FYI.

This story is over 5 years old.

男女比によって拡大する中国の誘拐婚 

16人の女性たちが突然姿を消すなど、本来ならありえない。
16人の女性たちが突然姿を消すなど、本来ならありえない。

十代のティティン・アグスティン(Titin Agustin)は、昨年4月に中国で行方不明になった16人のインドネシア人女性のひとり。彼女は中国本土で誘拐婚ブローカーに売られ、新婚の〈夫〉によって窓のない部屋に監禁されている。中国を話すことも読むこともできないティティンは、私たちの知る限りでは、今でも中国のどこかで監禁されたまま、電話で家族に助けを求め続けている。

「ここは本当にひどいところ」と、私たちが入手した音声のなかで、ティティンは訴える。「夫は窓越しに食べものを渡してくる。とにかく家に帰りたい」

更に映像も確認できた。ティティンはとても結婚年齢に達しているようにはみえず、すっかり怯えきっている。会話中は受話器を顔から離さず、何かを言い終えるたびに親指の爪を噛む。さらに彼女は毛布を顔に押しつけていた。部屋のなかにいるようだが、物音を立ててはいけないのだという。

ほとんどの女性が同じような体験について語った。彼女たちが家族に電話できるのは、トイレのなかや寝室に鍵を掛けているときだけ。大声を出せば男たちが部屋に入ってきて電話を取りあげてしまうので、みんな声を潜めていた。

Advertisement

人口数百万人の海南省や安徽省など、自分の居場所を知っている女性もいた。いっぽう他の女性のうち少なくとも5人は、現在地を知らなかった。わかっているのは、自分が中国のどこかに監禁されているという事実だけ。自身の居場所すらわからないなんて、心底恐ろしいに違いない。

「憂慮すべきは、女性たちが置かれている状況です」とインドネシアの政党〈Indonesia Solidarity Party(PSI)〉のグレース・ナタリー(Grace Natalie)党首は、行方不明の女性たちについて記者会見で訴えた。「彼女たちは監禁され、窓越しにしか食事をもらえない。頭を怪我した女性の写真もあり、とても心配です。彼女たちは遠く離れた場所で閉じこめられているんです」

今回、我々に映像を提供してくれたのはナタリー党首とPSI。ナタリー党首はロビー活動を通して、この16人の女性たちを救出するよう政府に訴え、ビデオチャットで彼女たちと話し合っている。2018年9月の時点では、16人全員が中国にいる。家族は警察に通報したが、人身売買は調査が難しいことで有名だ。国境を越え、中国のような広大な国に入ってしまったならなおさら。調査がほとんど進んでいないと知ったティティンの家族は、ナタリー党首とPSIに助けを求めた。

大きな不安に駆られる事件だ。16人の女性たちが突然姿を消すなど、本来ならありえない。一見すると、これは怪しげな人材スカウト業者が、若く貧しい女性たちを言葉巧みに丸めこむ事例のひとつに過ぎないように思える。残念ながら、インドネシアにおいてこのような事件は日常茶飯事だ。当局の発表によれば、家政婦、建設作業員、農業従事者として国外で働くインドネシア人は約470万人。不法就労を含めれば、その2倍以上になるという見積もりもある。

この国では、雇用主による女性の虐待、家での監禁、無賃労働の強制が、全国紙で数え切れないほど取り上げられている。このような日常的に起こる悲劇は、彼女たちが外国で働くさい、得られる報酬以上のリスクが伴うことを証明している。

しかし、もっと恐ろしいのは、家政婦や化粧品販売員などの仕事を約束されていたはずの女性たちが、人身売買の闇市場で花嫁として売られるケースだ。闇市場は10年以上前から存在し、東南アジアのあらゆる国で若い女性たちが攫われてきた。かつて、この市場の対象は中国との国境にほど近いベトナム北部の貧困地域に集中していたが、今や東南アジアじゅうに広まり、ラオスやカンボジア、続いてインドネシアでも女性が姿を消している。

「非常に卑劣なビジネスです」と言明するのは、東南アジアで花嫁の人身売買に立ち向かうNGO〈Pacific Links Foundation〉の活動責任者、ミミ・ヴー(Mimi Vu)。「彼らは少数民族や貧しい人びとをターゲットにしており、私たちも確信をもって公表できる統計がありません。私たちが把握しているのはなんとか家に帰れた女性だけで、今現在、中国にいる女性たちの数はわかりません。絶望的です」

この違法産業を後押ししているのは、中国農村部での花嫁不足だ。中国では、数十年に及ぶ一人っ子政策によって、男女比に深刻な偏りが生じている。2018年、中国の男女の人口差は3400万人。つまり、中国人女性との結婚を望めない男性は数千万人にのぼる。

