふくらむ〉〈まるくなる〉おっぱいに合わせ、女性たちは〈ジュニアブラ〉や〈スポーツブラ〉、締め付けのない〈ノンワイヤーブラ〉などを選択し、徐々にしっかりとしたブラジャーに切り替えていく。しかし、今年25歳になる私は、自分でランジェリーショップに行ったことも、店員さんにおっぱいのサイズを測ってもらったこともなく、高校生のときに母が買ってきたノンワイヤーブラで、これまでなんとなくやりすごしてきた。「ブラジャーを買うタイミングを逃した」「おっぱいのサイズを測ってもらうのが恥ずかしい」「どのブラジャーを選んだらいいかわからない」。…言い訳はたくさんあるが、普通のブラジャーをしてこなかったいちばんの理由は「自分の〈のびしろ〉を残しておきたかったから」だ。

私は昔から、「ブラジャーを着ければ、もっと姿勢が良くなるかもしれないよ」「ブラジャーを着ければ、もっとスタイルが良く見えるかもよ」と友人に言われ続けていた。でも、もし私がブラジャーをつけて、そんなに姿勢が良くならなかったら。ブラジャーをつけても、そこまでスタイルが良く見えなかったら。ブラジャーが全然似合わなかったら。のびしろを残しておくために、周囲からの声に応えないほうが楽だ、と私はブラジャーを避け、おっぱいをぞんざいに扱い続けた。

ある日、鏡でふと、自分のおっぱいを見て、小さく「えっ」と声が出た。わたしのおっぱいは、こんなに下を向いていたっけ? ヨレヨレのノンワイヤーブラからはみ出したおっぱいは、完全に俯いてしまっていて、なんだか怒っているように見える。「おい、おっぱい。…おこなの?」。はみ出したおっぱいを握りしめ問いかけるが、おっぱいはだんまりを決め込んでいる。25年分のツケがまわってきた、とこのとき直感した。おっぱいを雑に扱い続けた結果、おっぱいは垂れ始めてしまった。早急に、ブラジャーを買わなければならない。おっぱいの怒りを鎮めるため、ATMで1万円を下ろし、夜の渋谷へと向かった。

ブラジャーを買う、といっても、どんなブラジャーをどこで買えばいいのか、そもそも自分は何カップなのかすらわからない。ひとりでブラジャーを買いに行くのは心細いので、職場の先輩女子ふたりについてきてもらい、ランジェリーショップに入った。店内は、右も左も、ヴィヴィッドな花柄をあしらったブラジャーだらけで、どれも同じ商品に見えてしまう。このなかに、わたしのおっぱいに合うブラジャーはあるのだろうか?

まずは、自分のおっぱいサイズを知る必要がある。計測では素っ裸にならなければいけない、と思いこんでいたが、必ずしも裸になる必要はないようだ。服の上からメジャーでぎゅぎゅっと、下乳の付け根〈アンダー〉と、おっぱいの頂点〈トップ〉を絞られる。すると、私のおっぱいサイズは、自分が思っているよりも2サイズも上だった。

店員さんに、私のおっぱいに合ったブラジャーを持ってきてもらう。中央にリボンのついたデザインのショッキングピンクのブラジャーを渡された。なんて派手なブラジャーなんだ、と若干怯みつつ、おそるおそる肩紐に腕を通し、後ろのホックを止めた。

生まれて初めて、ワイヤー入り、パッド入りの〈大人ブラ〉をつけた。つけ方が間違っているのか、ブラの肩紐は肩にくい込んでいる。ブラジャーは、こんなにもキツいものなのだろうか。店員さんに助けを求めると「肩紐がゆるすぎますね」と、さらにキツく締められた。「肩紐がゆるすぎると、お胸を持ち上げる効果が得られないので、しっかり寄せていただいて…」。店員さんは慣れた手つきで、私のおっぱいを締めあげていく。「そんなに苦しそうな感じはないので、サイズはこちらでいいと思います」と店員さんが私に微笑む。正直、今すぐ外したいくらい窮屈だ。「苦しい」と何度か訴えたものの、私の言葉は店員さんには届いていないようだった。

