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医療用大麻はタイ経済の救世主となるか?

医療用大麻帝国としての道を進み出そうとしているタイだが、越えるべきハードルも少なくない。
26 August 2020, 6:52am
医療用大麻はタイ経済の救世主?
2020年1月6日、バンコクのタイ伝統代替医療開発局(DTAM: Department for Development of Thai Traditional and Alternative Medicine)に開院した大麻クリニックで展示されていた、カンナビジオール(CBD)オイル製品が陳列されたショーケース。PHOTO CREDIT: MLADEN ANTONOV / AFP

東南アジアは、薬物取締法が特に厳しいことで有名だ。例えばインドネシアシンガポールマレーシアでは、マリファナの所持・使用で高額の罰金刑、あるいは長期の懲役刑が科される。またヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体によると、フィリピンでは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が推し進めている〈麻薬撲滅戦争〉によってこれまでに数千人ものフィリピン人が亡くなっている。

このように、東南アジア全体で薬物に対して保守的な政策を進めている一方、タイの親軍政権は、医療用大麻業界の大きな経済効果に期待し、医療用大麻の合法化を進めてきた。

タイが東南アジアで初めて医療用、研究用の大麻を解禁したのは2018年。『The Bangkok Post』の記事によると、改正された麻薬取締法では、医師による処方箋があれば、患者は規定量の大麻を所持できるようになった。

以来、医療用大麻業界は拡大の一途をたどっている。今年1月には、タイ政府が国内初となる公営大麻クリニックを開院した。パーキンソン病、がん、不眠症など、さまざまな疾患、症状の治療を目的としたクリニックだ。8月4日には、内閣が麻薬取締法の修正案を承認。それが可決されれば、医療用大麻の個人的な製造、輸出入、販売が許可されることになる。

それらの動きは、大麻に対するタイ国内の姿勢の変化を象徴していると専門家はいう。タイでは、1935年に大麻の所持、販売、使用が違法となり、1979年以来大麻は〈5級薬物(Class 5 narcotic: 栽培、販売禁止薬物)〉と指定されてきた。娯楽用大麻の使用はいまだ禁止で、大麻の大量所持には最長15年の禁固刑、最大150万バーツ(約500万円)の罰金刑が科される。

国内では、新型コロナウイルスのパンデミックにより打撃を受けたタイ経済の救世主として医療用大麻に期待する声も、大麻業界の発展に懐疑的な声もあるのが現状だ。

数百万ドル規模の〈大麻帝国〉への期待

出来立てホヤホヤのタイの医療用大麻業界を牽引する中心人物たちは、この業界は必ず成功すると確信している。

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2020年1月6日、バンコクのタイ伝統代替医療開発局に開院した大麻クリニックでは、大麻の葉を模したゆるキャラが患者を楽しませていた。PHOTO CREDIT: MLADEN ANTONOV / AFP

タイ全国農業者協議会(The National Farmers Council of Thailand)のプラパット・パンヤチャートラック(Prapat Panyachartrak)議長は、2018年のAFPの取材で、「大麻の栽培と原料の販売」により、国家として年間1000億バーツ(約3400億円)もの歳入が見込まれると述べていた。

タイ保健省のアヌティン・チャーンウィーラクーン(Anutin Charnvirakul)長官は今月頭の取材で、新法による医療用大麻の製造増大と、大麻を主原料とした医薬品の主要製造国になることへの期待を述べた。

「この法案は製薬業界の活動を振興し、競争力を高めることになるだろう。タイが医療用大麻先進国となるためには非常に重要だ」

大麻業界専門のマーケティング・調査会社のProhibition Partnersによる2019年のレポートでは、タイの大麻業界は2024年までに210億バーツ(約630億円)規模に成長すると予測されており、タイの医療用大麻推進派の大物たちの期待を裏付けている。

バンコク、チュラロンコーン大学の生薬学・薬用植物学助教授、ソーンカノック・ヴィモルマンカン(Sornkanok Vimolmangkang)博士によると、現在医療用大麻は、タイ国内の「いちばんイケてる」薬用植物となっており、だからこそ医療、製薬業界がこぞって大麻を使用した医薬品の製造に乗り出しているそうだ。