さらに、外国人花嫁の需要が高まっている原因はもうひとつある。それが〈花嫁代〉だ。

Advertisement

「1984年から一人っ子政策は緩和されました。農村部では、第一子が女の子なら、夫婦はふたりめをもつことが許されたんです」と香港科技大学の社会学・公共政策教授、スチュアート・ギーテルバステン(Stuart Gietel-Basten)は説明する。「ですから男性が結婚に苦戦する原因は一人っ子政策だけでなく、経済的要因もある。それが花嫁代です」

花嫁代とは読んで字の如く、男性が結婚するさいに支払わなければいけない料金のこと。持参金の一種で、その価格は中国全土で上昇し続けている。慶陽市のように、男性の人口が女性をはるかに上回る農村部では、花嫁価格は最高で15万人民元(約250万円)。中国の恋人間の社会的、経済的格差や、大多数の女性が玉の輿を狙う結果、国内には不満を抱えた〈売れ残り男性〉が溢れている、とギーテルバステン教授は指摘する。

「これらの男性はおそらく大半が貧しい家庭の出身で、田舎暮らしをしており、なんとかして結婚しようと必死なんでしょう」と教授。「花嫁探しにウクライナなどに行く経済的余裕もありません。違法、合法に関わらず結婚相談所に行くお金もない。でも彼らはどうにかやっています。妻がいないからといって自暴自棄になったりしない。独身のまま女性と付き合ったり、買春や移住するひともいるでしょう」

教授によれば、もう少し懐に余裕のある男性には、別の選択肢もあるという。人身売買業者たちは、男女の人口差による危機を花嫁取引の千載一遇のチャンスとみなし、隣国ベトナムから女性を誘拐、販売し始めた。警察の統計によれば、ベトナムでは2011〜2017年のあいだに、約6000件の花嫁取引が報告されている。しかし、誘拐婚問題に取り組む別のNGO〈Blue Dragon Children’s Foundation〉の創設者、マイケル・ブロソウスキー(Michael Brosowski)によれば、この数字は実際の件数を大きく下回っているという。

「現存するデータはほとんど入手不可能で、手に入ったとしても当てになりません。ほとんどがデタラメですから」

しかし、信頼に足るデータがないからといって、問題が深刻でないわけではない。

「インドネシアから中国への若い女性の売買はずっと昔から行なわれていた可能性があり、それが今ようやく明らかになってきたんです」とブロソウスキー。「インドネシアから花嫁たちを連れてくるのはかなりの手間ですが、それでも業者は充分な報酬を見込めるんでしょう」

業者がさらに遠くの国へと移動しているのは、NGOの誘拐婚を阻止する活動が功を奏している結果だろう、とブロソウスキーは推測する。

「ベトナムで花嫁を調達するのが難しくなったので、業者は別の方法を探してます」とブロソウスキー。「彼らにとって、インドネシアで女性を誘拐するメリットのひとつは、彼女たちが逃げだしたり家に帰る可能性が非常に低いこと。彼女たちが海を越えるのはもちろん、近隣の国に逃げるのも難しい」

多くの専門家は、16人の女性たちを救出できる望みは薄いと考えている。いちど中国に入国してしまえば、彼女たちは孤立無援の状態になる、と〈Pacific Links Foundation〉のヴーはいう。彼女たちは言葉もわからず、街や地域社会に馴染めない。そして暴力的で冷酷な男性も多い。

「残念ながら、多くの女性が嫁ぎ先で虐待を受けます」とヴー。「性的暴行を受けたり暴力を振るわれたり。〈夫〉の子どもを妊娠し男の子を産んだあと、〈中古品〉として別の〈夫〉に売られるケースもある。工場で働かせられ、給料を取りあげられる女性もいます。彼女たちが逃げるためには、中国語を学ぶほかありません」

では誘拐された16人の女性はどうなるのか? 今は時が経つのを待つしかない。インドネシア当局が中国で彼女たちを発見、救出できればいいが、それにはまだ時間がかかる。救出できる見込みはない、と完全に諦めている専門家もいる。PSIは今後も、行方不明の女性たちへの関心を高めるべく活動を続ける予定だ。とにかく当事者たちは、生き延びるだけで精一杯だ。

「お願い、助けて」と16人のひとり、23歳のエノ・チャンドラ(Eno Chandra)は家族にメッセージを送った。「もう耐えられない。あのひとは私に無理矢理薬を飲ませて、自分の欲求を満たせと強制してくる。今みたいにトイレにいるときしか連絡できない。お母さん、お願いだから、こんなところで私を死なせないで」