試着室の外から「どうどう? 見せて見せて。ねえ開けていい?」と、先輩女子たちが騒ぐ声が聞こえた。彼女たちなら、私の気持ちをわかってくれるかもしれない。淡い期待を胸に、試着室のドアを開けたが、「ちゃんと脇とか、背中らへんの肉を、もっとぎゅっと寄せて」と、かなり辛辣なお言葉をいただいた。これ以上寄せたら、息ができなくて気持ち悪くなりそうだ。こんな辛い思いをしてまで、ブラジャーをつける必要なんてあるんだろうか? だんだんとブラジャーへのモチベーションが下がってきた私に、「でもそれがおっぱいだよ」と彼女たちはいう。

「それがおっぱいだよ」。その言葉に、天地がひっくり返るような衝撃を受けた。

思えば先ほどから、店員さんはおっぱいを〈お胸〉と呼び、私が苦しいかどうかではなく、あくまで〈お胸〉が苦しいかどうかを確認していた。先輩女子たちも、私ではなく、私のおっぱいを見ている。今日は、私のためにブラジャーを買いにきたのではない。おっぱい、もとい〈お胸〉のために、ブラジャーを買いにきたのだ。ブラジャーとは、お胸のために存在するんだ、とこのとき理解した。

もういちど、ブラジャーをつけた姿を鏡で確認する。背中からギュウギュウと寄せられたお胸には、これまでに見たことない谷間が出来ている。ブラジャーのカップに収まるお胸をちらりと覗くと、乳首はしっかりと前を向いていた。「もっと他のブラジャーも着けてみたい」。お胸が、そう言っている気がする。先輩女子2人にお願いして、私に似合いそうなブラジャーを持ってきてもらい、試着を続けた。

試着したブラジャーはどれも苦しかったが「これもすべてお胸のためだ」と自分を奮い立たせ、かたっぱしから試着しては、先輩女子たちに見てもらった。同じサイズのブラジャーでも、デザインによって苦しさや締め付け具合がまったく違う。そのなかで、比較的締め付けの緩いブラジャーと、先輩女子たちから「激似合ってる」「肌映えしてる」と評価をいただいたブラジャーを購入した。店に初めて入ったとき、極彩色の暴力でしかなかったブラジャーの大群は、帰り際には、私のブラジャーデビューを明るく祝福してくれるように感じた。

先輩女子激推しのボタニカル柄ブラジャー. 白地にうすピンクのライン、細かな花がちりばめられたデザインに春を感じる. ブラジャー単体でみるとフェミニンすぎる気もするが、先輩女子曰く、私は薄い色のブラジャーのほうが〈肌映え〉するらしい. 可愛らしいデザインのわりに、パンツのお尻部分は総レース、と攻めている. 上下セット¥3,960+税
シンプルな黒ブラジャー. 他のブラジャーと比べて締め付けがゆるく、ブラジャー初心者の私も手が出しやすい. しかも、お胸はかなり盛れる. こちらのパンツも、お尻部分は総レース. ブラジャー、パンツ合わせて¥3,560+税

自宅に戻り、ランジェリーショップの袋から、今日買ったブラジャーとパンツを取り出した。ボタニカル柄のブラジャーとパンツを身につけ、鏡の前に立つ。お胸はとても立派に見えるが、そのぶん、ブラジャー周辺のぜい肉やたるみが目立つ。お胸にうっとりしたり、ここの肉がなくなればもっとブラジャーが似合うのに、とぜい肉をつまんだりしていると、気づけば30分ほど経っていた。ブラジャーを買ったことで、私の〈のびしろ〉は、無くなってしまったかもしれないし、ワイヤー入りのブラジャーは、相変わらず苦しい。だが、お胸はとても喜んでいる気がする。今となっては、ブラジャーの締め付けで苦しくなればなるほど、お胸の存在感を感じられて、なんだか気持ちがいい。これからは、お胸を張って生きていきたい。私とお胸との人生は、まだ始まったばかりだ。