新法が施行されればタイ国内の大麻業界の動きが加速し、その結果、特に大麻生産が巨大農家ネットワークを囲い込むほどに拡大したならば、大麻の供給過多となる可能性もあるとソーンカノック博士は説明する。

カナダ、ゲルフ大学の環境科学教授で大麻製造の専門家、ヨウビン・ジェン(Youbin Zheng)博士は、この新法により間違いなくタイの農業における主要作物である大麻の生産は伸びるだろうと述べる。

ジェン博士によれば、大麻は非常に価値の高い作物で、栽培を成功させるためには先進技術を用いた高性能設備を必要とするという。博士は、その複雑な栽培に対応していくことで国内の農業インフラ全体の進歩につながって、結果的に医療用大麻業界が他の作物の生産にもメリットを与えることになるだろう、と予測している。

一方懐疑派は…

経済効果をもたらすであろう大麻への期待が、新法によりさらに高まっている一方、本当にタイで医療用大麻が受け入れられるのか疑問を抱く専門家や活動家もいる。

タイの大麻専門のスタートアップ・インキュベーター、Elevated Estateの創業者/CEOのチョクワン・チョパカ(Chokwan Chopaka)は、VICE Newsの取材に対し、ここ最近の医療用大麻についての議論は政府の指導者たちによる「宣伝行為」であり、彼らは主に大麻の経済的な可能性についてしか語っていないと指摘する。

「何を育てているのか、それがどういう形になるのか、そのあとどこへ行くのか。そういった質問にさえも答えられない程度の大麻の知識しか、彼らにはありません」とチョパカはいう。

彼女によれば、今のタイの大麻業界は未成熟だ。「そういった質問に答えが与えられることはほぼありません。政府は輸出を増加させたいと言いますが、どの国に輸出するのでしょう? どういった形状で? 規制や基準は?」

さらに、大麻にまつわるスティグマや犯罪と関連付いたイメージを払拭できるのか否かも議論の的となっている。タイの一般市民にとって、大麻の使用は「悪いこと」であり、「ひとを怠惰にさせるもの」とみなされているとチョパカは語る。彼女によれば、怠惰な人間はタイの社会でひんしゅくを買う存在だそうだ。

さらに、タイ社会ではいまだに、大麻の使用は他の薬物の使用につながると思われている。これは誤解だ。米国政府の研究機関である米国国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse)の調査によれば、大麻使用者の大半は、より習慣性のあるドラッグには移行しないという事実が明らかになっている。

ニューヨーク州立大学バッファロー校のヘルスアウトカム・創薬インフォマティクス・疫学センター(Center for Health Outcomes, Pharmacoinformatics and Epidemiology)のエドワード・ベドナーチク(Edward Bednarczyk)所長は、タイで大麻に注目が集まるのは、犯罪のイメージと結びついているからこそだと指摘する。

「私たちは逆ですね」と所長はVICE Newsの取材に語った。「患者が大麻による治療法に惹かれるのは、大麻が違法だったからこそだと考えています」

「〈禁断の果実〉がついに味わえるようになった、といったところでしょうか」

娯楽用大麻の解禁は当分先

タイでは医療用大麻業界の発展がめざましいが、専門家や活動家の間では、娯楽目的の大麻使用の合法化はまだ先だろう、という見方が一般的だ。

チョパカは、大麻の栽培は「まだ始まったばかり」のため、業界としての成熟には程遠く、さらに現状、大麻の生産は政府によって厳格に規制されているため、海外の生産者がタイで事業を展開するのも難しいだろうという。「まだデリケートな分野なんです」

大麻の娯楽目的の使用が解禁された国や地域では、大麻ツーリズムなるものも始まっているが、タイがそういった方向に向かうことを疑問視する専門家もいる。

「タイ国民はまだ準備ができていないと思いますね」とソーンカノック博士は語る。「この新しい状況から少しずつ学びながら、将来、大麻使用の幅を拡大していくのが賢明でしょう」

タイの大麻推進団体Highland Networkを通して、大麻教育も広めようとしているチョパカは、タイで大麻使用が一般化するまでには数々のハードルがあるものの、法律を整えていくことで正しい方向へ進める、とポジティブに捉えている。

「少しでも前に進むほうが、何の動きもないよりいいのは間違いありません。変化するごとに、大麻がより近い存在となり、より多くの人材も集まるようになると思います」